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  作者: 小林マコト
第二部 賢王
66/131

3-2

 数秒、その意味を理解しかねて、リゼルヴィンはきょとんとした表情のまま固まった。

 そして、なんとかその意味を飲み込んで、ああ、と溜め息を吐くような声を出した。


「だから、まるで別人のようになっちゃっているわけね」

「はい。私は『ファウスト』なんです」

「えーと、どういうことかしら。あなたは私の知っている『グロリア』ではなくて『ファウスト』であるということよね。ということは、『グロリア』と『ファウスト』、二つ人格があるのかしら? それとも、二人いるの?」

「前者です」

「二重人格ってわけね……」


 どうしてファウストはこんなことを話そうと思ったのだろう。よりにもよって、このリゼルヴィンに。

 深みに手を伸ばしすぎた、とファウストは言う。やはり、気まずそうな苦笑をして。


「魔法というものの危険性は、よくわかっているつもりでした。私も、私の一族も。ですが、長い間、魔導師を生み出し続けてきた私の一族は、奢っていたのでしょう。出来ないことなどないと。一族の血は優秀であると。私はずっとそれに疑問を抱いていました。リゼルヴィンさま、あなたがいらしたから」

「私のせいだとでも言うの?」

「いえ、違います。これは、自業自得だったのです。ただ、あなたの存在がきっかけになったのは事実でした。あなたにはどうしても勝てなかった。私が魔法使いと呼ばれるほどの魔力を持っていても、あなたの足元にも及ばないものだった。だから、悔しかったのです。悔しくて、どうにか強くなろうとして、気付かないうちに深みにはまってしまった」


 リゼルヴィンの知らない男だった。白い髪もその顔も、よく知ったものなのに、知らない男だった。


 魔法というものは、本来人間が使えるはずのない力だ。神が与えた神秘の力だとも言われているが、むしろ悪魔の力であると、リゼルヴィンは解釈している。

 使いこなせれば何よりも役に立ち幸福を与える力だが、使いこなせなければこれ以上ない不幸が一気に襲いかかる。使いこなせたとしても、少しでも気を抜けばその力に飲み込まれ、すべてを奪われる。

 常に危険が伴う力。それが魔力であり、魔法だ。この世界では当たり前のように使われているが、本来ならば人間が持つべきものではない。あまりに強大すぎる。弱く脆い人間が持てば、破滅の道を自ら進んでしまうのは、目に見えている。


「いつからそうなってしまったの?」


 本人が話してくれるというのなら、とことん聞いてやろうと、巻き込まれることを覚悟してそう尋ねる。

 ファウストは、申し訳ないとでも言いたげに水面に目をやった。リゼルヴィンを見ていられなくなったのだろう。


「気が付いたら、こうでした。きっと、姉がいなくなってからだとは思っていますが」

「どっちが元の人格なのよ」

「どちらも、私です。元々の私を、ちょうど半分に分けたような。ですからどちらも元の人格であり、どちらも後に出来た人格です」

「……何よその面倒な分かれ方」


 変人やら狂人やらと呼ばれる者が多く住むウェルヴィンキンズを治めるリゼルヴィンにとっては、多重人格者もさほど珍しい存在ではない。

 だからといって、自ら進んで関わりたいとも思わない。ファウストの話を聞くのは、ただ四大貴族としての義務のようなものだ。

 深く溜め息を吐く。ここで何もしないという選択肢は、初めからないようなものだ。


「あなたは私の敵であると思っていたわ。だから期待してたの。あなたほど、恐れずに私に立ち向かってくる人間は、いなかったから。それなのに」


 ファウストがリゼルヴィンの敵でなくなったとしたら、リゼルヴィンは一体誰に期待すればいいのだろう。ファウストほどの人間は、もう、この国にはいない。

 立場上、罪を犯した人間には必ず罰を与えなければならない。そして、救いを求める人間は、救わなければならない。

 望んだ立場とはいえ、リゼルヴィンの性に合わない立場だ。罪を犯した人間には、その背を押してさらなる罪を犯させる。伸ばされた手は踏みにじって見なかったことにする。それが、『黒い鳥』と呼ばれるリゼルヴィンの在り方だ。そう考えれば、息苦しい立場であることは誰の目にも明らかだ。


「私は『紫の鳥』として、救いを求める手は何があっても掴まなきゃならないの。だから、本当に、本当に不本意ではあるけれど、あなたが私の力を必要とするのなら協力するわ」

「……私が望むのは、姉との再会です。それ以外は何もいらない。すべてを捨てることも出来る。ですが、それには……それには、リゼルヴィンさま、あなたの力が必要です」


 人格が二つになっても、どちらも姉に対する想いは変わらないらしい。少しだけ羨ましく思いながら、まっすぐにこちらを見る瞳を見返した。


「――どうか、私を、姉と会わせてください」


 それは、強い願いだった。真実すべてを捨てる覚悟のある者の声だった。

 姉に会いたい。たった一目見るだけでもいい。そのためならば、これまで築き上げたすべてを自らの手で壊すことも、今いる立場も、命すらも捨てられる。

 実際ファウストはそれだけの覚悟をしていた。姉に会わせる代わりに死ねと言われたとしても、喜んで死ねるだけの覚悟を。

 どのくらいそうしていただろう。何も言わず、片や相手の腹を探るように、片や壮絶とも言える覚悟をはらんだ目で見つめ合っていた。

 そして、ふっとリゼルヴィンが笑う。


「わかったわ。少しだけ、お手伝いしてあげましょう。ほんの少しよ。あの子にもう一度だけ話をしてあげる。あなたが会いたがっていると。それであの子が頷かなかったらそれまで。私を恨まないと誓えるなら、やってあげるわ」

「誓います! リゼルヴィンさまを恨んだりなど、絶対にしません。ですからどうか、お願いします」

「なら、契約しましょう。口約束じゃ寂しいわ」


 ファウストの顔に、ぱっと希望が灯る。リゼルヴィンが差し出す手が、ファウストには救いの手に見えた。

 迷わずその手を掴んだ。藁をも掴む思いだった。これが最後、次はないのだと、ファウストが一番理解していた。


 ファウストには焦りがあったのだろう。


 掴んだ手が救いの手なんてものではなく、悪意に満ちた悪魔の手だとも知らずに掴んでしまった。彼がもし『グロリア』だったのなら何があっても掴まないはずのものを、これから何をされるか知らずに、掴んでしまっていた。


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