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幽霊探偵バニラ  作者: 山田龍星
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プロローグ 7時55分

脚本形式で一度書き上げたものなので、小説に書き換えながら投稿していきます。

 6月12日午前7時55分。

 大きなミスがあり、根岸史郎が家を出たのは想定より3分遅かった。だから彼は走ることにした。制服姿のまま。家からバス停までの道を急ぎに急いだ。

 住宅街の細い道路から大通りに出て、家から最寄りのバス停である『南多摩警察署前』まであと300mほどのところで、史郎の横をバスが通過していった。バス後方にある行き先表示板には「国立文京女子大経由町田行」と書かれているが、これは根岸史郎の通う高校前の停留所を通るバスである。というか、このバス以外の路線となると、途中から全然違うルートに行ってしまい、乗っても学校にはたどり着けないのだ。

 通勤・通学の時間帯とはいえ、15分に一本程度しかこの路線のバスはやってこない。

「やっべーぞ」史郎は呟いた。「これを逃すと遅刻確定じゃねーか」

 この時間帯は通勤の車も多く、道路も混んでいる。バスの巡回速度もそれほど速くないので、ギリギリで追いつくことができるかもしれない。

「絶対追いつく!」

 史郎は小さく呟き、身体を前方向に10度ほど傾けることによりダッシュのギアを一段階上げた。

 直角に曲げた肘を全力で後方に引くことで腕の振りをも推進力に変換し、その両足も右左右左と全力で地面を蹴って加速する。

 歩道を歩いている近所の小中学生や通勤途中のサラリーマン、さらには自身の姉をも追い抜いていくが、目の前のバスとの距離はなかなか縮まらない。

 だが、停留所で乗り降りする人がいればまだバスに乗るチャンスがあるかもしれない、そう考えてネギは走り続けた。

 しかし史郎より50メートルほど先行していたバスは無情にも『多摩中央警察署前』停留所を素通りし、通りの彼方へと走り去っていった。

 無理だとわかった瞬間から急激な脱力感に襲われ徐々にスピードを落としていったネギは、最後はよろめくようにバス停にたどり着き、両ひざに手をあててぜいぜいと息をした。

「可哀想ねぇ。朝っぱらから全力疾走をしていたのに、目の前でバスを逃すなんて」

 聞き覚えのある声に史郎が顔を上げると、見覚えがあるというか、毎朝毎晩顔を突き合わせている人物の顔がそこにあった。史郎の姉である根岸真実である。

 真実は史郎より2歳年上で、今年から家からバスで通える国立大に通学している。史郎から言わせると「ムカつく顔」「悪知恵は一流」となってしまうのだが、世間一般の評価によるとルックスも知性も水準を超える女性であるらしい。ふたり姉弟であるが、仲は世間一般同様に、さほど良くはない。

「うう。糞姉貴め、起こしてくれてもいいじゃん!」

 史郎は口をへの字にしたまま文句を言った。

「15分前はすかーっと熟睡していたのに、よくまぁ短時間でここまで来れたわね」

「くそ! のんびり歩いているくらいならばバスに石でもぶつけて止めてくれよ」

「あんた何恐ろしいこと言ってんのよ。そんなことしたらあたしが、お巡りさんに捕まっちゃうじゃん! あんたみたいに私はあそこのご厄介になりたくないわ」

 真実はそう言いながら斜め前にある建物をあごで指した。

 それはバス停の停留所名にもなっている南多摩警察署であった。東京都西部の警察署の中では一番大きい警察署らしいのだが庁舎も古く、その前で警杖を持って立っている見張りの警察官もなんとなくやる気もなさそうであり、田舎のしょぼい役所のようにしか見えない。



 そのころ、その南多摩警察署の裏手駐車場には、護送バスが到着し、署に勤務する警察官がぞろぞろと集結していた。

 私服・制服の警察官が警察署の裏口のドアから護送バスに繋がるように2列に並んでいて、その列に入りきらなかった警察官はその後ろで腕を組んでいる。そしてその警察官達が作った二つの列の間を、手錠をかけたままの私服の男たち5人が腰縄で連結させられたまま歩かされていた。

