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  作者: 小林マコト
第二部 賢王
90/131

6-2

 その日以降、次女は家にいるよりも、王の傍にいる方が長くなった。次女に拒否権などなく、しかし、段々と王を慕うようになっていった。娘とはいえ直接的に政治に関わってはならない四大貴族の一員である。おかしな噂が流れぬよう、次女が頻繁に出入りしていることは、王の腹心のうちでもごく一部の者にしか知られていない。


 気付けば次女は、王に『リース』と呼ばれるようになっていた。


 次女はありとあらゆる知識を王から与えられた。多忙な日々を送る王は、必ず一日に一時間は次女と会う時間を用意し、信用出来る腹心以外が訪れる場合を除けば執務中にも部屋に置いておくほど、熱心に教育を施していた。

 特別飲み込みのいい方ではないが、次女は学ぶことに努力を惜しまない性格をしていたため、どんなに時間がかかっても王の教えはすべて理解した。何よりも難しく手こずった魔法の勉強も、通常二年で覚えるところの基礎を、半分の一年で使いこなせるようになった。


 王は次女が失敗したり、一度教えたものを忘れたりすればきつく叱り、時に次女の手を鞭で打ったりもしたが、成功すればよく褒めた。小さなことを成し遂げればささやかな褒美を、大きなことを成し遂げれば街へ連れて行ってくれた。ウェルヴィンキンズ以外の街へはほとんど行ったことのなかった次女は、それが楽しみでひたすらに努力を続けた。


 初めて次女をあらゆる意味で認めたのが、国王シェルナンドだった。話に聞くより、シェルナンドは柔軟な考えを持っていた。変わり者とも言えた。そうでなければ、自分の国を滅ぼしかねない次女を受け入れようだなど、思うはずもない。


 そうして次女は、王により育てられたと言っても過言ではないほどに、何もかもを王に染められながら、十三になった。

 昼間は王の下へ逃げられても、夜になれば当然ながら家族と共に過ごす。苦痛とまではいかないが、楽しくはなかった。その頃は夜も逃げられるようになっていたが、休日ともなれば、家にいる。

 姉が次女の部屋を訪ねてきたのは、ある日の夜中のことだった。


「話があるの」


 からからと笑う普段の姉からは考えられないほど、重い声だった。

 嫌な予感がした。やっとか、とも思った。


「お願い、私の代わりに、お家を継いで」


 それを聞いて、言いようもない怒りを感じる。これまで次女は、姉に多くのものを押し付けられてきた。嫌かと問われれば、嫌ではない、としか答えられないが、それでも少しは苛立った。貴族として、そんなに簡単に自由を手に入れていいのか。自分の代わりに妹は縛られて構わないのか。姉としてそれはどうなのか。


 次に訪れた感情は呆れ。溜め息を吐きながら、次女は答える。


「喜んで。お姉さまは、好きに生きて」


 花が咲いた。姉の笑顔が眩しくて、腹立たしくて、俯く。王に報告せねばならないことが、一つ、増えた。


 翌日、両親の前で家を出ると宣言したとき、冷静だった父は激昂し、姉の頬を張り倒した。母は理解したくないのか、何もわかっていない顔でその様子を眺めている。次女だけが、冷ややかな目をしていた。

 とんだ茶番だと思いながら、しかし好きな姉が苦しむのは見たくないのだと父を説得する。姉と父は仲が悪い。いつも次女が間に入って仲を取り持っていた。父の説得もこれが初めてではなく、どういう風に話せば納得してもらえるのか、次女より理解している者はいない。


 けれどこのときばかりは上手くいかず、結局姉が昨夜のうちにまとめていたらしい荷物を持って、家を飛び出してしまった。父も怒りのままに追い出す形をとり、数か月経っても帰ってこない姉を淡々と廃嫡した。


 かくして次女が後継者となったのだが、さほど戸惑いはなかった。姉はもう何年も好き勝手動いていたが、そんな姉を後継者とするには不安を感じずにはいられなかった父は、次女に家を継ぐためのあれこれを教え込んでいた。『黒い鳥』の可能性がある次女はあくまで予備であり、当主とするにはこれまた不安だったが、姉の補佐として、実質的な家の切り盛りをされるつもりだったのだろう。父の知り合いたちも、姉より次女を連れまわす父を見て、こうなることは予想していたらしい。きっと次女が恐ろしいだろうに、決して蔑むようなことはしなかった。


 相変わらず父と次女の関係は、その間に会話もないことも多く、父娘の関係には見えなかったが、師と弟子の関係にはよく似ていた。いつだって次女は素直に父の言うことを聞く。父は教えたことのないことまで知っている次女を訝しんだものの、何も言わず、四大貴族としてやるべきことをすべて叩き込んだ。


 十二で王立魔法学校に入学した次女は、王都に部屋を借りて身分を隠し一人で暮らしていた。世間体もあり父は最後まで渋っていたものの、王の命令によるものだったため、許可せざるを得なかった。この頃には、見た目を誤魔化す魔法などいくらでも操れた。


 週末のみ家に帰り、学校のある日は王都の部屋に帰る。そんな暮らしをしていたのだが、後継者となったことで、これまで以上に顔を知られるようになる。一人暮らしの部屋を出て、リゼルヴィン家の街屋敷に住み始めた。だが次女は王のいいつけ通り、貴族らしい生活というものを極力避け、掃除洗濯も自ら行い、自炊もした。


 そういうわけで、次女の生活はどこか統一されていなかった。「民の生活を学ぶため」というにはあまりに庶民に染まりすぎており、しかし父から学ぶのは貴族らしく振る舞うこと。上手く切り替えられなければ王に叱られたが、なんとかやっていけていた。


