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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
32/131

5-4

 グロリアが唱える呪文は耳に入って来るものの、その意味を理解することは、クヴェートの魔導師以外には、不可能だ。リゼルヴィンですら、それを理解することは出来ない。

 知っている言語であるようにも聞こえるのに、まったく知らない言語にも聞こえる。

 耳を通り頭に入ってくるのに、聞こえていないような感覚。気持ちの悪いその感覚に、リゼルヴィンはただ興味を持った。


「おい、それを中央へ投げろ」


 眩しいほど発光した魔法陣の中央へ、グロリアの指示通り戸籍を投げる。

 すると、それは床に辿り着く前に真っ白な炎に包まれ、灰すら残さず消えた。

 同じことを何度か繰り返し、すべてを燃やし終えると、グロリアがまた口を開き、呪文を唱える。リゼルヴィンも魔力の補充に集中した。


 グロリアが一際強く言葉を発したかと思うと、魔法陣を描いていた血液がすうっと中央へ集まり、先程と同じように、白い炎が上がり、一滴残らずに消えて行った。

 成功したのだと、グロリアは言った。


「何の問題もない。これで昨日のことは、エグランティーヌ王女と俺、国王陛下とお前だけが覚えている。『金髪狩り』の魔法も無効にした」

「お疲れさま。大丈夫なの? 結構魔力を消費していたようだけれど」

「この程度、何の支障もない」

「そう? 震えているじゃない」


 微かに震えているグロリアの手を見て、にたにたと口元が緩むのを抑えきれないまま、リゼルヴィンがそう尋ねる。その手に触れようとしたリゼルヴィンの手を払って、グロリアは叫ぶ。


「俺に触るな。お前のような穢れた女に触られるなど、反吐が出る」


 怯えにも似た拒絶に、笑いが喉元まで込み上げてくる。


 グロリアの感情に、微量ながら魔力が漏れ出した。ほとんどリゼルヴィンが提供したとはいえ、あれだけの魔法を操るほどの魔力を消費したというのに、まだ魔力が残っているとは。それほどに精神力が強いとは。そう、リゼルヴィンは感心する。普通の魔導師なら、魔法に引きずられてもおかしくないというのに。

 ここまで魔法を使えるということは、グロリアがそれだけ魔法に執着しているということだ。


 そうこなくては、おもしろくない。


 リゼルヴィンはグロリアに親近感を抱く。自分たちは、よく似た人間だと思った。


「たいしたものね、ファウスト。やっぱりあなたには期待出来るわ。早くもっと強くなってね」


 一刻も早くリゼルヴィンから離れたいというのがありありとわかる態度で、グロリアが扉に手を掛ける姿を見ながら、リゼルヴィンはそう呟いた。


 リゼルヴィンは、グロリアがリゼルヴィンを嫌悪しているようで、その実恐怖しているということを知っている。

 だからこそ、グロリアには期待しているのだ。リゼルヴィンを嫌っていると思い込んでいるグロリアならば、巷で噂されているような『リゼルヴィンに不幸を自覚させたら呪われる』やら『国が揺らいでしまう』やらという嘘とも真実ともつかない言葉に惑わされず、リゼルヴィンを殺しに来てくれるのではないか、と。リゼルヴィンに対する怒りで冷静さを失くし、リゼルヴィンに正面から本気で向かい合ってくれたら、それ以上に嬉しいことはない。


 何もグロリアに殺されたいわけではない。出来ることなら長生きして、好き勝手に生きていきたい。だが、それだけでは物足りないのだ。


 リゼルヴィンは強い。この国で、誰も本気を出したリゼルヴィンに敵う者はいない。その上『黒い鳥』の神話の影響で、リゼルヴィンを必要以上に恐れている人間が多いときた。こんなことでは、リゼルヴィンが本気を出せる相手などいるはずもない。


 ただ、自分の力を試したい。全力で誰かと対峙したい。


 グロリアに期待している理由は、たったそれだけだ。今この国で、リゼルヴィンに勝てる可能性があるのはグロリア一人だけ。その可能性は無に等しいほどだが、わずかな可能性であっても、これからの成長を期待している。グロリアならば、どんな手を使ってでもリゼルヴィンを上回ろうとするはずだと、リゼルヴィンは確信していた。


 先に行くぞ、と一応声はかけてくれたグロリアに、ええ、とだけ返して、グロリアを見送った。


 魔法陣が描かれていた床を見つめ、消費されず残ったままの魔力を解析してみるが、やはりリゼルヴィンには理解の出来ない魔法式だった。子供の落書きとも思えるような、デタラメで、常識では考えられない組み方。これでよくあんな魔法が使えたなと、ますます興味が湧いた。


「この魔法式さえわかれば……。でも、そうね、わからない方が、彼とやり合うとき、楽しいわよね」


 いつか来るだろう日を思うと、口元が緩む。

 その場に漂う魔力をすべて体内に吸収してから、リゼルヴィンも玉座の間を出る。


 エグランティーヌへの説明はグロリアに任せていいだろう。きっとグロリアも、疲れ切った今、もうリゼルヴィンの顔など見たくもないはずだ。適当に誤魔化すか何とかしてくれるだろう。

 そう判断し、リゼルヴィンは一度廊下に出てから、偶然通りかかった使用人の驚きに目を見開いた顔を横目に、ウェルヴィンキンズの屋敷へ転移した。


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