 先頭と最後方にも制服警察官がいて、傍から見るといい大人が電車ごっこをやっているようにも見えるが、警官たちや歩かされている男たちは至って真顔である。

 数珠つなぎとなり見送られている男たちはこの数日間の間に多摩警察署に捕まった犯罪者たちだ。法律上は「被疑者」という立場である。

 そして毎朝繰り広げられるこの光景は、警察が捜査を尽くした上で被疑者たちの身柄を検察庁に送り出すための儀式なのである。

 護送バスに被疑者たちが全員乗り込むと、制服警官の一人がバスの扉を閉め、ロックがかかっているか確認し、叫ぶ。

「ロックよし! 出発、よし!」

 その声に合わせ遠隔操作で警察署駐車場の門が開き、護送バスが動き出す。見送る警官たちは直立不動のままだ。

 しかし、バスが署の出入口から左折をして見えなくなると、刑事たちの緊張感が目に見えて抜けていった。

 女性の私服刑事である目黒未来はその白い手をぐぐっと上げた。その横にいる中年の私服刑事落合誠司は、胸ポケットに手を運ばせる。

「今朝の見送り終了~。きょうも一日頑張りましょー!」

 目黒は伸びをしながら、先輩である落合に言う。

「若者は朝から元気だねぇ」

 落合は紙巻煙草を口元に持っていきながら言った。

「あっ。落合主任、本庁に戻るまで煙草は辞めるって言ってたじゃないですか!」

「だって俺の担当案件、解決する気配すらないんだもん。ここに骨を埋めろってことかもしれん」

 落合はそう言ってライターの着火ボタンを押した。



 警察署から30mほどのところにある「多摩警察署前」バス停には史郎や真実を含め4人の客が並んでいた。

 バス停の後ろはコンビニエンスストアがあるが、サラリーマンが多い場所というわけでもないので、この時間は客もまばらである。

 8時を過ぎ、道路を通る車も目に見えて増えていた。

 史郎達の前をさきほど警察署から出たばかりの護送バスが通過していくが、これもいつもの風景である。誰も気に留めやしない。

 バス停の表示が「次のバスまで約 12 分」と表示されている。

「うう、くそ」史郎はいら立ちを隠せずに言った。「『12分』って、3分くらい表示が変わらないじゃん!」

「少し遅れ気味ね……」

「これじゃ、大遅刻だよ。ホームルームも終わっちゃう」

「馬鹿ねぇ。バスなんて遅れるものなんだから余裕もって家を出ればいいのに」

「ちぇっ。いいなぁ、大学生は……。自分の好きな授業を選べるんだろ」

「まぁね。……でも私は誰かさんと違って高校時代は無遅刻無欠席だったんだからね。そこは大きな違いだわ」

「ちくしょう。……いっそのこと大事故でも起こって、遅刻証明が出るようにならないかなぁ……」

「あんた、物騒なこと言うのはやめなよ……」



 落合がまだほとんど短くなっていない紙巻たばこを咥えているところに、警察署のスピーカーからアナウンスが流れた。

「業務連絡です。間もなく単独が入ります! 再度警備願います」

「あれ、きょうは集中(複数)護送だけじゃなくて単独護送もあるんですかね。……でも単独になるような重要犯って、いま署にいましたっけ?」

 目黒は落合の横で足のストレッチをしながら言った。

 通常、窃盗や暴行など、ありふれた犯罪を犯したものは署から署を巡りながら被疑者を回収する護送バスに乗せられて、検察庁、この南多摩警察署の場合は東京地検支部に移送することになる。これが集中輸送だ。昔は署ごとに護送車を持ち、自分のところの署員の運転で犯罪者を連れて行ったものだが、予算の削減などがあって今のような形になった。

 しかし、殺人事件や社会的に注目を浴びる犯罪などを犯した者については、乗り合いバスではなく普通乗用車に数名の戒護員をつけて厳戒態勢で移送することとなっている。これが単独護送である。

