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  作者: 小林マコト
第二部 賢王
54/131

1-2

 短期間で、リゼルヴィンは多くの拾いものをしてしまった。


 一つ目は、久々に出席した夜会の帰りに拾った、幼い孤児の少女。

 長い間リゼルヴィンが探し求め、ようやく見つけた才能の持ち主だ。風呂に入れ、きちんとした食事を取らせてみれば、人懐こい可愛らしい少女だった。名前がないというので、リゼルヴィンはその少女に『エニー』という名前を与え、世話はラーナに任せている。


 二つ目は、『マティルダ・ドール』と呼ばれた人身売買事件の被害者の少女。

 酷い虐待を受けていたが、傷はすべてリゼルヴィンの魔法で治癒されている。ミランダが作った麻薬の中毒者であるため、現在も依存から脱出するためにミランダと共に治療中である。『ウェスパ』と呼ばれていたが、本名は『メリア』というらしい。赤髪に眼帯の侍女、パルミラに世話を任せている。パルミラは寡黙で表情があまり変わらない少女だが、メリア本来の明るい性格に押され気味らしい。


 三つ目。これがリゼルヴィンにとって、唯一歓迎出来ない拾いものだ。

 メリアやその他『マティルダ・ドール』と呼ばれた少女たちを管理していた、エリストローラ伯爵家の地下室から発見された女性。三年前に絶縁したリゼルヴィンの姉、レベッカ=リゼルヴィンである。何故そこにいたのか、何故『マティルダ・ドール』よりも厳重に隠されていたのか。不可解な点は多かったのだが、何を訊いても知らない覚えていないとばかり答えるものだから、リゼルヴィンももう何も訊かなくなった。顔を合わせたくないがために、すべてジュリアーナに質問させていた。


 レベッカの場合、実家に帰って来たようなものであるため、拾ったとは言えないかもしれないが、レベッカはリゼルヴィンが家督を継ぐ前にリゼルヴィン子爵家の名を捨てたのだ。いくら血が繋がっているとはいえ、拾いものに変わりないと考えている。


 もともとリゼルヴィンはよく色々なものを拾ってくるが、これほど短期間に三つも拾ってきたことはない。ジュリアーナの疑わしげな表情が少しばかり痛かった。


 『マティルダ・ドール』の一件から、リゼルヴィンは地下に籠っていた。

 拾いものの世話はすべて侍女たちに任せ、ジュリアーナ以外の誰の前にも出ず、ただ一人で地下の一室で生活していた。少々薄暗く、薄ら寒いが、生活するのに不便なことはほとんどない。地上に置いたままの必要な物はジュリアーナに取ってきてもらい、食事もジュリアーナが運んでくれる。


 そんな日を五日過ごしたところで、リゼルヴィンはようやく地上へ戻って来た。

 この日は『マティルダ・ドール』事件の主犯、ノドス=エリストローラの死刑執行日である。

 王都の死刑執行場にて、エリストローラは穏やかな表情でリゼルヴィンの前に引き出された。

 その表情はまるでいつかの愚王を思い出させるもので、普段とは違いどこか暗い表情をしたリゼルヴィンは苦い顔になる。


「最期に、言い残すことは」


 四大貴族の『紫の鳥』としての態度を取るリゼルヴィンの言葉に、エリストローラは首を横に振ろうとして、はっと顔を上げた。

 真っ直ぐにリゼルヴィンを見つめるその目が、それまでのエリストローラの目とは違うような気がして、リゼルヴィンも構えた剣を下ろす。


「アルヴァー=モーリス=トナーという男を探してください! 私に、『マティルダ・ドール』を作るよう唆したのはその男です。少女たちに魔法式を無理やり刻んだのも」

「……なんですって」

「あの男はきっと何か大きなことを企んでいます。それも国を揺るがすような……いえ、あれは、リゼルヴィンさまを狙ったものだ」

「貴様何をふざけたことを!」

「離れなさい! エリストローラ、続けて」


 エリストローラの口を塞ごうとした兵士をリゼルヴィンが制し、続きを促す。


 意外にも冷静に話すエリストローラが言うには、一年半前、天才人形師ルーツ=マティルダ=ベンディクスの失踪からの死を受け入れられなかったエリストローラの前に現れたのが、アルヴァー=モーリス=トナーだという。その男はエリストローラに、ルーツ=マティルダ=ベンディクスが求めた「未完成で不完全な美」を、一番の得意先だったエリストローラが完成させるべきではないかと言った。

