41.抜擢
赤黒い瞼が痛々しい。切れた口元はかさぶたの塊がついていて、口を開ける度に切れそうだ。暴力で痛めつけられた姿を見て、私は心配と申し訳ない気持ちでいっぱいだった。けれど、本人は他人事のようにけろっとしていて、いつも通りのマイペース。
「これじゃあキスもできないね」
へらへらと締まりなく笑って、ジュリという人はどこまで本気か分からない。
「源じいから薬をもらってきたの。包帯も変えるから服は脱いで。起きられる?」
「全然余裕ー」
よっこらせと、身体を起こす様子は辛そうなのに、顔はやっぱり笑っている。普通は、辛かったら表情だって歪むはずなのに。
「そうやって、笑って誤魔化さないで」
その笑顔が、あしらわれているみたいで逆にムカつく。
「お嬢には敵わねえなあ」
完全服従と見せて、本当は見せかけなことくらい分かっている。
気持ちと一緒に力も込めて包帯をきつく巻くと、彼の眉間にわずかにしわが寄った。やっぱり痛いんじゃないか。
「強がったって、全然恰好よくなんかないんだから」
跡が残るほどの傷ができても、男の勲章とか言っちゃうんだから、理解できない。痛いときは痛いって、素直に言えばいいのに。
そうすれば、もっとごめんって言えるのに。
「こんなに傷だらけになって……」
平気平気って言うから、それ以上謝ることもできなくなる。
「そんなこと言って、お嬢だって強い男の方がいいだろ?」
毎度のことながら、間が悪いですよ、セスさん。いつも大事な話をしようとすると、ぶち壊すように現れるのはなぜですか。偶然なのか、わざとなのか。前者だったら致命的だぞ。
「役得だな。ジュリ」
「どーも」
なんだ、その会話は。怪我人を相手に「やったな。羨ましいぜ」みたいなことを言っているように聞こえたけれど。ジュリはジュリで素直に「いやあ、そうなんですよ。やりました」みたいに受け止めた気がするけれど。どちらも気のせいであってもらいたい。
「悪いけど、男に強さを求めない女もいますから」
強ければいいってもんじゃないでしょ。
「んじゃあ、お嬢は引き締まった男よりもたるんだ贅肉の男がいいんだ?」
「そ、そうとは言ってないけど」
「暴力怖いーって真っ先に逃げるような男でもいいんだ?」
「それは……」
口ごもった私を見て、セスがにやりとほくそ笑む。
「結局、女なんてそんなもんだよな。口では暴力反対とか言うくせに、本当は強い男が好きだったり。外見より中身なんて言って、ちゃっかり外見で選んでたり」
いつも外見で選んでいる張本人に言われたくない。
「話が極端すぎるでしょ。私はもっと普通でいいって言っただけよ」
命を危険に晒してまで強くなってほしくないし、ヴィックみたいに美を求めすぎる人も嫌だ。
「ふーん」
なによ、その胡散臭そうな目は。
「その割にはジュリの手当てに緊張してたよな」
この覗き魔め! いつから盗み見してたんだ⁉
「鍛えられた身体に触ってドキドキしてたのは誰だろうなあ?」
「は⁉」
「普通に話してるように見せてジュリの目を一度も見れなかったのは誰かねえ?」
「なにそれ!」
こいつ、完全に私の反応を見てからかってる!
「ジュリ! 違うから! 私はドキドキしたりとかしてないから!」
「いや……否定されるのもどうかと」
ああ、そうか。これじゃあジュリに気がないってって言ってるも同然か。でもそれを否定したら今度は気があるってことになるし。
「くっくっく」
おのれ、セス。堪えきれずに笑うな。あとで覚えておきなさいよ。
「……強い人は、確かに恰好いいよ」
ひと呼吸おいて、私は言った。完全に開き直りというやつだ。
「弱いよりは強い方がいいと思うし。でも、大切なのは肉体的な強さだけじゃないでしょ。自分の気持ちをちゃんと言葉にできるとか、相手を思いやれるとか、そういうことの方が私は大切だと思う。優しくて、真面目で、私を大切にしてくれるなら、強くなくてもいいんだよ」
守ってもらえたら嬉しいけれど、強い人なら誰でもいいってわけでもない。大切な人を守るために尽力したなら、たとえ負けてもそれでいい。肝心なのは気持ちだからって思うのに、セスは違った。
「それは建前だな」
てっきり、分かってくれると思ったら、バッサリと切り捨てられて驚いた。
「大事なもんを守るためには強くなきゃ駄目だ。結局は強さがものをいうのさ」
どんなに一番は中身だと言っても、守れなければ意味がない。そう断言するセスの顔は真剣だった。
「本気で言ってるの?」
「当然だろ。力があれば、ほしいもんも手に入る。失うことだってない」
エマに真っすぐ向けられた彼の目が、心まで射貫こうとする。今はひとつしかないその目が、力がないからこうなったんだと言っているようだった。
セスの腕が、エマの右手を掴み取る。その場の空気が変わったのがエマにも分かった。いつものセスじゃない。
「ジュリより俺の方が強いぜ」
