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Sinner E  作者: 藤 子
【海賊編】
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1.部屋

 持ち手を失った剣が、くるくると旋回しながら頭上を舞う。どうやら、今度はジュリの負けらしい。セスみたいに早く勝負をつけてしまえば、隙を突いて勝てたかもしれないのに。って、ぼんやり思ったエマの耳に、


「おらぁ!」


 気合いのこもったジュリの声が、ゴツンという鈍い音とともに飛び込んだ。

 真正面から強烈な頭突きをくらったキャルが、白目を剥いて後ろに倒れる。間もなくして、空高く飛んでいたジュリの剣が、勢い良く甲板に突き刺さった。


 ど、どうなったの?


 ジュリは丸腰で立っている。前のセスとキャルの手合わせから考えれば、負けたのは先に武器を失ったジュリになるだろうか。でも相手のキャルは彼の目の前でのびていて、手合わせの続きは不可能だ。


「ここまでだな」


 静まった辺りに、ボルボアの声が響いた。

 船長はどんな判断を下すのか、注目して答えを待っていると、ボルボアは肩を揺らして笑い出した。


「気に入ったぜ」


 何がおかしいのか分からないが、彼は笑いながらジュリの肩に腕を回した。そしてもう一方の手でセスを呼ぶと、彼の肩にも腕を回して張りのある声で言った。



「今日から一年、お前ら二人はパールクイーンだ」



 船長の言葉に、ジュリもセスもクルーたちに揉みくちゃにされて歓迎を受けた。


「良かったぁ……」


 やっと二人の試験が終わり、エマの体からどっと力が抜け落ちた。ずっとはらはらしながら見ていたせいか、掌は汗でびっしょりだ。すると、傍にいたパパがぽんとエマの頭を軽く撫でた。


「強くなれ」


 一言、つぶやくように言い残すと、パパはボルボアの方に歩いていった。


 なんて薄情な父親だ!


 ボルボアと話をするパパの背中を、これでもかっていうくらい睨みつけた。普通、こんな危険極まりないところに一人娘を放り込む? そりゃあここに来たいって言ったのはエマだけど、海賊の世界に引き込もうとすること自体、親のすることじゃないと思う。

 いくらシーウルフが世襲制でも、エマは女だ。正直な意見として、ここは女が入れる世界じゃない。


 ママ……。

 もしかしたら、結構早く会えるかもよ。


 密かに自分の死も考えて、投げやりに思った。自分がママの二の舞になる日は、そう遠くないかもしれないって。そこに、グレイが笑顔で声をかける。


「んじゃ、お嬢。またな」


 彼の顔を見た途端、エマの身体は崩れ落ちた。


「おい!」


 慌てて支えてくれた彼にしがみついたけど、もう限界だった。


「……歩けない」


 俗にいう腰が抜けたという現象を、エマは生まれて初めて経験した。

 そしてしばらく――動けるようになるまで――その場で休ませてもらったあと、パパとグレイたちに別れを告げ、エマは試験に合格した二人のお供を連れてパールクイーンの船室に入った。


「お前らの部屋はこっちだ」


 ボルボアの案内に従って、彼の後についていく。シーウルフとは違う小ぶりな船に、ジュリとセスは興味津々だ。辺りをきょろきょろ見回しながら、海賊船なのに綺麗だと驚いていた。船体や船室に汚れや修復箇所が見られたり、雑然としているところもあるけど、まあ、あのシーウルフに比べればね。酒瓶が二、三本転がっていたって散らかっているうちには入らない。だけどそれでさえ、割れたらもったいねえ、転んだら危ないと、一緒についてきたジゼルとミリが片づけた。

 このジゼルという人、長い茶髪に無精髭を生やしていて、見た目はちょっと怖いけど、話してみるととても気さくでいい人だった。会ってからまだそんなに経っていないけれど、完全なニコチン依存症だ。一本が吸い終わるとすぐにもう一本を取り出して、ひっきりなしに吸っている。肌が黒いのは日焼けであって、ヤニじゃないと思いたい。首には銀の指輪を通したネックレスをしていて、結婚指輪だと教えてくれた。その場にいたミリの話では、年の近い子供が三人もいるらしい。

 和やかに話を聞きながら、船首楼に入って短い通路を進んでいくと、突き当りにフェアマストの一部が古民家の梁のように剥き出しで見えた。半分は壁に埋まっていて、その横には無機質で幅の狭いドアがある。


「ここだ」


 ボルボアに促されて中に入ると、室内は思った以上に広かった。元々が小型船だし、その先に向かっていくから、部屋もきっと狭いだろうと思ったけど、意外だ。

 シーウルフの個室を思えば、船長クラスの広さはある。元々はバリスタ部屋だった所を改造したらしく、両脇の壁には開閉できる丸窓が二個ずつ後づけされていた。奥が尖った三角形の部屋だが、これだけ広ければあまり不自由はないだろう。


「三人で自由に使うといい」


 やったー。広くてきれーい。って、喜びかけて、はたと冷静を取り戻す。

 今この人、三人って言ったよね?


「……相部屋?」


 ジュリと、セスと?

