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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
6/131

2-2

「あなたの妹は、本当に王族らしくないわね。予想を超えていたわ」


 少しいらついた様子で、リゼルヴィンは手にしていたカップを置く。空になったそれを傍に待機していた侍女に渡し、お代わりを淹れるよう頼んだ。

 苦笑しつつ、エグランティーヌもカップを口元に運んだ。久々に会ったリゼルヴィンが元気そうで何よりだ。妹が殺されかけたというきっかけでなければ、もっと喜べたのだが。


 エグランティーヌは、リゼルヴィンの数少ない友人の一人だ。四大貴族、アダムチーク侯爵家に降嫁したために、自然リゼルヴィンとも交流する機会があり、意気投合して以来友人関係を持っている。リゼルヴィンの紹介でミランダとも面識があり、リゼルヴィンが忙しくなる前はよく三人でお茶会などもやっていた。


「ジルヴェンヴォードは、ずっと奥の方で甘やかされてきたから」

「そうでしょうね。今いる直系の中で私があったことがなかったのなんて、あの子だけよ。ニコラスもあの子にだけは会わせようとしなかったもの」


 リゼルヴィンはジルヴェンヴォードの姉二人に会いに王城に来ていた。ジルヴェンヴォードが状況を説明できないのなら、その場にいた者に訊くしかない。とりあえずは友人である頭のいいエグランティーヌに話を聞くことにし、こうしてお茶を飲んでいる。

 エグランティーヌは、男であったら王となっていたはずだと言われるほど、昔から優秀だった。様々な学問に興味を示し、貪欲なまでに学ぶ様は変人のようだとさえ言われたくらいだ。決して天才ではない。エグランティーヌは秀才だった。


 軽い雑談を交わし、さてそろそろ、とリゼルヴィンは本題に入ろうとする。二人とも表情を変えないため、控えていた侍女はまだ雑談が続くと思ったのだろう。エグランティーヌに言われてから慌てて部屋を出た。

 二人きりになった部屋に、しばしの間沈黙が訪れる。


「本当に、毒の正体はわかってないのかな」


 先に口を開いたのは、エグランティーヌの方だった。


「陛下の持つ魔導師団も動かしていると聞いた。私はここに閉じ込められているけど、陛下はよくここを訪ねてくれてる。それで、私だったらどうするかと意見を聞いてくれるんだ。私が犯人ではないと信じてくれているんだと思えば嬉しいけど、陛下は、もっと慎重な人だったはずなんだよ。信じているとはいえ、その場にいた者に、今捜査はどんな状況かなんて少しも漏らさない人だった。それもくどいくらいに毒の正体がわからないと言ってくる。……これはもう、この件に自分が一枚噛んでいると言ってしまっているようなものだよ」

「……そう。あなたはそう思ったのね。厳粛で賢明なエグランティーヌちゃん」

「そんな風に呼ばないでと、何度言ったらわかってくれるの」


 にやにや笑うリゼルヴィンに、エグランティーヌは苦い顔をする。不敬に値すると理解していたが、リゼルヴィンのためにと口にしたのに、そんな風にからかわれるとむっとしてしまう。出会った当初から随分変わったが、あの頃から変わらないリゼルヴィンのこういうところは苦手だった。


「エーラがそこまで言ってくれたんだから、私も本当のことを話さなきゃならないわね」


 リゼルヴィンは目を細めてエグランティーヌを見た。口元が弧を描いている。その表情に、ぞくりと悪寒が走った。聞いてはいけない、とエグランティーヌはきゅっと口を結んだ。

 だが、聞かなければ、とも思う。

 頭を振って、冷静になろうとした。逸らしたいのを我慢して、リゼルヴィンと目を合わせる。


「ジルヴェンヴォードを殺そうとした犯人はね、私とニコラスなのよ」

「――それは」

「私はニコラスに命じられたから手伝っただけよ。人を紹介しただけ。それもこうなるとは知らされていなかったわ。何せ、もう一年も前のことよ、命じられたの」

「質問させて、リィゼル」


 エグランティーヌは思わず立ち上がってしまった。もしやとは思っていたが、まさか本当にそうだとは予想もしていなかった。いや、そんなことはないと思いたかったのかもしれない。驚きと、ああ、やはりそうか、という思いが混ざって、とにかく詳しく知りたくなった。

