4.絶対無理
「っつーかさ」
「は、はい!」
彼が発する一言に、いちいち怯える自分が情けない。
「その言葉遣いやめろよ」
「……え?」
そういえば、普通でいいって言われたっけ。
「ミリには普通に話してたのに、なんで俺には敬語なわけ?」
だって怖いんですもん。とは口が裂けても言えない。
「それは、あの……、あれです! おじいちゃんやおばあちゃんが相手だと話しやすくて、年が近いと逆に戸惑うことってあるじゃないですか?」
本当の理由は違うけど、相手が年配だと楽に話せることってあるよね。年の差が離れれば離れるほど、そういうのってあるよね? ね?
「……よく分かんねえなぁ」
しまった。セスは相手に戸惑って敬語で話すなんてことはないのか!
彼の中では『先輩=敬語を使う』と『その他=タメ語でオッケー』という法則しかないのだろう。
「とにかく、言葉は普通でいいから。分かったな?」
「……う、うん」
「ううん?」
えーん! そんな顔で睨まないで! 目玉イッコしかなくても十個分の眼力あるよ!
「えっと、分かった……よ?」
「よし。それでいい」
誰か……。狼に捕まった子羊ちゃんを助けて下さい。鋭い牙が見えないうちに、一秒でも早く別れたい。でもほかにも買い物したいなんて言ったら、こんな大きいものを持ってもらってるのに付き合わせるのは悪いし、先に帰って部屋に置いといてっていうのも気を悪くさせそうで絶対言えない。となると、一緒に船まで戻るしかないか。やだなぁ。
「で、さっきの話だけどよ」
「え?」
「だから、『私達のこと』ってやつ」
あ。話が逸れてすっかり本題を忘れてた。
「実を言うと、俺もジュリも今回志願したんだよ」
「……」
「おい。聞いてんのか?」
「あ、うん。聞いてるけど……」
言葉の意味が分からない。
「どういうこと?」
うちら今回が初対面だったよね? それまで他人だった婚約者との船旅なんて、普通なら乗り気になれないよね? しかも場合によってはそのままゴールインしちゃうかもしれないのに。
「だからな? 俺らが食いついたのは、パールクイーンで過ごすってことなわけ」
セス曰く、四大海賊の中でパールクイーンは最も人気が高いらしい。彼らはどんな状況でも自分たちの尺度で物事を見定め、着の身着のままに行動する。その行動範囲は広く、少ない人数でどこへでも乗り込んでいく。大海賊とも対等に戦う実力を持つため、誰も恐れず、誰にも媚びない。
しかし一方では、ほかの海賊への配慮や情も併せ持つ。古参の海賊には敬意を示し、新参者には情けをかけて助言を与えることもあるらしい。
そんなパールクインに憧れ、仲間になりたいと望む若者は当然のごとく多いらしい。しかしパールクイーンの入り口は狭く、船長ボルボアのお眼鏡に適う者しか入れない。どんなに剣の腕が優れていても、ボルボアがノーと言えばそれまでだ。
ということで、海賊界で多大な人気を誇るパールクイーンに仲間入りできると聞き、セスとジュリは飛びついたのだ。
「俺らとしてはシーウルフの方が性に合ってるけど、期間限定で修行するには最高の場所だろ? 仲間はみんな強え奴らばっかだし、縄張りの外も知れる大チャンスだ。それにな、一時的でもパールクイーンにいたとなれば、周りの見る目が変わる。箔がついて知名度も上がれば、賞金首にだってなれるかも知んねえ」
まるで夢を語る少年のように、目を輝かせてセスは話す。けど、ごめんなさい。エマはついていけません。なんで賞金首になりたいんでしょうか。海賊っていうだけで縛り首の危険があるのに、さらに命を狙われるんですよ? 全く以て理解できない。
「っつーわけでな、婚約者なんておまけのおまけみたいなもんなんだよ」
「……はぁ」
早い話が、『眼中にない』ってことでしょうか。まあ、エマとしてもそれはそれで喜ばしいですが。でもこの一年以内にエマが恋人を作れなかったら、船長命令で無理やり結婚させられる可能性もあるんだよ?
「それで私と結婚することになっちゃってもいいの?」
結婚だよ? 恋人とは違うんだよ? 一生を共にする伴侶をそんな風に決めちゃっていいの? 普通なら絶対嫌だと思うのに、セスはにやりと意味深に笑った。
「問題ねえよ。俺、次の船長の座を狙ってるから」
「……え?」
「これからよろしくな。婚約者さん」
婚約者さん婚約者さーん…… って、頭の中でエコーがかかる。我に返った直後、エマは腹の底から悲鳴を上げた。
「ええぇぇぇっ⁉」
無理! 絶対無理だ! 誰かに恨まれる覚えはないんだけど、自分は呪われているんじゃないかと本気で思う。だってそうでもなければ納得できない。こんなにも不運が続くなんて。悪霊退散!
