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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
27/131

4-7

 四大貴族がニコラスの企みを止めようとしなかったわけではない。何度も何度も諌めようとした。だが、それを聞き入れなかったのはニコラスだ。四大貴族は王族が何らかの問題を起こし、それが国を揺らがすものであれば、王を退位させる権利を持つ。ただしそれには四大貴族全員の賛成があり、王が行った政治が本当に汚れたものでなければならない。

 平穏を保ってはいたニコラスを、退位させることなど出来るはずもなかった。


「エグランティーヌ王女は国王ニコラスを退位させるつもりでいる。そのあと、第三王女ジルヴェンヴォードに王位を継がせようとしている。それが出来ないのなら、第一王女アンジェリカに。どちらにせよ、自分が継ぐつもりはないらしいわ」

「それは……困ったものだね」

「そう、本当に困ったものだわ。王になれるのは、あの子しかいないというのに。でもまあ、納得してもらうしかないでしょう。私と契約を結んじゃったもの」


 リゼルヴィンが平然と口にした言葉に、多少の差はあれど皆が驚きを隠せなかった。


「契約がどれだけ重大なことかわかっているのか、リゼルヴィン」


 表情は変わらないものの、怒りが察せられる低い声でアルベルトが言った。

 あからさまに嫌そうな顔をしたが、リゼルヴィンは落ち着いて、ええ、と頷く。


「契約の重さなんて、私が一番知っているわ。けれど、どうしたってあの子が女王になるしかないのよ。遅かれ早かれ契約するなら、さっさとやってしまった方が、あの子の逃げ道をなくすことが出来る。何も考えずに契約するわけないじゃない」

「だからといって、お前の契約がエグランティーヌ王女に何の影響も与えないと思っているのか。エグランティーヌ王女の身に何らかの異変が起きたらどうするつもりだ。お前の魔力が流れ込み、それが体に合わなかったとしたらどうする」

「どうもこうもないわよ。そのときはそのときよ。親類から見繕えばいいわ。アンジェリカの子を連れてこさせたっていい。やりようはいくらでもある」

「そう単純な話ではないだろう。国がかかっているんだ、お前の独断で国が滅ぶこともあるんだぞ」

「だったら私ばっかりにさせなければいいじゃない!」


 逆上して声を荒げたリゼルヴィンに、ミハルとリナは溜め息を吐き、エリアスはただ驚く。

 普段は冷静なリゼルヴィンが、こんなにも怒りを露わにする相手はアルベルトだけだ。ミハルもリナも、もう二人のこんなやりとりは見慣れている。また始まった、と顔を見合わせた。

 スカートをぎゅっと強く握り、怒りをなんとか静めようとしているリゼルヴィンを、アルベルトはただ不快そうに見る。


「……私との契約が王を決めるだなんて、おかしいわ。私だって気に入った相手と好きに契約したいわよ。でもそれを許さず、私を物として扱い、王の奴隷にしたのはあなたたちでしょう。確かに先王陛下のときは私が進んで契約を結んだわ。結果的に、『黒い鳥』である可能性が高い私を奴隷にして、私が生まれたことで混乱に陥りかけていた国は落ち着いた。けれどニコラスのときなんて……あなたたちが無理矢理契約させたんじゃない。今度はエーラと契約を結べと言われるとわかっていたからこそ、言われる前に契約したのよ。私がどれだけエーラと契約したくなかったか、わからないくせに」


 一言口にするたびに、リゼルヴィンから表情が消えていく。言いたいことを遠慮せず言うことで、落ち着いてきたのだろう。

 ふっと軽く笑って、そのままいつもの笑顔を貼り付けた。


「まあいいわ。私のせいにしたければしなさい。どうせ『黒い鳥』ですもの、死ぬまで好き勝手やらせてもらうんだから、少しくらい悪者にされたって構わないわ。でも、契約の話には首を突っ込まないで。私は私にふさわしい相手しか選ばないわ、相手を間違ったりはしない。エーラとの契約は仮のものよ、女王になりたくないなんて言い出したら、そのまま契約期間を終わらせてしまえばいいのよ」


 この話は終わりだと言わんばかりに、リゼルヴィンが言い切り、アルベルトはまたも機嫌の悪そうな表情をしたが、何も言わない。これ以上話していても、リゼルヴィンがアルベルトの話を聞くとは思えず無意味だと判断したようだ。

