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Sinner E  作者: 藤 子
【海賊編】
37/47

31.適材適所

 部屋に戻り、自分のスペースに入ると、トランクを開けて持参した洋服を引っ張り出した。ひと通り出して見てみると、大半がワンピースだ。着るのが楽だし、ワンピースが好きというのもあって、多めに持ってきていた。ちなみに、今日着ているのも水色のふんわりしたワンピースだ。


 出入り口のカーテンをしっかり閉めた上で、エマは服を脱いだ。そして新たに手に取ったのは、シンプルなカットソーとさらっとした質感の麻のズボン。カットソーはそのままだと裾がひらひらめくれるので、薄紫色のストールをサッシュの代わりにして上から巻いた。靴は、かかとの高いロングブーツから口周りが大きくてぺったんこのショートブーツに。服装だけを見れば、男でも見かける格好だ。仕上げに、ふわふわが自慢の黒髪も縛ってひとつにまとめてみた。


 初歩的なことだけど、まずはこの場所に応じた服装に変えたのだ。これなら、また敵に捕まったとしても、過度に連中を刺激しないで済むと思う。そう考えると、流唯さんのラフな格好はちゃんと意味があったんだなって思う。おしゃれな服で着飾った美人なんて、海賊にとっては『恰好の獲物』だ。それこそ襲ってくれと言ってるようなものだろう。飾り気のない質素な服装は、無駄に危険を作らないためにも効果的だったのだ。


「私……、本当に何も分かってなかったんだ」


 世間知らずと罵られて、生意気にも反抗心を抱いていたけど、本当にその通りだったと気づいて泣きたくなった。だけど、泣いても状況は変わらない。変えるためには動かなければ。

 お気に入りのワンピースも、スカートも、トランクの一番奥に畳んでしまった。頑張って貯金して買ったアクセサリーも、巾着袋に入れて引き出しの一番奥へ追いやった。この先、使う機会は当分ないだろう。普段使いとして残ったのは、どこにでも売っていそうなゴム紐や髪留めだけ。服も、下着を除けばシンプルな無地の物ばかりだ。

 そして部屋を出て、向かった先は厨房だった。武器を持って戦えない自分でも、みんなのためにできること。それは何かと考えて、思いついたのが料理だった。


「翔ー。いるー?」


 カウンター越しに覗いてみると、翔は大きな魚を押さえて捌くところだった。どうやら、先ほどの釣りで自ら釣り上げたらしい。活きのいい魚はどうにかして海へ戻ろうと、まな板の上でバタバタと尾を振り回して暴れていた。が、翔が出刃包丁で一気に頭を切り落とすと、その威勢は半減した。大量の血が流れだし、エマは思わず口を押さえた。翔はというと、頭を失っても動いている胴体を押さえ、慣れた手つきで豪快に捌きに入っている。


「なんだ? 呼んだか?」


 気づいて顔を上げた彼に、一瞬言うのを躊躇った。「呼んでみただけ」と言いたい自分を叱咤して、気合いを入れる。


「何か、手伝えることはある?」


 尋ねると、翔が二つ返事で答えてくれた。


「そんじゃあ、そこの籠に入ってる芋の皮を剥いてくれ」


 内心、魚を捌くのを手伝えって言われたらどうしようと心配したけど、違う答えにほっとして小さいペティナイフを受け取った。よし。ここからが名誉挽回だ! 早速じゃが芋を手に取って、エマは皮剥きを始めた。その傍らで、ドンっとか、ダンっとか、食材と格闘する音が響く。


「……それ、何ていう魚?」


 慎重に皮を剥きながら聞いてみると、翔は分かりやすく教えてくれた。


「これはマダイだ。体に青い斑点があって、尾びれの先が黒いだろ? でかくなると一メートルくらいのやつもいるから、これは小せえ方だな」


 煮ても焼いてもおいしいので、調理がしやすい魚らしい。今回は、頭をスープにして身は唐揚げ、白子や肝は蒸し焼きにするとのことだった。聞いているだけでお腹が減ってきそうだけど、捌く手伝いは無理そうだ。料理が完成したら、ありがたく感謝していただこう。


