守護者の警告
エリヤ視点です。
次に進む前にどうしても入れたかった、和子に出会う前のエリヤと守護者のお話です。
「エリヤ隊長!」
何の合図もなく開け放たれた扉から、先日副隊長に任命したばかりのジャックが飛び込んでくる。
もう少し落ち着きを持てと、何度も何度も注意してる筈なのに、どうしてコイツは行動を改めてくれないのか。
「どうした?」
近日中に片付けなければいけない書類を処理しながら用件をきいてみる。
「……というわけなんです」
「頑張れ」
「え?」
「だから、頑張れ」
話をきく限り、隊長という身分の自分が出張らなくてもいい内容なので、笑顔で付き放す。
状況を理解できていない可哀相な部下に、さらに追い打ちをかける。
「その程度で音をあげない。まだ、お前の使える権限の中でも打てる手がいくつか残ってるだろう。それを全部やってもダメなら助けるよ」
思い当たるものがあるのか、渋い顔でこちらを睨みつけてくる部下に心の中でちょっとだけ同情しながらも、今後の為にも檄をとばす。
「しかし、」
「今、この瞬間にも貴重な時間が消えてるのは分かってるよな? もう少し自分で考えて処理してみろ」
さっさと行けと、手を振る。
ジャックは唇を噛みしめ、くるりと踵を返す。
「期待してなかったら、副隊長に任命なんてしないんだから、頼むよ」
その背中に、さりげなく励ましのことばを贈る。
無事に届いたかどうかは知らないが、来た時同様に賑やかに閉められた扉を見て、ため息をつく。
隊長というお役目になってから約二年。
自分の仕事だけ無我夢中でやっつけていた新人時代から格段に増えた仕事と責任。
自ら選んで突き進んで来た道だけど、さすがに最近働き過ぎかなと感じる時がある。
無理だと分かっていても、気楽な下っ端時代に戻りたい。
「あー……、しんどいなぁ」
誰もいないのをいいことに、少しだけ弱音をはいてみる。
視界に入ってくる積まれた未処理の書類の山と、そのうちジャック同様に報告してくるであろう部下たちの顔を思い浮かべ、思わず机に突っ伏す。
「大丈夫?」
突如室内に現れた存在に、さらに頭が痛くなってくる。
なんで、人がこんなに仕事に追われて弱ってる時に、この人はわざわざやってくるのだろうか。
「ルカルフィック殿、お久しぶりです。昨年の式典ぶりですね」
年に一度会うか会わないかという人物が、自分を訪ねて来ているという不可解な現状に何事なのかと考えを巡らす。
「そうだっけ? 時間の感覚なんてないからよく分かんないや」
勧めてもないのに勝手に来客用の椅子に座り、どこからともなく茶の準備を始める守護者と呼ばれる人物に目を向ける。
守護者ルカルフィック。
漆黒の髪色と瞳で、青年と少年の間のような姿をしている。
ティオール王国に住む者なら、一度はその名を聞いたことがある有名人物。
一般国民からすると、初代女王と国を守護するという盟約を結び、数百年に渡って国を見守っているという伝説上の存在である。
王族や国の上層部の連中は分からないが、自分の立ち位置からしたら、たまにひょっこり現れて強烈な存在感を示し、いつの間にやらいなくなっている意味不明な人物である。
守護といっても、何から国を守っているのか自分ごときでは知らされていないので、本当にこの人の扱いには困る。
「ほら、こっちで一緒にお茶しようよ。少しは休憩しなって」
二人分のお茶の準備をして、こちらに向かって手を招く。
「……いや、そんな時間は、」
「いいから、執務机から離れる。はい、偉い人からのお茶のお誘いなんだから、下々の者は黙って従う」
普段は偉ぶらないのに、こういう間の抜けた権力の行使はどうなのだろうか。いや、確かにこの人のが偉いのは本当なのだが。
そこまで心配されるほど、ひどい顔をしているのだろうか。
「ほら、お茶飲みついでに、何かお腹に何かいれる」
「……いただきます」
ほらほらと勧めてくる、片手で摘める軽食を口に入れる。
そういえば、前回食事をとったのはいつだったろうか。水分はたまに補給していたが、食事は久し振りな気がする。
「で、ルカルフィック殿はどのような用向きで、こちらにいらっしゃったのですか?」
並べられた食事の半分くらいを頂いたくらいで、質問してみる。
「君と初めて出会ったのっていつだったっけ?」
質問に、全く関係ない質問で返すのはいかがなものだろうか。
この扱いに困る御仁を誰かどこかに引き取ってくれと、心の中で罵りつつ質問に答える。
「確か、殿下の護衛として配属されてからなので、10年くらい前じゃないですかね」
「そんなに経っちゃってるんだ。……昨日のように思えるよね。君が当時の隊長にこき使われてべそべそ泣いてたの」
「泣いてませんよ」
確かに、泣き言は何度か言ったが、断じて泣いてはいない。
というか、なんであなたが下っ端時代の自分を知っている?
