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Sinner E  作者: 藤 子
【海賊編】
46/47

40.交渉

 目の前で、神妙な顔をしているキャップ。その目を真っすぐ見られなくて、つい俯いてしまう。


「相手はヴィックか」


 やられたのはこっちなのに、ばつが悪い。忠告を無視してヴィックに近づいたのはエマだ。海賊の島だって分かっていて、敵が蒔いた餌にまんまと食いついてしまったのはエマである。


「ごめんなさい……」


 ここまでくると、自分でもどれほど危機感がないか自覚する。トラブルメーカーという言葉は、ヴィックよりも私にこそ相応しいと。本当にどうしようもない。


「まあ、あいつがエマっちに近づくのは予想できていたがな。問題はキャルだ」


 キャルは、まだ船に戻ってきていない。エマは彼をヴィックのところに残したまま、ジュリを連れて逃げたのだ。そのあと彼らがどうなったのか、何も分からないままだった。


「さっきトラビスのおっさんに伝言を頼んだからじきに見つかるとは思うが……」


 キャップは、深刻な顔で言葉を濁した。自分ですぐに見つかると言っておきながら、安心できない言い方だ。


「うちらも捜索に出た方がいい?」


 流唯さんが、キャップの心配を汲み取って尋ねる。けど、キャップは頭を振った。


「トラビスに頼んだ以上、うちは動かねえ方がいい」

「こっそり探すこともできるけど?」

「いや。そこまでしなくても見つかるはずだ。今回が初めてじゃねえから」


 そういえば、銀がキャルはヴィックを避けていると言っていた。それを聞いて、漠然と前に何かあったのかな、とは思ったけど。


「前に何があったの?」


 流唯さんが、私が考えていたことを代弁して尋ねた。

 それに答えたのは、彼女の隣にいたミリだった。


「ヴィックがキャルに惚れちゃってさ。それだけなら大したことはないんだけど、あいつ、キャルを殺してホルマリン漬けにしようとしたんだ」


 美しいものに惹かれるあまり、その美しさを永遠に保とうとしたわけだ。綺麗なものを好む気持ちは分かるけれど、その行動は異常としか思えない。


「それでうちのキャップがぶち切れて、キャルを救い出すついでに大蛇ごとヴィックを始末しようとして大喧嘩。キャップもトラビスも大怪我を負って、痛み分けに終わったわけ」

「勝負は俺の勝ちだったけどな」


 ちゃっかり主張したキャップは気持ちがいいくらいスルーされた。経緯を知った流唯さんは「なるほど」と真面目に頷いている。


「じゃあ大蛇はパールクイーンに借りがあるんだね」

「そういうこと。だから今回はトラビスもすぐに動いてくれるはずだよ」


 再発を防ぎ、大蛇の立場を守るために。

 はっきりと断言したミリの言葉の通り、キャルはその後すぐに見つかった。大蛇の使いが、ヴィックとキャルを確保したと知らせにきたのだ。


 これで一件落着かと思ったが。


 手負いのジュリと見張りの翔とミッチを船に残し、ふたたび向かった廃ホテルの食堂で、エマたちが目にしたのはぐったりと脱力してへたり込んだキャルだった。


「キャルに何をした」


 キャップが、顔色を変えてトラビスを睨む。


「フグの毒をほんの少量、だったか? ヴィック」


 トラビスは、答えながら近くにいたヴィックに確認を取った。ヴィックは両脇を大蛇の幹部に拘束され、悪びれもなく不貞腐れている。


「毒を塗った針が皮膚に擦れただけだよ。一滴にも満たない量さ。フグ毒には筋弛緩剤と同じような効力があるんだ。キャルの緊張をほぐすにはちょうどいいくらいだろ」


 毒を使っておいて、ちょうどいいってどういうことだ。一歩間違えれば死んでしまったかもしれないのに、ヴィックは重大性が分かっていない。キャルを殺そうとしていたんだから、それでいいと思っているのだ。


