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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
3/131

1-3

 二日後の午前、エルを呼び出して王城へ送り出して数時間後、約束通りジルヴェンヴォードがウェルヴィンキンズへやってきた。馬車から降りてきたジルヴェンヴォードはエルそっくりで、エルの化粧の腕は確かなものだと改めて思い知らされる。


 やはりジルヴェンヴォードもウェルヴィンキンズに来ることを渋っていたらしく、リゼルヴィンが出迎えただけでびくりと肩が跳ねていた。リゼルヴィンは、ジルヴェンヴォードを少しでも怯えさせないようにと、珍しく喪服ではなく落ち着いたグレーのドレスを着ていたが、見事に逆効果だった。

 屋敷の中で一番大きく豪奢な作りの部屋にジルヴェンヴォードを案内する。リゼルヴィンの屋敷は、大きさはそれなりながら、全体的に質素な作りになっている。この部屋はそれこそ王家のような客人のために作った部屋で、他の部屋とは異質に思えるほどにしてあった。それでも貴族の持つ屋敷と同じくらいにしかならないのは、代々の当主も質素なものを好んだからだろう。


「服はそこの衣裳部屋の中にあるわ。全部新調したものだけれど、気に入らなければ言って。あなた好みの服を買いましょう。食事は何もない限り私と一緒に食べてくれるかしら。また毒でも盛られたら大変だわ。それこそここに連れてきたことが無意味になっちゃう。まあ、この街でそんなことは起こらないだろうけれど」


 どうしてそこまでしてくれるのか、とジルヴェンヴォードは段々と申し訳なくなってきてたずねてみた。すると、リゼルヴィンはなんでもないことのように、


「あなたのお兄さんに頼まれたからよ。あなた、結構考えがまともなのね。いい王族だわ」


 と、ジルヴェンヴォードの頭を撫でた。王族に対して敬称も敬語も使わず、果ては頭を撫でるなんてことをするのは、どこを探してもリゼルヴィンしかいないだろう。不思議とジルヴェンヴォードはそれを不快には思わず、むしろ、撫でられたことで怯えと警戒が消えていった。


 ジルヴェンヴォードは先王と同じ、青い目と薄い金髪をしている。正妃フロランスも、正妃として自分の子と側妃の子とを分け隔てなく接したが、ジルヴェンヴォードはその外見から、よく目を掛けられていたと噂される。なるほどここまでよく似た外見だと、自分の子でなくとも可愛がりたくなるだろう。今は先王が亡くなったということで、宮廷を離れ離宮で暮らしているフロランスと面識のあるリゼルヴィンは、彼女がそんなことをせず、本当に平等に接していたのだろうとわかっているが。


 エルの化粧を落とし、ジュリアーナに自然な化粧を施されたジルヴェンヴォードが昼食を取りにリゼルヴィンの部屋へやってきたときは、予想以上に先王に似たその目と髪に、思わず礼をしそうになった。先王には恩がある。そして、リゼルヴィンが礼をするのは、先王とある一人の男のみと決めている。まさかここまでとは、と驚きながら、平然を装い自分の前の席に座るよう促す。エルの化粧で顔が変わっていたからそれほどには思わなかったが、化粧を落とすとここまで似ているとは。先王が女性よりの柔らかい顔をしていたのもあって、ジルヴェンヴォードに先王の顔がちらつく。


 普段から自室で食事をするリゼルヴィンは、いくらジルヴェンヴォードがいるとはいえ、その習慣をわざわざ変えようとは思わなかった。食堂がないわけではないが、どうせ一人なのだから自室で充分だと考えている。どうすべきかと迷ったが、仕事もあるのでとジルヴェンヴォードの方をこちらに呼んだ。


「リゼルヴィンさまは、その……本当に一人でお暮しになっているのですね」


 会話もなく食事をしていた中、ふとジルヴェンヴォードが言いにくそうに聞いてきた。

 行儀が悪いとわかってはいるが、急ぎで対処しなければならない書類に目を通しながら食事をしていた リゼルヴィンは、書類を脇に控えていたジュリアーナに持たせてジルヴェンヴォードに目を合わせる。


「ここ二年はずっと一人よ。でも、ジュリアーナたち使用人がいるから、それほど一人って気はしないわ。この街の住人たちもいるしね」

「……メイナード侯爵さまと、一緒に暮さないのですか」

「あの人がこっちに来るなら、考えるわ。こんなところに来るかって言われたことがあるから、きっとありえないけれど」

「ご結婚されているのでしょう? 二年前までは、仲の良い夫婦だと有名でしたのに」

「それ以上、聞かない方がいいわよ。あまり人の夫婦関係に首を突っ込むものじゃないわ」

「……ごめんなさい」


 はあ、とリゼルヴィンは溜息を吐く。自分のことが社交界で話題になっているのは、よく知っていた。


 今から六年前、リゼルヴィンは二十歳という貴族の令嬢にしては遅い結婚をした。相手は、アダムチーク侯爵家と同等の勢力を持つ、メイナード侯爵家の当主アルベルト=メイナード。リゼルヴィンは子爵家の出身ながら、当時家は没落寸前と言われ、その上女の身であるリゼルヴィンが爵位を継いだところだった。女性が爵位を継ぐというのは、多くはないがないわけでもない。しかし、リゼルヴィンは次女だった。長女は出家してしまっていたのだ。次女が継いだことは一度もなかった。

