小話~浮かれてます~
「襲われました。」から、数日後のお話です。
数字が合わない……。
来年度の生徒会予算の書類とにらめっこして、早十分。
エクセルの数式もどこも間違ってないし、入力し損ねたものがないかも全部確認したにも関わらず、なぜだか数字が合わない。
これの提出期限、明日の朝なんだけどなぁ。ちらりと会長席で同じようにデスクワークをする我らが上司を伺う。
……締切、伸ばしてくれないかぁ。
…………いや、やめよう。下手に助けを求めたら、締切を伸ばすついでに新たな仕事を押し付けられるに違いない。
こんこんと、ノックの音ともに役員の子がひとり生徒会室に滑り込んでくる。
「春野先輩!」
「そんなにあわててどうしたの? 何か問題でもあった?」
「あのですね、」
後輩の子が喋り出そうとしたのと同時に、会長席にある電話機が鳴った。どこからの内線だろうか。
「はい、生徒会室です。お疲れ様です」
内線の邪魔をしちゃまずいと思った後輩は、その口を閉じた。
「……春野君ですか? はい、ここにいますけど、ええ」
会長がこちらに目を向ける。
え? ご指名は私ですか? なんだろう、予算の確認か何かかな。
「春野君、それ、終わりそう? 新川先生がお呼びだけど」
「えぇ~っと……」
手元の書類と、パソコンで開いているファイルを確認する。これ、今日のうちに片付けておかないとまずいよね。
「あ、その予算案。実は、最終期限まであと一週間あるから」
「はぁあああああ!! ちょっ、会長、これ明日までとか言ってたじゃないですか!」
「うん、ごめん。焦らすために、期限一週間早めに設定したんだ。……あ、先生、一区切りついたみたいなんで、そちらに向かわせますね」
かちゃんと、受話器を置く会長をぎりぎりと睨みつける。
曲者過ぎる、この人。一週間って、早く言い過ぎだろうっ。
「先輩、大丈夫ですか?」
隣の席で、同じように予算関係の書類と戦っていた補佐の子が、声をかけてくれる。
戦友よ、お互いアレな上司を持つと苦労するね……と目で語り合っておく。
「で、会長。私はどちらに向かえばいいんですか?」
新川先生が呼んでいるということは、進路指導室か職員室だろうか。
「応接室だよ。君を訪ねて、とあるお客様が来ているらしいよ」
お客様? 学校に、わざわざ?
「あ、それって、きっと王子様のことですよね!」
先ほど、生徒会室に入室してきた子がはいはーいっと元気よく話す。
……王子様。
「さっき、学校に久しぶりに王子様が現れたんで、春野先輩に教えてあげなくっちゃって思って私、急いで来たんです。春野先輩の関係者の方ですよね?」
「あ、それって例の校門前の王子様のことでしょう? いいなあ、あたし、まだ間近で見たことないのよね」
校門前の王子様って、例のあの人のことだよね。
……学校には、決して近寄るなと言い聞かせておいたんだけど、無視しやがったか。
というか、なぜに校内に侵入してるのだろう。
早く真意を確かめねばと、机の上を手早く片付けて生徒会室を出ようとした私の背中に会長が声をかける。
「君の彼氏が待ってるよ、早く行ってあげないとね」
…………か、会長?
ぎ、ぎ、ぎと振り向けば、に――っこりと、微笑む生徒会長。
「えぇっ!? 春野先輩ってば、ついに王子様と恋仲になったんですか!?」
「以前聞いた時は、そんな関係じゃないって否定したじゃないですか? いつ、いつなんですか!! え、告白はどっちからですか」
ひいいいいぃぃぃっ!! やばい、後輩達の何かのスイッチが入った!
この人、わざと、絶対にわざとおしゃべり好きな後輩達がいる時狙って言いやがった!!
しかも、久しぶりにエリヤが姿を見せて、校内で騒がれている日に。
栞達にしか伝えてなかったのに、これじゃあ、明日には学校中に伝わるの確定じゃない。
「会長? それ、今、言わなきゃいけない事でしたか?」
余計な事言いやがってと、睨みつけるも会長は涼しい顔で、私の怒りをやり過ごす。
「自分としても、いつも頼りにしている君に春が来たのは喜ばしいことだと思うよ。けど、最近、提出書類のケアレスミスが目立つよね?」
「うっ」
……確かに、長期に渡った試験からの解放感と、エリヤと両想いになったアレやコレで色々浮かれていた自覚はある。
「だから、ちょっとお灸を据えようと思ってね。以後、気を付けるように」
「は、い、すみませんでした……………………って、やり方が鬼過ぎる! 会長、私のこと嫌いなんですか!?」
注意するにしても、もう少しやんわりしてくれてもいいじゃない! 普段あれだけ、生徒会のために頑張って働いてるのに!
「春野君、男心を理解していないな。逆だよ、逆。大好きだからこその仕打ちだよ」
ね? と、無駄に流し目をする会長に後輩達のテンションがあがりまくる。
「「きゃああああああああっ、三角関係よおぉぉぉっっっっ!!!!!!!!!」」
「こらこらこらこら、そこおっ!! ノリで変な事言うなっ!! 会長にはちゃんと恋人がいるの知ってるでしょうがっ。そこで静かに仕事頑張ってる副会長に今すぐ謝れ!!」
室内での騒ぎを物ともせず、生徒会長の恋人の座にいらっしゃる副会長は自分の仕事を黙々と片付けている。
「あ、気にしないで? いつもの事だから、好きに騒いでちょうだい」
副会長――――――!!
