1
華やかな社交の場に、あのリゼルヴィンが珍しく顔を出す。
その情報は社交界にとって、今期最もいい話題となった。
王族主催のものにしか顔を出さない、あのリゼルヴィンが、エリストローラ伯爵家主催の夜会に出るのだ。エリストローラはそれなりに歴史ある家ではあるが、特別リゼルヴィン子爵家と関わりがあるわけでもない。何故出席するのかは謎だが、断ったものの興味を持った貴族たちもその夜会に出席するとエリストローラに返したという。怖いもの見たさ、というのもあるが、それよりも期待されているのが、リゼルヴィンの夫であるメイナード侯爵家当主アルベルト=メイナードが訪れるかもしれない、ということだった。
アルベルトは社交界でも人気のある人物だ。その上、リゼルヴィンとの不仲が噂されている。あわよくば愛人に、後妻に、と企んでいる令嬢も多い。
当日、リゼルヴィンは鮮やかな紫のドレスを身に纏い、一人で現れた。
会場はざわめき、アルベルトと一緒でないことを残念がった令嬢たちの溜め息が聞こえる。
そんな中、リゼルヴィンは平然と主催のエリストローラ夫妻に挨拶をし、軽く談笑し、壁の花に徹した。珍しく出て来たはいいが、やはり夜会は好まないらしい。挨拶をしに来た貴族方と世間話などをしながら、自ら動こうとはしなかった。
そこへ、リゼルヴィンがやって来たとき以上のざわめきが起こる。
何事かと離れて行った者たちを余所に、リゼルヴィンは動かず静まるのを待つ。
と、聞き慣れた、出来れば聞きたくなかった名前が聞こえてきた。
あちこちから聞こえてくる「メイナード」という名。あの男が来たのかと、リゼルヴィンは頭を抱えたくなった。黒山の向こうに見覚えのある顔がちらりと見える。
絶対にこちらに気付いてくれるな近寄ってくれるな声をかけてくれるなと、魔法こそ使わないものの、アルベルトを呪い殺さん勢いで念じていると、その念が逆の方向に効いたのか、ばっちりとアルベルトと目が合ってしまった。嫌な汗が流れる。アルベルトの登場に動揺したと知られるのが嫌で、ふっと笑顔を取り繕い、こっちへ来るなという思いを込めて向けてやると、やはり逆の方向に効いてしまったらしく、こちらへ近寄ってくるアルベルトが見える。
もうどうしようもない。一応夫婦ではあるのだし、周りの目もある。話しかけないわけにはいけないのだろう。わかってはいるが、嫌味の一つくらい言ってやらねば。リゼルヴィンの逃げ道をふさいだのだから。
「リゼルヴィン」
「あら、メイナードさま。お久しゅうございますわね。夜会に出られるなんて、お珍しいこと」
「お前もだ、リゼルヴィン。そんな格好をしているのは久々に見る」
暗に似合っていないと言いたいのか、とリゼルヴィンの機嫌が急降下していく。
アルベルトはというと、彼もまたリゼルヴィンに出くわしたことに気分を悪くしているようだ。眉間にしわが寄っている。人の目があるため、夫の立場としては声をかけないわけにはいかず、渋々そうしたのだろう。それはリゼルヴィンもよくわかっているが、不仲だというのは知れ渡っていることだ。さっさと愛人でも作って見せつけてくれた方が、リゼルヴィンとしては離縁がしやすくて助かるのだが。
「挨拶はこちらからさせていただく。どうか今はこのリゼルヴィンと二人にしてくれ。互いに多忙で、こんなときしか話せないのでな」
「ちょっと、私は話なんてないわよ。なんて言い方するの、誤解されるじゃない」
リゼルヴィンの抗議もむなしく、アルベルトの言葉で皆、実は二人は不仲などではなかったのかもしれない、と思ったようだ。四大貴族のリゼルヴィン子爵とメイナード侯爵だ。多忙であるのはこの国の誰もが知っている。それこそ、休みなどほとんどないものだと。
