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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
9/131

2-5

 エグランティーヌは以前、こんなにも神話に拘る国は必ず崩壊すると、深刻そうに言っていた。この状態で続いていたのが不思議なくらいだ、と。アンジェリカはさして気にしていなかったが、今ならわかる気がする。

 ニコラスとジルヴェンヴォード、どちらかを王に選べと言われたら、アンジェリカは迷わずジルヴェンヴォードを選ぶだろう。

 近いうちに国が分裂する未来が見えるようだ。アンジェリカは初めて、神話がなければよかったのに、と思った。同時に、何故今までこんなにも神話を信じていたのか疑問に思う。


「エーラ……。ジルは、お父さまにそっくりなのね……」


 ジルヴェンヴォードとは幼い頃に数回会っただけで、ほとんど今日初めて会ったようなものだ。あまりの衝撃に、何を話したのかよく覚えていない。

 旅の疲れを理由に早めに切り上げて、半ば強引に部屋にエグランティーヌの手を引いて戻った。呟きに近いアンジェリカの言葉に、エグランティーヌはごく当たり前のように答える。


「親子なのですから、当然でしょう。むしろ、似ていてよかったではないですか。ずっと病弱で、隠されるように育てられてきたものですから、先王陛下の子ではないのでは、と噂されていましたので。似ているとなれば、そんな噂も立ち消えます」

「でも、あんまり似ているから……怖いわ」

「そうでしょうか。私が似なかったので、ジルヴェンヴォードは似ていてよかったと思いますよ。……アンジェリカ姉上がご心配なさっていることも、わかります。ですがそれは、私が必ず阻止しますので、どうかあまりご心配なさらないでください」


 エグランティーヌがそう言っても、恐ろしさは消えない。

 聞けば、ニコラスの行う政治は悪政ではないものの、良い政治とも言えないらしい。先代があまりに優れていたものだから、その息子であるニコラスへの期待は大きく、大きすぎた期待は不満に変わりつつあると。


 実際、ニコラスが即位して三年、大きな事件といえば、ちょうど即位してすぐの内乱くらいしか思いつかない。『鳥』の末裔である四大貴族の支えもあり、その内乱の後はすぐに平穏を取り戻し、それからは平和そのものだ。三年前の内乱は悲惨なものだったらしいが、詳細は誰からも聞くことは出来なかった。あったことすらなかったことにされているかのように、エンジットの者は口を噤んだままだ。

 とにかく、ジルヴェンヴォードという人間を知らねばならない。アンジェリカは不安を押し殺して、毎日ジルヴェンヴォードと話をした。


 ジルヴェンヴォードは、良く言えば無垢で、悪く言えば無知だった。


 アンジェリカも、純粋で無垢おだと言われてきたが、ジルヴェンヴォードほどではないと思う。そもそも、アンジェリカは純粋でも無垢でもない。王族に生まれ、王族として育った以上、純粋ではいられないし、無垢でもいられない。だが、ジルヴェンヴォードは違った。病弱だからと甘やかされて育ったからか、政治のこともよく知らず、貴族間の醜い部分も知らなかった。


 しかし、だからこそジルヴェンヴォードは魅力的な人間だった。

 嫁いだ後に努力すべき点を教えれば、真面目な顔で素直に頷く。叱ればしゅんとして俯き、褒めれば照れつつも満面の笑みを浮かべる。ころころと変わる表情に、目が離せなくなる。


 そんなジルヴェンヴォードに、とうとうアンジェリカは不安が爆発した。ここまで人を惹き付けるのなら、国を二分出来る程の宮廷人を集められるだろう。ニコラスにそんな力はない。だが、シェルナンドによく似た、人を惹き付ける才に恵まれたジルヴェンヴォードなら――。

 神話を深く信じているアンジェリカだからこそ、これ程不安になり、恐怖を感じた。ジルヴェンヴォードを選んでしまう人の気持ちが、よくわかるからだ。アンジェリカもきっと、選んでしまう。けれど、その選択は国のためにならない。ジルヴェンヴォードに政治が出来るとは思えないのだ。女王となったとして、すぐにお飾りとなるのが目に見えている。


 アンジェリカはニコラスの元へ行った。

 そして、小瓶を受け取り、ジルヴェンヴォードのカップに細工をした。ニコラスに言われた通り、お茶の時間まではずっとエグランティーヌと共にいて、言われた通りに動いた。ニコラスが他の誰でもなくアンジェリカにこのことを命じたのは、他の誰かに命じれば情報が漏れてしまう可能性があるのと、アンジェリカが人目を惹く華やかな人間である反面、人目を惹かない動きが出来るからだろう。


