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  作者: 小林マコト
第二部 賢王
63/131

2-7

 ハント=ルーセンの使者を護衛していた者は、一人を除いて皆、二日たった現在も目を覚まさない。

 たまたまその場に通りがかった宮廷関係者が連絡し、治療を最優先するエグランティーヌの判断により一か所に集められ多くの医師が診たものの、その日のうちに一人だけ目を覚まして、他は意識を取り戻す気配すらない。唯一意識を取り戻した男は、怪我の治療もそこそこに祖国へ飛んで帰ってしまった。連絡ならばエグランティーヌもハント=ルーセンに使者を出したが、人の目がなくなった少しの間にいなくなっていた、犯人についても何一つ聞き出せなかったと申し訳なさそうに医師らが報告した。


 あの事件は、たちまち国中に広まった。


 犯人は未だ不明。目撃者はおらず、情報も何もない。

 エンジットは国を挙げて犯人捜しを行ってはいるが、手掛かり一つない状況では、そう簡単には見つからないだろう。


 ミハルによれば、近年、ハント=ルーセン国内では、反エンジットの動きが強まっているという。

 海外貿易により発展し始めたハント=ルーセンは、もうエンジットの手を借りずともどの国にも引けを取らないくらいに成長した。国家も安定し、飢餓もない。いくらエンジットに助けられた過去があるとはいえ、そろそろ対等になってもいいのでは、と。


 それらをすべて話し終えて、エグランティーヌは集まった四大貴族の顔を見る。それぞれ難しい顔をしていた。


「そんな状況でじゃあ、最悪戦争になっちゃうわね」


 まずリゼルヴィンが、皆の頭を過る最悪の事態を口にした。

 招集される前に、四大貴族の面々は、自らこの場に集まっていた。女王エグランティーヌに到っては、誰よりも早く到着していたくらいだ。わざわざ招集を待つまでもなく、国の一大事なのである。


 ハント=ルーセンは、エンジットにとって大切な貿易相手だ。海からしか手に入れられない資源も多い。ハント=ルーセンの発展に手を貸す形で貿易を最優先してもらっていた。

 今手を切られ、戦争になったとしたら。考えたくもないことだ。


「ハント=ルーセンへ使者を出しましたが、謝罪は決してしないよう命じてあります」

「それが正しいわ。犯人が誰かわかっていない以上、謝罪はこちらの非を認めることになる」


 エグランティーヌは明らかに焦りを滲ませているが、流石というべきか、冷静な判断が出来ている。

 それに頷いて、リゼルヴィンはもしもの話だけれど、と切り出す。


「もしも、戦争になったとしたら、一体どうするのかしら。軍部に関わっていた者の数人は、すでに退職させちゃったわよ。宮廷内でも、膿は取り除いたけれど、新体制に入ってまだ間もないわ。これで戦える自信はある? 私には、戦える状態には見えないのだけれど」


 誰も何も言えなかった。

 シェルナンドの時代には大陸一、二を争うほどの軍事力を誇っていたエンジットだが、ニコラスの代で随分と弱ってしまっている。

 周囲の国へ、戦争をする気はないのだと宣言するために、大幅に規模を縮小したのだ。特に軍の仲でも精鋭が集まる騎士団は、かつての面影すらない。

 至急準備をしたとしても、規模縮小の際に外されてしまった者たちが協力してくれることに期待するしかない。しかし、彼らは国に恨みを持っているはずだ。傭兵となり未だ大陸中の戦地で活躍している者もいるが、そういう者たちはエンジットに残ることが嫌で国を出たのだから。反対多数の中、規模を無理に縮小したからだ。


 その上、宮廷内も新体制に入ったばかりで、戦争などに人員を裂くことは難しい。皆それぞれ新たに与えられた仕事をこなすので精いっぱいで、人を増やしたとしてもそれはそれで混乱を招く。

