5-2
「フロランスが死んだ?」
リゼルヴィンは思わず聞き返してしまった。それほどに、信じ難い言葉だった。
「それは本当なの」
問われたリズが頷く。もっとも信頼しているリズが頷いたのだ、受け入れるしかない。動揺を隠しきれていないことが、自分でもよくわかった。
どうして死んだのか。それは問わない。原因も何も関係がないのだ。ただ、フロランスが死んだという事実だけが、すべてだった。
「なんてこと……」
「正式な報せは明日にでも来るんじゃないですか。さっき使者らしき人を見かけましたよ」
「……そう。少しでも早く知れてよかったわ」
必死になりながら、リゼルヴィンは冷静を装った。表情を無に限りなく近づけ、ぎこちない微笑みを口元に浮かべている。
それが苦しみを耐える表情だと、リズは知っている。今はリズしか見ていない。泣けばいいものを、リゼルヴィンは耐えている。
「王都に行かなくていいんです?」
「ええ……行かないわ。今はそんな暇はないもの」
「今なら間に合うのに?」
「間に合わないわよ」
はっきりと断言しつつ、リゼルヴィンの目は迷いに揺れている。
間に合わないことはない。リゼルヴィンはフロランスの名を知っている。死体が腐らない限り、間に合わないことはないのだ。
今、王都に戻れば、フロランスの死をなかったことに出来る。
リゼルヴィンならば出来るのだ。絶対に不可能であることを可能にする、それがリゼルヴィンなのだから。
だが、リゼルヴィンは間に合いながらも、フロランスの元へは行かない。
「フロランスを街に呼ぶわけにはいかないでしょう。……それに、陛下が許さないわ」
「聞きもせず決めつけて、諦めるんです?」
「しつこいわよ、リズ。いくらあなた相手でも、これ以上ふざけたことを言うのなら、私にも考えがあるわ」
リゼルヴィンが纏う空気が変わった。掴みどころのない空気だったものが、鋭く突き刺さるようなものになった。
笑いをこらえながら、リズは頭を下げる。リゼルヴィンの力の前で、あえてその怒りを買うような真似をするのは馬鹿だけだ。あまり怒らないリゼルヴィンも、怒るときは怒る。からかいの引き際をよくわきまえなければ、リズだって殺される。
本気でリゼルヴィンが怒れば、どんな相手も殺せてしまうのだ。そこに躊躇いはない。
リズの謝罪を受け入れ、溜め息を吐く。リズはそれを聞かなかったふりをして、椅子に腰かけるリゼルヴィンの右腕に触れる。
リゼルヴィンの右腕は、肩からもぎ取られるように失われている。三年前の生々しい傷跡は今も消えず、それが忘れたくとも忘れられないあの日の記憶のように思われた。
この傷跡を見たことがあるのは、リゼルヴィン本人と、リズ以外にはいない。
「もうちょっと丁寧に扱ってくれませんかねえ。新しい腕を手に入れるの、結構大変なんですよ」
「わかってるわよ。最近の消費が激しいだけ」
「まあ、これからですもんね」
「ええ、これからだもの」
リズは持参した鞄を開け、中から腕を取り出す。ちょうど、リゼルヴィンの失われた右腕と同じ大きさの腕だ。
「今度は黄色いのね」
「前の黒よりは魔力の流れがいい腕ですよ。前のはつけるまでに時間が空きすぎて、ちょっと腐ってましたから」
淡々と、しかし楽しげに、リズはその黄色の腕を撫でた。
右腕に意識を集中させ、塞がっていた傷口を内側からこじ開けるように広げていく。ゆっくりと、慎重にイメージを固め、もがれた直後の傷口を再現する。そこから断面を平らにしていき、リズが新たな腕を縫い付ける。つけられた腕は、当然リゼルヴィンの神経や血管の大きさと合致しない。魔力を流し込みつつ、作り変え、傷を塞ぐ。そして、動かせるようになるまで待つ。
これがリゼルヴィンとリズの言う『義手』だ。どこからかリズが入手した右腕を、リゼルヴィンの本来の右腕の代わりにする。初めの頃はリゼルヴィンも乗り気でなかったが、機械を使うより便利だ。何より、リゼルヴィンの魔法さえあれば、完全にものに出来る。もうこの義手なしでは違和感があって落ち着かない。
「本当に、行かなくていいんです?」
「しつこいわよ、何度言わせるの」
神経を繋ぐというのは、リゼルヴィンでも魔力と体力を非常に消耗する。ぐったりしつつ、大切そうにつけられた義手を撫でるリゼルヴィンの言葉は、どこか間延びしていた。
「だって、先王の次に大切だって言ってたじゃないですか」
「フロランスが二番目なわけないじゃない。でも、そうね、かなり大切な部類にはなるわね。けど、だからといって街には呼べないし、陛下はきっとお許しにならないわ。どうしようもないのよ。私もフロランスと契約しようとは、思えないわ」
「そうですか。でもそれを抜きにしても、顔くらい見に行けばいいじゃないですか。死んでるんですよ」
「いいのよ、心配には及ばないわ」
そこでようやく、リゼルヴィンの言葉に力が戻った。
自信たっぷりに笑う顔は、悪だという印象を助長したもの。にやりと口の端を釣り上げ、リズの目を見る。
「三日よ。三日でハント=ルーセンを片付けるわ。その後に墓参りでもしてあげるわよ。勝利を手土産にね」