実際はそこまで多忙というわけでもなく、休みもそれなりにあると当の四大貴族たちは思っているのだが、それは彼らが皆その生活に慣れているからそう思うだけである。
アルベルトに手を引かれ、バルコニーに連れられた。人前ではあまり話せない話題でもあるのかと思ったが、この男は単に人の目が嫌いなだけだと思い出す。
「何故ここにいる」
「人を無理やり連れてきて、開口一番それなのね。私が夜会に出ちゃ駄目なの? そうよね、メイナードの名が汚れるものね?」
「そうではない。ここが今どんな場所かわかっているのか?」
「しっかりわかってるわよ。お人形さんが大好きな人のお屋敷よ。だから私が来たの」
リゼルヴィンの「お人形さん」という言葉に、アルベルトが眉をぴくりと動かした。今ここではっきりと口にするな、と言いたいのだろう。
アルベルトの機嫌が悪くなっていくのに気付いたが、リゼルヴィンも自分の笑顔を取り繕うので必死なため、何も言わない。
「目ぼしい情報は手に入らなかったわ。やっぱり、私じゃ情報は集まらない。『断罪』の家系だと知られているのは、痛いわね」
だからそろそろ帰る、と言おうとしたのだが、察したらしいアルベルトに腕を掴まれる。その顔は不機嫌極まりなく、更にリゼルヴィンに不快感を与えた。
「何よ、放してくれないかしら?」
「放せば帰るだろう」
「ここに来た目的は達成したわ。彼らに私の存在を思い出させるの。もう十分だもの、ここに私が居続ける必要はないわ」
「違う、お前はウェルヴィンキンズに帰るつもりだろう」
「……最初からはっきり言いなさいよ。あなたの家になんて帰らない。答えはこれでいいでしょう? 回りくどい男は嫌われちゃうわよ」
うんざりした表情でそう返すと、アルベルトの眉間のしわがより深くなる。これは完全に怒らせたかと、リゼルヴィンの腕を掴む右手に入った力で思い知らされたが、リゼルヴィンもまた不機嫌だというのを忘れてはならない。
魔法を使おうにも、アルベルトにリゼルヴィンの魔法は効かない。どうしたものかと考えていると、溜め息が聞こえた。そうしたいのはこっちだと言わんばかりに、リゼルヴィンは舌打ちで返す。
「その人形について話がある。家に帰ってこい」
「嫌だったら。何度言ったらわかるの、あの家はあなたの家であって、私の家じゃない。私にとって帰るべき場所は私の街だけなのよ。あなたの家なんて、視界に入れたくもないわ。話なら手紙を寄越しなさい。それか、百歩譲って、あの場所にしてよ」
「帰ってこいと言われたら帰ってこい! 普段は大目に見てやっているだろう、だから」
「メイナードの名を汚すな、でしょう? あなたが言いたいことはお見通しよ。何度も言われ続けたもの」
アルベルトの言葉を奪って、リゼルヴィンは冷たい目で見返す。他に比べればそうでもないだろうが、今よりは断然夫婦仲が良好だった頃、何度も言われ続けた言葉だ。それがどれだけリゼルヴィンを追い詰めたか、この男はまだわからないらしい。これではリゼルヴィンと離縁した後に嫁ぐ令嬢が可哀相だと、存在するかどうかもわからない後妻を哀れむ。いっそ清々しいほどに、アルベルトは女の気持ちをわかろうとしない。人格がこれでは救いようがない。
口に出すことはせず、何もなかったかのように笑顔を貼り付け、リゼルヴィンはアルベルトの手を振り払う。
「そこまで言うなら行ってあげるわよ。ただし、話を聞いたらすぐに帰らせてもらうわ。あなたが戻るまで、久々の夜会を楽しませてもらうことにしましょう」
さっさと離れて行ったリゼルヴィンに、アルベルトはまた溜め息を吐く。
好きでもないだろう、と呟いたアルベルトの声は、誰にも聞こえなかった。
何故リゼルヴィンが関わりの薄いエリストローラ主催の夜会に出たのか。事の発端は、二日前に遡る。
