中編~工事日までに用意しておいてください~
「はい、到着ですね」
「お、お邪魔しま~す」
抱えられていた腕を解かれて、ふわりと床へと下ろされる。
久しぶりに訪れるエリヤの住処は、小奇麗すぎてここで本当に生活しているのか心配になってくる。
家に帰って眠るだけという、ダメな生活してるんじゃないのだろうか。
電気量販店での本契約から、約二週間後。
新学期まで、あと数日という日にひょっこりエリヤが家に顔を出した。
「和子。デートでもしませんか?」
と、返事をする間もなく、ひょいと抱えられ強制的に異世界へと連行されて冒頭にいたる。
……もう、異世界に行くの三回目なんだけど。そして、三回とも姫抱っこで無理やりとかどうすればいいのかな。
神様、仏様。そろそろ自分の意志と足で異世界に旅立ちたいと思う私は我が侭でしょうか?
「えーと、説明をお願いします」
いつになく強引な方法でデートに連れ出してきた、エリヤを問いただす。
以前は仲良く鍋をつついた居間へ案内され、出されたお茶には手を付けずにさっさと説明しやがれと催促する。
「工事日が今日だったんですよ」
私の胡乱な視線を気にせず、エリヤは優雅にお茶を口にする。
「……工事って、ネットの?」
「ついに開通しましたよ」
エリヤが視線を向けた先には、我が家にも電話機の近くに置いてあるのと同じような機械が二つ並んである。
「え?」
「和子の持っているスマホと接続設定したら、きちんとネットが繋がるようにしてもらってますよ」
「異世界でネット……」
海外でスマホをいつも通り使用するには、なんだかんだと難しそうなオプション契約や設定があるのに異世界でこうも手軽にネットができるものなのだろうか。
恐るおそる、スマホのWifi設定の項目から表示されてるルーターを選び設定していく。
「おぉっ! 繋がった!!」
しばらくすると、いつも通りにアンテナのマークが出てネットに接続したことを画面上で示してくれる。
どれどれと、ブラウザを起ち上げて某検索サイトから、お世話になってるネット通販サイト「密林」へ飛ぶ。
「うわー、本当にネットが繋がってる!!」
すごいすごいと隣に座るエリヤの肩を揺らす。
「え、なんで? なんで異世界でネットができちゃってるの?! いや、契約したりとか手続きしたりとか過程はみてるんだけど、でも、なんで!!?」
「難しいことすっ飛ばして、簡潔に言うとですね、」
エリヤがもったい付けるように、こほんと軽く咳払いをする。
「殿下の職権乱用と、守護者殿の力技です」
……。
…………ん? もしかして、エリヤさんは、何も関わってないのか。
店頭で契約書に記入したくらいですか?
これは、褒め称えるべきは、誠に不本意ですが、あのお二方、なのでしょうか。
「他力本願……」
「そのことばの意味は分かりかねますが、和子の言いたいことはなんとなく分かります」
深くエリヤは頷き、
「いいんですよ。あの人たちにはこれからとんでもないことを押し付けられるんですから」
すごく、すごくいい笑顔を向けてきた。
「と、とんでもないこと?」
「和子も、無関係じゃないですよ。私の方にもまだ詳しくは情報はおりてきてないんですが、まあ、覚悟しといた方がいいでしょうね」
「え、えと、もしかして、今回の突発的な異世界訪問も……」
「目を瞑って頂いてるのは、これから和子にかかるであろう迷惑料を鑑みても、たいしたものではないと殿下が判断されてましたね」
――どんな迷惑をかける気だ、あの人!
やめて、たかが高校生の小娘に国家に関わるの何かを押し付けてこないで!!
「これで、一応の約束を果たしたことになりますね」
心の中で殿下を延々と罵っていたら、ふわりと抱えられエリヤの膝の上に降ろされた。
「エ、エリヤ?」
「トイレ事情とネット環境。和子のご要望通りにどうにかしましたよ?」
高校卒業までになんとかしてみせると言っていた、私からの課題二つ。
トイレに関しては、前回お邪魔した際に確認させて頂いている。……悔しいが、我が家のものよりすごいものがございました。
ネットに関しては、本日確認済である。
「結構どうにでもなるもんだね」
「ネットに関しては今日一日限定なんですけどね。異世界にもネットの引き込みは不可能ではないという事実の確認で許してくれますか?」
「許すも何も、もう、私は……」
エリヤの誘いをお断りしていた頃とは状況が違う。
別に、ネットがないし、トイレが綺麗かどうか不安だなんていって、異世界に遊びに行きたくないと言い訳をするつもりはない。いえ、あるにこしたことはないんだけどね。
「…………もう、すでに捕まっちゃってるんですが」
しっかりと身体を抱きこまれていて、逃げ場のない状況は、私の心境と一緒だと思う。
「覚悟、できてます?」
「覚悟って……?」
くいっと顎をとられると同時に、ちゅっと唇を啄まれる。
吐息の触れ合う距離を保たれたまま、エリヤが熱く囁く。
「もっと貴女に触れてもいいですか?」
逃げ場を完全に断たれた状態で、きいてくるなんて卑怯極まりないと思う。
「え、あの、」
恥ずかしさでわたわたと慌てる私の状況を、エリヤは面白そうに見つめ、その距離をさらに詰められようとした瞬間、
ジリリリリリ……ジリリリリリ……
私のスマホが着信を知らせた。
机の上に放置された画面には、明子と示されている。
鳴り響く着信音が、何か気まずいこの空気をさらに気まずいものにしている気がする。
エリヤがしぶしぶ身体をはなし、スマホを無言で私の目の前に差し出してくれる。
「も、もしもし?」
『あ。やっと出た。……すまない。デートの邪魔をして』
電話に出るまでの時間に何かを感じたのか、明子が無駄に気をまわしてくれるのがいたたまれない。
「やめて、変な気をまわさないで! 明子も嫌でしょう? お互いこういうこと不慣れなんだから、変な気をまわさないでお願いだから!! さあ、用件を早く言って」
『えーと、エリヤ氏に頼まれたんだよ。こちらで三時過ぎくらいに和子に電話してくれと』
……なんだと? ってことは、今、私の傍らで優雅にお茶を飲んでいる奴は、明子からの連絡があると分かっていて手を出してきやがったのか。
『何かの確認をしたいんだろう? この通話が終わった後に、メールを一件送るから、無事に届いたかどうか確認してくれ』
たぶん、向こうからでも通話とかメールとかができるのか確認させたかったのだろう。
「分かった。ごめんね。エリヤが変な事頼んでみたいで」
『いやいや。謝るのは私の方だと思うから、先に謝っとく。ごめん、和子』
なぜに、明子が謝るの? と疑問に思いながらも通話を終えると同時に、メールが届く。
内容は無事に届いたかな? という簡潔な内容と次は少しデータが重いものを送るという一文。
少し間をあけ、二通目のメールが着信を告げる。
「件名が、エリヤさんへ?」
「ご指名ですか?」
エリヤが自分の名前に反応し、スマホを覘いてくる。
何かのデータが添付されてる? なんだろうと首を傾げながら、メールを開く。
――――――――なっ!!!!!!!!!
表示された写真を見た瞬間、私が画面を消そうとするより早く、エリヤがスマホを奪い取る。
「和子」
私では手の届かない所までスマホを上に掲げる。
「これ、なんですか?」
スマホの画面には、昨年の文化祭にて深いスリットの入った水色のチャイナドレスに身を包み、しぶしぶポーズを決める私がいた。




