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  作者: 小林マコト
番外編 マティルダ・ドール
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2

 馬車に乗るのはこれが初めてらしい。少女の様子からそうだろうとは想像出来ていたが、まるで乗ったら必ず死ぬとでも思っているかのような怯えように、リゼルヴィンも苦笑する。

 リゼルヴィンは慣れているからいいとして、この少女にウェルヴィンキンズまでの道のりは遠く感じるのだろう。そう考えたリゼルヴィンは、迷った末に少女に魔法をかけて寝かせてやる。そして、誰の目もないことを確認し、馬車ごとウェルヴィンキンズに転移させた。


 今のリゼルヴィンは、万全の状態ではない。つい先日、エグランティーヌと正式な契約を交わしたばかりなのだ。偽のものだったとはいえ、ニコラスとの契約時も魔力制御の首輪をつけられていたが、正式な契約である現在は、当然ながらあのときより多く使える魔力が制限されている。まだその制限に慣れておらず、魔力が豊富であるが故に無駄遣いも多かったリゼルヴィンは、節約して使う方法を探している途中だ。契約をした相手によってこの制限は変わってしまう。その都度、節約法を考えるのは、なかなかに面倒だ。

 転移魔法は空間を操る魔法。空間を操る魔法は、数ある魔法の中でも魔力を多く消費する部類だ。今の状態で馬車ごと、というのは流石にやりすぎたかと反省する。魔法を使って疲れを感じるのはもう何年振りだろうか。


 門の近くで、門番のセブリアンと話していたアリスティドを呼び、少女を抱いて屋敷に来るよう頼んだ。少女の汚れ様に顔をひきつらせたアリスティドだったが、すぐに笑顔で引き受けてくれた。セブリアンにはルーツを連れてすぐに屋敷へ来るよう言い、少女を抱えたアリスティドと並んで歩く。


 屋敷に着くと同時に少女が目を覚まし、丁度よかったと使用人の中で一番愛想のいい茶髪の侍女、ラーナに風呂に入れるよう任せて、汚れてしまったアリスティドの服を魔法で綺麗にしてやった。セブリアンとルーツが来るまで、のんびりとお茶を飲みながら待つ。

 すぐにやってきた二人にもリゼルヴィンが直々にお茶を淹れてやり、呼び出された理由がわかっていない様子の皆に、『マティルダ・ドール』の話をする。


「……私のドールかと思ったら、そうじゃないんですね」

「ええ。あなたのお人形があまりによく出来たものだから、売られた娘をそう呼んでいるらしいわ」

「マティルダは捨てた名前だから、あまり気にはなりませんけど……。私のドールを人間なんかと一緒にされるのはちょっと腹が立ちます」


 苛立ちに可愛らしい顔を歪ませたルーツこそ、かつて国中に流行した人形の作り手、ルーツ=マティルダ=ベンディクスである。

 リゼルヴィンは嘘を吐いていたのだ。「ルーツ=マティルダ=ベンディクスは死んだ」という嘘を、四大貴族に対して。

 それは決してルーツを助けるためではなく、リゼルヴィンが求めるものをルーツが持っていただけだが、ルーツにとってそれはどうでもいいことだ。理由はどうであれ、ルーツをリゼルヴィンが救ってくれたという事実に変わりはない。


「さっき、女の子を拾っちゃったでしょう? あの子の持つ力を、ずっと探していたの。まだ子供だから、ちょっと気が引けるけれど、それでも私はやめるわけにはいかないのよ。しばらく地下に籠るわ。だから、その間、『マティルダ・ドール』の調査をお願い出来るかしら。決定的な証拠を見つけたら呼んでちょうだい。そこから先は私が対処するわ」


 すぐに頷いたルーツはやる気に満ちていたが、セブリアンとアリスティドは明らかに嫌そうな顔をしたが、セブリアンは何か思うところがあったのか、頷いてくれた。二人が頷いたことで自分もしなければならないと追い詰められたアリスティドも、溜め息と共に頷く。

 この三人を選んだのに、特に理由はない。強いて言うならまだ一回目を迎えていないことと、ルーツと特に親しいから、である。





 ルーツは人形作りの天才だ。そして、天才というのは他者に理解されない思考の持ち主のことを言う。

 人形作りの天才、ルーツ=マティルダ=ベンディクスは、その人形への異常な愛を他者に理解されなかった。今にも動き出しそうなほど精巧に作り上げた自らの人形を、まるで恋人であるかのように愛し、生きているかのように扱った。そんな人間は探せばいるだろうと言う者もいるだろうが、そうではない。ルーツの人形への愛は、度を越えていた。


 それを最も気味悪がったのは、他でもないルーツの両親だった。彼女を人形から遠ざけるために人形作りを禁止したこともあったが、材料がなければ他のもので作ればいいとでも言うように、その場にある何かを使って作り始めてしまう。彼女の作った人形を売れば、手を付けられないほど怒り狂い、そこらのものを見境なく破壊してしまう。