「そんな大物がいるって話は聞いてねーなぁ。くそ! 吸い始めたばかりのタバコ一本損したよ」

 落合はそう嘆くと、タバコを吐き捨て、ぐりぐりと靴で踏んだ。

 さきほどのアナウンスを聞いた警察官たちがまたぞろぞろと集まってきて、いつの間にか駐車場の真ん中に止められたミニバンにつながるように警官たちによる列が形成されてきた。

 落合と目黒はこの列には加わらずに頭の上で手を組んでいた。どちらかというと一匹狼的な落合はこういう警察官の集団の動きが苦手であるらしく、毎朝の被疑者見送りも警護的な役割はやる気のある警察官たちに任せ、自分たちはその後ろで高みの見物をする、というのがいつものパターンなのである。

 少しすると、先ほどの被疑者5人衆の時と同様に裏口の鉄扉がギィと音を立てて開き、制服警官2名に挟まれた男が出てきた。

 男の年齢は30歳前後であろうか、身長は平均より少し高い程度であるが、体型はやややせ形であり、髭もぼさぼさ。きわめて不健康な人物のように見える。手錠や腰縄をつけられており戒護員の指示どおりに歩いてはいるようなのだが、神妙な表情どころか不敵な笑みを浮かべていた。

「なんだあいつ……」落合はぽつりと呟いた「あんな目をしやがって」

「え、なんですか?」

 目黒がそう聞き直したが、落合は返答をせずに近くに立つ制服姿の男性警官に近づいて行く。それは留置課主任のの近藤であった。留置課はその名のとおり、逮捕されるなどして警察に留置されている人間の管理をする課だ。

近藤コンさん、あいつは誰なんだい? 単独になりそうなマル被(被疑者)なんてうちの署にいたっけ?」

 落合はそう言って、明らかに自分より年上の近藤の肩をぽんと叩いた。

「おう落合ちゃん、おはよ。……今日は元々集中だけの予定だったけどよ、諸積って奴だけ単独になったんだよ」してくれって本庁から急きょ要請があってさ」

「あいつは諸積って奴なのか」落合は自分の首筋をぽりぽりと掻きながら言った。「聞いたことねぇ奴だな。なにをやらかしてしょっ引かれた奴なの?」

「ちょっと待ってね」そう言って近藤は自分の手元のクリアファイルをペラペラめくり出した。護送計画を指揮する立場である近藤は、その日の護送予定者全員分の護送計画書のコピーを持ち歩いているのだ。「あー。単なる窃盗みたいだね。コンビニで商品を盗んだまま逃走したんだと。しかも前科前歴なし。つーか、こんな小物をいちいち単独護送していたんじゃ、留置課の職員がゼロになっちまうよ。本当、勘弁してほしいよね」