お願いだから、あなたの相方をどうにかしてください!!!!
「でも、春野さん。会長の言う通りよ? せっかく掴んだ特待生の座。気を抜いて凡ミス繰り返していたら、剥奪されちゃうわよ?」
「…………はい、本当に気を付けます。私、傍から見てそんなに浮かれてました?」
確かに、浮き足立ってる自覚はあったけど、そこまでではないと思うんだけどな。
「んー? 今ぐらいのレベルだったら、単に微笑ましいなぁって思うくらいだから大丈夫よ。ただ、会長が心配性で過保護なだけかしらね」
「普段は隙なんてめったに見せない春野君が、こうも隙だらけだと心配にもなるじゃないか」
「なら、周りが気を付けてあげたらいいだけなのに、変な忠告しちゃって脅かしたりしないの」
「自己防衛するのが一番だろう。まあ、付き合いはじめは誰もが頭の中に花畑ができるというし、仕方ないか」
いわないから。脳内に花なんて飛んでませんから。……今は。
くそぅ、大切な時期なんだから気を付けろって素直にいえばいいだけなのに、嫌がらせ兼ねての忠告しやがって……。
心配してくれてるのも確かに本当だから、本気で怒れないし。でも、いつかぎゃふんと言わせてやるから、覚悟しやがれ。
「で、くだんのイケメンとどこまで進展したの? キスくらいはしたのかな」
と、闘志を燃やしていると、再び会長が爆弾を投下した。
横で女性陣が「きゃっ」と目を輝かせている。
「だ、誰が、そこまで情報開示しますか――――――っ!!!!!」
失礼しますと、これ以上いらない詮索をされない内に生徒会室を離脱する。
ドアを閉め、大きなため息をひとつ。
……い、色々疲れた。え、えと、どこに向かえばいいんだっけ?
えーと、あれだ、応接室だ、うん。
目的地に向かって、歩き出す。
が、会長のいらない一言のせいで、先日の出来事が脳裏にてリプレイされる。
手にした武器であるクッションごと抱きしめられて、火照る顔を覘きこまれ、一度はガードしたはずの唇を……
ダメダメダメダメ、止まれ私の脳内再生機! 一時停止して早く!!
こんな公共の場で再生なんかしちゃダメだ。会長のいう通り頭に花が咲いてしまう。
でも、唇に手が伸びてしまう。
どこまで進展したかって? 軽く触れるだけだったが、キス、しましたよ。
というか、呆然としたところを狙われて、二回目も実はされてます。
「これ以上したら、さすがに反撃されそうなので今回はこれで引きますね」
と、トドメに唇ぎりぎりのところにもさりげなく口付けてから解放されました、あの後。
しばらく顔を真っ赤にして、クッションに縋り付いていた私をエリヤは嬉しそうに眺めていた。
そんなことがあって、まだ、一週間も経ってないんですよ。
それなのに、浮かれるなですと?
無、理。絶対に、無理です!!
ちょっと油断すると、エリヤのこと思い出して顔がにやついてしまうんです!!
もう少し、時間をください。そしたら、平常運転の素直でない私に戻りますから。
柄じゃないのは知ってるけども、今くらいは脳内お花畑になってもスルーしてください。
と、悶々と廊下を歩いてると、いつの間にか目的地に着いていた。
自宅でなくて、学校に来るなんて本当にエリヤってばどうしたんだろうと、ノックをして応接室の扉を開けると、
「久し振りだな、和子」
そこには、金髪碧眼のテンプレイケメン騎士ではなく、銀髪つり目の某王太子殿下がいた。
「遅かったな、春野。シルヴェストロ様が直々に、春からの特別講習の説明に来てくれてるぞ」
「まあ、お祝いついでにな。……と、どうした? そんな入り口で呆けて」
「だ」
「「だ?」」
「騙しやがって、あのクソ会長がぁ――――――っ!!」
内線で来訪者が殿下なのを知っていてのあの発言とか、たちが悪すぎる。
後輩達は仕方ない。彼女らは遠目に見たことはあっても、間近でエリヤを見たことがなかったのだろう。それなら、殿下とエリヤを間違えてしまうのも理解できる。
でも、会長だけは別だ。あの人は絶対に私の恋人がシルヴェストロ殿下ではなくエリヤの方だと知っている。
何が、彼氏が待っているだ?
浮かれて、エリヤでない可能性に思い至らなかった自分も確かにいただけないが、やり方がやっぱり鬼過ぎる!
そうですね、会長。
確かに浮かれていましたよ。
でも、大丈夫。今のでかなりの熱が醒めた。
明日中でいいよといわれた提出書類、殿下との面談が終了次第さっさと片付けて叩きつけてやるから、首を洗って待っていやがれ。
殿下との面談の数日後。
今度こそエリヤが来訪したにも関わらず、あまりの私の甘い雰囲気のなさっぷりに何かとても残念な顔をしていた。
…………エリヤ、ごめん。
お付き合いありがとうございます。
……かなり予定と違う形になって、エリヤの出番が削られたというかなくなったという、本当にエリヤごめんなお話でした。
ちなみに、ちょい役の副会長様がそこそこ活躍されるのが、和子の親友である明子が主役のお話「年下美少年になつかれました」でございます。
興味持たれた方はどうぞーと、ちっちゃく宣伝しておきます。
ちなみに秋小話からの登場ですよー。




