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  作者: 小林マコト
番外編 マティルダ・ドール
48/131

6

 舞台上にずらりと並ばされた人形――正真正銘生きた人間である、美しくも生気の感じられない少女たちに、ルーツはぎりっと奥歯を噛みしめた。

 おおっ、と感嘆の声を漏らした参加者たちの様子を見た従業員は、上機嫌に『マティルダ・ドール』の説明をし始めた。


「こちらの人形は『アラニス』、ご覧の通り炎のような赤毛は滅多にない艶やかさ! なんとこの人形は美しさもさることながら、純度の高い魔力を持っております! もちろん魔法式は破壊してありますので、主にたてつくことはありません! どうですか、魔導師の皆さま! これほどにいい『マティルダ・ドール』はそうありませんよ! お次はこちらの――」

「……そういうこと」


 続く説明を聞き流すことに決めたルーツは、リゼルヴィンの小さな呟きを聞き取った。

 リゼルヴィンもルーツに聞かれたことに気付いたらしく、こちらに微笑みを向けて、繋いだ手からルーツに魔法をかけた。

 耳が作り変えられていく感覚がルーツを襲う。吐き気すらした。酷い耳鳴りに、叫び声をあげたくなる。


 普段のリゼルヴィンならばもっと丁寧に魔法をかけるだろう。これだけ痛みが伴うとは、今、リゼルヴィンがどれだけの魔力を失い、どれだけ体調が悪いかを、ルーツに文字通り痛いほどわからせるものだ。


「――ごめんなさいね。痛かったでしょう」


 いえ、と返したルーツは、舌がいつもの動きをしていないことに気が付いた。きっとリゼルヴィンは、ルーツの耳を作り変え、口まで作り変えたのだろう。そうすることによってリゼルヴィンは、普通に会話していても、他者にはその内容を理解出来ないようにした。

 リゼルヴィンは舞台に目を向けなおして、ルーツに話す。


「あの子たち、魔法式を組み替えられてるわ。魔法を使うための魔法式は、言っていた通りに破壊されているようだけれど。ここには魔導師も多いわ。そうじゃないかとは予想していたけれど……まさかここまでとはね。惨いとしか言いようがない。人間がこんなことをするなんて、悪魔よりも残酷だわ」


 破壊の魔法使い、『黒い鳥』、悪の魔女、その存在こそが悪――。

 そう言われ続け、実際に多くの人間を殺し、世間には知られていないものの多くの許されざる罪を犯し続けたリゼルヴィン。

 そんなリゼルヴィンにそう言わしめるとは。ルーツは不快感に耐え、もう一度舞台の上の少女たちを見た。

 よくよく見れば、腕や脚、首などに、魔法陣と思しき模様がある。


「尋常じゃない魔力が漂っていたのは、このせいなのね。あの子たちの持つ魔力が放出され続けているの。今はあえてそうしているのでしょうね。あの魔法式は十中八九、魔力を溜めこんでおくためのものでしょう。そう細工をした少女たちを、魔力に飢えている魔導師たちに売る……。魔力があれば価値は格段と上がるわ。買い手が魔法を一つも使えない人間だとしても、これだけの容姿なら、買い手に不自由はしないはず」

「……悪趣味ですね」

「悪趣味どころじゃないわ。普通の人間なら、考えもしないわよ、こんなこと」


 こんなこと考えるのは、私みたいな、存在自体が悪趣味な人間くらいよ。


 リゼルヴィンの呟きは、どっと沸きあがった歓声にかき消された。

 舞台に現れたのは、実に美しい、黒髪と青い瞳を持つ少女。

 その姿に、ルーツは思わず立ち上がってしまいそうになった。


「『ノーラ』……!」


 虚ろな目をしたその少女は、ルーツがエリストローラにやった人形そのものとしか思えない。

 取り乱すルーツの手をぎゅっと握り返して、どうにか落ち着かせる。ルーツの様子から、何か関わりがあると察したリゼルヴィンは、リズに目配せし、近くにいた別の従業員に声をかけさせる。


「主さま、正体を明かすべきではないとは思いますが、そうしなければどうにも」

「わかってるわ。でも、それは最後よ。リズ、奥の手を使いなさい」

「――主さまが許可をくださるというのですから、ワタシも頑張ってみますよ」


 椅子を立ったリズは従業員と共に参加者たちの群れから離れて行った。参加者たちは舞台上に夢中で、リズが立ったことも、リズが奥で行ったことも見ていない。


 丁度すべての『マティルダ・ドール』の紹介が終わり、一体目から競売が始まる。

 耳を塞ぎたくなるほどの騒ぎになった。凄まじい勢いで上がっていく値と、あちこちから挙がる手。奴隷売買が規制されず、盛んだった頃はこんな風だったのだろうかと、ルーツは他人事のように思った。考え方、見方を変えないと、もうこれ以上ここに居られないほど、ルーツはこの状況を不快に思っていた。


