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あまりに早急に思われたものの、シェルナンドもアルベルトも水面下ですでに準備を進めている。今更、リゼルヴィンが文句を言ってなかったことにするなど不可能だった。
リゼルヴィンが多忙にしている時期を狙い、その上このことに関する情報の一切をリゼルヴィンの耳に入れないよう、余計とも言える力を入れていたシェルナンドは、リゼルヴィンの性格をよく理解している。きっとまだ何も準備されていない状態だったなら、リゼルヴィンはそんな話を受け入れたりしなかった。
かくしてリゼルヴィンは結婚したのだが、覚悟が出来たのは式の前日のことだった。
当時、リゼルヴィンは当主となって四年目を迎えようとしていた。対して、アルベルトは二年目であった。歳はアルベルトの方が上だが、四大貴族の当主としてはリゼルヴィンの方が先輩だ。四大貴族の交流会でも、何度も顔を合わせている。
しかし、個人的な付き合いは皆無である。それなのにシェルナンドは「恋愛結婚の普及のため」だとか「当主同士の結婚を許可する名目が欲しい」などと言って、聞いていて恥ずかしくなるほどの熱愛関係であったと捏造し、事実として広めている。これはまずいとアルベルトと話し合う時間を設けようとしたものの、互いに多忙の身であるためなかなか実現せず、前日になって初めてそれが叶ったのだった。
不可能とわかっていても、出来ることなら、なかったことにしたい。珍しく諦め悪くアルベルトを説得しようとしたリゼルヴィンだったが、逆に説得されてしまった。
互いの利害の一致。アルベルトは、『黒い鳥』と恐れられ、行く先々で望まずとも恐怖を振りまいてくるリゼルヴィンの後処理を減らすためと、それによる民の不満を少しでも解消するため。リゼルヴィンは、恐れられることによって生じる不都合を、四大貴族の中でも最も忠義を貫くと評判のいいメイナードと一緒になることで、大した期待は出来ないが少しは減らすことが出来る。
どちらも望むことは同じだった。この頃はリゼルヴィンの魔法の腕が、それまで言われていたよりはるかに優れていることがよく知られるようになり、そのためなんとかシェルナンドの言葉で抑えられていたものも抑えられなくなってきていた。リゼルヴィンが動こうとすれば、何かしら事件が起きる。大きいものも小さいものもあったが、それらを処理を担当していたアルベルトによると、将来的には国をひっくり返すような大事件も起こりかねないとのこと。
そこで、『不義の鳥』と『忠義の鳥』と、正反対の存在であるとされる『黒い鳥』と『赤い鳥』の結婚により、リゼルヴィンの忠義を目に見える形にする。『王家の奴隷』として首に巻かれた首輪に加算するのだ。神話と絡めたリゼルヴィンとアルベルトとの恋物語を作ってしまえば、何よりも神話と『黄金の獅子』を真実とする民たちは、納得はせずとも見逃してはくれるし、これまでずっとリゼルヴィンを『紫の鳥』に間違いないと言い続けたシェルナンドが二人を祝福することで、認めざるを得なくなる。
リゼルヴィンにとって、シェルナンドは神そのものと言っても過言ではない存在である。
そんなシェルナンドが、今まででも充分に気を回してくれていたのに、将来のことまで気にかけてくれたとなれば、受け入れない道はない。それまでの迷いは消え去り、アルベルトとの結婚を受け入れ、見事なまでに恋人を演じた。
式の当日、二人は心底幸せそうで、その様子に反対し続けていた者たちも黙るしかなかった。二人から漏れる幸福感と互いへの愛情は、周りを思わず祝福させてしまうほどのものだったのだ。本人たちの心の中に、愛情の欠片もないというのに。
恋人の延長線上にいるかのような夫婦。
シェルナンドは、リゼルヴィンとアルベルトに、そうあるよう命じた。二人は決してぼろを出さず、完璧にそれを演じた。
当主同士の結婚は、これまでただの一度もなかったことだ。それは、家同士が直接結びつくということ。どんな事情があったとしても、そんなことをしようとするのはあまりに非常識だ。貴族間の微妙な均衡が大いに乱れてしまう。リゼルヴィンの知らない間に、当然ながら凄まじい反発があったらしい。
賢王唯一の過ち。リゼルヴィンとアルベルトの結婚は、貴族間でそう呼ばれていた。均衡が崩れることを恐れた者たちが言い始めたのだが、騒ぎ立てたのはリゼルヴィンをよく思わない者たちだった。リゼルヴィン自らがそれを鎮めようとするのは逆効果で、結婚前に比べましになったとはいえ、結婚後もすべてアルベルトが対処していた。
