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Sinner E  作者: 藤 子
【海賊編】
14/47

8.再会

「この間シーツ焦がしちゃったでしょ? だから、代わりにと思って」


 繕った笑顔を浮かべ、早口で言って袋を渡す。受け取った銀は、その場で中身を確認すると、ちらりとエマを流し見た。


「……買ってきたのか?」


 そう言う表情が淡々としていて、どう感じているのか分からない。新しいものに換えたって焦げは消えねえよって思っているのかもしれないし、もっといいものはなかったのかって思っているかも分からない。何にしろ忘れてはいないはずだし、代替品を渡すことで誠意を示しておきたかった。


「い、一応私にも原因あるし」


 元を辿れば、ボヤ騒ぎはエマが准を連れてここに来たことから始まっている。

 自分が直接焦がしたわけじゃないけれど、密かに気になっていたのだ。そこで、街へ出たときに新しいシーツを調達した。

 正直、銀への苦手意識があって、買うかどうかかなり迷った。だけど、どうしても気分が晴れなくて、もやもやを一掃するべく購入したのだ。


「えーと、だから、良かったら使って!」


 そわそわと落ち着かず、不自然な笑顔になってしまった。

 会話がテンポ良く進まなくて、沈黙の間が気まずくなる。


「女の人だと好みもあるから、一応シンプルなやつにしたんだ。同室の銀だって可愛らしい柄は嫌でしょ? 壁の焦げは無理だけど、これでベッドだけでも綺麗になるから」


 場がもたなくて、焦って余計なことまで言ってしまった。だけど訂正するのも変に思えて、続きの言葉が出なくなる。


 この空気感、やっぱり苦手だなぁ。


 せめてキャルか准に付き合ってもらえば良かった。シーツを渡すだけだからと、一人で来たことが無謀だったと痛感する。今になって密かに後悔していると、頭上から低い声が降ってきた。


「悪いな」


 その一言が返って来たとき、心底ほっとした。

 ドアが閉まり、彼の姿が見えなくなると、一気に気が抜けて脱力した。


「はぁ……。良かった」


 替えのシーツを渡すだけなのに、なんでこんなに緊張するんだろう。

 悪い人じゃないっていうのは分かったけど、この人に慣れるにはもう少し時間がかかりそうだ。

 でも、これで肩の荷が下りた。やっぱり問題は早めに片づけるに限る。胸の痞えもとれて、気分はすっきり晴れやかだ。


 部屋ではまだジュリとセスが眠っているし、甲板で日向ぼっこでもしようかな。


 と、気楽に通路を歩いていたら、途中で半開きのドアからキャルが見えた。というか、服に埋もれた彼の姿が。


「……こんな早くから整理?」


 思わず声をかけると、キャルは洋服の海に浸ってにんまり笑う。


「年に一度の楽しみなんだ」


 意味が分からない。


「風野祭りは服屋のセールも多いからね」


 つまり、祭りで買いあさった大量の衣類を、次の日に品定めするということか。


「見て見て。これなんか素敵じゃない?」

「わぁ。可愛い!」


 戦利品の一部を広げて見せられ、ついエマも食いついた。


「このネックレスと合わせたらぴったりだと思うんだよね」

「うんうん。素敵だねー」


 清楚なドレスからフェミニンなワンピースまで多様に揃い、しばし時間を忘れてはしゃいでしまった。まさか、海賊船に来てこんな体験ができるとは。驚きついでに、ひとつ引っかかったことを聞いてみる。


「もしかして、キャルってそっち(・・・)系?」


 彼は男なのに、服が全部女ものとくれば、不思議に思うのは普通よね?