女王エグランティーヌが立って早一月。流石はエグランティーヌといったところか、彼女は一月もすれば女王という立場に慣れ、政務に集中し始めていた。わざわざアダムチーク侯爵家当主の座を辞してまでエグランティーヌを支えると宣言したミハルも、言葉通りその手伝いをしているらしく、先王ニコラスの継承直後よりもすんなりと仕事をこなしているという。
そんな中、西の『赤い鳥』メイナード侯爵家当主、アルベルト=メイナードより、四大貴族に招集がかかった。
エグランティーヌが王座に着いて以来、初の招集である。普段招集では服装など気にしないが、王が初めて正式に四大貴族会議に出席するということと、東の『青い鳥』アダムチーク侯爵家の新たな当主、エリアス=アダムチークが正式な当主として出席するのが初めてだということで、皆、四大貴族の正装で集まった。
南の『白い鳥』クヴェート伯爵家当主、リナ=クヴェートは、後継者である自身の息子、ファウスト=クヴェートと共にやって来た。このファウストは、以前は宮廷魔導師グロリアとして、先王ニコラスの傍に常に控えていた男だ。
早々に集まった四大貴族。最後にやってきたのは、我らが女王、エグランティーヌ。
皆立ち上がり、礼を取る。これも初めての会議だからであって、ここでは身分はあまり関係がない。王が許せば、ではあるが。
「では、諸君。エンジットのため、民のため、最善の選択が出来るよう、己が正義に沿って会議を始めよう」
アルベルトがそう言って、円卓に着いた五人の顔を見回す。リゼルヴィンを見たところで少し顔が歪んだのは、誰もが見て見ぬふりをした。
「数日前、『マティルダ・ドール』というものが王都に持ち込まれたのを、誰か知っているか」
「『マティルダ・ドール』? マティルダって、ベンディクス・ドールの一人娘の名前ですよね。それでドールということは、彼女が作った人形のことではないのですか?」
リナの問いは、その場にいる皆が思ったことだった。
王都に工房を構える『ベンディクス・ドール』。その名の通り、人形工房だ。一年半ほど前までは、その工房長の娘、ルーツ=マティルダ=ベンディクスが作った人形が貴族間で絶大な人気を誇っていた。まるで本物の人間のような精巧な作りは工房の誰が作った人形よりも、国中のどんな人形よりも美しい。齢十六の娘が作ったものとは思えぬその繊細で儚げな美しさに囚われ、破産寸前までつぎ込んだ商人がいたほどだ。
彼女の作った人形の中でも、『薔薇の花園の乙女』シリーズは最高傑作と言われており、人形収集をしたことのない者もこぞって手に入れようとしたものだ。
それらの人形は『マティルダ・ドール』と呼ばれていたものだから、誰もがその人形のことだと思い込んだ。しかし、アルベルトは首を横に振る。
「『マティルダ・ドール』は、確かにルーツ=マティルダ=ベンディクスの作った人形のことを指していた。だが、現在そう呼ばれているのは、彼女の作った人形ではない。そもそもルーツは失踪した後に死亡が確認されたと、リゼルヴィンが報告していただろう」
「確かに私がそう言ったわね。監禁されたあとがあったわ。彼女に人形を作らせれば、一儲け出来ると思ったんでしょう」
一年半前、彼女の人形の熱狂的な信者とも言える者たちが、彼女の失踪を必要以上に騒ぎ立てた。その火消しに走り回ったリゼルヴィンが、ルーツ=マティルダ=ベンディクスの死を確認し、報告してあった。
「今回の『マティルダ・ドール』とは、人間のことだ」
アルベルトが口にした言葉に、一同はっと息をのむ。
「それはつまり、人身売買が行われているということですか」
「メイナードの情報網から得た情報だ。信憑性は保証する」
「では、その者をすぐに捕えなくては。法に反しています」