「さすがは海のコックさんだね」


 下手に勉強するよりも、数年海で過ごした方がしっかり学べる。これぞ実践に勝るものはなしだ。


「俺は海生まれの海育ちだからな」


 なんと。まさに適材適所。


「陸に上がりたいと思ったことはないの?」

「五年だけ陸にいたこともあるぜ。でもやっぱ海の方がいいな。住み慣れてるし」


 どんな場所でも住めば都というけれど、だだっ広い海で不便を感じたりしないのかな。


「お前だって、ここにいりゃあだんだんと慣れるさ」

「そういうものかなあ」

「そうそう……って、おい! どこまで皮剥きしてんだよ!」


 和やかに会話をしていたけど、翔が急にエマの手元を見て声を上げた。


 バレたか。


「ちゃんときれいに剥けてるでしょ?」


 失敗したことは自覚しつつも、しらばっくれて笑顔を作る。が、もちろん翔には通じなかった。


「分厚く剥きすぎ! 皮じゃねえとこまで剥いてるし!」

「茶色い皮を全部取ろうとした結果です」

「何が結果ですだ! これじゃあちっとも実がねえじゃん!」

「おいしいところは残ってるよ」

「バカ野郎! じゃが芋は皮のところに一番栄養があるんだぞ? 新じゃがなんか丸ごとだって食べられるくらいなのに……!」


 最後には言葉を詰まらせ、彼は悲しそうに目を閉じる。


「お前……、料理できなかったのか」

「はい。すいません」


 素直に認めた。


「……華朝で一人暮らししてたって聞いたけど」

「自炊できないのでほとんど買ってました」


 一人暮らしの女は料理上手と思うのは偏見だ。むしろ一人だからこそ手を抜くし、買えばおいしいものがたくさんあるのに、わざわざ料理をする気なんて起きなかった。おまけに、毎日仕事でへとへとになるまで働いて、疲れて帰ってからご飯を作るなんて気力もなかった。


 料理ができなくたって生きていけるもん!

 恋人はできたもん!


 内心、声を高らかに叫んだけど、独りの現状を考えると言葉には出せなかった。


「包丁が使えないってことは、味つけもできないってことだな?」


 がっくりと肩を落として呟いた翔に、エマは自信を持って頷いた。


「味見なら任せて!」

「それは料理じゃねえ!」


 いたいけな少女の頭にチョップを落とすとは、容赦ない人だ。


「痛ーい!」


 訴えたところで、謝罪の言葉は返されない。


「貴重な食材で遊んだ罰だ」


 いや、遊んだわけじゃなかったんだけど。

 結局、役立たずの烙印を押されたエマは、「邪魔だから出てけ!」と厨房から追い出されてしまった。


「何よ。どんなことでもやらなきゃうまくなれないじゃない」


 役に立てるようになるために、前向きにチャレンジしようと思ったのに。元々手先は器用だし、料理だって練習をすれば習得できるはずなのだ。今までやらなかったからできないってだけで。

 独り言を呟きながら通路を進むと、木箱を抱えた准と出くわした。


准兄(じゅんにい)!」

「……兄?」


 何やら複雑そうな顔で振り向かれたけど、訂正するつもりはない。彼の面倒見の良さと異性を感じさせない安心感は、まさに兄と呼ぶに相応しいものだ。初対面の時から海賊っぽくないとは思っていたけど、元軍人と聞いてますます兄感が高まった。一見真面目で誠実なのに、実は結構フランクで融通が利くところとか、これぞ友だちに自慢できる理想のお兄ちゃんだ。


「何を持ってるの?」


 ひょいと背伸びをして彼が抱えている木箱を覗いたけど、蓋が閉まっていて中身は見えない。


「源じいに頼まれた薬だ。甲板で天日干しするんだよ」


 湿気で悪くならないよう、時々風通しの良いところに広げて乾かすらしい。


「私も手伝うよ!」


 それなら自分にもできると名乗りを上げると、准も喜んで頷いた。


「んじゃあ、頼もうかな」


 こういう雑用なら、エマだって役に立てるのだ。あるじゃん! できること。

 主人に懐いた飼い犬のように、准のあとをついて行く。甲板に出ると、彼がメインマストの下で木箱を下ろした。近くにいたミリが、気づいて声をかけてくれる。


「あれ。エマちゃん着替えたの? そういう服も似合うね」

「ありがとう!」


 早速変化に気づいてもらえたのが嬉しくて、頬が緩む。が、准が木箱の蓋を開けた瞬間、エマの背筋が凍りついた。

 中身を見た途端、時が止まる。数秒経って我に返り、悲鳴を上げた。


「何それ⁉」

「何って、見たまんまだけど」


 平然と、それどころか不思議そうに目を丸くする准に、正気なのかと疑いたくなる。だってその木箱の中、グロテスクなものだらけじゃん!


