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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
26/131

4-6

 王都、深夜某所にて。


 薄暗い部屋の中心に大きな円卓があり、椅子は四つ用意されていた。

 円卓の上の燭台にロウソクを立てながら、リゼルヴィンは人を待っていた。

 この場所は、四大貴族の当主と王しか知らない。四大貴族が集まって、国の重大な話し合いを行う場だ。当主は跡継ぎ以外にこの場所に来る道を教えてはならず、この会議で話し合われたことを相手がだれであろうと口外してはならない。


 リゼルヴィンはもう十年、この部屋に通っていた。

 十六で家を継ぎ、四大貴族の仕事を受け継いだ。この部屋の勝手はよく知っている。不定期に行われる四大貴族の会議だけでなく、頻繁にあった先王シェルナンドからの呼び出しも、ここだったからだ。


 部屋中のロウソクに魔法で火をつけ、一気に明るくなった部屋に、眩しさで目を細める。

 椅子の一つに腰かけて、他の四大貴族がやってくるのを待つ。現王ニコラスは来ない。もう、王ではなくなるのだから当然だ。


「おや、お早いのですね、リゼルヴィン子爵」

「私が招集をかけたのですもの、当然ですわ。アダムチーク侯爵」


 最初に部屋へ入ってきたのは東の『青い鳥』、アダムチーク侯爵家当主ミハル=アダムチークだった。その人の良さそうな笑みは、リゼルヴィンも好きだ。温かく、優しく、こちらへの気遣いが見て取れる。リゼルヴィンでも、裏のない優しい人間は好きだ。まだまだ礼儀正しいとは言い難いが、リゼルヴィンの態度もやわらかいものになる。


「あら、そちらのお方は? こちらにお連れになったということは、次期当主になるお方なの?」

「ええ、弟のエリアスです。外交の腕も確かなものなので、職務は十分に果たせると思いますよ。もっとも、しばらくは何もわからないので、あなたの手も借りることになるでしょうが」

「そう、よろしくお願いするわね、エリアスさん。リゼルヴィン子爵家の当主ですわ。どうぞリゼルヴィン、とお呼びくださいな」

「こちらこそ。右も左もわからないので、お手を煩わせるとは思いますが、よろしくお願いします」


 リゼルヴィンの態度にも眉一つ動かさず丁寧に握手まで求めてきたエリアスに、リゼルヴィンも満足げに握手を交わす。

 ただ、昼間一緒にいたエグランティーヌからも、ミハルが当主を退くという話は聞かなかった。エリアスの分の椅子を隣の部屋から持ってきながら、どうして急に、と尋ねてみると、ミハルは答えにくそうにした。


「実は、これからは妻のエグランティーヌの傍にいてやりたいと思ったのです。妻は僕を支えてくれているのに、僕は妻に何も出来なかったものですから。詳しくは、文書でお送りします。正式な手続きもありますし」


 照れくさそうにそう言ったミハルは、どこか寂しげで、あの円満な夫婦仲にも多少のすれ違いは存在するものなのだな、とリゼルヴィンは思う。既婚者ではあるが、別居しているリゼルヴィンと夫との仲は冷え切ったものだ。少し、ミハルとエグランティーヌがうらやましくなる。


 次にやってきたのは南の『白い鳥』、クヴェート伯爵家当主リナ=クヴェートだった。リゼルヴィンと同じく、女の身でありながら当主をやっている。

 透けるように白い肌と、白い髪。その真っ白な容姿から、女でありながらも『白い鳥』の血を最も強く受け継いだとされ、当主になった。

 リナは白いドレスの裾をつまんで、優雅にお辞儀をした。


「遅れて申し訳ありませんわ。お許しくださいまし」

「まだ来てない男がいるから大丈夫よ。座って、丁度アダムチーク侯爵と、その跡継ぎの方にお茶を出すところだったの。リナ、あなたもいる?」

「ありがとうございます。リゼルヴィンさまの淹れるお茶はとってもおいしいから、ぜひいただきたいわ」


 子を産み育て上げた母とは思えぬほど美しく若さを保っているリナは、ひとつひとつの動作が繊細で上品で、リゼルヴィンと出会った十年前とまったくと言っていいほど変わらない。


 リゼルヴィンの淹れたお茶を飲みながら皆で談笑していると、最後の一人、西の『赤い鳥』、メイナード侯爵家当主アルベルト=メイナードが姿を現した。


 アルベルトが扉を開けて中に入ってきた途端、リゼルヴィンは不機嫌な顔になる。相変わらずですね、とミハルは呆れ、相変わらずですね、とリナは笑う。別居を始めてすぐの頃はこの二人に随分気を使ったが、今ではもう何も言わず、ミハルとリナが二人だけに聞こえる声の大きさで「相変わらずですね」と言い合う。


