6-4
ウェルヴィンキンズに帰っている暇がないほど忙しい、というのは嘘ではなかったが、リゼルヴィンが街屋敷に泊まることを決めたのは、本当はそれが理由ではなかった。転移魔法を使えばウェルヴィンキンズまでなんてすぐだ。
ミランダにどう説明すべきかわからない。ウェルヴィンキンズに帰れば、嫌でもミランダと顔を合わせる。はっきり話していいのかもしれないが、ミランダのことだ、傷つくことは避けられない。
それでも、友人であるミランダは出来るだけ傷つけたくない。説明する側のリゼルヴィンの話し方次第で、多少は変わってくるだろう。
「ジュリアーナは……終わったみたいね」
王城にあったジュリアーナとジルヴェンヴォードの気配が遠ざかっているのを感じながら、逃げるように諸侯へ送る書類を作る。それでも、ミランダのことが頭から離れず、ミスこそしないものの、納得のいかない文面で何度も紙を駄目にしてしまった。
「もうすぐ朝ね。……三日後なんて、やっぱり急すぎたかしら」
白んでいく窓の外は、丁度東向きで、アダムチーク侯爵家の領地がある方向から太陽が昇ってくる。東で『黎明』とは、安直すぎないかと笑ってしまった。北のリゼルヴィン子爵家が『断罪』だというのに。
結局一睡もせずに夜が明ける。朝一番に四大貴族がエグランティーヌを女王として立てることを決めた、と伝えるための文書を一度王城へ持っていき、エグランティーヌに目を通させた。あちらもあちらで忙しいらしく、会うことは出来なかった。会えなかったのは忙しいだけではないだろう。それだけのことを、リゼルヴィンはエグランティーヌに対して行った。
ウェルヴィンキンズへ帰るリゼルヴィンの足取りは重かった。出来ることならゆっくりと歩いて帰りたいくらいだったが、流石に『黒い鳥』が王都を歩き回っているとなったら騒ぎになるのは目に見えている。魔法は使わず、馬車で向かった。
着いたのは正午頃のことだった。ウェルヴィンキンズは見慣れた曇り空だ。
そう時間を置いてもかえって気まずくなるだけだ、リゼルヴィン子爵家当主ともあろう者がこのくらいで気弱になってどうする、と自分を叱咤し、ミランダと向かい合って数分。
「……つまり、ニコラスは死ぬしかなくて、私の作った毒で死にたいってことか」
「そうね、要はそんなところよ」
淡々とした口調を心掛け、ミランダの様子を探り探り説明すると、さして驚いた様子もなく、ミランダはそう言って気難しい表情で考えこんだ。
他人の心を気にしてもリゼルヴィンには少しもわかるはずはないと理解しているというのに、必死になって読み取ろうとした自分が滑稽に思えてくる。出来ないことをするのはリゼルヴィンの主義ではない。
ミランダは自分が作った毒で誰かが死ぬのをよしとしない。だが、その反面、麻薬として流通してしまっているものもあると、よくわかっている。あの研究所は決して良薬のみを開発するための場所ではないのだ。元はと言えば犯罪組織が運営していた、麻薬や魔法薬の開発のための施設。リゼルヴィンが摘発し、買い取って今の健全な研究所になっているが、それでも研究員の中に他の犯罪組織と繋がっている者はいなくならない。研究のための費用は、リゼルヴィンからの寄付と薬の販売だけでまかなえるものではない、というのが彼らの意見だ。
そのことはリゼルヴィンもよく承知している。研究員たちの給金だって馬鹿にならない。金がかかるのはわかっていて、出来るだけ予算を増やしてやってはいるが、研究のためならば犯罪に手を染めることを厭わない者たちだ。リゼルヴィンの知らないところで、という条件で、人体にさほど影響を及ぼさないもののみを流すことを許した。見つけたらすぐに警察へ突き出すと。それに彼らは頷いた。
今では研究所の名も広く知られるようになり、薬の販売だけでもそこそこ余裕を持てるようになってきたようでリゼルヴィンが見つけることも少なくなったが、正直に言ってしまえばそんなところにミランダを置くのは気が引ける。しかし、本人があの場所にいることを選んだのだから、リゼルヴィンはもう口が出せない。
「嫌なら嫌でいいの。セブリアンが連れてきた、あなたの弟子だったヘレナに作ってもらうわ。あの子が作ったものなら、あなたとほとんど同じものを作れるでしょう」
「待って。それこそ嫌。私以外の誰かに私の名前で私の毒を作られるのは何よりも嫌」
勢いよく反対したミランダに、リゼルヴィンは目を丸くした。
ミランダのことだ、自分の作った毒で人を殺したくないと、何よりニコラスを殺すことは出来ないと、そう言うと思っていたのに。
