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  作者: 小林マコト
第二部 賢王
97/131

6-9

 控えの部屋にはすでにリゼルヴィン以外の四大貴族が揃っており、エグランティーヌとミハルもリゼルヴィンの到着を待っていたらしい。


 少し深刻そうな顔を作り、挨拶もそこそこにエグランティーヌだけを部屋の外に呼び出す。この重大なときに何だと皆がいい顔をしなかったが、エグランティーヌ本人は簡単について行った。

 近くの別室に入った二人は声を抑えて話をする。あえて魔法を使わずにそうした辺り、リゼルヴィンに何らかの企みがあるのだと察して、エグランティーヌは口を出さ時に聞き手に回った。


「少し前に、ニコラスを殺そうとした男がいるのよ」


 リゼルヴィンの深刻そうな顔は変わらない。静かに、けれどいつものようなどこか軽い声ではなかった。


「運よく私が気付いてなんとか未然に防げたわ。ニコラスにも伝えたけど、彼は何も言わなかった」

「あの兄上が、何も言わないはずないよ」


 エグランティーヌには信じ難いことだった。ニコラスは、あれでいて結構な潔癖だった。王となって以来、人が変わってしまったかのようにあり得ない政策を打ち出したり、よくない発言をしたりと問題を起こしもしたが、それでも犯罪に関するものだけは厳しかった。根は変わっていなかったのだと、エグランティーヌは信じている。


「彼はあえて何も言わないことにしたのよ。――後々の、切り札にするために」


 ニコラスの命でリゼルヴィンは暗殺者を捕え、生かしておくことにした。その暗殺者はもとよりその気ではなかったらしく、自らを仕向けた者の名から、目的、これからの方針まで、洗いざらい吐いてくれた。そうしたことで今も、暗殺者はウェルヴィンキンズである程度の自由を与えられながら生きている。


「暗殺者の名はアリスティド。そして彼に命じたのは、ルノー・スタチナ」


 エグランティーヌが息を飲む。

 リゼルヴィンが口にした名は、ハント・ルーセンの外務長官のものであった。


「私の言葉を信じなくてもいいけれど、この報告書に書かれたものはすべてニコラスが認めているから、ニコラスを信じるつもりでこれを受け取って」

「ルノー・スタチナ氏は、ハント・ルーセンの重鎮だ。実のところはどうかわからないけれど、国王より影響力を持っているとすら言われている。国民に圧倒的な人気がある。それに……」

「今日、ここに、来ている」


 エグランティーヌの言葉を奪い、リゼルヴィンは短く、重々しく言った。


「ハント・ルーセン国内の反エンジットの動きは、ルノー・スタチナが煽った可能性が高いわ。そして、何度か我が国に手下をもぐりこませて、小さな細工をした痕跡もある。あなたがニコラスを倒したのと同時期に、金髪狩りがあったでしょう」

「……まさか」

「そのまさかよ。あともう一歩のところで犯人に死なれてしまったけれど、私のすべての力を動員して調べてみれば――ルノー・スタチナの存在が明らかになったわ。どの方向から見たって彼が指示したものと考えられる。むしろ、彼以外にそんなことをさせられる力を持つ者は、ハント・ルーセンにはいないのよ」


 エンジット側の調べに間違いがなければ、ほんの一年前までハント・ルーセンはエンジットに対し好意的で、民の間でも悪い印象はなかった。しかし、徐々に変わり始め、半年前、ついにハント・ルーセンは態度を急変させた。

 反エンジットの動きは非常に活発であったが、けれど直接エンジットと関わる貿易商などはそれに不信感を抱いていた。ハント・ルーセンにいる者が見れば、明らかにおかしな勢いだったという。外から見ればさほど不自然ではないかもしれない。だが、内で見てみると、きっかけが少しもわからない怪しい流行だと。


 もちろん、金髪狩りはリゼルヴィンが起こしたものだった。しかしその噂を流したのはリゼルヴィンではなく、未だ特定出来ていないために混ぜ込んだ。


「みんな言うのよ。国外に出て初めて、『ああ、あれはあの場所から始まったのかと知った』って。私たちが下流階級から出た不満がきっかけだって言ってるから、ああそうなのかって」


 外でわかっているのに、内ではわからない。それは明らかに魔法の存在を示していた。

 この種の魔法結界は強力なものだが、使い勝手がいいことで知られている。ただし、一度外に出てしまえば何の効果もなくなってしまうため、現在ではさほど使用されない魔法だ。少なくとも慣れた魔導師であれば、穴ばかりのこの魔法は使わない。