 尋ねたエマに、ボルボアはにかっと屈託のない笑みを見せた。


「仲良く使えよ」


 ちょっと待て。


「ほかに空き部屋はないんですか?」

「悪いな。あとは満室だ」


 マジか……。


 冷静に考えてみれば、当然かもしれない。

 船に大人数を乗せるとなると、一人一人に部屋を与えるほど広さがないのだ。だから普通は部屋なんて設けずに、大広間で雑魚寝とか、ハンモックでそれぞれの寝床だけ確保する。部屋を作るにしても、四、五人で一部屋とか。もしくは幹部クラスの人だけ狭い個室があって、それ以外はみんな大部屋とか。

 なのにパールクイーンは、クルー全員にちゃんと部屋が与えられている。二人で一部屋らしいが、それでもすごい。工夫次第で十分プライバシーは守れるだろう。クルーたちに自由を与えて快適な環境を作っているというのも、パールクイーンが強い理由のひとつなのかもしれない。

 でも、だからこそ空き部屋が少ない。限られた広さの中でいくつも部屋を作っているから。しょうがないといえばしょうがないんだけど、唯一の女であるエマにとって、これは死活問題である。


「倉庫とか、物置は? なんとかして使えるところはないんですか?」

「やっぱ男と一緒は駄目か」

「当然です」

「仲間だろ?」

「二人とも今日が初対面です。っていうか、仲間だからいいって話じゃないし」


 一時間や二時間ならともかく、一年でしょ? ここで過ごすというより、暮らすわけでしょ? 男女一緒なんて絶対無理!


「そうだなぁ。どうすっかなぁ」


 顎の無精髭をジョリジョリ弄りながら、ボルボアが難しい顔で考える。頼むよ船長。私、これでも成人女性なんですよ。


「船底なら空きがあるが、あそこは新人には向かねえし……」


 ぶつぶつとつぶやき出した船長に代わり、ミリが眉尻を下げて言った。


「ここも物置きだったんだけど、君らを迎えるために急遽中身を出したんだよ。なんとか我慢してもらえないかな。俺らにできることがあれば手伝うし」


 ああ、そんな優しい顔で言われたら。


「分かりました! なんとかします」


 ……私の馬鹿。

 でも後悔したのは一瞬で、ミリの嬉しそうな顔を見たらまあいっかと思ってしまうあたり、我ながら単純にできている。


「んじゃ、あとは好きにやってくれ」


 ひらひらと手を振って出て行ったボルボアを見送ると、改めて室内を見渡した。


 よし。


 自分の中で気合いを入れて、まずはジュリとセスに声をかける。


「こ、ここは平等に、スペースを三等分して使いましょう」


 まだ二人のことは怖いけれど、何事も最初が肝心だ。今後の生活を少しでも快適にするために、覚悟を決めて強気でいった。もし怒らせたとしても、殺されはしないはず。最悪剣を抜かれても、ジゼルとミリがいる今ならすぐに止めてもらえるだろう。この後ろ盾があるうちに、ジュリたちとの交渉を済ませなきゃ。


「部屋は縦に三等分して、窓側のひとつを私のスペースに、残りの窓側と真ん中のスペースは二人でどう使うか決めてください。それと、私のスペースの境には、あとで仕切りをつけさせてもらいます。着替えのときとか、やっぱり困るし。いいですよね?」


 伺いを立ててはいるけど、実質は決定事項の伝達だった。広いからって仲良く一緒には使えない。何がなんでも自分の空間は確保しないと。反対するなら、ジゼルとミリに泣きついてやる。それでも嫌なら船長に訴えて、二人はシーウルフにユーターンだ!

 怯えながらも一戦交えるくらいの気持ちでいたら、ジュリが無表情で答えた。


「いいよ」

「え?」


 それだけ? じゃ、じゃあセスは?


「俺もいいぜ。それで」


 あれ? こんなにあっさりしてていいの?


「エマー。荷物ここに置けばいいか?」

「あ、はい! ありがとうございます」


 肩透かしをくらいつつ、慌ててジゼルに礼を言ったら、これまた軽く笑われた。


「そんな畏まんなくていいって」


 彼の隣で、愛しのミリも笑顔で頷いている。


「女の子一人で緊張してるだろうけど、うちのクルーはみんな気安い人ばっかりだから。思ったことはなんでも言えばいいし、嫌なことははっきり嫌って言っていいんだよ。もうひとつの家族だと思って甘えればいいよ」

「そう……なの?」

「そうそう。エマちゃんはもう俺らの家族なんだよ?」


 だから敬語なんて使わなくていいと言われたけど、内心では衝撃だった。海賊って言っても組織だし、年功序列とか、仲間になった順番とか、実力順とかで、上下関係があるんじゃないの? っていう疑問云々はこの際横に置いといて、


 家族になったら恋愛対象じゃなくなるじゃん!


 っていう対象外宣告への衝撃だ。ミリの中で、エマが妹もしくは子供という位置づけになっている事実に、全身から力が抜けていく。年が離れていると、やっぱりそういう目で見れないのかな。


「そんなら俺ともタメ語でいいぜ」


 もっと年上のミリたちと普通に話して自分には敬語なんて変だからと、当然のように言うセスの声が遠い。ジュリもうんうん頷いて同意を示しているけど、そんなことはもうどうでも良かった。


「そんで、寝床はどうする? しばらくは雑魚寝するか?」


 意気消沈中のエマにかまわず、ジゼルがマイペースに聞いてくる。


「ハンモックなら使ってないのがあるよ。エマちゃん使う?」


 ああ。さすがはミリ様。さりげない気遣いも完璧ですよ。これで難なく寝床の問題は解決だよ。


 やっぱり、あきらめるなんてできないよね。

 だってこんなに素敵だし。今は妹でも、いつかは変わる可能性を信じたい。


 うん。頑張ろう。


 ……と、思った自分は甘かった。

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