「そんな君が、今ではシルヴェストロ殿下直属の竜騎士隊のエリヤ隊長だもん。田舎の三男坊がすごい出世だよね」
この人は本当に何しにここにきてるんだろうか。
そして、なぜにうちの家族構成まで知っている?
単なる暇つぶしで遊びに来ているのなら、そろそろ追い払っても不敬にはならないよな。
「よし、そろそろお邪魔するね」
どうやってお帰り願おうか算段していたら、ご本人からお帰りのお言葉が出た。
「……用件は結局なんだったのか、お伺いしても?」
「疲れ果てた君の顔見たら、どうでもよくなっちゃった」
へらりと気の抜けた笑顔をよこす、その表情に不可解な違和感を感じる。
掴みどころのない不思議な人物であるけども、何かいつもと違う気がする。
というか、なんで自分のところに顔を出したのかが、そもそも謎だ。個人的に親しいわけでもなんでもないし。
ここまで一対一で会話したのなんて、出会って初めてではないだろうか。
「もう少し、周りに仕事押し付けた方がいいよ」
これは、本当に心配されているのだろうか?
竜騎士隊の隊長という身分ではあるが、ルカルフィック殿にわざわざ心配していただけるような立場ではないのだが。
「してますけど」
最近、殿下やバーシス嬢にまでにも、お前は仕事を抱え過ぎだと怒られているので、色々と部下に仕事を絶賛投げているところだ。
人にものを頼むというもなかなかに難しいという事実にぶち当たり、仕事を他者に任す為の下準備に時間を割くという、余計な仕事がさらに増えてる気もするが。
「もっとだよ、もっと。出会った頃の君みたいに、身軽になりなよ。どうみても、抱え過ぎ」
「しかしですね、立場が昔と違うわけで、負うべきものが多々あるんで難しいかと」
「大丈夫だよ。この人がいないと世界が壊れるって存在が消えても、こうして世界は無事に続いてるくらいだもの。なんだかんだ残された人でどうにかしちゃうんだから、たった一人が無理して抱え込まなくてもいいんだよ」
「ルカルフィック殿?」
なんだ、その具体的な話。
世界が壊れる?
「あ。今のなし。ごめん、忘れて」
不穏な発言をした人物は、その言葉を煙に巻くべく手を仰ぐ。
いやいや、なんか今、隊長の身分じゃ聞いちゃいけない発言しやがりましたよね。
誰の話をしやがった、誰の。なんていう勘繰りすらご法度の機密事項だろう、今の内容。
「何が言いたいかっていうと、一人で頑張り過ぎるなって話。シルヴェストロもいるし、部下もたくさんいるじゃないってこと」
うっかり爆弾発言した守護者殿は、涼しい顔で諭してくるし。
「はあ。ご助言、ありがたく頂戴します」
なんとなく本気で心配してくれてるのは伝わってくるので、礼を返しておく。
「じゃあね~」
と、机に広げられたお茶会用品共々、姿がかき消える。
残されたのは後からでもいいからしっかり食べろと主張する軽食たち。日持ちしそうな物をきちんと選んでいる辺り、本当にありがたいと思う。
が、本当に何しに来やがったんだろう、あの御仁は。
さっきまで感じないようにしていた、疲れがどっと身体を襲ってきたのか、椅子に深く沈み込む。
気が付いてしまうと、身体中が休息を求めているのが分かる。
確かにここ最近、ゆっくり休んだことなんてない。毎日、何かしら仕事をしている気がする。
家に帰って、寝床できちんと寝たのって何日前だったっけ。
……やばい、思い出せない。
今日くらいは、仕事はこの辺にして家に帰ろうか。
そこまで切羽詰った書類はなかった筈だ。机に積まれてる物は明日の朝にでも処理してしまおう。
「あ」
帰り支度をし始めたところで、殿下に頼まれていた用件をひとつ思い出す。
ジャックに頼もうと思っていたが、さっきの件が片付くのにもう少し手こずるのは目に見えている。
かといって、他の人間に頼んだ場合、腕輪の使用許可やらとるのに時間がかかり過ぎる。
「……私が行くのが、一番手間じゃないな」
小さくため息をついて、引出しから異界へ渡るのに必要不可欠な腕輪を取り出す。
「もう少しだけ、頑張りますか」
一度認識してしまった疲労を無理やり振り払って、扉の間へと足を向ける。
思い出してしまったものは仕方ない。今日中にやってしまった方が気が楽だ。
身体が休息を求めて、頭痛や倦怠感で警告しているのを無視するのはいつものことだし、まだまだ大丈夫だろう。
――――そんな甘い認識が判断を鈍らし、彼女との出会いへと繋がる。
異界への扉をくぐり、何度か降り立った地点へと足を踏み出した瞬間、
突き刺すような頭痛に急に襲われ、着地の際に行うべき安全確認を怠たった視界には眩しい光と、耳に不快で大きな異音が響いた。
そして衝突事故に遭って、和子に拾われちゃうわけですね。