「ここからは仮説よ。ルノー・スタチナは、ハント・ルーセン全土に魔法をかけることにした。理由は知らないけれど、どうしてもエンジットから離れたかったから。魔導師を集めて、誰もがエンジットに悪い感情を持つような魔法をかけたかったけれど、国全域になんて相当力のある魔導師が十人は集まらなきゃ無理だわ。だから、質は悪いし穴だらけの魔法を使うことにした。あれは、それなりに簡単なものだから」


 同時にエンジットでもいくつか小細工をし、ニコラスの暗殺を企て、それが失敗となれば金髪狩りでエンジットの民の王家への不満を煽る。

 魔法の発動自体は半年前だったのだろうが、それ以前からずっと、動きはあった。


「これまで何があったのかは、すべて報告書にまとめてあるわ。今しか渡せなかったのは、ニコラスの意向よ。あなたに限ってそんなことはないとわかっているけれど、王城という場所に保管するにはあまりにも危険だったから。教えるにも、今のあなたは多忙の身。そして守られるべき立場。誰にも聞かれずに、なんて、不可能だった」

「なら、どうして今」


 エグランティーヌの問いに、リゼルヴィンはここでようやく、外部へ一切の音を漏らさぬよう、魔法を発動させた。


「ルノー・スタチナは、今も私たちの会話を聞いているからよ」





 調印は鏡の間で行われた。真実の間とも呼ばれるこの場所は、国を左右する重要な場面で用いられてきた。壁の片側には等間隔に大きな鏡が埋め込まれており、天井には黄金の鬣と青い瞳を持つ獅子――エンジット国王を表す『黄金の獅子』が描かれている。その鬣には金箔を、その瞳には本物のサファイアがはめ込まれている。


 鏡は古来より邪悪なものを撥ね返すとされ、魔法をも弾く。魔法の発達により悪質な精神操作が蔓延ってしまった世を見かね、神がそれに対抗する力を与えるために、人に鏡をもたらしたのだと神話は語る。それが事実だかどうだか知らないが、実際に魔法を撥ね返してしまうのだからと、リゼルヴィンはその話を信じていた。


 ルノー・スタチナが姿を見せたとき、エグランティーヌは全く表情を変えなかった。対して、ルノーはというと、眉間に深い皺を刻みながらも平静を装っている。


 四大貴族の面々は女王エグランティーヌの補佐として、また証人としてこの場にいた。皆、正装を纏い、胸元にそれぞれの色の薔薇をくわえた鳥のブローチをつけている。


 恐ろしいほど張りつめた、冷たく静かな空気が流れている。

 問題もなく調印を終え、エグランティーヌはルノーに微笑みを向けた。


「ハント・ルーセンは海外貿易の要です。この大陸で、ハント・ルーセンほど大きな成長が見込める国はないでしょう。エンジットはあなた方の援助を惜しみません。これからも、よろしくお願いします」

「……恐れ多い。こちら側から言うべきことです、エグランティーヌ女王陛下」


 ルノーは深々と頭を下げた。ルノーについてきた、ハント・ルーセンの騎士や外交官も、それに倣う。

 やめてください、とエグランティーヌが言う。その声は、むしろ恐ろしいほど、優しかった。


「我々も、今回は大きな犠牲を出しました。けれど、海のない我が国にとって、ハント・ルーセンとの繋がりは何よりも重要なものです。しばらくは、周辺諸国の目がありますから、対等には難しいでしょう。しかし我々も、あなた方と同じ目線に立ちたいと本来は願っているのです。民同士を見てください。彼らは我々上層部のように、対立していたわけではありません。彼らがきっと、いつかエンジットとハント・ルーセンの仲をより良い物にしてくれることでしょう」

「……水に流すと、そうおっしゃるのですか」

「いいえ、それは出来ません。こちらの犠牲も大きかった。あなた方も、同じであるはずです。戦勝国、戦敗国となった以上、そう簡単には流せません。ただ、我々は――私は、ハント・ルーセンを捨てたくはないと、言ったのみです」


 そうして、エグランティーヌは席を立ち、ルノーが何か小さく言ったのも黙殺して、その場から立ち去った。


 四大貴族がそれに続く中、リゼルヴィンは一人、ルノーに近付く。


「エンジット王国が四大貴族、北の『断罪』リゼルヴィン家の者です。ハント・ルーセン国王陛下にお伝え願いします。『我々は、あなたに勝ち、あなたをあえて見逃したのだ』と」


 周囲の者にはただの挨拶に聞こえるよう、魔法をかけてそう言った。

 ルノーの瞳に恐怖が宿る。すべてを見透かす琥珀の目を、リゼルヴィンはそっと細め、エグランティーヌを追った。


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