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Sinner E  作者: 藤 子
【海賊編】
16/47

10.誤解

「化粧よーし! 髪の毛よーし! 着替えよーし!」


 自室で鏡の前に立ち、全身をチェックしてほっと一息ついた。

 化粧をしなければ、エマの一日は始まらない。着替えをしなければ、エマのオンとオフは切り替えられない。きちんと化粧をして身なりを整えて、初めて活動的な一日を過ごせるのだ。

 気持ち的な問題だけど、今までずっとそうしてきたから、やらないとどうも落ち着かない。


 流唯さんみたいな美人なら、化粧やお洒落なんていらないけど。


 何もしなくても彼女は綺麗だ。冴えない服を着たとしても、彼女ならきっと(さま)になる。エマのように、必死になってすっぴんを隠す必要もないだろう。

 比べるのは良くないって思うけど、心のどこかで比較してしまう自分がいた。

 これでは駄目だと、気持ちを改めて部屋を出る。王子様(ミリ)の様子でも見に行こうと食堂に向かったら、途中で騒ぎ声が聞こえて足が止まった。


「絶対似合うって!」

「無理」

「試しに着てみたら⁉」

「無理ったら無理」


 開けっ放しのドアの先で、キャルが流唯さんに詰め寄っている。


「せっかく女に戻ったんだからさぁ、勇気を出して着てみなよ!」

「趣味じゃないし」

「こういうのが着られるのって今だけだよ? 三十路過ぎたらどんなに可愛くたって無理がでてくるんだから!」

「大丈夫。キャルなら四十になっても似合うよ」

「まあ、そうだけど……って、俺にすり替えてどうすんの!」


 どうやら、キャルが大人買いした大量の衣装は、流唯さん用だったらしい。年に一回のお楽しみというのは、彼女をコーディネートすることだったのだ。しかし、二人の押し問答を聞いていると、結果はキャルの無駄足に終わりそうだ。必死に説得を試みているけど、流唯さんの拒絶の壁は高くて分厚い。


「エマっちだってそう思うでしょ?」


 気づいたキャルに、話を振られて驚いた。

 不意を突いた質問に、「うん」も「いいえ」も返せない。


「流唯さんなら何を着ても似合うと思うけど、好みは人それぞれだから……」


 曖昧に言葉を濁したエマに、キャルは目を吊り上げて詰め寄った。


「でもこれ、可愛いと思うでしょ? エマだって素敵って言ってたじゃん!」

「う、うん……。そうだけど」

「いつも無難な格好ばっかしないで、たまには冒険も必要だと思わない? 新しい自分に気づけることだってあるじゃん」


 まあ、彼が言っていることも分からないでもないんだけど。


 望んでいない人に強要するのもなあ……。


 第一、会ったばかりで言うのも何だけど、キャルが部屋に広げた大量の服は、あまり流唯さんっぽくない気がする。裾にレースがついたフレアースカートのワンピースとか、可愛いパスフリーブのブラウスとか、ほとんどが少女ちっくで甘い感じだ。

 一方、流唯さんはというと、落ち着きがあって大人っぽくて格好いい。こういう人には、フレアースカートよりタイトスカート、パフスリーブよりノースリーブの方が似合いそう。

 早い話、流唯さん自身が十分色っぽいから、レースとかフリルで女らしさを強調しなくてもいいってことだ。

 密かに納得したエマの前で、キャルはがっくりと肩を落としてうなだれる。


「せっかく買ってきたのに」


 だけど流唯さんも負けじと言った。


「いつものことながら頼んでないし。むしろいらないって言ってるし」

「でも昔と今は違うじゃん。ちゃんと女の子になったんだから、今なら何でも着られるじゃん」

「だからって何でも着るつもりはないし」

「せっかく女の子に生まれたのに、それを生かさないなんてもったいないよ!」


 ふたたび剥きになったキャルに向かい、流唯さんが冷静に言葉を返す。


「なんだかんだ言って、そういう服が好きなだけでしょ」


 ぎくり。って、キャルの体から音が聞こえたような気がした。

 核心を突いた流唯さんは、形勢逆転とばかりに一気に彼を攻め立てる。


「だいたいとして、このやり取りを一体何年やってると思うのさ」

「う……」

「毎度毎度繰り返されればそれくらい気づくって。キャルの本心なんかお見通しだっつーの」


 吐き捨てるように言って、流唯さんはポケットからタバコを出した。よれた箱から一本を抜き取り、咥えて火をつけようとしたけど、そのタバコをキャルが乱暴に奪い取った。


「この部屋は禁煙! 服に匂いがついちゃうだろ!」


 そして彼は、開き直った。


「そうだよ! 俺は可愛い洋服が好きなんだ! 自分で選んだ服を可愛い子に着せて眺めるのが好きなんだ! でも周りは野郎ばっかなんだからしょうがないじゃん! たまにしか会えないんだから、会ったときくらい我が儘聞いてくれてもいいじゃん! 流唯ちゃんのケチ!」