 二人の間に嫌な空気が流れる。やれやれ、とミハルが話を変えた。


「少し前の話に戻って申し訳ないのですが、あの『金髪狩り』の噂の出所は一体どこなのか、心当たりはありませんか?」

「あれはファウストの仕業よ」


 しれっと答えたリゼルヴィンに、ミハルはなるほど、と頷く。三年前にファウストの力を借りた際、彼の実力は十分理解した。リゼルヴィンも褒めるほどなのだから、魔法に詳しくないミハルでもわかるほど強いのだろう。


「あんな噂が短期間で国中に広まるわけがないわ。そもそもあの魔法の組み方はファウストの独特な組み方だったから、彼の魔法を一度でも解析したことのある人間なら、すぐにわかったでしょうね」

「息子がまたご迷惑を……! 申し訳ありませんっ、まさか、こんなことを仕出かすなんて! ですからどうか、どうかっ……!」

「……リナ。別に私は、彼に罰を与えようなんて思っていないわ。むしろその逆よ。本人にも言ったけれど、私は感謝しているの。あの噂がなければ、エーラはこんなに簡単に動けていなかったでしょう。だから、結果的にはよかったのよ。どうせニコラスが王で居続けるのはもう困難になっていた。何を企んでいようが、結果が良ければなんでもいいわ」


 まさか息子がそんなことを仕出かしていたなど思ってもいなかったリナが慌てて謝るが、リゼルヴィンは何も気にせず、反対に明るい笑顔を見せた。その笑顔に、リナもほっと胸を撫で下ろす。ファウストはいずれ、クヴェートの当主となる。本人はまだそれを認めていないが、すでにそれは決定事項だ。今罰せられてしまえば、クヴェートの名が地に堕ちると同時に、四大貴族への不信感を生むことになるだろう。


 ファウストにその噂を流すよう言ったのはエグランティーヌではないらしいが、黙秘を続ける本人の様子から、王族の誰かだとわかる。そうでもなければとっくに依頼主を売っている。黙秘を続けるのは、この国で最も権力を持つ王族からの命令であり、エグランティーヌのこともあって罰せられることがないと理解しているからだろう。そういう男だ。


「誰が依頼したかはわからないのですか……。それは、どう処分すべきかわかりませんね」

「目星はついてるわよ。エーラでもない、ニコラスでもないとなれば、残りはアンジェリカしかいないじゃない。ジルヴェンヴォードが頼んだからって頼まれてくれるような男じゃないでしょう、彼は。だからきっとアンジェリカ。あの二人は幼馴染だもの、アンジェリカに弱みでも握られているんでしょう」

「何故ニコラス陛下ではないと?」

「だって、あの男のために動いたってもうファウストが得することはないでしょう。ニコラスがファウストの弱みを握れるとも思わないわ。むしろ後ろめたいことがあるんじゃないかしら」


 すらすらと答えるリゼルヴィンに、その場にいる誰もがリゼルヴィンが関与しているとは思わなかった。


 リゼルヴィンは普段から諸侯の監視を行っている。『紫の鳥』としての仕事だ。いくら『黒い鳥』だと言われていても、先王シェルナンドがそうではないと言ったのだから、『紫の鳥』となる。ならばその仕事をこなさねばならない。

 常に不正がないか、不審な動きがないかを監視しているリゼルヴィンが、王族やその周りの事情に詳しいことは必然である。どのような手を使って情報を集めているのかは知りようがないが、何を知っていてもおかしくはない。


 その上、リゼルヴィンとニコラスは仲が良いと有名だ。ニコラスの人格を踏まえた上で、命じたのはニコラスではないと判断したのだろう。

 そう、皆が思い込むことを知っていて、リゼルヴィンはあえて何も言わない。

リナやミハルにならば言ってもいいかもしれないとは思うが、アルベルトには絶対に言いたくない。そして知られたくもない。リナとミハルに言ってしまえば、面白がってアルベルトに話してしまうだろう。四大貴族は情報を共有すべきだともっともらしい言い訳をして。だから、何も言わない。

 それに、だ。話したとして、リゼルヴィンが得することはないし、四大貴族全体としても得することはない。むしろ秘密にして誰にも知られずこっそり処分した方がいいだろう。損も得もしないものは忘れられた方が解決しやすい。


「とにかく、ニコラスを退位させて、エグランティーヌを女王にすることで決定でいいわよね。誰か異論のある人は?」


 まとめたリゼルヴィンの言葉に、誰も反論する者はいない。

 随分と前から、行く行くはエグランティーヌを女王に立てるというのは暗黙の了解のようなものだった。ニコラスに子はいない。継げる者は、エグランティーヌしかいなかった。


「では、近々戴冠式を行う準備を始めましょう」


 そう言うリゼルヴィンは、どこか嬉しそうだった。


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