しっかりと覚悟を決めた目で、ミランダはリゼルヴィンの目をまっすぐに見つめる。
「私が作るから、他の誰にもニコラスを殺させないで」
「でも、あなた、自分の毒で人が死ぬのよ? 飲ませるのは私だけれど、間接的にあなたが殺したことになるわ」
「それでもいい。ニコラスが私の毒がいいって言ってくれたんだ。私がそれを断るなんて出来ない。断るくらいなら、自分で自分の作った毒を飲んで死んだ方がましだ」
「でも……」
どうしても断らせたい自分がいることに、リゼルヴィンは気付く。
ミランダには、こちら側に踏み込んでほしくなかった。
今まではぎりぎりのところで、ミランダはこちら側の人間ではなかった。間接的に他人の人生を狂わせてきたかもしれない。けれどミランダは、自分の作ったものが麻薬として流通しているだろうというのはわかっていたが、それを目的に作っているわけでも、どの薬が流通しているのかも知らなかった。ミランダの意思で売りに出したわけでもなく、ミランダは「そうだろうな」と思っていただけで、直接関わってはいなかった。
だが、ニコラスのために毒を作るというのは、ミランダが殺す意思を持って作るということ。実行犯はリゼルヴィンだが、ミランダも共犯になってしまう。
リゼルヴィンはもう何人のこの手で葬ってきたのだから、今更気にすることはない。しかし、ミランダは、このことをずっと忘れないだろう。
「飲んですぐ死んだ方がいいかな。病死に見せかけるなら内臓を腐らしていく毒とかも作れるしそっちの方がいいのかもしれないけど。一晩寝るだけで翌日には心臓が止まってる毒もあるし、脳を破壊するものもある。やっぱり、出来るだけ苦しまない方がいい?」
リゼルヴィンの思いとは裏腹に、ミランダは作る気満々で話しかけてくる。
流石にいつものように笑いながら物騒なことを言っているわけではなかった。今まで見たことがないほど真剣な表情で、そこには緊張すら見える。
「三日だとすれば、今すぐにでも取り掛からないと間に合わない。明日の夜には手元にあった方がいいだろうし……。残してあるものを使うとしても、私の記憶は頼りにならないから、探すくらいなら作った方が早いけど、あまり手の込んだものは作れないと思う。期待しすぎないでほしい」
「……本当に作る気なの? あなた、人を殺すのよ?」
「ちゃんとわかってる。これは立派な犯罪だ。それでも私がやらなければならないことだ。……リゼルの心配も、ちゃんとわかってる。今回だけだから、頼む、ニコラスは私に殺させて」
「……わかったわ」
ミランダの手は、小さく震えていた。
何もかもわかっていてそうすると決めたなら、リゼルヴィンはミランダを止められない。
きっとここで誰かに毒を作らせたら、ミランダは死ぬほど後悔するだろう。どうして自分で作らなかったのかと。やらずに後悔するくらいならやってする後悔、とはよく言ったものだ。
こちら側に足を踏み入れてしまえば、もう死んでも抜け出せはしない。友人を止められなかった自分を情けなく思いながら、リゼルヴィンは表情を引き締めた。
「毒に関してはすべてあなたにお任せするわ。私は毒に精通しているわけではないから、可能かどうかなんてわからないもの。早ければ明日の夜、遅くとも明後日の朝には持ってきてちょうだい。それ相応の報酬は出すわ。お願い出来るかしら」
友人を見る目ではなく、仕事を頼む依頼人としての目。初めて見たリゼルヴィンのそんな目に、ミランダは更に緊張した。
「もちろん。私の命すらもかけた毒を、作ってみせるよ」
それからのミランダの動きは素早かった。
外にはグロリアがいるかもしれないからと、街から出ることを嫌がっていたというのに、研究所まで一人で帰ると言い出した。どうせ道のりも覚えていないだろうにとリゼルヴィンが馬車を用意させようとしたが、材料を調達しなければならないという。陽の光に弱いミランダは昼間に外出することがほとんどなく、同僚や部下に買い出しを頼んでいたが、それでは間に合わないらしい。
説得の末、リゼルヴィンも王都に用があるからと共に馬車に乗り込んだ。途中、ミランダの言っていた材料を売っている、明らかに法外なものが売られていそうな薄暗い店に寄り、王都の隅にある研究所に送り届けた。リゼルヴィンの立場上、あんな店は見逃してはならないのだが、これからはミランダのいる研究所にだけ材料を卸すよう「お願い」したら、店主は青ざめて何度も頷いてくれたのでしばらくは大丈夫だろう。
その翌日の夜。
ミランダは、ニコラスのためだけの毒を作りあげた。