「エマ。こんな感じでいいか?」
「あ、うん! ありがとう」
パーテーションを取り付けてくれたセスに、慌てて答えて礼を言う。そして彼が後ろを向くと、エマはこっそりため息をついた。
まさか、セスが乗り気だったなんて。あり得ない。こういうガラの悪い人って、色っぽい美人とか、気の強い美人とか、スタイル抜群な美人を好むんじゃないの?
自分で言うのも何だけど、エマは真逆のタイプだぞ。色気はないし、気は弱いし、足も短いし……うわぁ。考えていたらよけいに気持ちが沈んでいく。
「こんだけしっかりくっつけりゃあ大丈夫だろ」
右手に持った金槌をくるくる回して弄びながら、セスは満足そうに出来栄えを眺めている。最初に比べればだいぶ見慣れてきたと思うけど、怖さは半減どころか増していた。
なぜって? そりゃあ面と向かって婚約者宣言をされちゃったからよ!
今までは、あくまでもパパたちが勝手に選んだ候補っていうだけだった。セスとジュリの口からそれを受け入れたっていう言葉はなかったし、思わせぶりな素振りもこれといってなかったから、てっきり本人たちにはそんな気がないんだと思ったのだ。だから、エマが素敵な恋人さえ見つければ、万事うまくいくと思ったのに。
パパたちは、セスを有力な船長候補として着目している。セスもまた次期船長の座を虎視眈々と狙っている。しかもエマとの結婚もウエルカム。=パパたちとセスは相思相愛。次の船長はセスに決定! エマの夫もセスに決定!
絶っっ対嫌!
私だって、人並みに結婚への憧れを持っているのだ。新婚生活は明るく甘い生活を夢見ている。ミリみたいな爽やかな男性とごく普通の温かい家庭を築きたい。子どもはできれば二人以上ほしいし、家族で手を繋いで買い物に行ったり遊びに行ったりしたいのだ。したいのだよ!
でも相手がセスじゃあ明るい家庭なんて絶対無理。子供ができたら変なこと吹き込んで犯罪の片棒担がせそうだし。転んだりして泣いてたら「メソメソ泣くんじゃねえ!」って怒鳴りそう。場合によっては家庭内暴力に発展する可能性も……
怖すぎ! 何としても回避しなきゃ。
決意を固めたエマの前で、セスは腕組みをしてパーテーションの横を眺めている。エマのスペースへの入り口を見て、マイペースに尋ねてきた。
「さっきカーテン買ってたよな? ここにつけるのか?」
「あ、うん。そうそう!」
慌てて答えつつ、エマはこっそり後ずさった。
「んじゃあ、ついでにカーテン用のポールもくっつけとくか」
半ば独り言のように言って、彼はパーテーションと壁の距離を測り出した。シーウルフにはちゃんと船大工がいるけど、彼も大工仕事は得意らしい。でも大きな鋸を手にした彼は、剣を持っているときと同じくらい怖かった。ミリのときは作業をする姿が男らしくて素敵だったけど、人が違うとこうも印象が変わるのね。
「こんなもんでいいか?」
「うん。バッチリだね」
念のため近づきすぎないよう距離をとり、さりげなく避難しながら言葉を返す。
「あとは自分でできるから大丈夫だよ」
「そうか? んじゃあ俺は甲板にでも行ってみるか。ほかにも何かあったらいつでも呼べよ」
「うん。ありがとう」
そしてセスが出て行くと、途端にエマの身体から力が抜けた。
「疲れる……」
なんなの、この疲労感。
だけど彼のお陰で部屋の仕切りは完璧だ。脚の部分は木材で補強した上にL字金具で固定されてるし、パーテーションの端の片側は壁にしっかり釘を打ってくっついている。ここまでくると、立派な壁に見えてきた。
意外に器用なのね。
外見はすごくがさつだけど、丁寧で正確な仕上がりを見ると、結構細かいところもあるらしい。親切に入り口のポールまでつけてくれたし、根はいい人なのかも。
でも、あの見た目がね……
外見って、やっぱり大事よね。それが全てとは言わないけど、外見が人に与える印象って本当に大きいんだなってしみじみ思う。同じことをしていても、見た目が違うと全然印象が変わるもん。
「とにかく、ここまでしてもらったんだから、ほかもさっさとやっちゃおう」
気持ちを切り替え、エマは持ち帰った紙袋をあさった。自分に降りかかった不運は心の底から恨めしいけど、いつまでもくよくよしている場合じゃない。与えられた時間はたった一年。のんびりしている暇はないのだ。
意欲に燃えて黙々と部屋づくりに精を出し、数時間後。
「うーん。我ながら上出来!」
完成した部屋を見渡し、エマは一人で頷いた。入り口のポールには長めのカーテンを取り付け、シーツも布団カバーも可愛い小花柄に取り換えた。クッションも大量に作ったし、床にはベージュのラグマットを敷いた。毛足は短いけど、繊維が柔らかくて肌触りは最高だ!