 お茶を飲んで、しばらくして倒れたジルヴェンヴォードを見て、アンジェリカはそれまで以上に恐ろしくなった。

 異母妹とはいえ、姉妹に対してこんなことをしてしまった後悔。自分がやったと知られてしまったら、ヴェレフとの関係はどうなってしまうのだろうという恐怖。ヴェレフが命じたのだと疑われることは間違いない。

 何よりも、あまりの動揺ですっかり頭から抜け落ちてしまっていたが、ジルヴェンヴォードはこれからセリリカに嫁に行くのだ。もしもセリリカとの関係までもが悪くなってしまったら。


 結局、ジルヴェンヴォードは死ななかった。

しかし、セリリカに行くのだから、王位継承権はなくすはずだと気付いても、不安は消えない。

神話なんてなくなればいいのに。この数日、ずっとそればかりを願ってきた。神話がなくなれば、兄が死んでも、エグランティーヌが女王になれる。きっと、彼女なら良き施政者になれる。









「恐ろしくて恐ろしくて、何よりも怖いことをしてしまいました。けれど本当に……ジルは、お父さまにそっくりで。肖像画を残そうとしなかったから、ぼんやりとした記憶しかないけれど、それでも似すぎているわ」


 アンジェリカは自身の知っていることと、してきたこと、思っていたことをすべて包み隠さずに話した。

 エグランティーヌも思うところがあったのだろう。じっと黙って何かを考え込んでいる。それまでの身内に向ける温かい目ではなく、鋭い政治に関わる者としての目になっていた。


「話してくれてありがとう。このことは、私たち四大貴族で話し合って処分を決めるわ。まあ、きっとなかったことになるんでしょうけれど。ヴェレフと関係を悪くするのはまずいもの。私も、あなたに罰を与えるのは気が引けるわ」

「……そうですか。やはり、罰は受けられないのですね。出来ることならば、リゼルヴィン、あなたに罰を与えてほしかったのですけれど」

「嫌よ。人気者のアンジェリカを罰するなんて、私が嫌われちゃうじゃない。私はまだ、程よく恐れられ嫌われている今の、調度いいバランスを保っていたいわ。何より、いくら『紫の鳥』――『断罪』の役割を持つ家だからといって、私は『黒い鳥』よ。王族は裁けないわ」


 リゼルヴィンがそう言うと、アンジェリカは苦笑して「そうよね、贅沢よね」と返した。


 四大貴族はそれぞれ役割を持っている。その中で、『紫の鳥』のリゼルヴィン家は、貴族の罪を裁く役割を持つ。あくまで貴族のみが対象で、一般の国民が起こした事件には関わらない。貴族が関わる事件を調べ、その罪を暴き、他の四大貴族と処遇を決め、罰を与える。代々受け継がれる仕事だ。

 影響力の強さから、四大貴族は政治に関わってはいけない。不定期に行われる四大貴族会議には、その当主と、王のみが参加し、そこで王に命じられたことのみをこなす。しかし、王家の行う政治があまりに悪だと四大貴族全員が判断すれば、国のために王を失脚させる権利も持つ。エンジットで最も権力を持たないが、その反面、いざというときは最も権力を持つ貴族。それが四大貴族なのだ。


 中でも異色なのがリゼルヴィン家だ。『黒い鳥』が生まれたときはもちろん、それ以外にも、『紫の鳥』は他と一線を引かれている。同じ括りにあるとはいえ、やはり神話の影響で「反逆者の代わり」として見られてしまう。その上、リゼルヴィンは瞳の色こそ違うが黒い髪を持つ『黒い鳥』。本来なら王族の不祥事も『紫の鳥』が罰するのだが、反逆者である『黒い鳥』が王族を罰するのは神話をなぞらえたようで民に不信感を抱かれてしまう。故に、リゼルヴィンは王族を罰することは許されていない。

 考えがまとまったのか、ようやくエグランティーヌは顔を上げ、口を開いた。


「リィゼル、無理を承知で言うけれど。この話は、少しの間、聞かなかったことにしてくれないか」

「頼まれなくても、こんなに面白いこと、しばらく一人占めにするわ」


 ただし、とリゼルヴィンが続ける。


「次の雨の日には、私はすべてを終わらせるわよ」

「……わかった」


 アンジェリカは不満げな顔をしたが、エグランティーヌはすぐに頭の中でこれからの計画を立てる。


 リゼルヴィンはまた窓の外を見て、まだ雨は降らなさそうねえ、と呟いた。


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