 エリストローラには人形作りの才はない。だが、その男は絶対に出来ると言う。エリストローラさえ頷いてくれたなら、自分とエリストローラで、本物の『マティルダ・ドール』を作り出せると。


 それは生きた少女を使うという、国の法にも常識にも反したものだった。まともな人間なら頷くはずがない。しかし、エリストローラは、その男の目を見た途端、出来ると思ってしまったのだ。


「私はこのまま死刑となって構いません。もしもあれがあの男の使った魔法によるものだとしても、私はやってしまった罪を受け入れます。ですがどうか、あの男を探してください。あの男はきっと、災厄をこの国に運び込みます」


 エリストローラの目は真剣で、とても嘘を言っているようには見えない。

 その話を信用することにしたリゼルヴィンは、剣を構え直しながら、頷いて見せた。


「わかったわ。その男を、探してみましょう」


 そう約束したリゼルヴィンの表情に、何か焦りのようなものをエリストローラは見つける。

 二時を告げる鐘が鳴る。その瞬間、エリストローラの首に、リゼルヴィンの剣が振り下ろされた。軽い衝撃を感じるだけの、見事な剣捌きだった。





 エグランティーヌの即位から、リゼルヴィンだけでなく、四大貴族全員が忙しく動き回っていた。

 新女王がまず行ったのは宮廷内の役職の見直しであった。それは多方面から批判が多く寄せられたものだったが、エグランティーヌは一歩も譲らずに成し遂げるつもりである。


 こういうとき、四大貴族は雑用係と言ってもいい扱いをされる。

 もともと国の政治には手出しでない立場である四大貴族は、何か特定の職を宮廷内で賜っているわけでもなく、それぞれの家が受け持つ仕事の前に『王の手助け』という何よりもの仕事があるのだ。言ってしまえば、リゼルヴィンが『王家の奴隷』として行ってきた仕事から、公表出来る程度に醜さを抜いた仕事をさせられるのである。


 リゼルヴィンは例外として、四大貴族というものは民からの信頼が並ではない。エンジットの神話や、歴史を見ても不正があったことが一度もないことから、四大貴族が不正を行うことはまずないと信じられているのだ。

 故に、今回エグランティーヌに命じられて、役職を賜っていた貴族たちの情報を探っていたということを公表しても、民からの批判はなかった。貴族たちからの批判は酷いものであったが。

 そういうわけで、情報収集に走り回っていた四大貴族たちは、平時より忙しくしていたのである。それぞれがそのとき持っていた情報を渡すのではなく、再度調べなおしたが故の忙しさだった。


 リゼルヴィン子爵家は『断罪』というのもあって、常に鮮度の高い情報を扱っていたので、改めて調べなおさずともよかったのだが、それがまた面倒だった。

 渡された情報からエグランティーヌが宮廷内を一掃したのだが、あのエグランティーヌだ、ちょっとした不正も容赦なくリゼルヴィンにどういうことかと問い合わせてくる。面会はしてくれなくなったくせに、個人のものとして送ってくる手紙は倍以上に増えた。中身も可愛らしさの欠片もない、あの貴族はどうしてこのような不正をしたのか、あの貴族が不正を行っているのは明らかなのに何故裁かないのか、などといったものばかりだ。

 もちろんリゼルヴィンが考えもなく不正を見逃していたわけではない。宮廷内の勢力を均衡に保つためであり、そのための準備のために見逃していたのだ。しかし、悪は徹底的に排除すべきと考えるエグランティーヌは、リゼルヴィンの職務怠慢ではないと理解はしてくれても、次々と罪に問うべき貴族の名を送りつけてきた。