 リゼルヴィンが継いでからというもの、家は立ち直り、リゼルヴィンは瞬く間に有名になった。そんなところに、あのメイナード侯爵との結婚。それも恋愛結婚だという。社交界の話の種にならないわけがない。

 政略結婚が主な貴族、それも没落寸前の子爵家令嬢と一、二を争う勢力を持つ侯爵家の若き当主の結婚。社交界デビューを果たしたばかりの少女から、夢のようだと憧れの的となった一方、リゼルヴィンに嫉妬が向けられることも多かった。むしろ、嫉妬の方が多かった。リゼルヴィンが美しい令嬢ならば、きっとそんなこともなかっただろう。けれどリゼルヴィンは、整いはしているものの派手さのない地味な顔立ちに、この国では珍しい黒い髪に琥珀色の目、体つきも細く背が高い。そんなリゼルヴィンが何故あのメイナードに選ばれたかと、悪質な嫌がらせもあった。


「本当のところは、出回ってる話のように、甘い話じゃないのよ。ただお互いの利害が一致して、じゃあ一緒になりましょうかってなっただけ。あなたが謝ることはないわ。私の言い方が悪かった。ごめんなさいね、あまりこの話はしたくないのよ」


 申し訳なさそうに俯くジルヴェンヴォードに微笑んでみせると、わかりやすくほっとした表情になる。もしかしたらアンジェリカより純粋で子供なのではないだろうか。リゼルヴィンはニコラスに呼び出されたときのことを思い出す。あのとき会ったアンジェリカは、純粋そうだとは思ったものの、芯のしっかりした娘だった。ジルヴェンヴォードはその芯がまだ定まっていないのだろう。


 これからリゼルヴィンは仕事があることを伝え、今日は与えた部屋で休んでおくよう勧める。勧めるといっても、ジルヴェンヴォードにはそうするしかなかった。来たばかりのときよりは幾分かましになったものの、まだこのウェルヴィンキンズという街は恐ろしく思えて仕方ない。国中が恐れているのだから、きっと何かあるのだろう。それに、朝早くからこっそり支度をさせられて疲れていた。


「あなたがここにいる間は、ジュリアーナをあなたにつけるわ。ジュリアーナはよくできた侍女よ。王家の侍女のようにはっきりとした身分があるわけじゃないけれど、働きは彼女たちより上だと自信を持てるもの。何かあればすぐにジュリアーナに言いなさい。護衛としても、よく働いてくれるわ」


 ジュリアーナもこのことは聞かされていなかったようで、一度も崩さなかった無表情に一瞬だけ驚きが浮かんだが、すぐにかき消える。リゼルヴィンを見、それからジルヴェンヴォードを見て、軽く礼をした。


 少しくすんだ色をしているものの、同じ金髪碧眼のジュリアーナに、ジルヴェンヴォードは親しみを感じた。

 エンジットの民はほとんどが赤毛か茶髪で、黒か茶の目をしている。金髪や黒髪はとても少ない。中でも、もともとエンジットにいる人間で金髪碧眼の特徴を持つのは王族だけで、現在はニコラスとアンジェリカ、ジルヴェンヴォードの三人のみ。その三人でも、ニコラスは輝くような金、アンジェリカは限りなく白に近いもの、ジルヴェンヴォードは陽だまりのような薄い金と、微妙な違いがある。エグランティーヌはフロランスの深い茶髪を受け継いだ。

 自然と、この国で茶か赤以外の髪を持つ者は、他国の人間の血をひいていることになる。ジュリアーナはどこの国の血をひいているのだろうか。後で聞ける雰囲気になったら聞いてみよう。


 そう、うきうきと心を躍らせているジルヴェンヴォードに気がついたのか、ジュリアーナはふいっと目をそらしてしまった。怒らせてしまっただろうか、と不安に思っていると、目の前のリゼルヴィンが立ち上がる。丁度ジルヴェンヴォードも食事を終えたところだった。


「しばらくば部屋にいなさい。ジュリアーナ、彼女を部屋まで送って、リズを呼ぶよう誰かに言って。私の護衛代わりを務めるよう頼んでるって。その間は他のメイドにジルヴェンヴォードの世話を頼んでおいて構わないわ」

「承知しました。この件にはミランダさまのお力も必要かと思うのですが、ミランダさまへ協力の願いを出しましょうか」

「そうね、そうしておいて。詳しく知らせなくてもわかるだろうから、来てほしいとだけ伝えて。ジルヴェンヴォード、あなたのことをジルと呼ばせてもらうわね。いちいち長い名前を呼ぶのは面倒だわ。私のことも、この街にいる間はリゼルと呼んで構わないから。他の呼び方でもいいわよ。リゼルヴィンは世界に一つだけの名前だもの、好きに愛称が作れるわ」