「これは乾燥ミミズ。こっちは蝉の抜け殻。これはー、ゴキブリだな」

「説明しなくていいから!」


 なんでそんなものが箱いっぱいに入ってるの⁉

 源じいは昆虫採集が趣味とか⁉ にしてもグロいものばっかじゃん!


「うえぇー……」

「これ全部貴重な薬になるんだぞ?」


 これが薬? 考えただけで鳥肌立ちそう。完全に逃げ腰になったエマをよそに、准は大きな麻布を広げると、そこにザザーっと中身を出した。エマの目の前に、汚れた水たまりのように死んだ昆虫が敷かれていく。


 無理。


 一瞬、気が遠のいた。准は何でもないように昆虫の山を崩して広げているけど、手袋なんてしてないし。素手でゴキブリ触れるってどういうことだ。たとえ死んでるとしても、ゴキブリじゃん。てか、これ本当に全部死んでるの? 中には生きてるのもいるんじゃない? いくつか長い触角が動いてるのが見えるんだけど。風に吹かれてるだけだと信じたい。


「ごめん、准兄……。やっぱ無理……」

「また船酔いか?」

「うん……。そんなとこ」


 正確には違うけど、気持ち悪いのは同じだから、訂正しないでそのまま逃げた。あんなものが薬だなんて。


「あり得ない……」


 お世話になることがないように、体調管理に気をつけよう。

 結局、部屋に戻ってベッドに倒れる。枕代わりのクッションに顔を埋めて、ため息が漏れた。


 自分にできることって、なかなかない。


 項垂れながら、何気なく視界に入った自分の右手を見た。ママの形見であるサファイヤの指輪が小さく光った。服装を変えようと思った時、これだけは外せなかった。緑のサファイヤは、慈愛や信頼を表すのだと、いつだったかばば様から聞いたことがある。


 パパが、変わらない愛を伝えるためにママへ贈った婚約指輪。


 ママが死んだあとも、パパはその想いをずっと貫いている。それって、すごく素敵だと思う。贔屓目なしに同世代の人たちと比べても、パパの容姿は整っている。四十歳を過ぎたっておやじ臭はないし、彫りの深い顔立ちは色気があって、剣の腕も立つ。それに加えて大海賊の船長ともなれば、女ウケがいいのも当たり前だ。海賊と聞けば震えてしまう一般の女性でさえ、気の迷いを起こさせるのがパパだった。そんなイケメンダンディーのくせに、数ある誘いを断って一匹狼を通すなんて、我が父ながらもったない。その気になればハーレムだって作れ……、いやいや、天晴だ。それでこそ真のイケメンダンディーというものだ。そして、ここまでパパを骨抜きにしたママもまた、真のイケてる女だったに違いない。


 私も、そんな風になりたい。


 パパとママの関係は、エマにとっての理想だった。ずっと海賊嫌いを主張してたから、このことは誰にも言ってない。でも、ママの深い愛とパパの一途な想いは、一人の女として憧れていた。今はまだ見つからないけど、いつか運命の男性(ひと)に出会ったとき、自分も相手に相応しい女でいたい。


「ここに籠ってちゃ駄目だ」


 流唯さんみたいに剣が使えなくても、ずば抜けた美人じゃなくても、それでもいい女だと言われるように。料理ができなくても、虫を触れなくても、ハンモックに乗れなくても!


「お嬢ー。いる?」


 ふたたび動き出そうとしたときだった。ドアの開閉音が聞こえた直後、ジュリの間延びした声が耳に届いた。


「何?」


 ひょこっと顔を出すと、カーテンの前に立っていたジュリが、おもむろに握り拳を突き出した。


「……何?」


 改めて聞くと、彼が拳を裏返してそっと開く。


「これ……、直せる?」


 掌には、糸が切れてビーズがバラバラになったネックレスがあった。


「さっき甲板で引っ掛けちまって」

「ちょっと待って」


 確か、クッションを作るときにあまった道具を、鏡台の引き出しにしまったはず。記憶を頼りに探してみると、思った通り引き出しの中に裁縫道具の一式が入っていた。でも、糸は普通の手縫い用しか持っていない。