 そんなエグランティーヌに対して、リゼルヴィンは眉一つ動かさない。


「リィゼル、なんて、あなたしか呼ばないわよ。不思議な愛称ね」

「そんなことはどうでもいい! リィゼル、兄上は一体何を考えてそんなことを」

「知らないわ、私、他人が何を考えているかなんて、読めないもの」


 ただ、まあ、そうね。すっかり冷めてしまったお茶を飲みながら、リゼルヴィンは言う。


「たぶん、あなたのためだと思うわ。それだけってことはないし、それが一番の理由でもないでしょうけど、あなたのためにやった側面もあると思うの。あの男はあなたのことが大好きだから。私が命じられたのは、人を紹介することと、犯人をでっちあげることの二つ。後者なんて最低な命令よね。国王としてそういうことも必要かもしれないけれど、それよりもまず人として最低だわ。あんな男が国王でいいのかしら」

「どうしてそんなことを引き受けたの、リィゼル!」

「どうしても何も、私が王の命に逆らえるわけがないでしょう。首輪をつけられているのよ。魔力も封じられて、絶対の服従を誓わされているのよ。逆らえないわ」


 リゼルヴィンのことだから、逆らえないと言いつつも、どうしてそんなことを命じるのかしっかり確認しているはずだ。それなのにどんなに聞いても答えないということは、元から話す気はないということだ。アダムチーク侯爵に嫁いでからリゼルヴィンと交流を持って四年、それなりにリゼルヴィンという人間を知っているつもりでいる。リゼルヴィンがこんな風に話すときは、どんなに問い詰めても口を割らない。


 ちっ、と舌打ちをして、エグランティーヌは座りなおした。厳粛で賢明だなど言われているが、そんなに立派な人間ではないとエグランティーヌは思っている。学ぶことが好きで色々な学問に手を出し、政にも関わらせてもらっているが、実際はそんなに立派な評価を受ける程、人間としては成長できていない。今だって、動揺している。


「本当に……リィゼルは変わった」


 二年前までは、優しくて控えめな女性だったのに。

 エグランティーヌがそう呟くように言うと、リゼルヴィンは苦い顔をした。


「そうね、私は変わったわ。自分でもよくわかるほど、変わったわ。酷い変わりようだったわ。変わったというより、狂った、という方があっているわね。とにかく、あなたが言うように、私は私でなくなったわ。でも、後悔はしてない。しようもないもの」

「リィゼル……」

「いいのよ、そんな顔をしないで。今の私はとても幸せなの。今まで生きてきた中で、一番」


 それはとても穏やかな笑みで、エグランティーヌはそれ以上踏み入ることが出来なくなった。

 リゼルヴィンが変わってしまったのは、二年前からだった。いや、本当はもう少し前、三年前から変わり始めていた。


 どうして変わってしまったのか、そのきっかけはエグランティーヌにはわからない。ただ、エグランティーヌの父、先王シェルナンドが死んだ頃と時期が被る。もしかしたらそのことも関わっているのではと思うが、そのことだけがきっかけではないだろう。リゼルヴィンがシェルナンドのことを慕っていたのは間近で見ていたからよく理解している。シェルナンドも今際の際には、妃でも子供らでもなく、リゼルヴィンを呼んだ程だ。シェルナンドは床に伏してからずっとリゼルヴィンに言っていた。後を追うような真似だけはするな、と。リゼルヴィンはシェルナンドの命に逆らうようなことは決してしないだろう。

 三年前といえば、シェルナンドの葬儀が終わって、ニコラスが王となってすぐだ。その頃に何かあったか考えてみるも、何も思い付かない。徐々に冷たい目をし始めたリゼルヴィンを、今でも思い出せる。生きているのか死んでいるのか、悲しんでいるのか怒っているのか、エグランティーヌは生きていながらに死んでいるようなリゼルヴィンを恐ろしく思っていた。そう思えば、今のリゼルヴィンはまだましなのだろう。少なくとも、生き生きとした表情はしているのだから。


「あのね、エーラ。私があなたに言えることは、まだ少ないけれど」


 近くにある窓の外を眺めながら、リゼルヴィンは呟くようにして言った。


「あなたはもう、すべてに気付いていると思うわ。私と、あの人のことも、全部」


 外を眺めるその目はどこか寂しげで、エグランティーヌは心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。

 リゼルヴィンの視線の先には、メイナード侯爵家の街屋敷(タウンハウス)があった。『あの人』とは、シェルナンドのことなのか、リゼルヴィンの夫でもあるメイナード侯爵家当主、アルベルト=メイナードのことなのか、知る手立てはまだエグランティーヌにはない。


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