エンジットでは奴隷制度もなく、人身売買は遺法である。自分の治める国でそんなことが行われているのは不快なのだろう、エグランティーヌは身を乗り出す勢いだ。
アルベルトの話によると、ここ最近、王都や四大貴族の領土から少しばかり離れた地域の貴族らが、『マティルダ・ドール』の取引をしているという。王や四大貴族の目から逃れるため、あえて療養地などでの取引も多く、数日前までアルベルトも気付けなかった。
貴族間の情報収集はリゼルヴィンの専門だ。そんな取引に気付くことも出来ず、更にはアルベルトに先に知られてしまったとは。表情には出さないが、リゼルヴィンは悔しさで奥歯を噛みしめた。
「相手の手の内がわからないうちは、こちらから手を出すべきではない。そう考えてはいたが、どうやら時間に余裕がないようだ。女王陛下の即位と同時に取引が活発になっていっているらしい。取り締まりが厳しくなるのを見越しての行動だろうな。主犯がしらを切れるような状況になる前に、出来るだけ現行犯で捕まえなければならない」
「私が受け持つわ」
冷静な声で、リゼルヴィンが名乗り出る。法を犯した貴族を罰するのは、リゼルヴィンの仕事だ。
「待って、リゼルヴィン。わたしたちクヴェートも、お手伝いしますわ。あなたと一緒にいれば、きっとファウストも四大貴族としての身の振り方を覚えるでしょう」
「私はいいわよ。でも、彼はどうかしら。本人が嫌なら構わないわ。一人でも充分動ける」
「微力ながら、手助けさせていただきましょう。よろしくお願いします、リゼルヴィン子爵殿」
リナの急な申し出に、きっとファウストは嫌がって断るだろうと考えて話を振ったのだが、嫌味を込めながらもファウストも手伝う気らしい。少しばかり驚いたが、これは面白くなる、と口角が上がりそうになるのを耐える。
担当が決定したとはいえ、アダムチークもメイナードも協力しないわけではない。担当者が動きやすいように、多方面に手を回しておかねばならない。邪魔をされないためにも、この件が解決するまで表に知られないようにもしなければ。
「女王陛下には、普段通りの生活を送っていただきたく。何か問題が起きたときには、誰でも構いません。すぐに声をかけてください」
「わかりました」
慣れた者に対処させるのが一番だとよく理解しているエグランティーヌは、アルベルトの言葉に素直に頷く。ただ、エグランティーヌのことだ、リゼルヴィンとクヴェートが動きやすいよう、宮廷内で上手く取り計らってくれるだろう。
「王都に『マティルダ・ドール』を持ち込んだのは、エリストローラ伯爵だ。二日後に夜会を開き、その裏で取引を行うつもりらしい」
「それじゃあ、やっぱり私が適任ね。前にそのエリストローラから夜会の招待状が送られてきたのよ。断りはしたけれど、丁度よかったわ。都合がついたとでも言って、出席してあげましょう。私の顔も名も知られすぎているからたぶんいい情報は得られないでしょうけど、向こうも私が『黒い鳥』だろうと思って呼んだはずよね。その『お人形』に興味があるとでも言って取引に参加出来るか、やってみるだけやってみるわ」
話がまとまったところで、アルベルトの絞めの言葉で皆席を立つ。
それから、たった一日でリゼルヴィンは『マティルダ・ドール』の詳細を得た。リゼルヴィンは優秀な諜報部隊を抱えている。裏の世界の重鎮にも知り合いがいるほどだ。
滅多に着ない夜会用のドレスの仕立て直しを、裁縫店を営むリズに頼んだ。仕立屋ではないんですがね、と文句を言うリズに少しだけ多めに代金を払い、執事の真似事をさせて、リゼルヴィンは久々に社交界に顔を出した。
結果から言えば、リゼルヴィンは取引に参加出来なかった。
あの断罪のリゼルヴィンだ。無理もないとは思うが、いい情報も得られず、リゼルヴィンの機嫌は最低だった。