「なんでそんな奴が単独に?」

「ああ、朝イチで本庁から要請があったんだよ。(捜査)一課の舟木課長からじきじきの電話があってさ」

「ほぅ。そいつは珍しいな」

「おっと、そろそろ出発だ。ちょいとごめんよ」

 ミニバンには先頭の列に運転手、次の列に制服警官、3列目に諸積とそれを挟み込む形で制服警官が乗りこむ。

 そして近藤は扉のロックを確認すると「出発、よし!」と発声した。

 駐車場の出入口が開き発車したミニバンが出入口から左折をして見えなくなると、刑事たちの緊張感がまた抜けていく。

「今度こそ終わったぁ!」

 目黒はそう言って庁舎へと歩き出した。

 他の警察官たちも通常業務の準備をするために裏口からぞろぞろと庁舎に入っていく。

 その時であった。

 ボン、という大きな音が聞こえ、同時に地面を揺すぶるような衝撃を落合や目黒は感じた。

「え……。地震?」

 目黒は足を止めた。

 ガシ、と音がして目黒の足元近くに、握りこぶし二つ分くらいの白い物体が落ち、少し転がって止まった。

 それはプラスチッキーなもので、その一部に銀色のなにかが貼ってある。

「なにこれ……。車のミラー?」

「なんだこれ、空から降ってきた?」

 落合が眉間に皺を寄せながら呟いた。

「表だ! 爆発かもしれんぞ!」

 誰かが叫んだ。

 その場にいる警官たちがざわつきだす。

「表か。目黒、行くぞ!」

 落合はそう叫ぶと同時に、裏扉から玄関へと走りだした。

「え、は、はいっ!」

 目黒も一拍おいてから落合に続いた。


 多摩南警察署の前の道路は、煙のように粉じんが舞い視界が悪くなっていた。

 落合と目黒は正面玄関から出てきたが、視界があまりに悪いので立ち止まった。

 見張りをしていた警察官が口を半開きにして呆然としている。

「おい、いったいなにが起きたんだよ!」

 落合が見張りをしていた警察官の襟を掴んで問いただす。

「署、署の車が、護送車が……」

 警察官は北側、つまり署を出て左側を指さしながら言った。

「なんだと? さっきの護送車が!?」

 落合はその方向に目を向けた。

 警察署の左側にはバス停とコンビニがあるはずなのだが、コンビニは空中を舞う粉じんの間にちらちらと見えるが、バス停は見えない。

「くそっ。あのあたりか!」

 落合は舌打ちをして、コンビニの方へと走り出す。

目黒「あっ、待ってください」

 目黒もそう言って、落合の後に続いた。



「落合主任、走るのが速すぎですよ」

 コンビニ前あたりまで走っただろうか、目黒は落合の背中を認めると、走る速度を落としながらその背中に向かって言った。

 しかし落合は目黒の言葉には返事をせず、しばし立ったままであった。

「落合主任? いったいどうし……」

 そこまで言って目黒は息を飲んだ。

 目黒の視界にある車のほとんどは、道路の中心からはじき飛ばされて、ひっくり返ったり、周りの車と激突していたり道路脇の歩道に乗り上げたりしていたりで、車線の進行方向を向いているような車は皆無であった。なんとか車から脱出をし、まわりに退避しようとしいる者も何人か認められたが、ドアが変形して脱出に難儀している者や、エアバッグが作動して運転席に押さえつけられたままになったドライバーもいるようであった。ガソリンか血かはわからないが、液体を地面へとたらし続けている車もあった。それ以外にも車の部品やら金属片やらが散乱していて、

 一番ひどい状況だったのは署の護送用のミニバンで、コンビニ店舗の横っ腹に、逆さまになったまま後ろ向きになって突き刺さっていた。

「落合さん、これは……」

「爆発物で吹っ飛ばされたみたいだ……」

「ど、どうしましょう。」

「目黒、落ち着け。俺たちだけじゃどうにもならない」落合は言った。「署まで戻って全員の出動を要求してくれ。消防への連絡も頼む」

「は、はいっ」

 目黒は返事をすると一目散に駆けだした。

 落合はふぅと息を吐き出し、コンビニ店舗から車体の半分を覗かせている護送用のミニバンの様子を見ようとした。歩き出してすぐ、ミニバンの横に30歳前後の男がうずくまっていることに気づいた。

「おい、大丈夫か」

 落合は散乱したガラスを踏みつけながら男に近づいた。スーツ姿なので、通勤途中のサラリーマンなのだろう。彼は自分の左肩を右手で押さえていた。

「うう……。ガラスに叩きつけられて肩が……」

「肩の骨折程度なら大丈夫だ。男なら我慢しろ。それよりいったいなにがあったんだ!?」

 落合は男の両肩を掴んでそう訊いた。

「爆発音がして、車が突然吹き飛んできたんだ……」男は顔をしかめながら言った。「前にいた高校生達がふたり、そこで下敷きになっている。車の中にも人が……」

「なんだと!」

 落合は叫び、逆さまになったミニバンの前方を見た。

 店舗の内側のほうに誰かの足が見えた。履いているのは学生服のスラックス部分のようだった。そして足の下に赤い液体の水溜りができていた。そうだとすると、車の先に男子高校生が潰されているのかもしれない。

「くそ! どうしろって言うんだよ!」落合はそう言うとジャケットを脱ぎ捨て、コンビニ店舗の中側に回りこんだ。店舗内も什器などが横倒しになってひどい有様である。

 落合は逆さまになったミニバンの前に立つと、バンパーフロントバンパーのところに両手を置き、前方へと全力で押そうとした。

「うおおおおおお!!!」

 落合の咆哮があたりに響き渡った。

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