「ミリ。ジゼル。キャルをこっちへ」


 キャップの指示に、ミリとジゼルが素早く動く。二人でキャルを抱え上げ、キャップの方に戻ってくると、すぐに源じいが手当てに当たった。


 キャップは真顔でトラビスを見つめたまま、淡々と言葉を紡いだ。


「どう落とし前をつけてくれるか聞きたいところだが、今回はうちも落ち度がある。ここはひとつ、お互い様ってことにしねえか?」


 一瞬、何を言ってるんだろうって、キャップの顔を見上げてしまった。キャルをこんな目に遭わされて、お互い様だなんて。信じられないと思ったけど、その意味が分かったとたんに高揚しかけた感情は萎んでしまった。


 パールクイーンの落ち度は、私なのだ。


 無力な小娘が一人で動いたから。忠告を受けていたにも関わらず、軽い気持ちでヴィックと接したから。今回のことは、エマが軽率な行動をとったせいでもある。


「だが、何もなかったことにはできねえぜ」


 本当なら加害者側であるトラビスが、有利になろうと揺さぶりをかけてくる。けれど自分たちの落ち度を認めている以上、キャップはそれを拒まなかった。


「そうだな。あんたはどうしたい?」

「うちはヴィックを降格する。そっちはビッグキャットの情報をうちによこせ」


 持ちかけられた条件に、キャップとトラビスの視線が交わる。


「あるんだろ? まだ言ってないことが」


 畳みかけてくるトラビスに、キャップはやれやれと肩を竦めた。


「いいだろう。それでおあいこだ」


 そして後ろを振り返り、一緒についてきた仲間たちを見渡す。


「セス!」


 キャップに呼ばれたセスは、無言で彼のところに歩み出た。


「こいつはセス。シーウルフから来た新入りだ」

「シーウルフ?」


 トラビスの目に、鋭い輝きが宿る。胡散臭そうな目を向けられても、セスは動じなかった。


「聞いた話によると、ビッグキャットのシバは禁忌を犯したらしい」

「何をしたんだ?」


 キャップの言葉にトラビスが食いつくと、セスが続きを説明した。


「ウルフの船長室で保管されていた宝箱を持ち逃げしたんですよ。ところが箱を開けるには鍵が必要で、その鍵を探してあちこちうろついているってなわけです」

「鍵はジョージが持ってんじゃねえのか」

「それが、持っていたのはお宝だけだったんで」


 淡々と答えているセスが、嘘を言っているとは思えなかった。事情を知っているということは、やっぱり彼もウルフの使いとしてパールクイーンに入っていたのだ。


「宝の中身は?」

「俺も知らされてない。だが、国をひとつ手に入れられるくらいのもんらしい」


 元々、シーウルフは縄張り内で活動している海賊だ。外海に出ればほかの海賊の反感を買うし、普段は外に出る必要もない。政府との繋がりもあるし、縄張り内でじゅうぶん生活費は賄っていたから、ウルフは海を荒らしてまで鍵を手に入れようとはしなかった。


「……その鍵の手掛かりはあるのか?」

「昔、シーウルフの初代船長アンジーが、友情の証として親友に託した。その親友とやらは、海軍に掴まってとっくに縛り首にされちまってるが、捕まる間際に鍵は別の誰かに託したらしい」

「誰かとは?」

「それが分かればとっとと回収してますよ」


 確かに、その相手が分からないからビッグキャットは縄張りを無視してウルフの手が届かない場所へと足を延ばし、海を荒らして問題になっているのだ。


「てなわけで、うちはこれから野良猫探しに出ようと思うが、おたくはどうする?」


 言葉を継いだキャップの問いに、トラビスは慎重だった。


「……俺はここで様子を見る。奴らの居場所は目星がついてるのか?」

「残念ながらまだだ。それを探ろうとした矢先におたくのヴィックがうちの航海士に手を出したもんで」

「そりゃあ悪かったな。ヴィックにはうちも手を焼いてるんだ。頭はいいんだが、人の話を聞かなくてな。母親がいい女なんで、つい甘やかしてわがままになっちまった」


 つまり、ヴィックはトラビスの子どもの一人だったのだ。その割にはちっとも似てない。きっとヴィックは母親似だ。美人の母親に似ているから、ヴィックのことも甘やかしてしまったんだろう。迷惑な父親だ。もっと厳しく躾けてくれればよかったのに。


