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Sinner E  作者: 藤 子
【海賊編】
20/47

14.賞金首

「集会?」


 二人の男が帰ったあと、流唯さんが見たのは、宴会場と化したリビングだった。

 料理用に置いておいたラム酒やワインは、一本残らずパールクイーンの腹の中へと消えていた。しかしそれだけでは当然足りず、彼らは各々が持参した酒を酌み交わし、戻ってきた彼女につまみを作れと要求した。

 今日は泊まっていく気だと見抜いた流唯さんは、仕方なく家にある材料で手際良く何品か料理を作ると、盛り上がるみんなを放置して出かける準備を始めたのである。


「組合の集まりがあるんだよ。早めに戻るから、のんびりしてて」


 その言葉に、パールクイーンは従わなかった。


「俺らも」


 一緒に行くと言いかけたキャップは、流唯さんのひと睨みで口を噤んだものの、それじゃあ俺なら大丈夫だろと手を上げたセスは、いかにもな容姿から却下された。今こそチャンスとばかりにエマが名乗り出たが、パールクイーンの皆さんはなんだか不満顔で、その結果、女装したキャルも一緒に行くことになったのである。


「なんでこうなるかな……」


 ため息交じりにつぶやいて、流唯さんは歩く。その右隣に並んで歩きながら、エマも内心で同じことを思っていた。流唯さんの左隣は、見事に女装したキャルが腰をくねらせて歩いている。


 今度こそ、逃げるチャンスだったのに。


 キャルが一緒になったおかげで、またもや機会を逃してしまった。こうなると、これもキャップの企みなんじゃないかと疑いたくなる。エマが逃げたがっているのを気づいていて、それを阻止するためにキャルを行かせたんじゃないかと。


「いつになっても君たちは変わらないね」


 呆れる流唯さんに、キャルはお色気たっぷりのウインクを返した。


「懐かしいだろ?」

「……前にも増して女装に磨きがかかったことに引いてるよ」


 流唯さんの言葉に、エマもうんうんと頷いた。


 キャルの場合、もう女装のレベルじゃないと思う。


 若いころならともかく、三十歳を過ぎて女装ができる男ってどうなの? いくら中性的な顔立ちでも、年を取ると体格なり声なりに男っぽさが出るものだと思うけど。キャルにはそれが感じられない。どこからどう見ても女性らしいお姉さんだ。奥二重の垂れ目が男のときより色っぽく見える。


 パールクイーンの七不思議だ。


 海賊でありながら、どうやってこの美を作っているんだろう。裏声も自然な声に聞こえるし、……ちょっとムカつく。男のくせに、女のエマより美人になれるってどういうことだ。


 おじさんのくせに。


「エマちゃん。何か言った?」

「え! ううん。言ってないよ」


 心の中だけで言ったのに、なんで気づくの?

 女装なのに、女の勘まで働くなんて怖すぎる。


「ところで流唯ちゃん。組合って何のこと?」


 エマが密かに怯んだのも気づかず、キャルは相変わらずマイペースだ。


「農家の組合。私は正式な農家じゃないけど、野菜を出荷させてもらってるから、一応組合にも出てるんだよ」

「そんなことできるの?」

「昼間に来た人がいい人でね。本業は土木なんだけど、農業にハマって開業しちゃった兼業農家なんだ。あの人顔が広いから、コネで仕事ができるようにしてもらえたんだよ」

「……ふぅん。流唯ちゃんが農家ねぇ」


 流唯さんは楽しそうに話しているけど、キャルも彼女が農業をやっているのは意外らしい。むしろ海賊としての流唯さんを知っているから、余計に違和感を感じるみたいだ。


「おーい。理子ちゃーん」


 石畳の道を十五分くらい歩いたところで、張りのある声が耳に届いた。顔を上げると、大きな一軒家の軒先で大柄の男がブンブンと手を振っている。例の、昼間に流唯さんの家に来ていたおじさんだ。