「ほんと、参加させる気がないなら呼ぶなって話よね。それとも何? 私にはばれてないって安心させるため? 本当に悪趣味だわ。あんな家、潰してやりましょうか」
愚痴を溢すリゼルヴィンに、執事服を着たリズは溜め息しか出ない。執事の真似事をさせられたのはこれが初めてではないが、こうも毎回愚痴を聞かされては二度とやりたくなくなるに決まっている。そもそも犯罪者であるリズを執事として連れまわすなど、リズの身を危険にさらしているではないか。
メイナードの街屋敷まではあまり遠くない。アルベルトは自分の馬車にリゼルヴィンを同乗させようとしたが、断固として拒否した。アルベルトと同じ空間にいるなど、リゼルヴィンにとってはこうしてリズに愚痴を溢すことに比べるまでもなくただの地獄だ。
そうやって、愚痴を溢しつつ、メイナードの街屋敷までの道のりを馬車が進む。
すると、突然、リゼルヴィンが窓を開けた。
「止めて」
何かを感じ取ったらしいリゼルヴィンの声に、リズがすぐさま御者に止めさせる。
馬車が止まってすぐ、リズのエスコートも待たずにリゼルヴィンが外へ飛び出した。リズも呆れながら、その後を追う。
人通りの少ない路地にも躊躇せず入っていくリゼルヴィン。着慣れないドレスを恨めしく思いながら、これから先、重要な力になるそれを探す。
それは、路地の行き止まりで、ごみを漁っていた。
ぼろ布のような服は汚れきっており、ぼさぼさに乱れたまま最後に櫛を入れたのがいつかわからない髪は埃だらけだった。細すぎる腕は力を入れればすぐに折れてしまいそうで、汚れていてもわかるほど、青白い。
「なんだ……まだ子供じゃない」
一目で孤児だとわかる少女を見て、リゼルヴィンは落胆する。
リゼルヴィンが求め、長年探し続けてきた力を持っているのは、この少女だ。溢れるその魔力を感じ、リゼルヴィンは確信する。だが、子供を利用するのは、リゼルヴィンでも気が引ける。
こちらに気が付いた少女は、怯えて距離を取ろうとするが、その背後は行き止まりだ。
「リズ、戻ってメイナードのところへお使いに行ってくれるかしら。リゼルヴィンは緊急の用事が出来たと伝えて」
「まさか、連れて帰るんです? まだ子供なのに」
「子供でも、諦めるわけにはいかないのよ。あの子には才能がある。それに、私がどれだけあの力を欲していたか、あなたならわかるでしょう?」
「……はあ。わかりましたよ。いざとなったら魔法でも使ってください。あなたの身に何かあったら、ワタシがジュリアーナに殺される」
リズを見ることなく命じて、元の道を戻っていく足音を聞きながら、怯える少女に優しい笑顔を向ける。
びくり、と少女の頼りない肩が跳ねた。
「怖がらなくていいわ。私はあなたの敵じゃない。むしろ、助けたいと思っているのよ。あなた、お腹すいてない? 一緒に食事でもどうかしら」
ゆっくりと近づき、しゃがんで目線を合わせる。
絶対に警戒しなければならない状況であるのに、少女の中で怯えが薄れていく。それを感じたリゼルヴィンは、更に優しく、もうひと押しだと言わんばかりに話しかけた。
「私はリゼルヴィン。名前を聞いたことがあるんじゃないかしら。大丈夫よ、本当は、評判にあるような悪い人ではないの。ああ、悪い人はみんな、自分を悪い人だなんて言わないわね。とにかく、私はここから北に行った街に住んでいる、リゼルヴィンという人間よ。よかったら、一緒に来てほしいのだけれど……駄目かしら?」
そっと差し出したリゼルヴィンの手を、少女はじっと見つめ、どうすべきか考える。
怖がらないで、ともう一度柔らかく言えば、意を決したように少女はリゼルヴィンの手を取った。
「ありがとう。それじゃあ、行きましょうか、私の街へ」
先程までの不機嫌はどこ吹く風、リゼルヴィンは上機嫌な笑みを浮かべて、手をつないだまま少女を馬車まで案内した。