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幽霊探偵バニラ  作者: 山田龍星
5/6

契約

「この時間帯は渋滞気味になることが多いけど、今日はいつも以上にひどいわね」

 バス停についてから5分ほどした時だ。真実は唇を尖らせながら史郎にそう言った。

 実際に、この1分間の間に信号が変わったりしたのだが、目の前を通っていく車は数十メートルしか進んでいないように思えた。

 温厚な真実が多少苛立つのも仕方がないと言える。

 バス待ちの客は6人いて、皆無言のままスマホをいじったり文庫本を読んだりしていたのだが、さすがにバスの遅れが確定的になってくるとイライラを隠せずに、貧乏ゆすりをはじめる者も出てきた。

「困るんだよね。これじゃまた遅刻だよ」

 半分諦めてしまった史郎は他人事のように言った。

「史郎、遅刻は仕方ないけど、勉強のほうは大丈夫なの? そろそろ大学受験のことも考えないといけない時期でしょ」

「受験ねぇ」史郎は両手を頭の上で組みながら言った「姉貴ほど地頭いいわけじゃないからなぁ。勉強したところでどうにもならないかもしれないし……」

「あんた、本気になって勉強してないだけじゃん。同じ両親から生まれたんだから、地頭なんてそうそう変わらないでしょ!」

「でもさぁ」

「でもじゃないよ。やる前に諦めてちゃ、人生で何も成し遂げられないよ……」

 真実がそこまで言うと同時に、「ドン!」という乾いた音がし、史郎たちを衝撃が襲った。

 史郎たちは瞬間的に身体をこわばらせる。

 そして、史郎は何かの影に自分がいることに気づいた。そして上を見ると白いミニバンがタイヤではなく、天井をネギに見せながら空を飛んでいた。

「え」

 史郎は間の抜けた声を出した瞬間に、後ろに向かって突き飛ばされる。

 史郎は後ろによろけながら、自分を突き飛ばした人間、真実の姿を見た。

 史郎が姉の姿を見たのは、その時が最後だった。

 次の瞬間には姉の頭の上にミニバンが降ってきて、地面にバウンドしつつ史郎まで押しつぶそうとしてきたのだ。

「あ、姉貴」

 史郎はそう叫んだ直後にコンビニのガラスとミニバンに挟まれてしまい、気を失ってしまった。



「あね……き……」

 史郎は宙を見上げたまま呟いた。視界がぼやけているのだが、自分が病院のベッドの上にいることはすぐにわかった。

「わかったでしょ。あなたの優しい姉はもういないの。もうお葬式も終わっているのよ」

 少女が諭すように言った。

「なぜ……あね……き……が……」

 史郎の目の端に涙が浮かんでいる。

「仕方がないわ。運命なのよ。あなたがここで死ぬのもね」

「しにたく……な……い」

「諦めが悪いのね。私がここで出会った人たちは、みんなそれなりに死を受け入れていたわ。あなたのように若い人も含めてね。早く運命を受け入れれば楽になるのに……」

「い……やだ」

「なんでよ。今なら今だったらあなたも一緒に天国に行けるかもしれないのよ」

「やく……そく」

「?」

「あね……きを……まも……れな……かった」

「だから?」

「なに……か……成し遂げ……ないと……死ね……ない」

「……」少女は少しだけ考えてから言った「……私なら少しだけ力になれる。私と契約をすれば、だけど」

「け、けい……やく?」

「ええ、契約というか、取引みたいなものね。私があなたに憑りついて、ここで少しずつ集めた霊体エネルギーを分けてあげる。そうすれば……あなたは助かるかもしれない」

「みかえ……りは?」

「私が成仏できるように、あなたが本当に死ぬときには、あなたに残った霊体エネルギーを全てもらうわ。そうするとあなたは天国どころか地獄にもいけないどころか、誰からも見えないし、話もできない惨めな存在になるの。それは永遠に闇の中を彷徨い続けるのと一緒。気が狂うよりも辛いかもしれないことよ」

「えいえん……の……やみ……」

「どう、怖気づいた?」

 史郎は少女の顔を見つめた。

「ど、どうしたのよ」

「応……じる……よ」

「い、いいの?」少女は史郎の回答に驚いていた「後悔するわよ」

「うん……このまま死んだら……どこに……いっても……こうかい……だ」

「……そう。思い切ったわね。じゃあ、目を閉じて」

 少女はそう言いながら史郎の目の前にやってきて、空中で静止した。

 史郎は言われるままに目を閉じた。もともとほとんど目が見えていなかったので、あたりが暗くなった程度にしか思えなかった。

「えっ!」

 史郎がそう叫び声をあげたのは、彼の唇に暖かいなにかを感じたからだ。

 史郎はそれまでそういった経験をしたことがなかったのだが、本能的になにが起きたのかはわかった。

 これから何が起こるかわからない不安感と、唇から伝わる優しい感情に包まれながら、史郎の意識は再び闇に包まれていった。

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