 そう言って、リゼルヴィンは隣の部屋へ行ってしまった。リゼルヴィンの自室は三つの部屋からなり、今いる部屋を挟んで両側に寝室と執務室がある。ちらりと見えた執務室の中は、やはり質素ながら、びっしりと本の詰まった本棚が存在を大きく主張していた。


「ジルヴェンヴォードさま、自室にお戻りになられますか」

「……はい」


 ジルヴェンヴォードも立ち上がり、部屋を出た。ジュリアーナは外に待機していたらしい侍女二人に食器の片付けを頼んで、ジルヴェンヴォードの前を行く。まだ屋敷の中を覚えられていないジルヴェンヴォードを案内するためだ。


 その後ろ姿に、ひいっとジルヴェンヴォードが小さく悲鳴を上げた。

 ジュリアーナの結い上げた髪と襟の間からのぞく、細く白い首に、手形のような痣が。


「何を立ち止まってらっしゃるのですか。早くお部屋に向かいましょう」


 眉を寄せてジルヴェンヴォードを振り返ったジュリアーナが、ジルヴェンヴォードの視線の先が自分の首元だと気付き、にやりと口元に弧を描く。


「このくらいで怯えてどうするのです。ここはリゼルヴィンさまの治める街、ウェルヴィンキンズにございます。ウェルヴィンキンズは、エンジット王国の古い言葉で言うところの『狂った者たち』。首を絞められた跡くらい、ここに住む者なら誰だって持っていますし、見慣れています。私たちは狂っているのですから、それくらい持っていておかしくはないでしょう」


 ジルヴェンヴォードがこの街に訪れて初めて、必要のない言葉を発したジュリアーナ。リゼルヴィンの命とはいえ、王族の世話をするのは心底嫌だった。たとえ気取らない子供のような純粋な心の持ち主だとしても、同じ部屋にいるのでさえ嫌だ。

 いつもは客人が見えたら、この跡は化粧か包帯で隠している。今回あえて後ろに粉をはたかなかったのは、ほんの些細な嫌がらせのつもりで、ジルヴェンヴォードが気付かないなら気付かないでいいと思っていた。世話を命じられたことで、絶対に見せてやろうと、わざとジルヴェンヴォードの前を歩いた。


 ジルヴェンヴォードは廊下の真ん中で青い顔をして立ちすくんでいる。せっかく解れた緊張と恐怖が、また襲ってくる。この街にいては余計に危険だ、と頭の中で警鐘が鳴り響いたが、ジルヴェンヴォードに街を出る手立てはなかった。


「はっきりと言わせてもらいますが、私は王族が大嫌いです。我が主さまのお言いつけですから、あなたさまがこの街にいらっしゃる限り、私の命に代えてでもお守りいたします。ですが、もしもリゼルヴィンさまの憂いの原因となるのであれば、私はためらうことなく、この首にある手跡と同じものを、あなたさまの首につけることでしょう」


 にやりと笑ったまま、本当に人を殺せそうな目をジルヴェンヴォードに向けるジュリアーナ。涙目になった目の前の王女を見下す。

 そのとき、ジルヴェンヴォードの肩に、背後から手が乗せられた。大袈裟なほどに肩がはねる。悲鳴を上げることだけはなんとか堪えた。


「あんまりいじめてあげないで、ジュリアーナ。ジルも、そう簡単に泣かないことよ。王族が弱みを見せてはいけないわ。大丈夫よ、あんなことを言っていたけれど、ジュリアーナは私が許可しない限りそんなことはしないわ。殺されたくないなら、この街の掟に従いなさい」

「あ、あるじ、さま……」

「ジュリアーナ、何も責めたりしないから、あなたまで泣かないでくれるかしら。私はこんなことで怒ったりしないわ」

「申し訳ありません、主さま、勝手な真似をしてしまって……」


 乗せられた手はリゼルヴィンのものだった。子供の喧嘩をなだめるような声でジュリアーナを諌め、ジルヴェンヴォードを庇うように抱き寄せる。その様子にいらついたのか、またジルヴェンヴォードに棘のある視線を送ったジュリアーナは、リゼルヴィンに捨てられることを恐れているようだった。


 リズとミランダという人物を呼び寄せるより、自ら訪ねた方が早いと判断したらしいリゼルヴィンは、先程までのグレーのドレスから、噂に聞く真っ黒な喪服に着替えていた。リゼルヴィンにとってこれが普通であっても、ジルヴェンヴォードは初めて目にする。噂通りね、と小さく呟いたのが聞こえたようで、苦笑したリゼルヴィンに慌てて頭を下げる。王族がそう簡単に頭を下げるものではないと、また諌められた。

 ジュリアーナに馬車の準備を申しつけると、今度はリゼルヴィンがジルヴェンヴォードを部屋へ導く。リゼルヴィンの首に手跡が残っていないことにほっとしながらも、首に巻かれた首輪に目が行ってしまう。


 その首輪を見て、思いだした。

 首輪のおかげで、リゼルヴィンをこの国に縛り付けていられる。

 そう、先王とニコラスが話していたことを。


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