また、シェルナンドも考えて動いてはいた。夫婦間はあくまで冷めていて、アルベルトはといえばリゼルヴィンをよく思っていない側の人間である。典型的な四大貴族当主であったアルベルトは、個人的な感情を行動に反映させたりはしない。血に黒が混ざっていないことも重要だったが、シェルナンドはアルベルトの気持ちの方を重視した。リゼルヴィンをよく思っておらず、しかし表にその一切を出そうとはしないアルベルトなら、下手にリゼルヴィンの力を利用したりもしないだろう。そこまで考えて、シェルナンドはアルベルトを選んでいた。
シェルナンドは二人の結婚に、多くの条件を出していた。もちろん二人が望んだ結婚ではないため、アルベルトと共に考えた周囲を納得させるためだけのものである。リゼルヴィンとアルベルトなら、わざわざそんなものを作らずとも弁えている。だが、これを公開することによって、ある程度人は黙った。仕上げにシェルナンドが裏側からこっそり「アルベルトにリゼルヴィンを間近で監視させるための判断」だと流せば、ならばと大袈裟に騒ぎ立てる者もいなくなった。
リゼルヴィンがすべてを知ったのは、後になってからだった。シェルナンドとアルベルトが行ったそれらを知ったとき、リゼルヴィンがどれだけ彼らに感謝したことか。
とても普通の夫婦とは言えない関係だったが、リゼルヴィンは歩み寄ることにした。
これまで、あくまで利害の一致による結婚であり、必要以上に近付かず、また必要以上に遠のきもしないつもりだった。
しかし、リゼルヴィンは単純な女である。例えどんな仕打ちを受けてもシェルナンドを嫌わなかったのは、シェルナンドがリゼルヴィンのために動いてくれたからだ。アルベルトも、それは彼自身のために動いただけであったが、そんなことはどうでもよかった。結果的に、リゼルヴィンのためにも繋がったのだから。
嫌われているのはわかっていた。けれど、動かなければ変わるものも変わらない。
そもそも、本当にリゼルヴィンが『黒い鳥』だとすれば、そろそろ死ぬはずである。いつ頃死ぬのかも大まかに知っている。アルベルトに恩を返すことなく死ぬのだけは避けたかった。近付かなければ、恩も返せない。
色々と、リゼルヴィンにしては積極的に行動した。名実共に夫婦になりたかったわけではなく、露ほども望んでいない。ただ、少しばかり親しい友人のようになれたら、それ以上嬉しいことはないと、リゼルヴィンは思っていた。
慣れないことをしたが、しかし結果はとてもよかった。
それまで定期的にアルベルトの街屋敷に通うだけだったが、そこに住むことを許された。このときリゼルヴィンは、没落寸前と笑われていた家計を建て直すために、街屋敷を売り払い、買い戻さずそのままにしていた。メイナードの街屋敷に住まわせてもらえるのは、王城によく通う身としてはとても助かった。
アルベルトも以前ほどはリゼルヴィンを嫌っていないようで、ほとんど話もしなかったのに、二言三言ではあるが付き合ってくれるようになった。もともとリゼルヴィンは話が上手い方ではないため、長話をしないのは助かっていた。
それなりに、仲良くやっていけているように思えていた。この頃には、アルベルトに対する淡い想いがなかったと言えば嘘になるくらいに、リゼルヴィンはアルベルトを特別に思い始めていた。
シェルナンドが病に倒れ、第一王子ニコラスが即位した、その年のこと。
ある出来事により、リゼルヴィンは生まれて初めて不幸だと思った。アルベルトに申し訳なくて、自ら死を選ぶことすら許されない自身を憎んだ。
救いとなったのは、他でもないアルベルトだった。相変わらずそっけない態度ばかりで、リゼルヴィンに興味すら抱いていないようなそれが、却ってリゼルヴィンの気を楽にさせた。アルベルトと一緒になってからというもの、リゼルヴィンは前向きとまでは言えないものの、それなりに希望を持って生きられるようになっていた。アルベルトが何を考えているのか、何を思っているのか、人の心を読むことの出来ないリゼルヴィンにはわからなかったが、いつまでもアルベルトの態度が変わらないことが、何よりもの救いだった。
確かに少し、酷いことも言われた。けれど、それでもアルベルトは変わらなかったのだ。それがどれだけリゼルヴィンにとって嬉しいことだったか。
そんなときのことだ。右腕と、大切なものをたくさん失くしたのは。