真剣な顔で迫るセス。これもからかってるんでしょって、引っぱたいてやりたいのに、身体が強張って動かない。
「それ以上お嬢に近づくなよ」
察したジュリが脅しをかけると、セスは彼を見てにやりと笑った。
「近づいたらどうすんだ? そんな成りで、俺を止められると思ってんのか」
ぐいっと力づくに引っ張られ、エマの身体がセスの懐に閉じ込められる。鼓動が早まって、嫌な予感が押し寄せた。ジュリへの対抗心で、セスは自制が利かなくなっている。このままだと、ジュリの目の前で何をされるか―――
考えた光景が頭に浮かんだとたん、言葉よりも先に身体が動いた。
「うあ!」
とっさにセスの腕に噛みついて、彼の力が緩んだ拍子にエマは離れた。そして近くに置いてあった救急箱に手を伸ばし、掴み取った消毒用アルコールをセスの顔をめがけてぶちまけた。
「痛え!」
薬が目に入って悲鳴を上げるセスに、空になった瓶も投げつける。
「自業自得よ! バカ!」
日頃からろくでなしだとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。情けなくて涙が出る。
「ひでえよ、お嬢……」
「力が全てだっていうなら、これも文句ないよね?」
ここでまだ勝負はついてないって言われたら勝てないけれど、セスの戦意は消えている。エマの勝ちだ。
「敵に掴まった時もこうすりゃ良かったのに……」
「負けたんだから、私の言うことを聞きなさいよ。今すぐ源じいのところに行って、新しい消毒液をもらってくること」
「目が痛くて開けらんねえよ」
「つべこべ言わずに行きなさい!」
ついでにその目も源じいに診てみらえばいいさ!
声を荒げてまくし立て、乱暴にセスを追い出した。間もなくして、階段を踏み外して落ちたらしい音と悲鳴が上がったけれど、助けになんか行くもんか。こっちはもっと嫌な目に遭ったんだ。
勢いに任せて叱りつけたけど、本当はすごく怖かった。
指先の震えが止まらなくて、両手を握る。全部、セスのせいだ。本当はいい人だって思ったのに、ほかの海賊と変わらない。用心棒だから危害は加えないって思ったのに、彼が何を考えているのか分からない。
「お嬢。大丈夫?」
異変に気づいたジュリが、後ろから気遣いの声をかける。心配してくれるその気持ちが嬉しくて、振り向けなかった。ここで振り向いたら、甘えてしまいそうで。
なのに、ジュリはそれにも気づいて甘えさせてくれる。
「怖かったね」
ぽんぽんって頭を撫でられて、堪えていた涙が堰を切った。敵に捕まった時もそうすれば良かったなんて、皮肉を言ったセスがムカつく。とっさに動けたのは、セスだったからなのに。
「だから俺もさ、強くなりたいんだよ」
ぽつりと、頭上から聞こえた呟きに顔を上げたら、苦笑するジュリがいた。
「セスみたいな考えの奴は多いから、そういう奴らを黙らせるにはやっぱり強さが必要なんだよ」
どんなに強さが全てじゃないと思っていても、周りにそういう考えが浸透している以上、自分も強くなるしかない。
「人は……力にはつかないよ」
「力だけにはね。でも力が欠けていてもついてこない」
そんなことないって言いたいのに、言えなかった。この世界では、それも事実だから。
「それに、俺はもっとちゃんとお嬢を守りたいし」
「ちゃんと守ってくれてるよ」
「助ける度にこれじゃあな。大事な女に心配かけるようじゃ駄目だろ」
そんな風に思ってくれてるだけで十分だよ。
やっぱり、大事なのは勝ち負けじゃないって思う。ジュリやセスが言う強さの必要性は確かにあるんだろうけど、私にとっては重要じゃない。
いざという時には駆けつけて、自分のために身体を張って戦ってくれる。その気持ちこそがどんな愛の告白よりも心を動かすのだ。
「今は休んで。ジュリには無理してほしくない」
強くあろうとする気持ちを否定するわけじゃない。でも、そのせいで命を危険に晒すのはやめてほしい。無理をしないで、自分のことを大事にしてほしい。
「それって、俺の女になってくれるってこと?」
「そうとは言ってません」
「ちぇー」
脱力していじけるジュリに、肩の力も抜けていく。彼のおかげで恐怖も消えて、やっと素直に笑うことができた。
「ほらよ。新しい消毒液。源じいに無駄遣いするなって怒られちまったぜ」
目にタオルを押し当てながら戻ってきたセスに、いつも通りの笑顔でおかえりと言えた。もう怖くない。大丈夫だ。
「いつまでいじけてんの? 次は食堂。そろそろご飯の時間でしょ」
「げえ。パシリかよ」
「じゃなくて、一緒にもらいに行くの。ジュリは動くの大変だから、ここで食べるのよ。手伝って」
一人で三人分を運ぶのは無理がある。二人分はセスに運んでもらおう。
ぶつぶつ文句を呟くセスを軽く流し、通路に出たら准兄にばったり会った。
「ちょうど良かった。食堂に来てくれ」
「ご飯?」
「食いながら作戦会議だ。ジュリは動けるか?」
