私のさらなる怒りと、騎士隊長の美声
「さて、ここには事情を知る者しかいないから、いつものように話して構わん」
番人のお兄さんに案内された、エリヤの執務室。
しばらくすると、エリヤに殿下、バーシス様と数人のメイドさんや騎士の方々が集結した。
これだけの人数がいるのに、狭いと感じないとか、どんだけ広いんだこの部屋。
「和子、今いる面子をしっかり覚えておけよ。ここにいるのが、本当の味方だ」
今後、何かしらお世話になるかもしれないので、しっかり皆さんの顔を覚えておく。
わざわざ紹介してくれるということは、本当に彼らが殿下にとっての「味方」なのだろう。
この人数が、数的に多いのか少ないのかは分からないが、殿下が一緒に先を目指していくために、必要な人たちなのだと認識しておく。
「さっき、私を案内した番人のお兄さんは?」
はいはーいと、元気よく質問したら、殿下ではなくバーシス様が答えてくれた。
「あの方は、微妙ですね。誰の味方にも、敵にもなりません。そういう生き物ですから」
……は?
「あれは無視していい。というか、毒にも薬にもならないから、必要以上に関わるな」
「番人ってことで、話を色々とききたいでしょうけど、あれだけはやめてくださいね。どうしてもというのなら、他の人間を紹介しますから」
殿下にもエリヤにもそんなこと言われてるってことは、本当に微妙な人なんだろう。……ルカルフィックさんは普通に接してたのに。
「で、守護者殿に掻っ攫われた先で、何の話をした?」
殿下の問いに答える前に、確認したいことがある。
「えっと、今のこの状況下でどこまで話していいのかなーって思っちゃうんですけど?」
ちらりと壁際に陣取っている初めてお見かけするメイドさんや騎士の方々を伺う。
味方ってどの程度のなんですかね?
「大丈夫だ。ここにいるのは、全ての事情を知っている者だ」
「それなら、」
私はつかつかと殿下が座る目の前に立ち寄り、拳を掲げて微笑む。
「まず、そのご尊顔を殴ってもいいですよね?」
私の突然の暴言に固まる殿下。
「駄、駄目です――――っっ!!」
私の背後に即座に回り込み、抑え込むエリヤ。
「あらあらあら。和子さんはよっぽど、殿下の恋人という役柄が腹に据えかねてるのねぇ」
私の暴挙にころころと笑うバーシス様。
勿論です。書面で受け取ったものの、返事のしようがないので渋々従ってましたが、本当は断固お断りしたかった内容でしたから。
「さっきの攻撃で十分だろうがっ!! 結構本気で痛かったんだぞ、アレ!!!!」
私のことばを理解した殿下が、立ち上がって応戦する。
「え? 足りませんよ、アレごときで。人目があったからアレで済んだんですよ? 覚悟できてますよね」
さあ、黙ってその無駄にお綺麗な顔を差し出しやがれ。
「いやいやいやいや。どう考えても度が過ぎる反撃だろう! お前、俺の身分を理解してんのか!? 許される行為じゃないよな?」
「はああああああああああ?! 身分ですって? んなもんが目に入らないくらいの滅茶苦茶な命令してきたのは誰ですかねー?」
細かな打ち合わせとかなしに、婚約者のいらっしゃる王太子殿下が想い人とかいう、至極面倒な立ち位置って色々と無理があるの分かってますよね?
「あ? お前はとある案件をやっつけるのに、極上の餌になるって説明しただろうが。どんな風に利用されても文句を言うんじゃない!」
極上の餌だと?
確かに、特待生になる前にもそのようなことを聞いた覚えがある。あるけども、
「それを素直にどこまでも、黙って従順に協力すると受け入れた覚えはひとつもないんですけど!!」
私がその時買ったのは、殿下に売られた喧嘩であって、全面協力を受け入れたつもりはない。
上体はエリヤの抑え込まれているので、自由になる足で、殿下の向う脛を思い切り蹴り上げる。
「っっっ!!!!!」
クリティカルヒットを決め、してやったりとほくそ笑む私に、エリヤがため息をつく。
「……和子、やり過ぎです。抑えてください。あとで美味しい物をいくらでも用意しますから。ね?」
痛さのあまり、涙目になってこちらを睨み付けてくる殿下と、私の暴挙に甘言をもって怒りを収めようとするエリヤ。
その二人の視線を避けるように、つーんと顔を背けた先には、面白そうにこちらを見守るバーシス様と、ハラハラしているメイドさんや騎士さん達。
国の偉い人に、かなりの暴挙を繰り広げているのは認識している。
皆さん、安心してください。これでも私、この辺の判断は間違ったことないので。あと、一撃くらいなら許してくれる筈だ。
しかしまあ、このまま怒ってても話が進まないし、殿下に一矢報いたから大事なことをきこうか。
「ところで殿下、今日は向こうに帰れないって、番人の方が言ってましたけど本当ですか?」
私のことばに、エリヤが驚いて拘束が緩んだ。エリヤの方に身体を向け、さっきの出来事を確認する。
「さっき、柱に何か異変が起きたよね? その影響を受けて扉が不安定な状態になってるから、帰るのは無理ってきいたんだけど」
「……柱に?」
エリヤが眉を顰めたのに、かすかな違和感を感じる。
「なんか世界……視界が歪んで、変な感じしなかった?」
周りには聞こえないように、エリヤにだけ聞こえるようにそっと囁く。
先ほど、ルカルフィックさんはなんて言ってた?