「大変遅れて申し訳ない。仕事が込み入っていたもので」

「わたくしも遅れてしまいましたもの、大丈夫ですわ、メイナードさま。さあ、お座りになって」


 無言で目を合わそうともしないリゼルヴィンの代わりに、リナがアルベルトに声をかける。

 アルベルトが席に着くと、リゼルヴィンは深い溜め息を吐いた。それに、アルベルトが眉間に皺を作る。

 美形はいいわね、眉間に皺寄せたって美形のままで。自分だけにしか聞こえない声で、リゼルヴィンは吐き捨てた。顔を見ているだけでも腹が立つ。


 苛立ちをぐっと抑え、立ち上がり、今回招集した理由を話す。


「まずは、忙しい中、足を運んでくださってありがとう。国のために、民のために、最善の選択が出来るよう、話し合いましょう。本日正午より、王都で反乱があったのは知っているわよね。そのことで招集させてもらったわ」


 王都での反乱は、この場にいる誰もが知っている。今は落ち着き、もう普段と変わらない街戻っているが、民が立ち上がった理由がよくわからないのだ。

 いろんなことが重なって起こった反乱よ、とリゼルヴィンは詳細を話し始める。


「ここ数日、国中で広まっていた『金髪狩り』のことは、もちろん知っているわよね。王が国中の金髪碧眼を持つ者を処刑しているっていう噂。今は王都が中心になっているけれど、エンジットから王族以外の金髪碧眼をいなくするって」


 当然、ここにいる皆が知っていることで、頭を悩ませていた噂だ。今回リゼルヴィンがこの場を作らなければ、四大貴族の誰かが明日にでも招集をかけていただろう。


 黄金の獅子への絶対的な信仰によってエンジットは保たれているが、だからといって国外から入ってきた金髪碧眼の血を差別するようなことはない。荒れていた先々王の時代には、それこそこの噂のように『金髪狩り』が行われていたこともあったらしいが、先王シェルナンドの時代には、むしろ保護するような動きすらあった。故に民も他国の人間を認め、差別などなくなった。地方の村々では、金髪碧眼を持つ者をより大切にするところもあるらしい。

 そんなこの時代に『金髪狩り』が始まったなどと聞けば、民が黙っているはずがない。王都ではすでに十数人の行方不明者が出ているという。届け出のない者もあわせれば、もっといるだろう。黄金の獅子と同じ容姿を持つ者を大切にする民が立ち上がろうとするのも、無理はない。


「その噂と、民衆を率いた仮面の人物。そして、今までニコラスが行ってきた政治。それらが民衆に火をつけたんでしょうね。真っ先に駐屯所を制圧したことから、仮面の人物は相当頭が良かったらしいわ」


 まあ、その仮面の人物は、我らが第二王女エグランティーヌ=ルント=エンジットなんだけど。


 リゼルヴィンがそう言っても、誰も驚いた様子はない。

 事の全貌は、皆それぞれの情報網ですべて把握しているだろう。エグランティーヌが民をけしかけて起こしたものだということも、リゼルヴィンがそれに協力したということも。

 エグランティーヌにもあの後話したが、リゼルヴィンはもとよりエグランティーヌに協力するつもりでウェルヴィンキンズの住民たちを王都へやった。あえて言わなかったのは、その方が面白いと主が言ったからだ。協力したのも、主が命じたからだが。


「本題はここからよ。私は、王宮魔導師グロリア――本名、ファウスト=クヴェートと共に情報操作を命じられたわ。エグランティーヌ王女に」

「あの子と、リゼルヴィンさまが?」


 リナが驚きに声を上げた。

 グロリアこと、本名ファウスト=クヴェートは、クヴェート伯爵家現当主リナ=クヴェートの子である。魔導師は名を軽々と広めてはならないという理由から、彼の姉の名前である『グロリア』を名乗り、クヴェート家の者であることを隠している。


「ファウストはそれを承知したわ。私と共に、そのために動くと頷いてくれた。現国王ニコラスは現在、エグランティーヌ王女によって監視されている。問題はここなのよ」

「女王を立てるか、ニコラス陛下をそのまま国王とするか、かな」


 ミハルが口にした言葉に、沈黙が訪れる。

 四大貴族は、ニコラスが何をしようとしていたのか、この三年ですでにわかっていた。退位を迫られるように動き、急激な変化はないよう細心の注意を払いながら、エグランティーヌが女王となるしかない状況を作り上げようとしていた。

 現に、エグランティーヌ以外の二人の王女は、他国に嫁いだ。ジルヴェンヴォードはこれからだが、今更国内に留めることは出来ない。国外に出た王女は王位継承権を返上する決まりだ。エグランティーヌしか、王位を継げる者はいない。


 だが、今回の反乱だけが、ニコラスの思惑通りにはいかなかった。エグランティーヌが率いていたということを、民は知らない。知ることもなく、この反乱はなかったことにされる。ニコラスの計画では、エグランティーヌが率いている様を見て、民衆は金髪も碧眼も持たない彼女が女王となることに納得する、というものだった。だがエグランティーヌだと知らないのなら、黄金の獅子の特徴を持たないエグランティーヌは、女王になることを許されないだろう。


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