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Sinner E  作者: 藤 子
【海賊編】
36/47

30.できること

 祇利那人は恋人の対象に見られないと言った銀。

 なんで? と理由を聞いたエマに、彼は口を堅く引き結んだ。代わりに答えてくれたのは、エマの中でお兄ちゃんと位置づけされた准だった。ギシっと音を立てて上甲板に上がってきた准に、銀がじろりと睨みを利かせる。


「……お前は船尾の見張りだろ」

「いいだろ。ここでも後ろの海は見えるさ」


 銀とは対照的な笑顔を見せて、准はエマの隣に腰を下ろした。


「流唯のことを話してたのか?」

「うん。私のせいで迷惑かけちゃったから謝ろうと思って。流唯さんにも謝ったけど、銀にも謝っておきたくて」


 銀は流唯さんのことを誰よりも大事にしているから。

 そう素直に答えたら、准がにやりとからかいの目で銀を見上げた。


「大事ねぇ」

「……何が言いてえ」

「別に。それより、エマ嬢の警戒が解けて良かったじゃん。今回は意外と早く打ち解けたな」


 銀という人は、その見た目と口下手から、いつも初対面の相手にビビられるんだと、准が軽い口調で話してくれた。愛想笑いのひとつもすれば違うのに、本人は「楽しくもねえのに笑えるか」という考えだから、この先も改善の余地はないらしい。「本当は流唯よりも乙女だぞ」と耳打ちされて、思わず噴き出してしまった。その声が聞こえなかったのか、銀は鼻を鳴らしてそっぽを向く。そんな彼を見上げて、准は穏やかな笑みを浮かべた。


「お前を最初から怖がらなかったのは流唯くらいだよな」


 警戒はしてもビビることはなかったと、幼いころを懐かしむように准は言った。


「俺たちが出会ってもう十年か。早いもんだな」


 その言い回しが引っかかって、首を傾げたエマに准は笑った。


「あのころのことを、不思議なほどよく覚えてるよ」


 准が流唯さんと初めて会ったのは、政府の合同会議の時だった。近年、海と港を荒らしている海賊を一掃するために打ち出された作戦で、潜入員として選出された人員の一人が流唯さんだった。彼女は、機密部隊副隊長補佐という役職に就いていて、相棒の副隊長と一緒に選出されていた。上司の紹介を受けて席を立った流唯さんは、まだあどけなさの残る少年だった。そのとき海軍にいた准は、海の知識と経験を基に、機密部隊の彼らを補佐する役割として選出された。


「政府の作戦で、流唯の相棒がパールクイーンと敵対中の海賊に単独潜入して、流唯と俺がパールクイーンに潜入したんだけどな」


 パールクイーンは、ボルボアの許可がなければ仲間になれない。それは当時も同じだったが、ラッキーなことに流唯さんがボルボアに気に入られて、准も一緒に引っ張られる形で潜入できた。そして一年という時間をかけてパールクイーンを誘導し、最終的には処刑する予定だったが。


「この通り、ミイラ取りがミイラになっちまったってわけだ」


 流唯さんも准も、パールクイーンに情を移した。その結果、捕獲されたパールクイーンを救出して、准は船に戻った。


「でもパールクイーンが自由になっても流唯は船に戻らなかった。あいつには別の目的があったんだよ」

「……その目的って?」


 尋ねたエマに、准は一拍の間を置いた。


「……お前も祇利那人なら、四年前に祇利那で起きた事件を知ってるか?」

「四年前?」


 何かあっただろうかと、記憶を辿る。四年前となると、エマはすでに華朝に来ていた。当時は十六歳で、一人暮らしに慣れてきたころだ。グレイが頻繁にやってきては、船に戻るよう説得された。それで剥きになって華朝のアパートに留まっていたのだ。祇利那は黒豹がいて危ないとか、理由を無理矢理こじつけて。