「いっそのこと、ヴィックをパールクイーンに預けたら少しはまともになるんじゃねえかと思うんだが」


 その言葉に、全力で頭を振りたくなった。トラビスの傍らで、ヴィックは目を輝かせて頷いている。無理だ。こんなイカれた人と一緒に過ごすだなんて冗談じゃない。ちらりと周りを見回すと、ほかのみんなも揃って顔を引きつらせていた。思うところは同じらしい。


「勘弁してくれ。そんなことをしたら本当にうちのキャルがホルマリン漬けにされちまう」

「面倒見のいいお前さんなら問題児一人くらい躾けられるだろ?」

「うちは託児所じゃねえんだぜ。子どもの躾なら自分でやってくれ」


 顔を引きつらせてたじろぐキャップに、トラビスが豪快に笑う。ヴィックはあからさまにがっかりしているけど、見なかったことにしよう。目を合わせるのも怖くて、こっそり流唯さんのところに避難した。もう彼に関わるのはごめんだ。


「あー、やっと生き返ったよ」


 船に戻って復活したキャルは、甲板で大きく伸びをしてしみじみ呟く。悪夢の島を脱出し、海に出たところでようやく生きた心地が戻ったらしい。


「やっぱりパールクイーンが一番だね」


 幸い、毒の量も本当に微量だったようで、源じいが処方した解毒剤を飲んだ彼は、そのあと小一時間で復活を果たした。まだ本調子ではないものの、普通に過ごせる程度まで回復している。


「キャル。迷惑かけてごめんなさい」


 こうして謝るのは何回目だろう。内心考えながらも、頭が上がらない気持ちで謝罪を告げると、キャルにペチンと頭をはたかれた。


「ほんと、手がかかるお姫様なんだから。参ったよ」

「う……」


 返す言葉もございません。


「これはますます教育が必要だね」

「…………うん?」


 海賊としての教育だと思うけれど、キャルが言うと違う意味に聞こえてくるから不思議だ。きょとんとして首を傾げたエマの前で、キャルはにっこり艶を帯びた笑みを浮かべた。


「女としての自信がつけば、つけ込まれる危険も避けられるでしょ?」

「……キャル、さん?」


 近づいてくるキャルの微笑に、なぜか危機を感じてしまう。これはやっぱり海賊としての教育なんかじゃないですよね。単に着せ替え人形にしようという魂胆だ。そう気づいた時には、すでに腕を掴まれていた。


「今はそんな話をしてたわけじゃ……」

「野郎共! 集まってくれ!」


 キャップが声をかけてくれて助かった。別に着せ替えが嫌いなわけではないんだけれど、時と場合によるというか、今はそういう気分になれないのだ。落ち込んでいたし、ジュリの容態も気になるし。ちっと舌打ちしたキャルには悪いけど、エマは小走りでキャップのところに駆け寄った。


「さて、作戦会議をしますかね」


 ドカッと胡坐を組んで座ったキャップを中心に、みんなも輪になるように並んで座る。エマは銀の隣にいた流唯さんを見つけると、彼女の隣にくい込むようにして腰を下ろした。キャップは、ジュリ以外の全員が揃ったのを確認すると、小さく頷いてからキャルを呼んだ。


「調べられたか?」


 船長からの短い問いかけに、キャルも頷いて地図を取り出す。


「ビッグキャットの足取りは分かったよ」

「よくやってくれたな」

「死にかけたけどね」


 労うキャップに、キャルは投げやりな言葉を返す。


「どういうこと?」


 つい口を挟んでしまったエマに、キャルは苦笑を交えて答えてくれた。


「エマっちを救うために現れたと見せかけて、本当は俺からヴィックに近づいていたんだよ。大蛇に探りを入れるためにね。黙っててごめんね」


 ぺろっと舌を出した彼に、驚きのあまり言葉が出ない。まさかあの状況でそんな事情が隠されていたなんて。責めることも笑うこともできなくて、唖然とするエマをよそに、キャルは地図を広げて説明を始めた。


