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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
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1-4

 ジルヴェンヴォードを部屋へ送ってすぐ、リゼルヴィンは屋敷を出た。ジュリアーナを連れて出ないのは久し振りだった。屋敷のすぐ近くの裁縫店の前で、眼鏡をかけた燃える炎のような赤毛の男、リズと合流する。裁縫店はリズの店だ。

 大きなあくびをしながらリズが馬車に乗り込むと、馬車は静かに街を出る。

 ウェルヴィンキンズから、まだ日の高いうちに人間が出てくるのは珍しいことだ。リゼルヴィンを乗せた馬車が通った道では、人々が不吉なことが起こる予兆だと騒ぎ、明日は雪かもしれないと空を見上げた。


「……明日は雪かな」


 ミランダ=フェルデラッドもまた、空を見上げたうちの一人だった。扉を開けて、廊下に立つリゼルヴィンの背後の窓から見える空は、見事な晴天だった。

 失礼ね、と肩をすくめて見せたリゼルヴィンを部屋へ招き入れる。ミランダの部屋は、本や何かの資料で床が隠されている。もう何度も訪れているため、リゼルヴィンもリズもためらうことなくそれらを踏んでいた。

 ミランダに促されて、リゼルヴィンがソファーに腰掛ける。リズは座ると眠ってしまうからと、リゼルヴィンの斜め後ろに立った。お茶を持ってきて、テーブルをはさんで向かいのソファーにミランダが座る。


 ミランダは新たな薬を研究する研究所の研究員をやっている。この部屋も、研究所の敷地内に建てられた研究員用の寮の一室だ。ミランダは研究チームのリーダーを任されているため、平の研究員よりは広い部屋になっているという。


「それで、今回は何の用で来たの」

「五日前に、ジルヴェンヴォードが殺されかけたらしいわ。犯人探し、手伝ってくれない?」

「……それ、ただのしがない研究員の私に話していい話じゃないと思うんだけど」

「あなた、ニコラスと仲良いじゃない。王に近い人間にも詳しいんじゃないかと思って。アンジェリカとエグランティーヌも疑われてるわ。現場に居合わせたから」

「親しいと言っても友人に過ぎないよ。アンジェさまにもエーラさまにも会ったことはあるけど、ジルヴェンヴォードさまには会ったことないし。王に近い人間なんて、身分が高すぎて私が会えるわけないし。大体、友人だからと言って、そう簡単に何でも話せる立場じゃないでしょ、彼。私は何にも知らない。その事件も初めて聞いた」


 そんな話ならば協力できない、とでも言いたげに立ち上がったミランダ。部屋の隅に置かれた、今にも崩れそうなほど積み上げられた本の中の一冊をそうっと取り出す。山がぐらりと揺れたが、リズがさっと近寄り支えてやると、ミランダはリゼルヴィンが訪れて初めて微笑んでみせた。


「ありがとう、リズ。リゼル、お前の部下はみんなよくできた部下だね。私の部下にも見習ってほしいよ。どう調教したらこうなるのか是非とも教えてもらいたいな」

「リズは部下じゃなくただの住人よ。調教なんてしてないわ、人聞きの悪い」

「ワタシたちは皆、この女主人さまに逆らえないのですよ、ミランダさん。ねえ、主さま」


 微笑みの裏に何か黒いものを隠しながら、リズがリゼルヴィンを見る。

 ウェルヴィンキンズの住人にとって、この時間帯はまだ夜だ。リズもまた、リゼルヴィンが家に来るまで眠っていた。自分を呼びに来るような気がして目覚めてしまい、長い付き合いゆえにこういう予感はよく当たるので、準備をして店の前で待っていると案の定当たってしまった。今日もまた、日が落ちたら店を開けなければならない。

 リズの機嫌が悪いのも理解できて、ミランダは苦笑した。当のリゼルヴィンは、澄ました顔でミランダが出したお茶を口にしている。


「私のところに来たんだから、どうせ毒でも盛られたんでしょ」

「よくわかってるわね。紅茶に混ぜられていたそうよ。正確には、ジルヴェンヴォードのカップのみに入っていたらしいから、カップに塗られていたんでしょうね。口をつけて、しばらくして倒れたらしいわ。そこまで強くない上に量が少なかったから、意識を失うだけで済んで、解毒剤を飲ませた翌日には目を覚ましたそうよ」

「吐いたりはしてないってこと?」

「そうらしいわ。体のどこにも異常はないみたい。今日も元気そうにしてたわ」

「……それ、本当に殺そうとしたの? 何か別の目的があったとかじゃなくて」


 なんだかんだ言いつつ、ミランダが取り出した本は毒をまとめた本だった。話を聞きながら、特徴が一致するものを探すも、あまりに毒らしくない毒にぱらぱらとページをめくる手が止まる。気を失うだけで体に影響しない、となれば限られてくるが、殺されかけたというわりには軽すぎる毒だ。