――――柱に関わる者だけが感じる警告みたいなもの
エリヤの腕には、私と同じように金の腕輪が嵌められている。
さっきの揺れは、世界を渡る腕輪を付けている人が感じるものだと思ったけど、もしかして、違う?
「……私、身体が傾ぐんじゃないかってくらいの揺れを感じたんだけど」
エリヤが私の手をとり、ぎゅっと握りしめてくる。
「やはり、和子は守護者殿の……」
「私、ルカルフィックさんの待ち人じゃないよ。本人もそう言ってる」
何度かきいた、自分ではない誰かを示す呼称。
この国を守護するルカルフィックさんが待ち続けてるという、大切な人。
ルカルフィックさん本人が、私は関係者とは違うものだと言っていた。
「……私は、私だもの。エリヤにとっては違うの?」
ルカルフィックさんは、たまにだけど、どこか残念そうに私を見る。
待ち人ではないと分かっていても、彼とは何かしら関わりがあるのだろう。でも、私が特別扱いしてほしいのは、ルカルフィックさんにではなくて、目の前のこの人だけ。
隣にいたいのは、コンビニ帰りにうっかり拾った騎士様なのに。
「和子。私は、」
何か言いかけるエリヤの返事をきくより早く、切なくなって、思わずぎゅっとエリヤに抱き着く。
「エリヤ、顔。……その顔をどうにかしろ。色々とダダ漏れてるから」
「無理です」
「鉄面皮を誇るメイド長ですら、お前の緩み切った顔見て、驚愕の表情になってるだろうが!? いつもの何考えてるか分からないって揶揄される顔に早急に戻せ!!」
え、何その揶揄られ方。エリヤってば、普段どういう感じでお仕事してるわけ?
「関係ないです。こんなに素直に甘えてくれるとか稀なんですから、邪魔しないでください」
なんかごちゃごちゃ言われてるけど、気にせずにエリヤに抱き着いてると、柔らかくエリヤも抱き返してくれる。
公衆の面前なのは知ってるが、もう少し甘えてみたくて、さらにエリヤに擦り寄ってしまう。
……が、ふと我に返って、どういうタイミングで離れるべきなのかを考える。
「殿下、今すぐ人目のないとこ行ってもいいですか?」
「駄目に決まってるだろうが!!? 和子、お前もいい加減離れろ、見てるこっちの方が恥ずかしいだろうが!!」
はい、殿下。
離れたいとは思うのですが、みなさんにですね、どのような顔をすればよいのか考えあぐねているのです。
勢いで抱き着いたのはいいけど、よくよく考えると、小っ恥ずかしいことしてしまったとですね、現在心の中で叫びまくってるわけです。
ちらりと、エリヤの方を見上げてみると、ぱちりと目が合う。
私がなんとなく困っているのを感じているのを分かっているのか、分かっていないのか、イケメンは極上の微笑みでさらに、私に追い打ちをかける。
私にだけ聞こえるようにするためか、耳元に顔を寄せて来る。
「上目使いなんかして、本当に襲っちゃいますよ?」
ひいいいいいいいいいいっっと、何この、イケメン!!!
色気が半端ねえっ!! ただでさえ、いい声してるのに、今、絶対に意識して吐息多めのいい声出しやがった!!
恥ずかしさのあまり、べりっとエリヤを引き剥がし、ずさ――っと距離をとる。
と、背中に何かぶつかってので、ちらりと振り返ると殿下と今度は殿下と目が合った。
……お互い、しばらく無言で見つめ合い、同じタイミングでにこりと微笑み合う。
「助けて頂いていいですか?」
「お前、本当にいい性格してるよな」
私の掌の返しように、殿下のこめかみ辺りがヒクついているが、気にしない。
殿下は私の首根っこを掴むと、エリヤの方へとぺいっと差し戻した。
「おや。殿下公認でイチャついていいって事ですか?」
再び胸に飛び込んでいった私を難なくキャッチしながら、エリヤは嬉しそうに殿下へと問いかける。
両手を腰にまわされて、逃げるのは不可能だと諦めて、大人しく腕の中におさまっておく。
「いい加減、仕事仕様に切り替えろ。和子も、もう少しだけ俺の恋人役で我慢しろ。エリヤ、すぐにルカルフィック殿を捕まえて現状を確認して来い」
「はーい」
「かしこましました」
おふざけモードが終わったのを感じ、エリヤの腕の中から解放される。
「バーシス」
「はい、殿下。和子さんのお相手ですね。承りました」
「ついでに客室への案内を任せてもいいか? 和子、学校側への説明はこちらでしておくから、今日は大人しくバーシスに相手をしてもらっとけ。明日の朝、また迎えを寄こすから」
帰れないのなら仕方がない。
宜しくお願いしますと、バーシス様の元へといく。
その時、左胸……心臓のちょうど上あたりに変なと違和感を感じて、胸に手をあてる。
「和子さん、どうされました? ご案内しても大丈夫ですか」
「今、何か、」
痛みは一瞬で引き、特にその後は何も感じない。
「……あ、あれ? ごめんなさい。なんでもない、です」
なんだったんだろうと、首を傾げながら、バーシス様の後に続く。
そして、案内された部屋でバーシス様にこちらの世界のことを教えて頂いたり、メイドさんたちと仲良くおしゃべりをして時間を過ごした私は、
――――とある、夢を見た