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  作者: 小林マコト
第二部 賢王
78/131

4-6

 天才と呼ばれるファウストも、リゼルヴィンには届かない。封印を内側から解くのは骨の折れる作業だったのだろう。目の下には濃い隈があり、肌の白さもあってひどく目立っている。さらさらと風に靡き、よく手入れされていた白い髪は乱れきってぼさぼさだ。体のあちこちに小さな傷があり、その赤が白に映えている。

 肩で息をしているところを見ると、出てこられたのはつい先程のようだ。あれほどあった魔力もほぼ無に近い。気力も体力もそうだ。ファウストは今、リゼルヴィンへの憎しみだけで立っている。


「元気そうでよかったわ。ちょっとボロボロなのが気になるけれど、まあ、上出来でしょう」

「死ね」

「だーかーら、今私を殺したら、エンジットが滅ぶわよ。あなた、国を相手に一人で戦えるの? 私じゃなきゃ無理よ。しかも今、こちらの本陣が大変なことになってるわ。あなた、私を殺したら、あっちに戻っちゃうでしょう。それだけは駄目よ、私の計画が狂っちゃう」


 リゼルヴィンの言葉に、ファウストが一瞬だけ驚いた表情をし、その後怒りを露わにした。

 四大貴族は民のために存在している。民の暮らしを守り、よりよい国を作るために存在している。だというのに、リゼルヴィンは自軍を見捨てるつもりなのか。

 その様子に溜め息を吐き、リゼルヴィンはゆっくりとファウストに近付いた。


「あなたがどれだけ私を憎んでいるか、よくわかっているつもりよ。だからこそ、私はあなたに期待しているの。でもね、いくらあなたでも、私の邪魔をするなら容赦しないわよ」


 ねえ、落ち着いて考えなさいな。

 何が楽しいのか、リゼルヴィンは口の端を吊り上げて笑う。


「私たち四大貴族の今までの仕事を思い出しなさい。次期当主であるあなたなら、公開されていない深い部分も知っているはずよ。私たちは何をしてきたの? 私たちは何のために存在しているの? 私たちは、どうやって国を守ってきたの? 私たちはお日さまの下ではとても話せないようなことをしてきたわ。民のためだけに存在し、多数の民を守るためならどんなに惨くとも少数を切り捨てて来たわ。そうやって存在してきたの。ねえ、落ち着いて考えなさいな。『本陣が大変なことになってる』のに、私がこうしてここにいる理由を」

「見捨て、殺すのか」

「いいえ、私は殺さない。『私が戻ったときにはもう遅かった』のよ」

「お前は民を何だと思っている! 軍人も民だ! お前が守るべき存在だろう!」


 意識せず、ファウストは叫んでいた。

 本人すらそう叫んだことに驚いている。リゼルヴィンはおかしくなって、耐えられずに噴出した。


 四大貴族の跡継ぎは、幼少期からそうなるために厳しく教育される。いかに『黄金の獅子』が忠誠に値する存在か、いかに四大貴族が重要な役割であるか。教育とは洗脳である。どんなに自分はそうではないと反発しようとしても、根本に染みついたそれは、決して消えはしない。

 長い間、クヴェートに反発し続けていたファウストも、結局は同じだ。


「軍人だもの、死の覚悟は出来ているはずだわ。心配しなくても、私が着くまで息があったら助けてあげるわよ」

「……お前は、生きているべきではない。死ね、そうすればこの国は平和になる」

「本当にそうかしら。まあ、あなたの心は平和になるでしょうね」


 そして、ふいに俯いて暗い声を出す。


「四大貴族の当主となった者は、建国から繋がり山より高く空より果てしなく積まれてきた罪を、無条件で背負わなきゃならない。そしてそれに新たな罪を積み上げて、子孫に押し付けて逝く。私だけじゃないわ、四大貴族の家に生まれた子供はみんなそう。誰も血からは逃れられない。あなただってそう、誰一人、逃れられない。私たちは間違ったことはしてない。たった一つ、間違って、それ以外は何も間違ってないのよ。ただ、生まれてきてしまったことが、間違いだっただけで」


 それは確実にリゼルヴィンを仕留められる唯一の隙だった。だが、ファウストは剣を振り下ろすことが出来なかった。


 ――本当に、これはリゼルヴィンなのか。


 そのリゼルヴィンは、『グロリア』の知っているリゼルヴィンではなかった。グロリアは強気かつ不敵なリゼルヴィンしか知らない。

 だが、『ファウスト』は知っている。リゼルヴィンのその声も、その顔も、よく知っている。

 ファウストが嫌いだった、リゼルヴィンだ。あれほどの力を持っているくせに、いつも自信なさげな顔をする。誰がどんなに褒めたとしても、過剰なほどに謙遜する。いつも腹が立っていた、あのリゼルヴィンだ。


 二つの記憶が、違和感を訴える。

 これは、リゼルヴィンなのか。リゼルヴィンとは一体、何者なのか。

 あまりに違って見えた。グロリアの知るリゼルヴィンと、ファウストの知るリゼルヴィン。グロリアとファウストのように人格が分かれているようでもない。だが、それにしても違いすぎるのだ。


「どうかしたの?」


 声をかけてきたリゼルヴィンは、もういつもの顔に戻っている。溢れんばかりの才能を誇らしげに見せつけ、己の欲に身を任せる女の顔だ。自分を卑下したことなど一度もないかのようなその顔には、先程の暗さはない。


「あなたはしばらくここにいなさい。私が見てくるから、朝になってから来なさい。いいわね」

「お前の命令を聞くとでも?」

「聞くしかないわよ。姉に会いたいんでしょう?」


 意地悪くそう言われれば、ファウストは何も言えない。

 目的はグロリアもファウストも同じだ。いくら表に出ている人格がグロリアであっても、根本にある目的が同じであれば、弱点も同じになる。

 よく理解しているリゼルヴィンに、そこを突かない理由はない。


「安心なさい、私は死なないわ」

「誰がお前の心配をするか」

「それもそうね」


 くすりと無邪気に笑ったリゼルヴィンは、グロリアもファウストも知らないリゼルヴィンだった。


 一体どれが本当のリゼルヴィンなのか。


 それを知らなければ、リゼルヴィンを殺すことは不可能なのだろう。


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