私の鉄槌と、騎士隊長の涙目
甘い展開には、そうそうなりません。
「どうして、今、守護者殿の名前を呼ぶんですか?」
いつもより硬い声だなと考えていると、抱きしめられたまま寝台にゆっくりと押し倒される。
背中にまわされていた両腕は、両方とも顔の横に置かれる。
見上げる先には、エリヤの真剣な顔。
「一瞬ですが、私の顔を見て何か、変な顔をしてましたよね?」
起き抜けに見たエリヤの姿に、確かに違和感を感じた。指摘されても、自分でもなんと説明していいのか分からない。
おかしな夢を見た。自分の夢ではない、誰かの夢。
その夢を見ている本来の人物は、みんなに守護者と呼ばれているあの人を永い時間待っている。
今も、ずっと、ずっと繰り返し、叶うまで終わることのない夢を見ながら、彼との再会を待っている。
「夢を、見たの」
「夢?」
頭が徐々に覚醒してくのと同時に、夢の細部が記憶から徐々に抜け落ちていく。
なんだっけ、なんの夢を見てたんだったっけ。どんな風景だった? どんな感情だった?
「そう、誰かをずっと待っている夢」
私の中を侵食していた何かが薄れていく。それでも残っている夢の一片をことばにする。
「……それが、守護者殿だと?」
「そう。あの人を……待って、る?」
質問に答えながら、ふと、とあることに気づく。
頭の中に薄い膜が掛かっていたのが、ようやくクリアな状態へと切り替わる。
――――えーと、なんで、エリヤに押し倒されてるのだろう?
自分の存在が揺らいでしまいそうで、縋りついたのはなんとなく覚えている。
しかし、なぜにこんな状態になってるのか、理解が追いつかない。え? あれ? いつの間に??
顔の横に置かれている手は、両方とも肘なんかを付かれちゃってて、お美しいお顔が半端なく近いところにあるわけで。
ぴしりと固まっている私を見つめ、エリヤが頬を優しく撫でてくる。
「……今度こそ、起きましたね。おはようございます」
起きました! きっちり覚醒しました!!
だから、その頬を撫でるついでに、さりげなーく親指で唇を触れてくるのをやめてくださいっ!!
あ、朝から刺激がなんだか強い気がするんですがっ。
「おおおおおおおおはよう。エ、エリヤ?」
「はい」
狼狽える私とは正反対に、冷静に無駄に色気を放出してくるイケメン。
「どうして、こんな体勢になっちゃってるのか、きいてもいいかなーって」
私の疑問に答えるように、エリヤは笑みを深くする。
「あなたの言動と態度に少しイラつきまして、つい」
「いやいやいや、普通、寝惚けてる状態のいたいけな少女に、ちょっとイラついたくらいでこんなことしないよね!?」
「いえいえいえ、実際に誰かさんは、居眠りしていた年上の男性に対して似たような真似してましたよね? 誰かのように、鳩尾に膝でものせて差し上げましょうか?」
それはあれだね?
顔色の悪い誰かさんが、うっかり我が家のリビングで寝こけてた時のことですよね。
「確かに、私もあの時は怒りのあまり、思わず襲い掛かるような真似をしてしまったけどね!?」
って、――ん?
「でしょう? ですから、」
さらに覆いかぶさってこようとするイケメンの顎を、片手でがしっと掴む。
「…………か、和子?」
私の想いも寄らない抵抗に、エリヤの動きが止まる。
その隙に、私はエリヤの顔を右、左と向けて、とても大事な確認をとる。うん、見間違いではない。
そして、にーっこりとエリヤに笑顔を向ける。
「エ、リ、ヤ」
私の声色に何かを感じたのか、優勢を保っていたエリヤの顔が少し引き攣っている。
「な、なんでしょうか?」
これはヤバいと本能的に感じたのか、私から距離をとるために身体を起こそうとするのを、肩を掴んで阻む。
「なんで逃げようとするの? さっきまではぐいぐい攻めてきていたのに」
「いえ、起き抜けの女性を襲うとか、やはり騎士としていただけない態度だなと思いまして」
「そっかー。清廉潔白な騎士様なら、私の質問にきっちり答えてくれるよね?」
エリヤの目の下をついーっとなぞり、私は笑みを深くする。
「ねえ、エリヤ。昨日まではなかったクマがここにうっすらとあるんだけど、まさか徹夜とかしてないよね?」
「うっ。いや、その、昨日はですね、報告業務が、」
「徹夜、したんだ?」
「柱がですね、」
「徹夜したんだよね?」
「…………はい、徹夜で仕事してました」
怒りのため、ぎゅうううううううぅっとイケメンの頬を抓り上げておく。
「痛いっ! 和子、本気で痛いんですけどっ!?」
エリヤが抗議をしてくるが、それを無視して、さらに抓る。
この仕事大好き人間め。
食事と睡眠はどれだけ忙しくても、必ずとってねってお願いしてるのに、なんですぐに約束を破りやがるかな。
「なんだか、朝から面白い状況だね」
これぐらいで制裁は勘弁してやるかと、手を放したタイミングで、聞き慣れた声がした。
「おはようございます、ルカルフィックさん」
「おはよー。メイドたちが扉の外でそわそわしてたから何事かと思ったけど、心配なんか無用だったね」
軽く挨拶しながら、こちらに近づいてくる。
「押し倒してる側のエリヤが涙目で狼狽えてるとか、どうしたらこうなるの?」
ルカルフィックさんが不可解だとぼやく。
「エリヤがきっと、仕事大好きダメ人間だからだと思います」
「あ。なるほど。寝ずに頑張っちゃったんだ。……バカだね」
ルカルフィックさんがエリヤのダメっぷりを即座に理解し、全部自分で処理しようとするからだよと冷たく苦言をいう。
「まあ、面白い状況なんだけど、見ててもムカつく体勢だからいい加減退きなよ」
エリヤの首根っこを掴み、ベッドの下へと、ぺいっと投げ捨てる。
……ぐえっと、聞こえたうめき声に、多少可哀相な気がしたけど、黙って上体を起こす。
ふと、寝起きの顔を異性二人に見られているという事実にも気づくが、もう、気にしないことにする。うん、もういいんだ。諦めた方が精神的にもダメージが少ないもんね。
「和子ちゃん、大丈夫?」
差しのべられた手に、自分の手を重ねるより先に、
「待って。何、それ」
何かに気づいたルカルフィックさんに腕を強い力で引かれる。
「え?」
いつの間にか肌蹴ていた胸元に感じる視線に赤面する間もなく、遠慮なく伸ばされた手が襟に触れた瞬間、
「にょわああああああああああ!!!!!!」
と、私の発する奇声と、バシッと頬を打つ音が廊下にまで響きわたった、らしい。
いや、不埒な行為に対する、乙女として当然の攻撃だよね?
ちなみに、和子の胸元を肌蹴させたのは、エリヤです。
手馴れている筈なのに、和子に対してはうまく事が運ばないという。