「おや。お友達も一緒かい?」


 屈託のない笑顔で聞かれ、流唯さんが親しげに答えている。


「すいません。一緒に行くって聞かないもんで」

「だってぇ、せっかく遊びに来たのに留守番なんてつまらないじゃないですかぁ」


 ……キャル。余計なフェロモン出しすぎだよ。

 無意味に色目を使う彼の様子に、流唯さんもエマもドン引きだった。


「いいじゃねえか。華があって。むさ苦しい野郎はお断りだが、綺麗なお姉さんは大歓迎だよ」


 そう言って、おじさんは喜ぶ。気さくで飾り気のない笑顔が素敵な人だった。


「また出た。太蔵の女好きが」

「すけこまし!」

「おいおい。俺は頑張ってる理子ちゃんを応援しているだけであって……」


 周囲からのヤジに、剥きになって反論している。


「さあさあ、そろそろ時間だ。みんな中に入っとくれ」


 家主らしい人の一声で、その場にいた人たちがぞろぞろと家の中に入っていく。みんな顔見知りらしく、集会は和やかな空気に包まれていた。広間に入っても、ガヤガヤと話し声が続いている。


「なんだか楽しそうですね」


 こういう田舎の雰囲気って、あったかくて好きだな。時間の流れがゆっくりで、居心地がいいなと思ったけど、隣にいた流唯さんは無反応だった。


「……流唯さん?」


 不思議に思って顔を覗くと、彼女は何事もなかったようににっこり微笑む。


「ああ、そうだね。この町は大らかな人が多いからね」


 返事も普通に返されたけど、なんだろう。この違和感。


「理子ちゃーん。みんなにお茶を配るの手伝っとくれ」

「はい」


 元気なおばちゃんに声をかけられ、流唯さんはトレイを受け取ってみんなにお茶の入ったカップを配りだした。その様子も、これといって不自然な感じはしないけど。


 気のせいかな?


 首を傾げつつも、大して気にせずエマもお茶をもらおうと思ったときだった。室内の一角で、突如悲鳴が上がった。


「太蔵さん!」

「どうしたんだ! 太蔵さん!」


 何事かと覗いて見ると、騒ぎの中心に背中を丸めた男と、トレイを持って真っ青になっている流唯さんがいた。男の方は、太蔵と呼ばれていたあの大きなおじさんだ。彼は喉元を抑えてしゃがみ込み、苦しそうに呻いている。その傍らで、小柄な男が彼を介抱しながら医者を呼べと叫んでいた。


「なぁに? どうしちゃったの?」


 キャルが流唯さんのところに行って、間延びした口調で尋ねている。話すこともできずに運び出された太蔵さんの代わりに、小さい男が事情を推察した。昼間、太蔵さんと一緒に流唯さんの屋敷に来ていたもう一人のおじさんだ。正生(まさお)と呼ばれ、こき使われていたのを覚えている。