「…………黒豹?」


 当時、祇利那を騒がせていた事件。政府関係者が次々と何者かに襲われ、暗殺された。あまりの続発に祇利那の首都は夜間外出禁止令が発令され、緊急事態宣言が出されたのだ。後に指名手配された犯人は、黒い身なりで暗躍することから『黒豹』と呼ばれた。本名までは覚えていないけど、そのころは華朝の大都にも大量に手配書が貼られていて、「黒豹なのに金髪なんだー」とぼんやり思ったのは覚えている。当時の事件として思い当たるのはそれくらいだが。

 呟いたエマに、准は深く頷いた。


「それが流唯だ」


 長年に渡り、彼女の兄は祇利那に捕らえられていた。その兄を救い、復讐に命を懸けていた。


「祇利那の要人たちをことごとく抹殺し、掴んだ機密を華朝政府に流し、祇利那政府を解体に追い込んだ。五億の賞金はそのときに懸けられたものさ。海賊をやっていたときじゃない」


 海賊だったのは、たった一年。それも正体を偽った潜入だった。だけどパールクイーンのみんなは、当時と変わらず今も流唯さんを仲間としている。それは、騙されていたとしても、キャップ自身が認めて引き入れていたから。一緒に過ごした時間が嘘ばかりじゃなかったと、クルーたちは分かったから。目的を果たした今こそ帰って来いと言っていたのだ。


「だけど黒豹は無敵じゃない。あいつの暗躍には犠牲も多かった」


 流唯さんが、目的を遂げるために失ったもの。


「支えだった相棒も、腕を磨き合った親友(ライバル)も、黒豹を守るために死んだんだ。ボルボアに聞いた話では、密かに惚れていた男がいたそうだが、そいつも死んだらしい。それで最後には自分も死のうとしてたもんで、パールクイーンが引き留めたってわけだ」


 死は謝罪にならない。生きることで誠意を見せろと説得して。だけど流唯さんは、今でも死を望んでいる。自分を無価値だと思い込み、身体を傷つけても平然としている。


「そういうわけで、流唯は祇利那に一物(いちもつ)があるのさ」

「……だから、銀は気持ちを伝えないの?」


 見上げた先で、銀は海を見つめていた。見張りの役目をこなしているようで、胸の内ではもどかしい葛藤を抱えているようにも見える。


「流唯にとっては因縁の国だったから、祇利那人の銀は気にしてるんだろうよ」


 彼の気持ちを察して代弁した准に、銀はむすっとした顔で振り向いた。


「俺はただ……、今のあいつを何とかしたいだけだ」


 強がりとも思えるその台詞に、准が肩を竦める。


「まあ、それもあるよな。今の流唯は、生きる意味が見出せなくて途方に暮れてるし。昔のあいつを知ってるパールクイーンとしては、その尻を引っぱたいてやりたくてうずうずしてるからな」


 もっと自分を大事にして、前を向いて生きてほしい。相棒も、親友も、恋人も失った。でも一人じゃないだろ? って、気づかせたい。だから、生きることを放棄したがる彼女を無理にでも捕まえて厳しく当たる。一人になろうとする彼女にしつこくちょっかいを出している。早く本当の流唯さんに戻ってほしいから。


「そうだったんだ……」


 彼女に懸けられた五億という賞金。その巨額の理由を初めて知った。流唯さんという人は、本当に自分とは違う世界の人だったのだ。


「……ありがとう。話してくれて」


 今まで、彼女を知らないせいで抱いた思い込みや誤解によるモヤモヤが、心の中で溶けるように消えていった。准から見たら、エマはまだ子どもなのに、こんな大事な話をしてくれて感謝した。彼が話してくれたのは、ちゃんと人として扱ってくれてるからだと思う。一緒に生活をする者として、エマのことを受け入れてくれているからだ。

 心から礼を告げたエマに、准は眉尻を下げて苦笑した。


「お前、パールクイーンとの付き合いに苦戦してたろ。特に流唯に」

「う……」

「打ち解けるには相手を知るのが一番だけど、流唯は自分のことを進んで話す奴じゃないし、銀はこの通り口下手だし、教えてやるなら流唯との付き合いが一番長い俺が適任かと思ってね」