 姉の失敗を反省し、父は次女にまで逃げられないよう、いわゆる婚約者を見繕ってきた。


 リゼルヴィン家の血に、黒髪と黒い瞳の血を混ぜてはならない。相手の血筋をすべて調べ上げ、何代も前まで遡ってようやく結婚を認められる。次女の場合は通常より厳しくなり、更には『黒い鳥』の可能性がある次女と一緒になってもいいという相手となれば、そう簡単には見つからない。唯一すべての条件を突破し、家や本人の許可を取れた相手が、婚約者となった。


 婚約者は次女を差別的な目で見ることはなく、また、次女の通う学校の卒業生、すなわち魔導師であるが故にむしろ好意的だった。魔導師としては珍しく穏やかな方で、互いに愛情こそ持てなかったものの、それなりに上手く付き合えていた。

 このまま何事もなく卒業し、父について『断罪』のリゼルヴィン家当主となる覚悟をし、民に認められるような働きをして、後を継げばいい。そう思って、次女は努力を続けていた。


 十六の誕生日の前日、王から、両親が死んだことを聞かされた。


 曰く、馬車での事故だったとのこと。両親と御者は死んだが、護衛の数人は生き残った。

 次女は表情を変えず淡々と、そうですか、とだけ返した。変えようがなかったとも言える。


 不自然なところが多く様々な調査が行われたが、結局詳しいことはわからず、やはり事故ということで片付けられた。


 姉はすでに家を出ている。次女はすぐさま母方の伯父に連絡を取り、その助けを借りてなんとか両親の葬儀を行った。

 卒業までの間はその伯父に家を任せ、やっと卒業した次の日には正式に爵位を継いだ。十六という若さに、女の身。爵位を継げば四大貴族としての使命も継ぐことになる。表であっても裏であっても、次女に向けられる目に優しいものはなかった。


 寝る間を惜しんで働き続けていたある日、両親の死を聞き付けた姉がようやくウェルヴィンキンズに帰って来た。修道女を辞めたと話す姉に、少しは仕事を手伝ってくれるのだろうと思い込んでしまった。


 最悪なことに、家を任せていた短い間に、伯父が借金をこしらえていたのだ。本来なら返せないこともない金額だったが、伯父が作ったものだけでなく、あらゆる方面にリゼルヴィン家は借金があった。辛うじておかしなところには手を出しておらず、法に触れるようなこともしていないが、貴族間でリゼルヴィン家の家計の苦しさは有名だという。父で持ち直しかけたが、この伯父は、投資していた将来を約束されているような場所からは手を引き、どうにも先の見えない場所に投資しているではないか。しかもそれが途方もない額であり、複数あるときた。


 これはもう、次女への嫌がらせではないかと疑わずにはいられない。おかげでリゼルヴィン家は火の車を通り越して燃え尽きている。


 次女も色々と手を尽くしてはいるが、四大貴族としての仕事や正式に『王家の奴隷』となったことによる王家への奉仕もあり、そればかりに力を入れるわけにはいかない。だが姉がいれば、そちらは任せられる。


 しかし、次女が期待したのはほんの一瞬のことだった。


 姉は、次女の婚約者と共にやって来た。


 仲睦まじく腕を組んでいる様に、次女は言葉を失くし、察する。冷静に居ようとするも、心臓は嫌な跳ね方をし、息が苦しくなる。

 案の定、姉は婚約者との結婚を望み、許されるのが当然だと言わんばかりの幸せな表情をしていた。婚約者は少しばかり気まずそうな顔をしていたが、姉とそうして一緒に居られることに、喜びを隠せていない。


 何か言おうと考える。二人とも、わかっているはずだ。そう簡単に婚約を破棄し、その姉と結婚する難しさも、次女の結婚相手を見つける苦労も。

 けれど今までのことを思い出して、次女は言葉を見つけられなくなった。今と似た場面はいくらでもある。だが、いくら次女が正しいことを言っても、姉を思いやれと言われてそれで終わりだった。


 どうせ、今回だって何を言っても意味はないのだろう。そう思ってしまい、次女は俯いた。


 何も言わずそうしたことを、二人は次女が許可したとでも思ったのだろう。姉はまた、花のように笑った。


 二年後、姉は未亡人となった。様々な困難を乗り越えた夫婦として、民や令嬢たちからの人気は絶大だった。


 次女は再生不可能と言われた子爵家を何とか立て直し、ようやくリゼルヴィン家当主として、陰でこそこそ笑われるようなこともなくなった。この頃から、次女は「リゼルヴィン」と呼ばれるようになる。


 決して平坦とは言えなかったが、それなりに緩やかな日々を過ごせるようになったのもこの頃だ。相変わらず多忙ではあるが、その方がリゼルヴィンの性に合っていた。じっとしていることは出来ず、やっと空いた日も、何かと仕事ばかりしていた。


 またも転機が訪れたのは、リゼルヴィンが二十になった日のことだ。

 成人の十六歳になったとほぼ同時に結婚することの多い貴族令嬢として、リゼルヴィンは嫁き遅れと言うにふさわしい年頃だった。もちろん本人は気にするような性格でもないため、また元婚約者とのこともあり、最悪姉をどこかの誰かと再婚させて、その間に出来た子供を次期当主としようと考えていた。


 だが、正式なものではないとはいえ、後見人を自負していた王シェルナンドがそれを許すはずもなく。ある縁談をまとめ、リゼルヴィンが断れないところまで来て初めて、本人にそれを伝えたのである。


 それが、西の『赤い鳥』メイナード侯爵家当主、アルベルト=メイナードとの婚約。


 式の日取りまで決められていたのは流石に衝撃的だった。リゼルヴィンが、現在自分は婚約中の身だと知ったのが二十になる誕生日、その三か月後には式が執り行われることになっていた。

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