 この本には、ほんの一口で命を奪う毒ばかりが載っている。机の上に戻し、次は床に積まれた本の塔から目当ての本を探す。またリズが手伝ってくれたため、すぐに見つけられた。


「ジルヴェンヴォードさまは、二週間後にはエンジットを発つんじゃなかったっけ」

「ええ。それまでに犯人を探して消さなきゃならないのよ」

「アンジェさまが嫁いだときも荒れてたのに、ジルヴェンヴォードさままでエンジットからいなくなったら、王は次こそ駄目になりそうだ」

「妹たちが大好きだものね、あの男は。次もあなたが慰めてあげなさい」

「もう二度とあんな面倒な男には関わりたくないよ……」


 喋りながらも、床に座り込んで本を広げ、一致する毒を探す。その本にもなかったのか、次の本へと移る。ミランダはあまり記憶力のいい方ではないため、本をどこに置いたかわからなくなっているようだ。だからあれほど整理しろと言ったのに。呆れた表情でミランダを見た。

 五冊目でようやくそれらしいのがいくつか見つかり、リゼルヴィンにその毒の特徴を説明する。うんうんと頷きながら聞いてはいるものの、真面目に聞いてはいないリゼルヴィンに、ミランダが溜め息を吐いた。


「そもそも、私のところに来なくても、王が調べさせてるんじゃないの?」

「それが、完全に一致するものがなかったらしいのよ」

「面倒すぎるよ、そんなの。私でもすべての薬、すべての毒を知ってるわけじゃないのに、王さまお抱えの人間が調べて出ないものを、私が知ってるわけがない」

「あなたなら調べられると思ったのよ。王の周辺のことも聞きたかったし」

「過大評価しすぎ。調べるのは好きでも、なんでも調べられるわけじゃない。王の周りなんて余計知らないよ」


 毒物に興味があって薬を研究しているからか、ここまで来たらそれが何なのか知りたいのだろう、ミランダはどう調べればいいのかと頭を掻いた。羽織っているシミ一つない白衣と同じくらい真っ白な髪が、さらさらと揺れた。ミランダの髪は母親譲りのものだが、異国の血は混ざっていない。母親がいわゆる突然変異で色を持たずして生まれてきたところ、ミランダもそれを受け継いだのだという。


 リゼルヴィンは、空になったカップをぼんやりと見つめる。ミランダは調べてくれているし、リズは落ちている本を拾って読んで暇を潰していた。リズのように本を読む気にも、ミランダの手伝いをする気にもならず、ただぼんやりと、カップを見つめる。

 もしも自分の使うカップに、毒が塗られていたのなら。味のしない毒ならば気付かないだろうが、少しでも味があれば気付くだろう。匂いがあっても気付くはずだ。飲んだときにも、お茶が薄くなっていたり、ちょっとでもねばついた感じになっていたりしても、気付くはずだ。


「……あの子には無理ね。きっと気付かないわ」


 食事のとき、ジルヴェンヴォードのお茶に、少しだけ苦い薬を混ぜるようジュリアーナに言っておいた。以前ミランダからもらった、なんの効果もない薬とも言えない粉。眉を寄せるくらいのことはするだろうと思っていたものの、ジルヴェンヴォードは見事になんの反応もしなかった。ジュリアーナが混ぜたのは確かだった。


「どうしたものかしら……」


 リゼルヴィンは頭がいい方だと自覚している。だからこそ、自分が今こうして爵位を継ぎ、家を建て直し、街を治められているのだと。しかし、リゼルヴィンの頭のよさは、よりよく生きていくために必要なことができる頭の良さで、決して他人の感情や思考を読み取り物事を解決に導く頭のよさではないとも、しっかりと理解していた。簡単に言えば、自分のために動くことはできても、他人のために動くことはできない人間なのだ。


 犯人がわかっていたなら、リゼルヴィンはそれなりに力を尽くして解決しようとしただろう。探し出して捕まえて、秘密裏に処分してしまえばいいだけなのだから。単純な作業だ。それこそ、ウェルヴィンキンズに連れてきて、こっそりと殺し、あとは使える魔法を上手く使って事故死に見せかければいいだけだ。

 リゼルヴィンは、自分の欲に忠実に生きている。自分と街を守ることにしか興味がない。それに関わることでなければ、本当はどうだってよくて、例えばエンジットが滅ぼされようとしていても、ウェルヴィンキンズに影響がなければ屋敷でのんびりとお茶を楽しいんでいることだろう。


「一体、誰なのかしらね、犯人は」


 ミランダとリズがページをめくる音に、リゼルヴィンの呟きが混ざった。


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