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  作者: 小林マコト
第二部 賢王
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4-1 後悔

 妙な平穏が続いている。その違和感をぬぐえないまま、アルベルトはエグランティーヌの補佐のために日々尽きることのない様々な問題の対処に追われていた。

 前線に出るは『紫の鳥』リゼルヴィン子爵。その後方支援を行う『白い鳥』クヴェート伯爵。周辺国との関係に戦争の影響が出ないよう手を回す『青い鳥』アダムチーク侯爵。それぞれがそれぞれの得意分野で力を発揮する中、メイナード侯爵は彼らが思う存分動き回れるよう、最後方から障害物を排除していく役割を担っている。


 地味な仕事だと、よく知らない者にそう思われることも多いのだが、決して楽なものではない。その役割の重要性をよく知っている四大貴族は皆、メイナードにだけはなりたくないと口をそろえて言うほどだ。

 分野の違う役割は、当然影響を与える場所も違う。端から端まですべての物事に対処せねばならず、そのためには並ならぬ知識が必要だ。物心つく以前から非常に厳しい教育を受け、つめこめるだけの知識を詰め込み、かつそれを素早く状況に応じた応用が出来るよう訓練される。表立って大きな仕事をするわけではないため、最もその激務を知られることのない役割だが、メイナードがいなくなればたちまち四大貴族は立ちいかなくなってしまうと言われている。最悪、国の崩壊もあり得ると。


 そんな立場にいるアルベルトは、自然休暇を取ることも稀になる。そもそも、あまり休暇というものを必要としていなかった。休みを与えられても、どうせ仕事をしてしまうのだから。


 だからだろう、たった半日の休みを願ったとき、エグランティーヌは酷く驚いた顔をして、どこか体が悪いのかと尋ねてきた。そうではないと答えるも、何か大事が起こっていると思い込んで信じてくれない。

 仕方なく素直にリゼルヴィンに会いに行くのだと答えれば、先程より大袈裟に驚く女王に溜め息すら吐いてしまいそうでぐっと飲み込む。急な申し出ではあったが、アルベルトがこの日の業務すべてを午前で終わらせることを条件に許可が下りた。


 そして、午後になるとアルベルトは一度帰宅した。条件を出したエグランティーヌも不可能だろうと思う程の量を、アルベルトは見事に終わらせてみせたのだ。不可能を可能にしてしまうリゼルヴィンといい、この夫婦の仕事の処理能力はやはり化け物と言っても過言ではない、とミハルと共に苦笑した。


 普段のアルベルトなら、妙なほど動きがないとはいえ戦争をしているこの時期に休みを取るなど考えられない。だが、アルベルトはただリゼルヴィンと話をするために休んだ。何か大切な話があるわけでもない。何を話したいのか、アルベルト自身にもわかっていなかった。

 一度街屋敷で着替えてから、ウェルヴィンキンズを目指す。意外にも、アルベルトがウェルヴィンキンズへ向かうのは二度目だ。メイナード領ファルグにリゼルヴィンが訪れることは多かったが、アルベルトが出向くことは、夫婦仲が今よりも良好であった頃は一度もなかったのだ。ウェルヴィンキンズどころか、リゼルヴィンの街屋敷にすら片手で足りるほどしか行ったことがない。

 これでよく『仲の良い夫婦』と言われていたものだ。あまりにも滑稽に思えて、アルベルトは小さく笑った。これのどこが夫婦だ。


 昨日、エグランティーヌにより一時的に王都へ戻って来たリゼルヴィンは、すぐにウェルヴィンキンズへ向かったと言う。リゼルヴィンのことだから、転移魔法でも使ったのだろう。それらしい馬車をウェルヴィンキンズまでの道のりで見かけた者は、誰もいなかった。


 ウェルヴィンキンズが近付くと、不思議なほどに人がいなくなる。陽が出ていてもそうなのだから、どれほどリゼルヴィンが恐れられているかよくわかる。傍に住んでいるからと言って、そうそう影響はないはずだと思いはするものの、森に囲まれ更に石の壁にも囲まれた街から延びる道の先である。神話を重要視するこの国の民にとって、リゼルヴィンが王都へ来る際に最も使われる道の近くになどいられないのだろう。