 そもそも、ルーツは失踪したのではなく、両親に捨てられたのだ。


 ある日の食事に毒が入っていた。すぐに気が付いたルーツは、あたかも毒を飲み干したかのように、何も知らないふりをした。運よく遅効性だったらしい毒のおかげで、寝ている間に外に捨てられた。誰も近づこうとしない、ウェルヴィンキンズ周辺の森に。

 しかし、ルーツはあまり気にしなかった。好きなものを好きに作れない我が家にうんざりしていたのだ。これは好都合と、売られた人形を探しに回った。

 基本的に、売られてしまった人形のことは諦めるようにしていた。ほとんど監禁状態にあったルーツが探しに出かけることは不可能だったし、何よりそれらは完成された美だったから。


 ただ、ルーツの最高傑作である、全十三体からなる『薔薇の花園の乙女』シリーズは違った。

 未完成の美。不完全であるが故の美。ルーツの作り出してきたどんな人形たちより、現実的で生きているかのような人形。

 その美しさは見る者を狂わせるとも言われるほどだ。そして、最もその人形に狂わされたのは、ルーツ自身だった。


 今もまだ、『薔薇の花園の乙女』を探している。リゼルヴィンの協力のおかげで、昔のような乱暴な手は使わずにいるが、この件を引き受けようと思ったのもその人形のためである。

 エリストローラ伯爵家は、ベンディクス・ドールの、一番の得意先だった。

 『薔薇の花園の乙女』たちも、二体、エリストローラに買い取られていたはずだ。捨てられたあと、一度こっそり入り込んだ実家から盗み出した取引先のリストに、そういう名前があったことをしっかりと覚えている。


 リゼルヴィンの頼みである。もちろん、しっかりと働くつもりだ。だが、その中で、一体でも人形を取り戻せたら。それが引き受けた一番の理由だ。

 現在ルーツの手元にある『薔薇の花園の乙女』は五体だけ。まだ半分も取り戻せていない。エリストローラから二体も取り戻せたら、どれだけいいことだろう。





 翌日、寝不足がはっきりとわかるアリスティドと、寝てはいないが楽しみで目が冴えているルーツ、普段から寝ないため様子の変わらないセブリアンは、それぞれ武器を隠し持って王都に出てきていた。

 ウェルヴィンキンズの住人は、存外王都へ出かけていたりする。犯罪者の多いウェルヴィンキンズだ、住人が街の外へ出たら逮捕されてしまうのではと思うのが普通だが、ウェルヴィンキンズに住む犯罪者はただの犯罪者ではない。犯人像がまったく浮かび上がらなかった凄惨な事件や、犯人などいないのではと思わせるほどの完全犯罪、そもそも犯した罪を知られていない者も多い。言うなれば、ウェルヴィンキンズの住人は犯罪の天才たちなのだ。


「王都に持ち込んだのはエリストローラ伯爵家よ。あの辺りをよく探ってみて。これから数日で必ず取引が行われるはずだわ」


 そう言われリゼルヴィンから渡された、調査内容をまとめた資料をめくりながら、ルーツはどう攻めていくか考える。

 エリストローラの屋敷はそれなりに立派なものだった。エリストローラ以上に歴史があり、力も持っているリゼルヴィンの屋敷とどうしても比べてしまうものだから、「それなり」としか思えなかった。

 当然ながらその敷地に入ることも出来ないので、少し離れたところから観察する。


「あっちから中に入れるよ。一番人の目がなくて、一番見つからないと思う。たぶん」


 さっそくルーツが侵入出来そうな場所を見つけ、三人でどう忍び込むか話し合う。夜になって、屋敷の中の人間のほとんどが寝た後を狙って入り込んで調査する予定だ。

 忍び込むのはルーツの得意分野だ。リゼルヴィンに出会う前、一人で人形を探し回っていた頃は、よく貴族の屋敷に忍び込んで返してもらっていた。

 だが、ルーツ一人で行かせると、人形探しに熱中して『マティルダ・ドール』について調べきれない可能性があるということで、元暗殺者だったアリスティドも同行することになる。アリスティドもまた、誰にも気付かれずに侵入するのは得意だ。

 セブリアンは外で待機だ。短気な彼はあまり忍ぶのに向いていない。


 そして、深夜。


 計画通りにルーツとアリスティドがエリストローラの屋敷に侵入し、セブリアンが外で見張りをする。リゼルヴィンから借りた、魔力の籠った小さな黒い石のついた、離れていても会話が出来るピアスをそれぞれ耳につけているため、何か異常があればすぐに連絡出来るようになっている。


「ルーツ、今回は『マティルダ・ドール』の調査のために来たんだからな。くれぐれも無駄な動きをして見つかったりするなよ」

「わかってるって。アリスこそ、ちゃーんと調べてきてよね」


 三人の間に緊張感は欠片もない。リゼルヴィンに最も信頼されているリズには及ばないが、三人ともかなり経験を積んでいる。失敗するはずがないと、自信を持っていた。


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