 確かに、これは准にしか話せなかったと思う。流唯さんと准は、パールクイーンになる前に同じ政府で出会っていた。パールクイーンで流唯さんが過ごした一年が任務だったなら、補佐としてついていた准しか知らない部分もあっただろう。それを察して、准は自ら話してくれたのだ。

 エマが馴染めないのを見るに見かねて動いてくれるあたりは、さすが世話焼きなお兄ちゃんだ。


「さっき船長室に行ったときも、大方、流唯がボルボアに叱られたんだろ?」

「うん……」


 翔だけじゃない。パールクイーンのみんなが見ずとも分かっていた。


「キャップが流唯にきつく当たるのは、お前とは関係ねえよ」


 エマは叱られず、流唯さんばかり責められる理由とは。

 エマが子どもで、流唯さんが大人だから。エマは部外者で、流唯さんは仲間だから。エマは弱くて、流唯さんは強いから。そのどれでもない。流唯さん自身に問題があるからなのだ。

 今までずっと彼女を見てきたから、キャップもクルーたちもそれが分かる。


「だからさ、エマが自分を責める必要はねえよ。だよな? 銀」


 話を振られた銀も、エマを振り返って頷いた。


「ああ」


 短く返された言葉に、胸がいっぱいになる。

 彼らがこんな話をしてくれたのは、力のないエマが自己嫌悪にならないように。決してエマを責めなかったキャップや、自分たちの落ち度だと言い切った翔も、同じ真意があったのだと気づいて有難かった。




 ◇◇◇




 ピュー、ホロロロローって、野鳥の長閑な声が聞こえる。

 海は凪いでいて、パールクイーン号は辺り一面の大海原でぷかぷかと浮いていた。前にも後ろにも、もちろん右にも左にも船は進まず、甲板の上では数人のクルーが悟りを開いた仙人のように呑気なオーラをまとって釣りを楽しんでいる。

 その船の先端、女神の船首像の上では、流唯さんが胡坐を掻いてタバコをふかしていた。遠目にしか見えないけど、頬の腫れは引いているように見えて密かにほっとした。きっとすぐに冷やしたのが良かったんだろう。彼女は、ぼんやりと遥か前方を眺め、脱力した様子で呆けていた。


 最初は、恵まれた容姿で男にモテて、誰にも物怖じしない恰好いい女性だと思った。誰もが羨むような輝かしい人生を歩んでいるように見えた。若いころにやんちゃして海賊になったものの、次第に落ち着いて引退したんだと思っていた。だけど、実際はエマとは次元の違う壮絶な経験をしてきたのだと思うと、なんだか近寄り難かった。


 彼女の近くでは、お決まりのごとく銀が黙々と腕立て伏せをしていた。まるで、女王に仕える護衛騎士のように。


「エマちゃん。大丈夫?」


 いきなり声をかけられて驚いた。体が跳ねて振り向くと、驚いたエマに驚いて目を丸くするミリがいた。今日も変わらず爽やかだ。


「ぼーっとしてるから、気持ち悪いのかと思って。大丈夫?」

「あ、うん。ちょっと考え事をしてただけだから」


 いつもいつも、この人は優しい。できることなら、彼の奥さんより先に彼に出会いたかったな。まあ、もう諦めたけど。


「まだ疲れが取れないんじゃない? 無理しなくていいからね」

「ありが」

「甘いんだよ。ミリ」


 感激してお礼を言おうとしたエマを、唐突に冷たい声が遮った。


「クイーンの手を煩わしたんだ。少しくらい反省させるべきだぜ」


 悪びれもなくそう言い放ったのは、まだ名前を知らないチャラ男だった。さらさらと流れる金髪に、キリっとした目つきが生意気そうな印象だ。身長は流唯さんと同じくらいだろうか。男にしては小柄だけど、細身で俊敏そうな男だった。ヘブンズノックに捕まっていたとき、甲板に連れ出されたエマを庇ってくれた人だ。


「シーウルフの頼みじゃしょうがねえと思うけど、いくら何でもこれはねえだろ」


 これ? 本人を前にして物呼ばわり⁉

 ムッとして口をへの字に曲げたけど、間近で睨まれて足が竦んでしまった。


「何だよ。何か文句でもあるのか? 役立たず」


 うぅ。カチンときたのに逆らえないのが悔しい。

 パールクイーンのみんなは優しいって思ったけど、やっぱり例外もいたみたい。チャラ男の言葉も当然だって分かるけど、でもさ……


「そういう言い方はないだろ、ミッチ!」


 そうそう! そうだよね! 言い方ってもんがあるよね!