「毒か。そのカップに毒が入っていたんだな?」


 彼は流唯さんを睨み、大きな声で叫んだ。


「そのカップに毒を入れただろう⁉」

「……私は何も」

「嘘言うな! この紅茶を出したのはあんただろうが!」


 彼が剥きになって攻め立てる一方で、淡々と答える流唯さんに周囲の人たちも加勢していた。


「落ち着け、正生」

「そうだよ。滅多なことを言うもんじゃないよ」


 理子ちゃんがそんなことをするはずがないと、口々に言って彼を責めている。


「第一、なんで毒が入ってたって言い切れるわけ?」


 キャルも冷静に指摘して、流唯さんを弁護しようとしたけど。



「そいつがやったに決まってる! そいつは本当は犯罪者なんだからな!」



 正生の口から、怒号のような叫びが飛び出した。


「みんなも騙されてるんだ! こいつの正体は国家に仕える軍人を無差別に殺傷した大量殺人犯だぞ⁉」


 今の今まで、和やかな空気に包まれていた室内が一変した。そんなはずがない、何かの間違いだと言いながらも、みんなの顔には疑いの色が浮かび始めている。


「これを見ろ!」


 とどめとばかりに突きつけられた一枚の手配書。

 流唯さんの似顔絵の下に、罪状と、懸賞金の額が記載されていた。


「そしてそっちの女の正体は海賊パールクイーンの航海士キャルだ」


 続けて出された手配書に、キャルの写真と、罪状と、賞金額が。


「家には船長のボルボアもいるぞ。さっき確認してきたからな。あれは見間違いなんかじゃねえ。大都に出荷しに行ったとき、街中に奴の手配書が貼られてたのを見たんだ。八億なんて賞金がついてたから、驚いて見入っちまったもんで、よぉく覚えてるぞ!」


 一人でまくし立てる正生の口から、笑いがこぼれる。勝利を掴み取った笑いだった。これでどうだと言わんばかりの態度は、病的にも見えた。人々の疑いは確信へ変わり、誰もが犯罪者を見る目で流唯さんたちを見つめる。彼女の近くにいた人は、身を守ろうとして無言で後ずさった。エマの近くにいた人でさえ、恐怖の表情で離れていった。見覚えのある光景だった。

 彼らの表情に、エマの心が冷めていく。エマが海賊の娘だと分かったときに、態度を変えた友人たち。エマが犯罪者の娘だと分かったときに、離れていった知り合いたち。彼らと同じだった。のんびりしていて、あったかそうな人たちだと思ったのに。こんな田舎でさえ、偽善だらけだ。


 だから私は普通になりたかった。


 何も悪いことなんてしていないのに、白い目で見られるなんて。怖がられて、逃げられて、孤独を感じるなんて嫌だったから。エマが密かに両手を握りしめたとき、重い空気を一人の男が一掃した。


「これだから田舎者は嫌だよねぇ」


 キャルだった。正体がばれたって言うのに、彼は全く動じていない。


「よく考えてみなよ。犯罪から足を洗って静かに暮らしていた人間が、自分から騒ぎを起こすと思う?」

「それは、太蔵さんに正体がばれそうになったから口封じのために」

「普通さあ、口封じなら目立たないようにするって。なのにわざわざこんなに人がいるところでやるってことは、見せたかったわけでしょ?」


 強気で責める正生にも、彼は至って冷静だった。この事件の目的は、できる限り証人を多く作り、犯人が逃げられない状況を作り出すこと。そうすることで、真犯人に目が向かないよう仕組んだのだと見抜いていた。


「簡単だよねぇ。その手配書一枚見せるだけで、簡単に犯人を作れるもんね」


 前科のある人物を罪人に仕立てるなんて雑作もない。だけど、ただ手配書を見せるだけでは押しが足りない。犯罪とは縁遠い田舎では、他人の空似だと片づけられる可能性もあるだろう。おまけに彼女と一緒にいるのは海賊だ。仮に流唯さんを追って来たのだとしても、本来なら海にいるはずの連中が、船を残してこんな奥地まで来るとは考えにくい人もいる。

 そこで、人々の目の前で事件を起こし、流唯さんをより犯罪者へと結びつける後押しにしたのだ。彼女を罪人にさえしてしまえば、ほかのこともうまくいく。


「そしたら、巨額の賞金が手に入る上に、英雄にもなれちゃうもんね」


 大物を捕らえたことで注目を浴び、政府からは一生遊んでも使いきれない大金が支給される。


「どう考えても、同機はあんたの方があるでしょ。まさおちゃん」

「なんだと⁉」

「だって、毒だって言い出したのもあんたじゃん。病気の可能性だってあったのに」

「そ、そう言うならその紅茶を飲んでみろ! 毒が入ってないなら飲めるだろ⁉」

「そう言われて飲む奴がどこにいるっつーの」


 確かに、その通りだとエマも思った。けど。


「いいですよ」


 すんなり頷いた人がいた。流唯さんだ。


「飲んじゃ駄目だよ。これは罠だ」


 止めようとするキャルの言葉も聞かずに、彼女は一気に飲み干した。

 太蔵さんが飲んで倒れた、紅茶の残りを。

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