「糸がこれしかないんだけど」

「あ、糸ならこれ使って。釣り糸」

「テグス? ちょうどいいね」


 カーペットにハンカチを広げ、そこにバラバラになったビーズをそっと置くと、ひとつずつテグスに通していく。愛用していたのか、ウッドビーズは所々色が剥げて傷もあった。


「ビーズの色って、順番とかある?」

「羽根のペンダントトップが真ん中で、その両脇が赤、シルバー、ターコイズって並んで、あとは全部茶色」

「赤、シルバー、ターコイズね」


 針穴に糸を通すように、ビーズにテグスを通していく。ビーズの穴が大きいから、通すのは割と楽だった。これならすぐに直せそうだ。


「これ、お気に入りなの?」


 作業をしながら聞くと、ジュリがこくんと頷く。


「安もんだけど気に入ってんだよ。さすがお嬢。器用だね」


 広げたハンカチを挟んで、向かい合うように座ったジュリは、胡坐を掻いて興味深そうにエマの手元を見つめていた。今日は失敗続きだったから、褒めてもらえてかなり嬉しい。


「これくらい簡単だよ」

「でも糸が通んないと苛々しねえ?」

「しないよ。縫い物とかも好きだし」


 ものを作るって、楽しいよね。自分の手で考えながら作る過程も楽しいし、出来上がったときの達成感が味わえるのもエマは好きだ。


「前に働いていたカフェもね、趣味で作ったバッグとか、たまに売らせてもらってたんだ」

「へえ。すげえじゃん。それなら帆の修理とかもできそうだな」


 調子良く答えていて、ふと手が止まった。


「帆の修理?」


 顔を上げて聞くと、ジュリが普通に頷く。


「そ。帆布を縫うのって結構大変なんだよ。俺ちょー苦手」


 それがあったか!

 諦めない気持ちが良い運気を呼び込んだのか、思いがけないところから良いヒントが舞い込んだ。

「ジュリ。ありがとう!」


 お礼を言うと、彼は不思議そうに首を傾げた。


「礼を言うのは俺だけど」

「違うの。ネックレスじゃなくてね」


 ああ、そうだ。ネックレス。これもちゃんと直さなきゃ。


「私、力ないじゃん」


 残り少なくなったウッドビーズに、テグスを通しながらエマは言った。


「みんなと同じようには戦えないし、海賊の娘って言ったって海の知識なんかゼロだし、ここにいても疎外感を感じてたんだよね」


 何かできることはないかって探したけど、見つからなくて。何でもいいから、みんなに認めてもらえることがしたかった。


「でも、あるもんだね。こんな私でもできること」


 帆の修理なら、きっと自分でも役に立てる。それだけじゃない。みんなの服とか小物も、破れたら直せるし、リメイクしたりもできるじゃん。


「ほかにも直すものがあったらいつでも言ってね」


 全てのビーズを通したあと、最後に金具をつけてしっかり結んだ。


「ほらできた!」


 両端を持ってじゃーんと広げて見せると、ジュリがパチパチと手を叩く。


「おー、完璧」

「でしょ?」

「試しにつけてくんねえ?」

「いいよ~」


 ビーズが全部揃っているなら長さは問題ないと思うけど、一応、実際につけてみようと彼の首にネックレスを当ててみた。金具が小さいから、前からだとつけづらい。


「ちょっと顔どけて。ホックが見えない……」

「顔どけるって、どうやんの?」

「だから、下を向いて髪の毛を……」


 言いかけて、言葉が詰まった。ジュリの顔が超近い。しまった。この体勢、彼の首に抱きついてるみたいじゃん。ネックレスをつけてあげるなら、前からじゃなくて後ろに回るべきだった。


 気づいたジュリの目が、自分の方に向くのをやけにゆっくりと感じた。


 彼の瞳に写った自分の姿に、息が止まる。目を真ん丸に見開いて、私ってば何て顔してるんだろうって、他人事みたいに思った。強張った顔で固まって、これじゃあ誤解されるのも当然じゃんって。


「何? 俺の顔に何かついてる?」

「は、早く髪の毛どかしてよ!」

「ああ、悪ぃ悪ぃ。こうでいい?」


 上手く誤魔化せた自信はない。けど、ジュリが下を向いてくれて助かった。さっさと金具を留めようと、動揺を隠しながら彼の(うなじ)を覗き込む。そしたら髪の毛を束ねて押さえている彼の右手が近くにあって、ドキっとした。それは、決してときめきとか胸キュンなんてものじゃなくて。


 怖いと思った。

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