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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
35/131

5-7

 エグランティーヌは、さーっと血の気が引いていくのを感じていた。

 これだけ聞かされれば、馬鹿でもわかるだろう。あのときのエグランティーヌがどれだけ軽率で、馬鹿だったか。


 同時に、裏切られた、と思う。


 友人であるリゼルヴィンは、エグランティーヌに不利益な行動はしないと信じていた。エグランティーヌの嫌がるようなことであれば、絶対にしないはずだと。

 今までリゼルヴィンはその信頼に応えてくれていたし、エグランティーヌもまたリゼルヴィンの望むことに出来る限り協力してきた。互いに気遣い、協力し、時に諌め合う、そんな関係を築けていると、信じていた。


「わたしに……王になれと言っているのですか」


 ふつふつと湧き上がる怒りに声を震わせながら、エグランティーヌはグロリアを責めた。

 グロリアにしてはとんだとばっちりだが、それも仕方のないことだ。四大貴族はそれぞれ独立しており、深く協力することはない。しかし、国のこととなれば話は別だ。王を立てる際は特に強く結束し、責任も四家で平等に負う。どれか一つの家が独断で決めてしまったとしても、それは変わらない。クヴェートの子であるグロリアにも、不本意で理不尽だとは思うが、責任はある。


「リゼルヴィンと契約してしまった以上、逃れることは不可能と考えてください」

「絶対に認めません! 私は国の頂点に立てるような人間ではない!」


 口調をただしたグロリアに、エグランティーヌは我を忘れて怒りをぶつける。普段のエグランティーヌからは想像も出来ないほどで、グロリアは溜め息を禁じ得なかった。


「落ち着いてください、エグランティーヌさま」

「落ち着けるわけがないでしょう。私はそのような立派な人間ではありません。民を導くなど、出来るはずもない……。私は、王になるための教育など、受けていないのですから」


 そもそも自分は髪も瞳も茶色で、黄金の獅子にはとても見えない。故にこれまで王位から遠ざけられていたのだし、これから先も、そんな自分が国の頂点に立つことを許す者はいない。

 そんなことを喚くエグランティーヌに、グロリアは冷たい目を向ける。ここまで感情を表に出す人間だったか、と思い返してみるが、グロリアの知るエグランティーヌは常に冷静で、どこか冷めた目をしていた。


 エグランティーヌが自我を押し殺していたのだとしても、あれほど物事に無関心な目は、演じて出来るものではない。

 そう思えばやはり、間違いない。これは、リゼルヴィンとの契約の反動だ。

 リゼルヴィンの魔力を注ぎ込まれ、これまで保ってきた冷静さを保てなくなったのだろう。魔力とは精神力と深く関わっている。どれだけ強い精神を持った者でも、急に強力な魔力を注ぎ込まれたら、それまでの人格が変わってしまう場合も少なくない。


「では、エグランティーヌさま。女王となりこの国を治めるか、今ここでこの私に殺されるか、どちらか選んでください」


 グロリアの言葉に、エグランティーヌはぴたりと動きを止めた。


「クヴェート現当主より、四大貴族はエグランティーヌさまを女王に立てることで意見が一致していると聞きました。それに加えてリゼルヴィンと契約を済ませているとなれば、逃げ場はどこにもありません。死んだ方がましだと思われるほど、女王になりたくないというのであれば、私が今ここで殺して差し上げます。私は王族を、次期女王を殺した重罪人として死刑になるでしょうが、それは仕方ありません。あなたさまが死んだ後の国が傾くこともまた、仕方のないことです」


 わざとらしい憂いを浮かべながらそう言えば、エグランティーヌの表情に戸惑いが現れる。

 どうしても女王にはなりたくないらしい。だが、国が傾く、などと言われてしまえば、国を一番に考えるよう育てられたエグランティーヌには無視出来ないことになってしまう。

 グロリアもリゼルヴィンを責められない。エグランティーヌから逃げ道を奪っているのは、グロリアも同じだ。クヴェートの者である限り、グロリアもいずれは当主になる。四大貴族としての仕事からは逃れられない。


「アンジェリカ姉上か、ジルヴェンヴォードを」

「それは出来ません。アンジェリカさまはヴェレフに、ジルヴェンヴォードさまはセリリカへ嫁がれたではありませんか。すでに王位継承権は返上されています」

「そんな……」


 わかりきったことを尋ねるエグランティーヌに、グロリアは幼子を宥めるような気分になる。その上、エグランティーヌは逃れられないとわかっていて尋ねるのだから、たちが悪い。結局はどうせ女王になるのだ。早々に諦めてしまった方が、あってないような希望を見つけずに済む。

 クヴェートを継ぐことから逃げ続けているグロリアの言えることではないが、その身分に生まれてしまったからには、どう足掻こうと最後にはその身分に戻ってきてしまうものだ。ならば、逃れようと努力することは無意味。足掻けば足掻くほど、かえって傷つくのは自分だと、エグランティーヌも理解しているはずだ。


 そこへ、扉を叩く音がした。返事を待たずに入ってきたのは、拘束を解かれたアンジェリカだった。

 暗い表情のエグランティーヌを見て、アンジェリカは悲しげに眉を下げた後、エグランティーヌを抱きしめた。


「エーラ、ああ、エーラ……。ごめんなさい、わたくしがもっとしっかりしていれば……」


 その柔らかな温かさに、エグランティーヌはとうとう泣き出した。もう随分と泣くことのなかったエグランティーヌの涙に、アンジェリカもつられて泣き出しそうになる。


「エーラ、あなたが国を背負うのよ、エーラ……。もう、あなたしかいないの。あなたにすべてを押し付けることしか出来ないわたくしを、許してちょうだい、エーラ……」


 体から力が抜けていくのを、エグランティーヌは感じた。

 逃げられないことはわかっていた。女王になる他ないと、よく理解していた。

 アンジェリカの声を聞き、言葉を聞き、頑なに拒んでいたことが馬鹿らしくなる。どんなに嫌だと拒んでも、国を置いて死に逃げることは、エグランティーヌには出来ない。最初から、諦めるしかなかったのだ。


「女王に、なります」


 震える声で、呟くように、しかしはっきりと、エグランティーヌは宣言した。


 悟られないように隠しながら、グロリアは口元が緩むのを抑えられなかった。

 とどめを刺したのは、リゼルヴィンでもグロリアでも、四大貴族でもなく、妹想いの姉と言われ続けてきたアンジェリカだった。

 ニコラスがそのきっかけを作り、アンジェリカがとどめを刺す。兄妹を大切にし、思いやってきた二人にエグランティーヌは最も避けたかった道を選ばされたのだ。これが笑えないわけがない。


「では、そのように」


 恭しく礼をして、グロリアはなおも泣き続けるエグランティーヌと宥め続けるアンジェリカを、音もなく笑った。


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