 子供のように叫び散らし、涙目で訴えている。


「俺にとって流唯ちゃんは本当に貴重な女子なんだぞ⁉ しかも顔だって綺麗じゃん! 放っておいたらもったいないじゃん!」


 この人、なんで海賊になったんだろう。

 そんなに洋服が好きなら、服屋にでもなれば良かったのに。こんなに服への情熱を持っているなら、カリスマ店員になれそうだ。

 他人事として聞きながら、ぼんやり思っていたエマの耳に、流唯さんの歯切れのいい声が届いた。


「女子ならいるじゃん。もっと可愛い子が」

「……え?」


 どこに? と思って顔を上げたら、流唯さんとキャルの視線が自分へと向いていた。



「…………私?」



 思わぬところで火の粉が。


「おお! 本当だ」


 キャルがぽんと手を叩く。


「エマっち! ありがとう!」


 えっと、私はまだ何も言ってないですが。


「そうそう。エマっちを見たとき、可愛いと思ったんだ。男前の流唯ちゃんはちょっと無理があるけど、エマっちなら俺の服にぴったり合うって」


 ……キャルさん。隣に流唯さんいますけど。

 怒ったかと思いきや、ここぞとばかりに彼女はキャルから逃げ出した。


「んじゃ、そういうことで」


 晴れやかな笑顔を見せて退散していく流唯さんを尻目に、キャルの眼光が鋭く光る。



「身体計測、始めるよ」



 流唯さん用に買った服をエマサイズに直すべく、まずはサイズを測らせろと彼が迫る。


「その服脱いで。ちゃちゃっと測っちゃうから、下着一枚になってね」


 そう言ってメジャーをしごく彼は、獲物を定めた狩人(ハンター)だった。


「えっとぉ……」


 どうしよう。こんなところで貞操の危機が。

 じりじりと距離を詰めるキャルを前に、エマは壁に背をつけてたじろいだ。


「サ、サイズなら、実際に着て直した方が早くない?」

「こんなにいっぱいあるのに、一着一着着てたらきりがないでしょ」

「じゃあ……、口頭で教えようか」

「何言ってんの。測った方が手っ取り早いし正確でしょ」

「で、でも……」

「ほら! さっさと脱いで!」

「あっ……」


 腕を掴んで引き寄せられ、ワンピースの裾がひらりと舞う。彼の左手はエマの腰にがっちり回され、押さえつけられた状況で、彼の右手がワンピースのボタンをはずしにかかった。


 わぁ、素敵なお顔!


 端正なキャルの顔を間近で見て、つい見惚れそうになっちゃったけど、それどころじゃなかった。これはマズいぞ。実は抱き締められていることとか、体が密着していることとか、服を脱がされることとか、とにかく色々問題がっ……!


「キャル! 待って……!」


 半ば混乱した状態で声を上げたときだった。ガチャって短い音がして、部屋のドアが開いた。中に入ろうとしたミリが、室内の光景を目にして硬直した。

 エマを抱き締めて前のめりになったキャル。彼に捕まって恥じらうエマ。胸元はボタンがはずれ、肌蹴て下着が見えている。こんな状況を見たら、誰だって誤解するよね。


「ごめん」


 短く言って、ミリは開けたドアをふたたび閉めた。

 そうだよね。そうなるよねぇ……。って、泣いてる場合じゃなかった。足がもつれそうになりながら、慌てて階段を駆け上がった。


「ミリ!」


 甲板に続くドアの前で、王子を捕まえて引き留めた。


「違うの! 誤解なの!」

「誤解って……」


 戸惑う彼に、半泣きですがりついて説明した。ほかの誰に誤解されても、ミリにだけは嫌だ。ちゃんと分かってもらいたくて、必死に話した。


「だから、ミリが思うようなことは何もないの」

「……本当に?」

「本当だよ! むしろミリが来てくれて助かったんだから」


 危うく身ぐるみ剥がされるところだったし。逆に考えればいいタイミングだったのだ。


「なんだ。俺、てっきりまずいところに入っちゃったかと思ったよ」


 そう言って彼が苦笑いを見せてくれて、心底ほっとした。誤解で避けられるなんて、絶対御免だ。


「でも考えてみればそうだよね。エマちゃんにはぴちぴちの若い彼氏が二人もいるんだし、年の離れたおじさんなんて眼中ないよね」


 誤解だーっ!


「ミリ! そういう意味じゃなくてねっ……」


 どちらかというとその逆!


「大丈夫。二人にはこのこと言わないから」

「そうじゃなくて、あの二人は彼氏でも何でもないんだって!」

「またまたー、照れちゃって」

「照れてないから!」


 こんなに必死になって話しているのに、伝わらないのはなぜだろう。

 ミリ様。そんな微笑ましい眼差しで私を見ないで。


「同時に二人を好きになるとか、若さだよねぇ」


 俺も昔はあったなぁとか、思い出に浸るのはやめて欲しい。


「あれは……、パパたちが勝手に決めた婚約者の候補で……」

「でもエマちゃんだって、少しは気になってたりするんでしょ?」

「しないよ」

「まったく?」

「まったくない!」

「……そうなの?」


 根気強く話した結果、ミリはやっと状況を理解した。


「そうかぁ……。そうなのか」


 きょとんとした様子でつぶやいたあと、彼は眉尻を下げて苦笑いを見せる。


「ごめんね。誤解して」


 良かったぁ。今度こそちゃんと分かってもらえたみたい。喜ぶあまり、ミリの苦笑が意味深な笑みに変わったことには気づかなかった。暫くして、引きつった笑顔のセスに「やっぱり眼中にないんだって?」と詰め寄られて悲鳴を上げたが。


 それにしても、まさかキャルのルームメイトがミリだったとは。


 パールクイーンのクルーは二人で一部屋を使うとは聞いていたけど、キャルとミリが一緒だとは思わなかった。そうだと知っていれば、もっとよく観察したのに。まあ、部屋を見る機会はいくらでもあるからいいんだけど。


 これからは、あの部屋に行くときはもっと慎重にしよう。

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