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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
24/131

4-4

「エーラ、あなた余計なこと考えてるでしょう」


 グロリアと戦っているリゼルヴィンが、エグランティーヌの背後に回り、背を合わせるようにして話しかけてきた。その声はエグランティーヌを笑っているようにも聞こえ、心配しているようにも聞こえる。


「何かを考えることによって、あなたの思考が研ぎ澄まされていくのはわかってるわ。でも、考えすぎて本来の目的を忘れてしまうのは悪い癖よ。今も、ニコラスに同情したでしょう。駄目よ、あなたは民を背負ってここに来たんだから。私の私怨とはわけが違うの」


 エグランティーヌはニコラスと、リゼルヴィンはグロリアと睨み合いながら、リゼルヴィンがそう言った。

 リゼルヴィンはグロリアに向かってもまったく怯まず、笑顔を浮かべ楽しげにしている。圧倒的な差があるのだ、グロリア程度、余裕で倒せるに違いない。それでも長らく攻撃しては避けることを繰り返しているのは、エグランティーヌがニコラスを追い詰めるのを待っているのだろう。純粋にグロリアの操る魔法を引きだし、眺め、観察し、楽しんでいるのもある。リゼルヴィンとは、そういう女だ。


「……わかってる、リィゼル」

「そう。ならいいのよ」


 リゼルヴィンが敵なのか味方なのか、まだわからない。けれど、やはりエグランティーヌが思った通り、こちらを邪魔する気はないらしい。


 まずはそれに安堵し、リゼルヴィンから離れ、ニコラスに剣を振り下ろす。


 エグランティーヌは自身のすべてとも言えるその優秀な頭脳を、使わないことに決めた。

 裏を読むことも、次の攻撃を予測することもせず、ただ感覚で攻撃し、感覚で防ぐ。センスはないが、自分の身は自分で守れという父の言いつけを守るため努力は惜しまなかった。本業にしている者には到底敵わないが、エグランティーヌに討たれるのを望んでいるニコラスくらいならば、これまでの努力でなんとかなるはずだ。


 もう、エグランティーヌも気付いている。ニコラスが、自分に殺されたがっているということを。


 きっとニコラスは――兄はエグランティーヌを女王にしたいのだ。同じ母から生まれた、エグランティーヌを。茶髪に茶の目をしていたがために王位から遠ざかった、第二王女ながら王位継承権の優先位の低いエグランティーヌを女王とし、エンジットを治めさせたいのだ。

 だからこそ、エグランティーヌは考えるのをやめ、無心でニコラスと戦う。今考えてしまえば、この腕が止まってしまうのが目に見えているからだ。


 ニコラスが剣を握る手を持ち替えた瞬間を、エグランティーヌは見逃さなかった。

 両利きであるニコラスは時に剣を持ち替える。共に訓練していた短い間に、その瞬間を攻めればニコラスに勝てると学んでいたエグランティーヌは、そんな好機を見逃したりしない。

 そんな好機を、エグランティーヌが無理にでも掴まないわけがない。持ち替えて握りなおすまでのほんのわずかな時間の間に、全身全霊をかけてニコラスの剣に思い切りぶつける。


 キィンッ、と、耳が痛くなる音を立てて、ニコラスの手から剣が弾かれた。

 間髪入れず剣の峰で脇腹を殴りつけ、床に落ちた剣を蹴飛ばしてニコラスから遠ざける。

 倒れこんだニコラスの首すれすれに剣先を向け、身動きが取れないよう右足で腹を踏む。先程横腹に剣を打ち込んだことで、肋骨が一、二本折れた音がした。痛みに歪むニコラスの顔を見て、ようやくエグランティーヌは考えることを再開する。


「王よ……いや、王であった男よ。抵抗すれば首が体から離れるぞ」


 少しだけ剣を離してやって、ニコラスが喋れる状態になるまで待つ。右足には体重をかけすぎないように気を付けながら、エグランティーヌはニコラスの言葉を待った。

 抵抗する気はないだろう。そうでなければ、エグランティーヌに追い詰められるほど、手加減をしたりしない。あんな考えなしに突っ込んでいくだけの攻めに、ニコラスが負けるはずないのだ。