 しかし、彼は断固として否定した。


「俺は純粋に服が好きなの。女装は嫌いじゃないけど、そっちの気はまったくないから。勘違いしないでね。可愛い服を見つけてコーディネートするのが好きなだけ! 恋愛対象は当然女! たまにパークイーンの仲間とデキてんじゃないかって疑う奴がいるんだけど、そういうの超迷惑。いくら俺が人並みはずれて綺麗だからって、変な妄想しないでほしいね」


 ……過去にトラウマになるようなことでもあったのかな。


 なんとなく思ったけど、深読みするのはやめておこう。想像しても怖いだけだ。それよりも、戦利品を見せてもらっているうちに話に花が咲いてしまった。服やアクセサリーの話をしていると、なんだか女友だちと話しているみたいで楽しくなる。最初はマイペースで気難しそうな人かと思ったけど、実際はそうでもなかったみたいだ。化粧やお手入れの悩みにも共感してくれるから、一気に親近感が湧いて、ついつい長居してしまった。通路の方から人の声が聞こえてきて、ほかの人たちが起きたことに気づいたときには、あっという間に二時間が過ぎていた。


「わ、もうこんな時間」


 我に返って部屋を出て、自室に戻ろうとしてふと気づく。


 別に、慌てて出ることもなかったんだ。


 買い物は済んでいるし、部屋の改造も終わった今、特にやることがない。部屋に戻っても暇だし、もう一度食堂に行ってみようか。もしかしたら、愛しのミリが朝食を食べに来るかもしれない。


「あ、でも甲板の方がいいかな」


 祭りの翌日じゃあまだ帰っていないかもしれないし。おかえりーって出迎えるのもいいかも。薄暗い通路で立ち止まり、どっちに行くか考えていると、通りすがりのジゼルに頭をわしゃわしゃされた。


「おはようさん。エマっち」

「お、おはよう……」


 もう、せっかく綺麗にセットしたのに。

 ぶつぶつ言いながら乱された頭を手櫛で直していると、今度は別のクルーに声をかけられた。


「何ぼーっと突っ立ってんだよ。邪魔」


 振り向くと、チャラそうな金髪のクルーがガラクタの入った木箱を抱えて立っていた。


 この人も整理?


 ちょっと気になったものの、直接聞くのは気が引けて後ろ姿を見送った。

 すると、また後ろから誰かがやってきた。


「おはよー。エマちゃん。二日ぶりだね」


 迷っているうちに、王子の方からやってきたのだ。


「お、おはよう! ミリも帰ってきてたんだ」

「いま帰ったところだよ」


 この爽やかスマイル! 眩しいね!

 ミリが来ただけで、薄暗い通路がパァっと明るくなって見える。


「エマちゃんはもうご飯食べた?」

「うん。ミリはこれから?」

「俺は食べてきたよ。もう時間も遅いしね。それより祭りは楽しめた?」


 なんて話している傍らで、掃除道具を手にしたほかのクルーたちが行ったり来たり。それがぱたっと来なくなったと思ったら、今度は身支度を整えたクルーたちがいそいそと甲板に上がっていく。歩きながらも手鏡で顔をチェックしたり、しきりに髪型を気にしたり、みんなやけにお洒落して、これからデートにでも行くみたいだ。


 何? どうしちゃったの?


 せっかく王子に会えたのに、気になって会話を楽しめない。

 風野祭りは終わったし、あとは海に出るだけのはず。掃除をして綺麗な船で出航したいっていう心理は分かるけど、わざわざお洒落をする意味が分からない。


「今日って何かあるの?」


 不思議に思って尋ねると、ミリが茶目っ気たっぷりにウインクした。


「今日はね、年に一度のお楽しみなんだよ」


 お楽しみ?

 そういえば、さっきキャルも同じことを言っていた。てっきりセール品を大人買いしたことだと思ったけど、どうやらそうじゃなかったらしい。


「そろそろ時間だ。エマちゃんも一緒においで」

「え? どこへ?」

「こっちだよ」


 訳が分からないまま階段を上って外に出ると、甲板にクルーたちが集まっていた。いないのはジュリとセスだけで、船長のボルボアまでそこにいる。

 そしてクルーたちの大半は、舷側に寄りかかってそわそわしながら林の方を見ていた。


 誰か来るのかな?