「即席にしてはまあまあよね」
完成した部屋に満足して眺めていたら、外ではしゃぐクルーたちの声が聞こえた。「行ってきまーす!」という誰かの声に、そういえば明日は風野祭りだと気づく。今日は前日だけど、街はすでにお祭り一色だ。人出も多いし、露店も無数に出ている。ほかの町から来た芸人が道端で出し物もしていて、それを見るだけでも楽しめるだろう。
「風野祭りかぁ」
出来上がったベッドに浅く腰掛け、クッションを抱えて去年の夏を思い返した。
「あのころは楽しかったなぁ」
働いていたカフェの常連客に告白され、付き合うことになって風野祭りも一緒に行った。屋台で買い物をしたり、おいしいものをいっぱい食べて、夜は中心街から少し離れたところでホテルをとって、ベランダから夜空に咲き乱れる花火を堪能したのだ。甘いシャンパンを片手に寄り添って、ベンチでくつろぎながら見る花火は幻想的でうっとりした。……それから一か月で別れたけど。
去年の今ごろは、一年後の自分が海賊に戻されるなんて思いもしなかった。もう二十歳にもなるし、そろそろパパたちもあきらめたんじゃないかなーって、あわよくばこのまま普通の町娘としていけるんじゃない? なんて、淡い期待さえ抱いていた。
いいんだもん。今度こそ運命の王子様をゲットするんだから。
落ち込みかけた自分を奮い立たせ、顔を上げたエマの耳にドアの開閉音が入ってきた。誰だろうと、カーテンを開けてひょっこり顔を出した直後、エマは確認したのを後悔した。
「いたのか」
気づいたジュリが、無表情で口を開く。
「あ、うん……。お帰りなさい」
とりあえず言葉を返したけど、自分でも分かるくらい笑顔が引きつってしまった。絶対不自然だと思うのに、ジュリは気にしない様子で持ち帰った荷物を物色する。まずは一番大きな荷物を取り出すと、広い床一面にそれを広げた。
「わ、素敵」
思わず声を上げるほど、品のいい絨毯だった。全体的に渋めの落ち着いた色合いで、細かい幾何学模様が入っている。少し古めかしい感じもするけど、高級感のあるデザインだ。男二人のスペースの大半を埋めるほどサイズはかなり大きめで、手織りっぽかった。お金持ちのおじさまとかマダムが趣味で買うやつだ。エマの好みとは違うけど、普通に見ても素敵だった。
「これ、どうしたの?」
「もらった」
それってまさか、海賊にビビった店主が怯えて差し出すっていう、セスのときと同じパターンなんじゃ……。
「訳あり商品なんだって」
あ、違うのね。
「訳ありって、アウトレットってこと?」
「前の持ち主がこの絨毯の上で死んだんだって」
ひぃー! 聞かなきゃ良かった!
「ジ、ジュリは平気なの?」
「何が?」
「死体があったんでしょ?」
気持ち悪くないの? 縁起悪いとか思わないの?
「別に。今は綺麗だし」
「……そ、そっか」
海賊の君には愚問だったね。すごいなー。強いっていうか、図太いっていうか。普段から血生臭い環境にいたら、死体があったことくらい気にならないんだろうな。
でも、言われてみれば、エマが通ってきたこの船の甲板だって、今は綺麗だけど、実際には相当の血が流れてるんだよね。それを考えたら、死体があったくらいで気にしていたら、海賊稼業なんて務まらないか。
「でも、海賊って迷信や信仰を信じる人が多いって言うじゃない?」
幽霊が出そうとか、思わないのかな。
「俺はそういうの気にしないから」
「そうなんだ……。さすがだね」
まあ、言葉にはできないけど、ジュリ自身が幽霊っぽいもんね。いつもぼーっとしてるし、何を考えているのか分からないし。むしろ本当に幽霊が出たとしても、彼なら意気投合しちゃいそう。
「お、いいじゃん。何これ。どうしたの?」
あとから戻ってきたセスも、部屋に入るなり巨大絨毯に目を留めた。ジュリから訳ありの訳を聞いたけど、彼もまた気にする様子は全くなかった。ごろんと絨毯の上に寝転がり、居心地が良さそうにくつろいでいる。
「覗いてないで、来たいなら来いよ」
こっちでも自由にくつろいでいいって、その気持ちは嬉しかったけど、今のエマには無理だった。訳あり絨毯の上で寝転がるのも、ジュリとセスに挟まれてくつろぐのも、もっと精神の鍛錬が必要だ。