 戦争は絶対に避けなければならない道だ。今のエンジットには、そんなことをしている余裕はない。


「たとえ勝ったとしても、次は国が傾き始めることでしょう。戦争には金がかかるわ。人だって死んでいく。戦争をしたら、勝っても負けてもこの国は大きな被害を被ることになる」

「犯人を捜すしか、ありませんね」

「それだって難しいけれど。何の手がかりもないんじゃ、私たちにだって限界はあるわ」

「リゼルヴィンさま、心当たりはありませんか?」


 リナの問いは、縋るようなものだった。

 貴族を取り締まるのはリゼルヴィンの役目だ。心当たりくらいはあるのではと期待しているのだろうが、あいにく今回の件に心当たりなどない。それも当然だ、心当たりも何も、リゼルヴィンがこの事件の犯人なのだから。

 苦い顔をして首を横に振れば、リナだけでなくこの場にいる全員が落胆した。


「捜査は私が担当するわ。リゼルヴィン子爵家の総力を挙げて捜してみましょう」

「ならば、私はハント=ルーセンへ説明をしに行きます」

「それがいいわね。エンジットの外交担当は有名だもの。女王陛下が送った使者と、アダムチーク侯爵家がやって来たとなれば、少しは話を聞いてくれるかもしれないわ。私が魔法で送ってあげましょう」

「助かります」


 まだ正式に就任して日が浅いエリアスは、しかしその実力は確かなものだった。すでにいくつかの重要な取引を成功させている。それでも、まだミハルには届かないのだが。


「では、わたくしたちは、いざというときに備えて魔導師たちの力を集めておきましょう」


 リナの言葉に、ファウストも頷く。リナは今月で引退する予定だったが、これが終わるまでは無理そうだ。

 ここ最近はファウストも方々に力を伸ばしているらしい。着々とリナの後を継ぐ準備を進めている。ファウストには魔法学校時代の知り合いも多いため、直接クヴェートと関わりのない魔導師も味方に引き込めるだろう。


「あなたは女王陛下のお手伝いを」

「言われずともわかっている」


 今回の会議でまだ一言も口にしていないアルベルトは、リゼルヴィンにそう言われたことで苛立ったのか、あからさまに嫌悪を向けた。

 いつもならリゼルヴィンも同じように睨みつけてやるところだが、今はそんな場合ではないと、同じように苛立ちを感じながら目を逸らす。


「それでもあちらが手を上げるようであれば……」

「そのときは、こちらも出来る限りの抵抗をさせていただくまで、ね。私も存分に戦わせてもらうわ」


 リゼルヴィンの強さを間近で見てきたエグランティーヌが言わんとしていることを悟ったリゼルヴィンは、先に自ら言ってしまって強気な笑みを浮かべた。エグランティーヌは心底安心したようで、表情に少しだけ余裕が戻る。


 エンジットが最後に戦争をしたのは、十年以上前のことだ。力が弱まっている今、いくらハント=ルーセン相手とはいえ油断は出来ない。こんな時期を狙って事件を起こしたのでは、と思ってしまうくらいに、エンジットを潰すには持って来いの状況にある。

 戦争になれば、リゼルヴィンの協力が必要不可欠だ。リゼルヴィンさえ協力してくれたなら、敵軍をたった一人で一掃してしまうことも可能だろう。


 まるで、シェルナンドと契約を結び、エンジットに勝利をもたらしたという魔法使いの女のように。


 長く続いた国土奪還のための戦争では、当然ながら兵士も国自体も疲れ切っていた。そんなときにシェルナンドと出会ったのが、海の向こうからやってきた魔法使いの女だった。

 彼女はシェルナンドの統治の才を認め、エンジットに腰を落ち着ける許可を条件に契約を交わし、たった一人で一つの戦争を終わらせたという。その後、エンジットのどこかに家を建て、誰にも知られず静かに暮らしたのだと。


 その正体は誰も知らず、正式な記録もないが、確かに終わった戦争があった。


 そんな風に、リゼルヴィンもエンジットを勝利に導いてくれる。エグランティーヌには確信があった。


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