 女王の命とあれば、リゼルヴィンも動かざるを得ない。それぞれの罪状を定め、刑罰を決め、四大貴族と女王の許可を取り、断罪を行った。

 これによって少々均衡が崩れたのは、言うまでもなく。

 こうなることを予測していたクヴェート伯爵家と王配となったミハルの暗躍により、すぐに落ち着いたのでよしとするべきか。


 女王即位から一月が経った頃に起こった『マティルダ・ドール』事件も、リゼルヴィンと裏で情報操作を行い援護していたファウスト=クヴェートのおかげで解決し、宮廷内と王都が落ち着きを取り戻したのが最近のことである。女王即位から、二月経っていた。


 四大貴族も忙しい時期を乗り切ったため、これからは本来の使命に戻ることとなった。

 さっそくエリアスはアダムチーク侯爵家の使命『黎明』を全うするため、その単語とどう繋がるのかよくわからない外交に国外へ出た。メイナード侯爵家とクヴェート伯爵家も、それぞれ動き始めたらしい。


 リゼルヴィンはというと、エリストローラの処刑を終わらせて、拾いもののうち一番厄介なレベッカの事情を探り始めていた。

 何故あの場所にいたのか。何故何も覚えていないのか。

 一応はエリストローラにも訊いてみたのだ。あの女がリゼルヴィン子爵家の息女と知っていたのかと。しかし、エリストローラは答えられなかった。エリストローラもまた、レベッカを地下に閉じ込めていたことすら忘れていた。やはり何も覚えていないのだ。彼の処刑の後、脳をいじって記憶を覗いてみても、それに関するものはただの一片も残っていなかった。


 当の本人であるレベッカは、救出されて二日は他の『マティルダ・ドール』と同じように自我を失っていた。だが、三日目には自分が実家にいることに気付き、元のレベッカという人格を取り戻し、体にも至って健康体に戻っていた。

 国中に放ってあるリゼルヴィンの魔法で造り出した『鳥』に、レベッカ=リゼルヴィンという女がどんな行動をしていたか探らせた。

 この『鳥』はリゼルヴィンが家督を継いですぐに作り出した、定期的に魔力を補充するだけで自動的に動いてくれる情報収集用の人工生物だ。見た目はごく普通の鳥であったり、不可視の魔法をかけているため、誰にも不審に思われたりはしない。


「あの女はね、私が十五のときに、家出したのよ」


 レベッカと顔を合わせたくないからと、自らも国中を飛び回っていたリゼルヴィンは、久々の我が家だというのにうんざりとした表情で自室の窓から庭を見下ろした。

 その視線の先には、誰もいない庭で一人、目を輝かせて花壇を見て回るレベッカがいる。

 忌々しげに睨みつけた後、わざと大きな音をたてて窓を閉め、疲れているだろうと地下からジュリアーナが持ってきた揺り椅子に腰を下ろす。


「家名も『紫の鳥』としての使命もすべて捨てて、捨てたすべてを私に押し付けて、家を飛び出したの。何を思ってか、私にだけは行き先を教えやがったわ。そこは教会で、家に連れ戻されないように、修道女にまでなってた」

「……私が聞いても、いい話なのですか」


 お茶を淹れていたジュリアーナの背を眺めながら話すリゼルヴィンに、気まずそうにジュリアーナが問う。

 あなたに聞いてほしいのよ、とリゼルヴィンは力なく笑った。


「でも、そうね……。あんまり文句ばかり言っていても、始まらないわよね」


 溜め息を吐くリゼルヴィンを、ジュリアーナは黙って見つめるしかない。

 出来ることならこの次にリゼルヴィンが口にする言葉を聞きたくなかった。リゼルヴィンを放ってこの部屋を出ることの出来ないジュリアーナは、どうしてもそれを耳にするしかないのだが。

 もう一度、どうにか回避してはいないかと先を見るも、以前見たものと同じ風景でしかなかった。溜め息を飲み込んで、覚悟を決める。


 そういえば、とリゼルヴィンが不思議そうに首を傾げた。


「最近、陛下と交代しないのね」


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