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  作者: 小林マコト
第二部 賢王
82/131

5-2

「フロランスが死んだ?」


 リゼルヴィンは思わず聞き返してしまった。それほどに、信じ難い言葉だった。


「それは本当なの」


 問われたリズが頷く。もっとも信頼しているリズが頷いたのだ、受け入れるしかない。動揺を隠しきれていないことが、自分でもよくわかった。

 どうして死んだのか。それは問わない。原因も何も関係がないのだ。ただ、フロランスが死んだという事実だけが、すべてだった。


「なんてこと……」

「正式な報せは明日にでも来るんじゃないですか。さっき使者らしき人を見かけましたよ」

「……そう。少しでも早く知れてよかったわ」


 必死になりながら、リゼルヴィンは冷静を装った。表情を無に限りなく近づけ、ぎこちない微笑みを口元に浮かべている。

 それが苦しみを耐える表情だと、リズは知っている。今はリズしか見ていない。泣けばいいものを、リゼルヴィンは耐えている。


「王都に行かなくていいんです?」

「ええ……行かないわ。今はそんな暇はないもの」

「今なら間に合うのに?」

「間に合わないわよ」


 はっきりと断言しつつ、リゼルヴィンの目は迷いに揺れている。

 間に合わないことはない。リゼルヴィンはフロランスの名を知っている。死体が腐らない限り、間に合わないことはないのだ。


 今、王都に戻れば、フロランスの死をなかったことに出来る。


 リゼルヴィンならば出来るのだ。絶対に不可能であることを可能にする、それがリゼルヴィンなのだから。

 だが、リゼルヴィンは間に合いながらも、フロランスの元へは行かない。


「フロランスを街に呼ぶわけにはいかないでしょう。……それに、陛下が許さないわ」

「聞きもせず決めつけて、諦めるんです?」

「しつこいわよ、リズ。いくらあなた相手でも、これ以上ふざけたことを言うのなら、私にも考えがあるわ」


 リゼルヴィンが纏う空気が変わった。掴みどころのない空気だったものが、鋭く突き刺さるようなものになった。


 笑いをこらえながら、リズは頭を下げる。リゼルヴィンの力の前で、あえてその怒りを買うような真似をするのは馬鹿だけだ。あまり怒らないリゼルヴィンも、怒るときは怒る。からかいの引き際をよくわきまえなければ、リズだって殺される。

 本気でリゼルヴィンが怒れば、どんな相手も殺せてしまうのだ。そこに躊躇いはない。

 リズの謝罪を受け入れ、溜め息を吐く。リズはそれを聞かなかったふりをして、椅子に腰かけるリゼルヴィンの右腕に触れる。


 リゼルヴィンの右腕は、肩からもぎ取られるように失われている。三年前の生々しい傷跡は今も消えず、それが忘れたくとも忘れられないあの日の記憶のように思われた。


 この傷跡を見たことがあるのは、リゼルヴィン本人と、リズ以外にはいない。


「もうちょっと丁寧に扱ってくれませんかねえ。新しい腕を手に入れるの、結構大変なんですよ」

「わかってるわよ。最近の消費が激しいだけ」

「まあ、これからですもんね」

「ええ、これからだもの」


 リズは持参した鞄を開け、中から腕を取り出す。ちょうど、リゼルヴィンの失われた右腕と同じ大きさの腕だ。


「今度は黄色いのね」

「前の黒よりは魔力の流れがいい腕ですよ。前のはつけるまでに時間が空きすぎて、ちょっと腐ってましたから」


 淡々と、しかし楽しげに、リズはその黄色の腕を撫でた。

 右腕に意識を集中させ、塞がっていた傷口を内側からこじ開けるように広げていく。ゆっくりと、慎重にイメージを固め、もがれた直後の傷口を再現する。そこから断面を平らにしていき、リズが新たな腕を縫い付ける。つけられた腕は、当然リゼルヴィンの神経や血管の大きさと合致しない。魔力を流し込みつつ、作り変え、傷を塞ぐ。そして、動かせるようになるまで待つ。


 これがリゼルヴィンとリズの言う『義手』だ。どこからかリズが入手した右腕を、リゼルヴィンの本来の右腕の代わりにする。初めの頃はリゼルヴィンも乗り気でなかったが、機械を使うより便利だ。何より、リゼルヴィンの魔法さえあれば、完全にものに出来る。もうこの義手なしでは違和感があって落ち着かない。


「本当に、行かなくていいんです?」

「しつこいわよ、何度言わせるの」


 神経を繋ぐというのは、リゼルヴィンでも魔力と体力を非常に消耗する。ぐったりしつつ、大切そうにつけられた義手を撫でるリゼルヴィンの言葉は、どこか間延びしていた。


「だって、先王の次に大切だって言ってたじゃないですか」

「フロランスが二番目なわけないじゃない。でも、そうね、かなり大切な部類にはなるわね。けど、だからといって街には呼べないし、陛下はきっとお許しにならないわ。どうしようもないのよ。私もフロランスと契約しようとは、思えないわ」

「そうですか。でもそれを抜きにしても、顔くらい見に行けばいいじゃないですか。死んでるんですよ」

「いいのよ、心配には及ばないわ」


 そこでようやく、リゼルヴィンの言葉に力が戻った。

 自信たっぷりに笑う顔は、悪だという印象を助長したもの。にやりと口の端を釣り上げ、リズの目を見る。


「三日よ。三日でハント=ルーセンを片付けるわ。その後に墓参りでもしてあげるわよ。勝利を手土産にね」


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