「うーん……」
できれば休ませてあげたいと思ったけど、エマが答えるより先にジュリ本人がそれに答えた。
「問題ないっす。行きますよ」
ドアが開けっぱなしで会話が聞こえていたらしい。通路に出てきた彼は、壁にもたれて立っていた。
「まだ痛いんでしょ?」
「ゆっくり歩くからダイジョーブ」
「また無理して……」
そのやり取りを聞いた准兄が、セスに視線を移す。
「残念だったな。女はほかにもいるさ」
「くぅ。金持ちで美人で強い女を紹介してください」
「ちょっと! 二人とも決めつけないでくれる⁉」
准兄まで、勝手に誤解して慰めるとかやめてほしい。話がますますややこしくなる。
ちらっと隣を見上げたら、ジュリの優しそうな目とかち合って慌てて下を向いた。恥ずかしすぎる。
「ほ、ほら! 食堂に行くんでしょ!」
誤魔化しているのもバレバレだけど、これ以上は収拾がつかなくて強引に促した。誰も彼も、もうそっとしておいてほしい。
「よーし。全員揃ったな? ジュリは平気か?」
「問題ないっす」
「んじゃあ、食いながらでいいから聞いてくれ」
歯切れのいいキャップの言葉に、みんな一斉に食事を始める。テーブルに置かれていた山積みのパンは、ほんの数秒でなくなった。やばい、私の分が取れなかったってがっかりしていたら、斜め前に座っていた流唯さんが分けてくれた。さすが姐さん。何も言わなくても気づいてくれるとか、気配りが素敵すぎます。
「例のビッグキャットの件だが、ジンを東に戻してうちが動くことにした。だが、ここから三日月島まで距離がある。途中でどこかに立ち寄って物資の補給が必要だ。そこでキャルと話し合った結果、ストンナ港に寄ることにした」
「ストンナ……?」
キャップの言葉に、流唯さんが小さな呟きを落とした。その声に、エマだけでなくほかのみんなの視線が彼女へ動く。
「ストンナって、先週に政府の取り締まりがあったって大蛇で読んだ新聞に載ってたけど」
「さすがは流唯ちゃん。勤勉だわね」
「ただの習慣。それより危険じゃないの?」
大蛇の島で新聞を読んでいたとは、キャップじゃないけど、さすが流唯さん。
「だからこそ行くのさ。取り締まりの直後なら海軍も油断してるだろう。見張りくらいは残ってるかもしれねえが、それくらいは大した支障にならねえだろ」
「それにストンナが一番都合がいいんだよ」
多分、付け足したキャルの言葉が立ち寄ると決めた理由だろうけど。海軍の見張りを大したことないと言い切ってしまうキャップは、やっぱり普通じゃない。どう考えてもエマには無理だ。物資の補給は慣れた人たちに任せて、自分は船で待機しよう。
「てなわけで、今回の補給係はエマっちをメインに決めようと思う」
「え?」
いま、なんて言いました?
「一般人のエマなら、海軍からも役人からも怪しまれねえ。だがエマっち一人じゃ荷物は運べねえから、あとセスと……」
なんでセス? と思った気持ちが顔に出ていたらしい。テーブルの向かい側に座っていたミリが苦笑交じりに答えてくれた。
「この中で賞金首になってないのは君らだけでしょ? で、ジュリは怪我してるから、残るは君とセスってこと。でも二人だけだとちょっと心配だね」
うんうん。すごく心配だよね! セスと二人きりなんてあり得ないよね!
思いっきり頷いて同意を示したら、隣に座っていたセスに無言で睨まれてしまった。慣れたといっても、その目つきは怖すぎる。
「誰か変装して一緒に行かせようと思うんだが」
キャップの視線がキャルに向き、目が合ったキャルが頭を振った。
「俺、ストンナで一回捕まってるよ」
「てことは、素の顔も変装した顔もバレてるか。ほかに変装できそうな奴となると…………流唯!」
……船長。本当にそのチョイスで大丈夫でしょうか。
【話の続きについて】
ここまで読んでいただき、どうもありがとうございます。
このお話につきまして、書き進めていくうちに内容がR15以上になると判断し、引っ越しを検討する運びとなりました。
今後は、ノーマルからムーンライトノベルズに移行し、第1話から公開する予定です。ムーンライトノベルズは、小説家になろうグループ内の女性向けの18禁小説サイトです。
今までノーマルにて読んで下さっていた方には、ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ございません。当初はR15程度の予定だったため、このまま維持すべきか悩みましたが、話の流れを考えると、R18が適切と判断することになりました。
また、更新が滞った末の移行となりましたこと、心よりお詫び申し上げます。
今後の更新につきましては、準備が整い次第進めたいと考えております。SinnerEの活動報告も、今後はX活動報告にて行っていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。