 エグランティーヌがニコラスを押さえた様子を見、リゼルヴィンも左手の指をポキポキと鳴らし、今までの幼い子供を相手にするかのような態度から、それなりに力をつけ始めた少年を相手にする程度に態度を改める。グロリアは魔法の使い過ぎで魔力を消費し、肩で息をしている状態だ。元々戦闘向きの魔導師ではない。物理的な魔法を得意とするリゼルヴィンとは相性が悪すぎた。


「残念、あなたなら私を止められると思ったのに。まだこの程度だったのね」


 グロリアを壁に押し付け、左手のみで首を軽く絞め微笑むリゼルヴィンに、グロリアは悔しげに舌打ちをした。


 さてここからどうするのか、とでも言いたげに、リゼルヴィンがエグランティーヌを見る。

 急かされているような気がして、エグランティーヌはニコラスと目を合わせた。ふっと力なく笑ったニコラスは、口を開きかけて、やめる。ただその笑みをエグランティーヌに向け、悲しみに満ちた、しかしどこか救われたような目で何かを訴えかけた。


「……何か、言ってください、ニコラス陛下」


 その目に耐えられず、エグランティーヌの顔も歪む。歯を食いしばっていないと、涙が落ちてしまいそうだった。


「ちょっと眠ってなさい、グロリア」


 エグランティーヌの様子に溜め息を吐いたリゼルヴィンはグロリアの首から手を離し、崩れ落ちたグロリアを見ることもなく左手の指をパチンと鳴らした。

 途端に強烈な眠気がグロリアを襲う。本当に、リゼルヴィンは様々な魔法を操る。出来ないことはないと自称するだけのことはある。

 だが、簡単に魔法にかかるのは気に食わない。視界がぼやけていく中、もう底を尽きた魔力を無理にかき集め、剣を創り出し、リゼルヴィンの背後へ発射する。

 その剣がリゼルヴィンの腹に貫通し柄の部分が背に引っかかって、腹から剣先が突き出ているのを見て、グロリアは眠りについた。死ぬことのない、ただの眠りだ。


「まだこんな力が残っていたのね。大したものだわ、グロリア=クヴェート。流石は魔導一族、南の『白い鳥』、クヴェートの子……」


 腹から生えているような剣に、ただただリゼルヴィンは感心する。グロリアの魔法は素晴らしい。リゼルヴィンが普通のただ魔法が使えるだけの人間だったなら、負けていたはずだ。


「本当、残念よねえ……。私が普通じゃないばっかりに」


 突き出た剣先を両手で掴み、手が斬れ血が流れるのも気にせず、リゼルヴィンは表情を変えないままに剣を押した。腹に埋まってしまえば、背に手を回して、ゆっくりと引き抜く。


 エグランティーヌはその様子に瞠目した。あんな攻撃をまともに食らったのに、リゼルヴィンは生きている。絶対に死んでいるはずなのに、ふらつくこともなく、自ら剣を抜いてしまったのだ。腹を、貫通したというのに。

 リゼルヴィンの足元に血だまりが出来た。引き抜いた剣はそのまま床に投げ捨て、血まみれのままエグランティーヌとニコラスに近づく。ニコラスは、驚くこともなく、近寄るリゼルヴィンを見ていた。


「驚いたわよね、エーラ。あなたにこのことを教えるのは、まだ先のつもりだったのに」


 にこり、と笑いかけてくるリゼルヴィンに、エグランティーヌはこれまでにないほどの恐怖を感じ、体を震わせた。


 それなのに、何故だろう。血まみれで、鉄の匂いがするリゼルヴィンが、あまりに美しく見えた。整いはしているが目立つことのないその顔だちが、その爛々と光る琥珀の目が、この世のものとは思えないほどに美しく思えた。

 これは一体何故だろう。何故自分は、恐怖しているのに、リゼルヴィンに惹きつけられ、目がはなせないのは。


 ああ、そうか、とエグランティーヌは納得のいく答えを見つけた。

 リゼルヴィンは、魔女だ。悪魔の女だ。その琥珀の瞳に魅入られたが最後、悪魔との契約をしないでいることは出来ない。リゼルヴィンは存在そのものが、絶対の強さこそが悪であり、その深い悪が放たれるその瞬間、リゼルヴィンは人間にはない悪魔の美しさを手に入れるのだ、と。


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