 閉鎖的な街だ。これが四大貴族の治める街だとは、誰も思わないだろう。領主が持ち帰る様々な文化の入り混じったアダムチーク領サナーヴェや知の都と呼ばれるメイナード領ファルグ、魔導師の都と呼ばれるクヴェート領ネヴェル。それらと同じところに並べられるリゼルヴィン領ウェルヴィンキンズは、非常に異色を放っていた。外観からこうでは仕方がないのかもしれない。


 門は固く閉じられている。おそらく魔法によって、結界も張られているだろう。

 一度馬車から降り、門へ近付く。見るからに頑丈な南京錠に触れると、それはとても簡単に外れた。

 アルベルトに、リゼルヴィンの魔法は効かない。それがどんなに強力な魔法であっても。

 あの門番に見つからないうちにさっさと屋敷へ行ってしまおうと、門を開けてから馬車に戻る。リゼルヴィンの屋敷は街の一番奥だ。


 以前来たときと同じく昼間に出歩く住人はおらず、不気味なほど静かだ。国中で噂されているように、昼間のウェルヴィンキンズはまるで誰も住んでいないかのように思えてくる。夜になれば、変わるのだろうか。毛嫌いして今まで自分の目で見たことがなく、少しだけ惜しいことをしてきたな、と思う。街のあちこちに設置されているオイルランプは、ファルグでも導入を検討しているものだ。海を越えた国では結構広く普及しているそうだが、エンジットではまだまだランタンしかない。独自に制作する計画も着々と進んではいるものの、輸入に頼っている今、オイルランプはまだ高価なものだ。これほど多く設置されているとは想像もしていなかった。夜になり、これらに火が灯されたら、どれほど明るく美しいことだろう。


 街中も整えられていて清潔が保たれていた。放置されているゴミも目立たない。これで人さえ行き交っていれば、とてもいい街と一目でわかるくらいであるはずだ。そんな街だからこそ、より不気味だった。

 この辺りにはよくある曇りの日だった。空を覆う雲は分厚く、陰湿な雰囲気がある。

 リゼルヴィンの屋敷は随分と歴史あることがよくわかり、あちこち修復されているだろうに、その部分が浮くことなく馴染んでいる。落ち着いた雰囲気の屋敷だ。だがやはり静かで、どこか暗い。


 玄関へ向かうと、嫌そうな顔をして金髪碧眼の侍女が出迎えた。すぐに帰らせようとするあたりが、リゼルヴィンの侍女だと苦笑してしまいそうになる。


「何のご用でしょうか。主さまは現在、大変お疲れでいらっしゃるので、急用でないのであれば、今日のところはお引き取り願いたく存じます」

「そう疲れさせることでもない。顔を見に来ただけだ」

「そうですか。では早々にお引き取り願います。主さまは大変お疲れで、お休みになっておりますので」


 普段は表情のない女なのだろう。嫌悪を露わにしていても、この侍女はどこかぎこちない。

 ここで素直に帰るわけにもいかない。こんな時期に押し掛けるなどリゼルヴィンにとっては迷惑でしかないだろうが、それを承知でアルベルトは訪ねてきたのだ。こんな時期でなければ、リゼルヴィンはアルベルトに会おうとしないだろう。今を逃せばきっと、話せないまま終わってしまう。


「リゼルヴィンに会わせてくれ。この通り、重大な仕事も持ってきている」

「……承知しました。応接間へお連れ致します」


 手にしていたものをひらひらと見せると、侍女は渋々といった様子でアルベルトを導き奥へ足を運ぶ。その足取りが酷く重く、ああ、自分は歓迎されていないのだと、よく理解していたものを再度思い知らされた。


 出任せではなく、本当に仕事に関する書類も持たされていたのだ。流石は友人と言うべきか、エグランティーヌが急遽リゼルヴィンに手紙を書き、それを口実にすればいいとアルベルトに手渡してくれた。リゼルヴィンは何もないまま訪ねても会ってさえくれない、しかし女王である自分の手紙を持っていれば、会うくらいのことはしてくれる。何か含んでいる笑みを見せながら、エグランティーヌはそう言った。


 通された応接間の内装はとても落ち着いたもので、上品さが溢れていた。家具も年季が入ってはいるものの、質のいいものばかりだ。

 あれはリゼルヴィンが好む色だろうか、これはリゼルヴィンが好む花だろうか。アルベルトの元へ通ってきていた頃、少しは自分たちの話もしたはずなのに、アルベルトにはどれがリゼルヴィンの趣味で揃えたものなのかも、わからなかった。


 しばらく待っていると、扉が開かれた。侍女の金髪の背後に、久方ぶりの黒がいた。


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