「この赤線が奴らの足取りだ。元はここ。東のはずれを拠点としていたけど、そこから北に移った。そのまま拠点を北に移しただけかと思ったけど、最近になって南に現れ、西に逃げた。注目すべきはここだね」


 ビシッとペン先を突き立てるようにして示したそこは、ジグザグの赤線が唯一不自然な線を描いていた。


「ここだけルートを戻るような動きをしてる。順調に決まった航路を進んでいたのに、忘れ物に気づいて戻ったような感じだ。しかも、その折り返し地点に島がある」

「ここは……」


 呟いたキャップに、キャルは深く頷いた。


「三日月島だよ」 


 地図を見ると一目瞭然。三日月島は、海を東西南北に分けたほぼ真ん中に位置していた。キャルが集めた情報によると、ビッグキャットは一度この島に立ち寄り、四、五日滞在した後、島を通過するように逆方向へ出航している。ところが、島が管理する領域を抜けたところでまた島に戻っていた。彼らの実力を考えると、敵に攻められて引き返したとは考えにくい。理由は謎だった。


「大蛇の傘下でこの時期に三日月島にいたって奴と話したんだけどさ。戻ってきたあいつらは特に商売もせず、それどころか誰も下船しなかったらしい。で、その日のうちに出て行ったらしいよ」

「確かに不自然だな」


 頷いた銀の隣で、キャップはじっと地図を見つめて黙っている。


「まさかうちの真似事をしてるわけでもねえだろうし、何を企んでいるのやら」


 咥えタバコで呟いたジゼルに、ほかのみんなも同感していた。

 パールクイーンのように、縄張りを無視して航海する海賊というのは稀なのだ。普通ならそんなことをすれば即敵と見なされて撃沈される。二、三発食らったところで「俺だよ! 俺、俺!」と言えばやめてもらえる海賊なんて、本当にパールクイーンぐらいのものなのだ。


「ほかに有力な証言でもとれないかと思って探ってみたけど駄目だった。ビッグキャットのクルーはみんなキチガイだらけだよ。酒の勢いでうっかり情報を漏らすような人間味のある奴はいないみたい」


 キャルが呆れた顔で皮肉ると、キャップがちらりと横目に見る。


「……銀。何かあるか?」


 直接名指しで聞かれた銀は、少し黙ったあと、静かに口を開いた。


「昔から残虐で有名だが……、気をつけるべきは攻撃力よりも速さだ。うちより少しデカい船に相当の装備をしているにも関わらず、帆と櫓の両方を備えていてうちより速い。その分クルーの数も多いが、下っ端連中まで調教が行き届いてる。だいぶ前の話だが、シバはクルーに爆弾を抱えて敵に忍び込めと命令した。そのクルーは、船を降りるよりも従う方を選んだ。自爆だ。船長のシバに絶対服従の姿勢は何より脅威だ」


 まるで、実際に会ったことがあるような言い方だった。


「その辺の軍隊よりも規律が徹底してる。奴らとやり合うなら、それなりの作戦と準備が必要だ。……トラビスと組みますか?」

「……バックに鬼がいる可能性もある。迂闊に大蛇と手は組めねえ」


 キャップが言った『鬼』というのは、北の赤鬼のことだ。自分自身も西の女王と呼ばれる以上、周囲の影響力を考えると、気軽に南と手は組めない。それがキャップの考えだった。


「トラビスは調査隊を派遣すると言っていた。ここまできたら、うちも調べに行くしかねえだろ」


 大蛇は、ビッグキャットに海を荒らされている。パールクイーンとしても、ウルフとの繋がりがあるし、巻き込まれたジンのこともあって見逃せない。あくまでも別行動をとりながらも、ビッグキャットという同じ目的のために動くことが決まったらしい。

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