 リゼルヴィンの視線は主催の男一点に定まっている。そこから少しも動かず、しかし相手には気付かれない。

 戻って来たリズは、何事もなかったかのようにルーツとは反対のリゼルヴィンの隣に座った。


「なんとか話が纏まりましたよ。まったく、無茶な注文をしてくれますねえ」

「ありがとう、リズ。助かるわ。ここで一言でも直接言ってやれたらいいなとは、最初から思っていたのよ」


 誰かが落札したらしい。最初に紹介された赤毛の『マティルダ・ドール』は、また別の従業員に別室へ落札した男と共に連れられて行った。

 と、その従業員は、舞台から降りる前に、主催の男に何か伝えて降りて行った。主催の男もその従業員を見送った後に、すっと立ち上がりどこかへ去る。


「ルーツ、あなただけ一緒に来なさい。セブリアン、アリスティド、あなたたちはこのまま取引を見届けて。何かあったらこれで」


 次の人形の番になり、先程落札されたおかげで更に白熱していく取引の騒ぎに紛れて素早く席を立つリゼルヴィン。ルーツも手を引かれ、先に後ろへ行ったリズの後を追う。

 セブリアンとアリスティドに渡されたのは、もうお馴染みの黒いピアスだ。慣れた手つきで耳につけ、舞台に目を戻す。

 リゼルヴィンは随分と楽になったらしく、その足取りもしっかりしたものだ。広間から出て廊下を進むリズの背を追いながら、楽しげに笑みを浮かべていた。





「お初にお目にかかります、リラッタと申しますわ。こちらは姪のルイフィート、こちらは従者のリーゼでございます」

「……そのような名前の方を招待した覚えはありませんが」


 怪訝そうにそう言った主催の男の声は、エリストローラのものだった。この男がエリストローラであると、ルーツは認めざるを得なくなる。

 最もなことを言ったエリストローラに動じず、リゼルヴィンは堂々と背を伸ばし、仮面を外した。エルの化粧が施されているため、広間より明るいこの部屋で仮面を取っても、誰もリゼルヴィンだとわからないだろう。ルーツとリズもリゼルヴィンにならい、仮面を外す。


「ええ、招待されておりませんもの。どうしてもこの目で見てみたくて、つい、知り合いにお願いして譲ってもらったのです。儲けていると聞けば確かめたくなる、それが商人の性ですわ」


 まったくの別人を演じるリゼルヴィンにエリストローラとの会話は任せ、ルーツは彼の様子をじっと見つめる。

 仮面を外さないため、その顔をしっかりと見ることは出来ないが、確かにエリストローラだ。だが、ルーツの記憶にあるような、臆病そうな雰囲気はない。

 かつてのルーツが判断を間違っていたのか、それともエリストローラが変わってしまったのか。とにかく話を聞きたいとは思うものの、今はルーツが声を出すべき時ではない。


「そのようなことは、規則違反となります。以後お気をつけください。あなたに譲った者は、二度とこの取引に参加させないことにしましょう」

「あら、少々厳しすぎないかしら。エンジット王国の新たな女王陛下は厳粛なお方だとお聞きしましたけれど、王が王なら民も民ということなのですか」

「今すぐお引き取りください。そのような物言いをする方に、私の『マティルダ・ドール』は渡しません」

「ほんの冗談のつもりでしたの、そう怒らないでくださいな。私の故郷のハント・ルーセンでは、このくらいが普通ですの。気をつけますから、どうかお席をお立ちにならないで。今日は、お人形が大好きなルイフィートのために来ましたのよ。こちらでは、上質な人形を扱っているとお聞きしましたから」


 言葉に魔法を紛れ込ませつつ、リゼルヴィンはエリストローラの懐に入り込もうと話し続ける。精神に影響を及ぼす魔法はリゼルヴィンの不得意とするものだが、それでも使えないことはない。空っぽな状態の魔力をかき集め、また先程の広間に漂っていた魔力をある程度吸収し自身のものへと変換した魔力を使い、少しずつではありながら、言葉巧みにエリストローラを追い込む。


「……いいでしょう。それほど『マティルダ・ドール』を求めているというのであれば、特別に今回のみの参加を認めます。次はありませんよ」

「まあ、ありがとうございます。それだけでも充分ですわ」


 優しげににっこりと笑ったリゼルヴィンは、表情すらも演じきっている。リゼルヴィンの笑みはいつも、どことなく影のあるものだったが、今回はその影もなかった。


 それから、更に会話を続け、エリストローラの懐に入りきったリゼルヴィンは、ついに一体の『マティルダ・ドール』を無償で譲ってもらうことになった。リゼルヴィンの話術はやはり並の人間では敵わない、と隣で聞いていたルーツは改めて思い知らされる。

 これも、四大貴族の一角を担い、十年も使命を全うしてきたリゼルヴィンだからこそ出来ることだ。裏の世界に関わる人間を相手にするなど、リゼルヴィンにとってはただの日常に過ぎない。


 エリストローラも、リゼルヴィンからしてみれば、ただの獲物に過ぎないのだ。


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