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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
30/131

5-2

 ミランダはリゼルヴィンに頼み込み、ファウストの様子を逐一教えてもらっていた。ファウストが、姉がいたことを覚えているかどうかはわからない。けれどなんとなく、嫌な予感がしたのだ。ファウストがミランダを探し始めれば、ミランダに逃げ道はない。首輪をつけたリゼルヴィンとファウストは同等と言っても過言ではない。首輪がなければ違っただろうが、ファウストに必ず勝てると保証することは、その頃のリゼルヴィンには出来なかった。


 ファウストが死んだはずの姉を探しているようだ、とリゼルヴィンの口から聞かされたとき、ミランダは心臓が止まってしまうかと思ったほどだ。一番恐れていたことが起きてしまった。


 リゼルヴィンは研究所にファウストの目がいかないよう、ファウストを王宮魔導師に推薦し、先王シェルナンドに頼みそれが実現した。そうなればファウストも忙しくなり、姉を探す時間を取るのも難しくなるだろうと思ってのことだった。

 結果、狙い通りファウストはミランダを表だって探すことは出来なくなった。シェルナンドが死んだ後も、その実力から王宮魔導師であり続けた。


 だから、最近は油断していたのかもしれない。もう追ってこないだろうと、ミランダは心のどこかで思っていたのだろう。昨日、研究所の仲間に弟と名乗る人間が訪ねてきていると聞かされ、慌てて逃げ出した。追われることの恐ろしさを思い出した。


「なんであいつは追ってくるんだ……私に用はないだろう……」


 落ち着いてきたミランダは、リゼルヴィンに渡されたひんやりと冷たい水を口に含む。

 リゼルヴィンはそっとその頭を撫で、窓を開けに立った。

 雨はもう止んでいた。少し湿った風が部屋に入ってきて、リゼルヴィンの髪を揺らす。


「彼は会いたいって言っていたわ。……会ってあげないの?」

「会ったところで連れ帰されるのが目に見えてる。リゼルヴィン、あいつがどれだけ強引な男か知らないのか?」

「知ってるわよ。だからこうして、あなたに会わないかって提案しているの。話しておくって約束しちゃったのよね。もちろん、決めるのはミランダ、あなただけれど」

「……嫌だなあ」

「やっぱりそうよねえ。断っておくわ」


 嫌そうな顔をしたミランダを、リゼルヴィンは責めない。ファウストに何を言われるかわからないが、ミランダがそれで傷つくくらいなら、どんな文句も罵倒も聞き流してやるつもりだ。

 もう少ししたら、リゼルヴィンは王城へ向かわなければならない。この屋敷にいる限りは安全なため、ミランダは残していくつもりだ。


 本当は最後にニコラスに会わせてやりたいが、王城にはファウストがいる。会わせてやりたくとも会わせられない。


「ねえ、ミランダ。あなたは後悔してないのよね」


 その問いが何を指しているのかはわからないが、ミランダはしてないよ、とだけ答える。ミランダはこの人生に後悔などしていない。反省すべきことはいくつかあるが、それでも、後悔するほどのことはない。これから先どれだけ生きられるかはわからない。けれど、この先も後悔することはないだろうと思っている。このままの生活を続けられるなら、の話だが。


 ミランダには弟がいるという自覚がない。ほとんど会わずに暮らしていたため、会うのはどうしても出なければならない社交の場で遠目から見るくらいか、たまに部屋から出たとき廊下ですれ違う程度だった。会話も数える程度しかしていない。そんな相手を弟だとは思えなかった。

 ただ、自分と同じ、白い髪に赤い目をしているのを見ると、確かに弟だと認めざるを得なかった。少しだけ似ている顔だちが、恨めしくも思っていた。ミランダが得られなかった家族からの愛情や、親類からの期待、溢れんばかりの才能が、羨ましかったのと同時に恨めしかった。


 弟さえ生まれなければ、毒を盛られるようなこともなかったはずだ。今はこんな扱いをされていても、政略結婚だとしても結婚すれば何か変わると思っていた。多少の愛情は得られるかもしれないと、期待していた。

 ミランダが一方的に恨んでいたのだ。例え、追われる恐怖がなくとも、今のミランダが会うことは出来ない。合わせる顔がない。


「だから、会いたくないというより、会えないんだ。もしかしたら、顔を見てまた恨んでしまうかもしれない。やっと、穏やかな気持ちになってきたのに」

「……そう。なら、会えると思ったときにそう言ってくれると助かるわ。あなたが死ぬまで後悔しないように、私も手伝いたいもの」

「ありがとう、リゼル。本当に、いつもいつも……」

「いいのよ、私が好きでやっていることだから」


 そろそろ行かねばならないというリゼルヴィンを見送るためにベッドから出ようとするが、他でもないリゼルヴィンに止められてミランダはまたベッドに戻る。まだ寝ていた方がいいと言われたが、本調子とは言えずとも、もう動けるのにと不満に思うが口にしない。


「あっ、リゼル、思い出したことがあるんだ」


 扉に手を掛けたリゼルヴィンを引き留め、ミランダは言おうと思っていたことを口にする。


「例の、毒の話だけど。あれは確かに私が作ったものだった。使いようのないものだったし、それ以上研究する必要がないからと作り方だけ残して作ったものは捨てたんだ。だから、私もすっかり忘れていた。そうしていなくても忘れたかもしれないけど。それで、作り方を書いた紙を探したんだけど……誰かに持ち出されていた。たぶん、私の弟子だった……えっと、なんて名前だったかな……」

「あなたの弟子って、あのヘレナのこと?」

「そう! その子が持って行ったのかもしれない。だから、ヘレナを探してくれないか。あの子は他にもいくつか持って行ってしまった。あの子に持たせていると、何に使われるかわからないから」


 ミランダには一時期、弟子がいたことがある。気弱だったその弟子の女を思い出して、なるほど彼女ならやりかねない、とリゼルヴィンは思った。

 その弟子だった女、ヘレナは、今は王城で専属の薬師をしている。王に頼み込まれたら、ただでさえかなりの勇気がなければ断れないものを、彼女に断れるはずがない。


 リゼルヴィンはかつて、ニコラスにミランダを紹介した。それから二人は急激に仲良くなり、恋人だった時期もあったほどだ。今でも仲がいい。ニコラスはミランダのところに通う度に薬を物色し、その中から今回使われた毒をくすねたのだと思っていた。実際、ニコラスは何度もミランダを王城に招こうとしていたし、専属の薬師にしようと試みていた。それらはすべて、ミランダの「王城なんかに行ってたまるか」の一言で断られていたが。

 なるほど、代わりに連れて行ったヘレナの方を使っていたか。ヘレナならば、ミランダの薬の作り方を知っていてもおかしくはない。


「ありがとう、ミランダ。探してみるわ」


 そういうとミランダは得意げに、


「私もたまには役に立つだろう?」


 と言った。その様子が子供のようで、リゼルヴィンはくすりと笑ってしまう。

 早くすべてを終わらせて、ウェルヴィンキンズから出してやらねばならない。ミランダは罪を犯したことのない人間だ。罪人だらけのこの街に、ミランダはいてはいけない。


「ミランダ、あなたはいつも役立ってるわよ。とっても助かってるもの」


 それだけ言い残して、逃げるようにリゼルヴィンは部屋を出た。

 閉じた扉を見つめ、嬉しそうに笑んだミランダは見ない。見なくても、どんな笑みを浮かべているかは簡単に想像出来る。


 リゼルヴィンとミランダは、友人なのだから。


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