 庇ってくれたミリに縋りつきたくなった。この人はつくづく乙女のツボに嵌ってくれる。


「俺は本当のことを言っただけだぜ。世間知らずで力もねえ。そのくせ主張だけは一人前とか、最悪だね。普通のガキだってのは分かるけど、来たなら来たで、それなりに誠意を見せてほしいね」


 どこから見ても棘だらけの言葉が、エマの胸に突き刺さる。


「お前だって、流唯ちゃんを巻き込まれて何とも思わねえのかよ。うちはお子様向けの遊覧船じゃねえんだぜ」


 矛先を変えたチャラ男の指摘に、ミリも口を噤んだ。それが何を意味しているのか、エマにも分かって悲しくなる。

 ミリだって、パールクイーンの一人なのだ。彼もまた、流唯さんのことを大事にしている。エマのことを庇いつつも、チャラ男に同調する感情を持っているのだ。


「だいたいとして、俺、乳臭えガキは嫌いなんだよね。毎回尻拭いを押しつけられたんじゃたまんねえよ」

「それはお前の好みの話だろ? 彼女はパールクイーンが受け入れた子なんだから、守ってやるのは当然じゃないか」


 本当は流唯さんを巻き込まれて嫌な気持ちがあるのに、それでも庇ってくれるミリ。なんだか居たたまれなくて、彼の顔を見れなかった。


「だったら、役に立てばいいんだろ?」


 申し訳なくて俯いたエマの耳に、空気を変える声が届いた。

 咄嗟に見上げたら、いつの間に来たのか、セスの姿があった。


「お嬢はお嬢なりに頑張ってるんで、もうちっと温かい目で見てくれませんかね」


 先ほどから苛立ちをぶつけていたチャラ男に向けて、彼は言った。


「俺らはまだガキなもんで」


 にぃっと口元を上げる表情は堂々としていて、挑発的にも見えた。相手は凄腕海賊だっていうのに、一歩も引けを取らない。


「本領発揮はこれからだよな?」


 そうフォローしてくれたセスに慌てて頷くと、チャラ男はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「なら、お手並み拝見といこうじゃねえの」


 吐き捨てるように言って彼が去っていくと、思わずため息が漏れた。気が抜けて胸を撫で下ろすエマの前で、ミリがセスをこついている。


「やるじゃん。用心棒」

「そんなことないっすよ」


 こつかれたセスは、否定しつつもまんざらでもない様子で浮かれている。でも、ふたたびエマの方を見たセスは、優しい目をしていた。

 彼は、ぽんとエマの頭を撫でて去っていく。特に何も言わなかったけど、頑張れよって応援されてる気がした。


 私にも、できることがあるかな……。


 チャラ男の言葉は耳が痛かったけど、素直に受け止めるべき言葉だったとも思う。ちゃんと人として見てくれた准や銀たちの気持ちにも応えたい。慣れない海の上で、力も知識もない自分ができること。顔を上げ、辺りを見回して考えた。ジゼルと翔が、だるそうに木箱に腰かけて何かを話しながら釣りをしている。そのとき、昨夜に翔が言っていた言葉を思い出した。


――剣を持って戦うだけが全てじゃねえだろ?


 無理をして鍛える必要はないと、翔は言った。つまりは、みんなと同じように強くなろうとしなくてもいいんだと。


 強い人だらけのこの船で、弱いエマにできることは。

 がさつな男だらけのこの場所で、女の自分にできることは。


 エマは踵を返し、部屋に戻った。

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