 なんだか、何かを待っている感じだ。

 とりあえずエマもミリのそばで様子を見ていると、しばらくして誰かが声を張り上げた。



「流唯ちゃん!」



 流唯ちゃん? ……どこかで聞いたような。

 考えているうちに、クルーたちはみんな舷側に詰め寄っていく。今にも落っこちそうなほど身を乗り出し、中には子どものように手を振る人もいた。


 流唯って確か、銀の……


 思い出しかけたとき、甲板に上がってきた美女を見て思考が止まった。


 ボブヘアーの柔らかそうな金髪、色白の肌に長い手足、瞳の色は澄んだ黄土色で、鼻梁は細く、薄い唇は苦笑気味に笑っていた。その表情が、エマの記憶とぴったり重なる。

 一昨日、居酒屋で絡まれそうになったとき、横やりを入れて助けてくれた金髪美女だ。


 エマの見間違いではないと思う。

 だって、こんな美人、なかなかお目にかかれないもの。


「おかえり。流唯ちゃん」


 駆け寄ったミリが、嬉しそうに声をかけている。

 それを聞いて、先ほど思い出しかけたことを全て思い出した。


――あそこは銀の舎弟専用のベッドなんだよ。

――舎弟?

――そう。流唯(ルイ)っていうね。


 銀の部屋でボヤ騒ぎを起こしたとき、キャルと准が教えてくれたのだ。

 銀はその流唯という人をとても可愛がっていたのだと。でも准が「一応女だ」なんて言い方をしたから、てっきり何か難があるのかと思ったけど。


「どこが一応なのよ……」


 どこからどう見ても女じゃん。それどころか、滅多に見かけない極上の美女だ。

 なんだか近寄りがたくて、遠巻きに眺めていたらふと目が合って驚いた。


 どうしよう。


 動揺して動けなくなったエマを見て、彼女は不思議そうに目を丸くしている。


「誰かの子ども、にしては大きいよね。お客さん?」


 声もよく通る素敵な声だ。


「こちらはエマちゃん。シーウルフから修業に来てるんだ。あ、シーウルフってキャップの古巣の海賊なんだけど、そこの船長の一人娘でね」


 ミリの紹介を受け、彼女がこっちに向かって歩いてくる。


「私は流唯。よろしくね」


 笑顔で手を差し出され、エマは自分の手をごしごしと服で拭いてから握手した。握った手は予想に反して硬かったけど、細くて長い指だった。


「え、え、エマです!」


 緊張のあまり答えた声が上擦って、恥ずかしくて体中が熱くなる。

 そうだ。一昨日のお礼を言わないと!


「あの、先日はありがとうございました!」

「先日?」

「えっと、居酒屋で……、助けてもらって」


 絶対同じ人だと思うけど、首を傾げられると不安になる。


「何? エマちゃん、流唯ちゃんと知り合いだったの?」


 驚くミリに事情を話したら、それを聞いた彼女も思い出してくれた。


「ああ、あのときの」

「そうです。そのときのです」


 分かった途端、彼女の目が優しく細められる。わぁ、色っぽい微笑み!


「また会うなんて奇遇だね。まさか海賊さんだったとは」


 それはこっちの台詞です。まさかこんな上品な美女が海賊だったなんて、正直想像できません。


「パールクイーンで修業なんて苦労してるでしょ。頭の足りない奴らばっかで」


 本人たちの前で堂々とこんな台詞を吐くあたり、彼らとの関係が聞かなくても分かる。


「今のは聞き捨てならねえな」


 ジゼルが低い声で言って彼女の肩に腕を回したけど、言動とは逆にその目は優しかった。ジゼルだけじゃない。ミリも准もキャルも、みんな嬉しそうだ。


「相変わらず、いつ会っても落ち着きがないね。君ら三十過ぎのおやじだって自覚ある?」


 棘のある言葉を平然と言ってしまうあたり、結構な毒舌家らしい。でも、それに対して気を悪くする人は一人もいない。むしろそういうものとして微笑ましく受け止めているような感じだ。


 長い付き合いなのかな?


 彼女自身はまだ二十代だと思うけど、パールクイーンのみんなとは長年寄り添った夫婦みたいな空気がある。信頼し合っているだけでなく、理解もし合えているみたい。


「翔!」


 考え出したエマをよそに、彼女は持参してきた麻袋をコックの男に投げた。


「今朝採った新鮮野菜」

「おう。今年も豊作だな!」


 今朝に採った野菜?

 エマの頭に、新たな(ハテナ)がひとつ増えた。


 八百屋さん……、には見えないけどな。


 どういう人なんだろう。

 考えているうちに、彼女はみんなと一緒に船尾楼へ入っていく。


「エマちゃん! 早くおいでよ!」


 ミリに声をかけられて、ようやくエマも後を追った。

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