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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
23/131

4-3

 リゼルヴィンが笑顔であるのに反対に、エグランティーヌは泣きそうになる。この二人に対峙しているということは、敵であるということだ。


 あのリゼルヴィンが、国の敵に回った。それは、リゼルヴィンが『黒い鳥』である証明になってしまう。シェルナンドが『黒い鳥』ではないと宣言したのが、裏返されてしまう。

 そして、その白い首に巻かれていた黒い首輪がない。もうリゼルヴィンは、ニコラスの奴隷ではないのだ。


「何を勘違いしているかはわからないけれど、エーラ、あなたが思っているようなことはないと思うわよ。私は少なくともあなたの敵ではないわ」


 似合わないから、フードも仮面も取りなさい。普段と変わらないその笑みと言葉に、安心すると共に、気が引き締められる。リゼルヴィンが敵ではないのなら、十分エグランティーヌにも勝機はある。エグランティーヌの手で、ニコラスを処することが出来る。

 敵ではない、ということは必ずしも、味方である、という意味とは限らない。それでも、リゼルヴィンが敵であるか敵でないかは重要だ。圧倒的な強さを誇るリゼルヴィンを敵に回せば、その先には死あるのみだ。


 言われた通りに顔を隠していたフードと仮面を外し、素顔をさらす。この三人の前で身分を隠すことなど無意味だ。現にすぐリゼルヴィンに見抜かれていたではないか。

 髪が短くなっていることに気付いたリゼルヴィンが、驚いた表情をし、その後複雑そうな表情になる。似合わないだろうか、とこの場に相応しくないことを思ったが、似合っていようが似合っていなかろうが今は関係ない。そしてこの先も、エグランティーヌは女であることを捨て、ただ臣下として生きるつもりだ。容姿など、仕事に支障を来さなければどうでもいい。どう思われようが、構うつもりはない。


「エーラ、待っていたよ」


 ニコラスがそう声をかけてくる。反射的に臣下の礼を取りそうになったが、すんでのところでやめる。ニコラスはもう、王ではなくなるのだ。エグランティーヌの手によって退位させるのだ。そんな相手に、礼を取るべきではない。


「――現国王、ニコラス=グランズ=ヴェル=エンジット。民は、あなたの退位を望んでいる」


 少し、声が震えてしまった。ほんの一言二言ですら、口にすることが辛い。


 覚悟したつもりだった。ニコラスを前にしても、絶対に心を乱さないと誓ったはずだった。民のために戦い、国のために兄と対峙し、冷静にその退位を求めると。

 それなのに、いざとなれば心が乱れる。退位させるということはすなわち、処刑――殺すということだ。小規模とはいえ革命と同じようなことをしている。処刑の仕方がどうなろうと、ニコラスを生かしておくことは出来ないだろう。せめてエグランティーヌ自らの手で処刑してやろうと決めていたが、本当にそれでいいのだろうか。血の繋がった、同じ母から生まれた兄を殺してもいいのだろうか。


 ほんの少しだけ、後悔が芽生えた。こんな方法でなくても、ニコラスにその王座を譲らせることは出来たはずだ。アンジェリカを使ってジルヴェンヴォードを殺そうとした、という非人道的とも言える行為に怒り、そのまま動いてしまったが、あのとき冷静に考えられていればきっと大きなリスクを背負って民衆を率いるなんてことはしなかっただろう。もっと他の、懸命な判断が出来た。


 どんなに後悔しても、もう遅い。


 剣を抜き、ニコラスに剣先を向ける。グロリアはリゼルヴィンから目を離すことが出来ず、ニコラスをエグランティーヌから庇えない。

 ニコラスは悲しげに微笑みながら、自らも剣を抜き、エグランティーヌに向けた。


 エグランティーヌは剣でニコラスに勝ったことがない。男女の力の差や、歳、そして学んだ時間の違いもあるだろうが、エグランティーヌはあまり剣のセンスがない。すべてが手本のように滑らかで美しい動きであっても、肝心のセンスがなければある程度上達するとそれ以上は上達しなくなる。シェルナンドの命で武術もある程度修めたが、こればかりはどうにもならなかった。対して、ニコラスは武術に長けている。体を動かすこと自体が好きで、センスも申し分ないからだろう。


 懐かしく思いながら、剣を交わらせた。隣でグロリアとリゼルヴィンが戦い始めるのと、ほぼ同時だった。


 剣と剣がぶつかり合う音に、段々とエグランティーヌは心を落ち着かせていく。ニコラスの次の動きを予測しつつ、こちらからも積極的に攻めていくのを繰り返すと、頭が冴えわたっていく。

 エグランティーヌの頭は使えば使うほど滑らかに働く。戦うことで動かした頭が、必要なことと不要なことを分け、考えるべきことだけを考えられるようになっていった。ニコラスを見て感じた後悔は、不要なものと分別された。


「強くなったね、エーラ。剣も、君自身も」

「王よ、あなたは変わられた。何故あのような政治を行ってきたのです。あれではまるで、国を傾かせるための政治ではありませんか!」

「ああ、やはり、君は気付いてしまったんだね。仕方がなかったんだよ、ああするしか、道はなかった」

「そんなはずはない!」


 後悔に変わっていた怒りが、また湧き上がってくる。仕方がなかった、などと諦めるのは、施政者として最もしてはならないものだ。まして王がそんなことでは、わざとでなくてもいずれこの国は傾き崩れていただろう。

 ニコラスには、困難な問題に立ち向かう直前に諦める癖がある。子供の頃からずっとそうだった。本人もよく理解しているはずだ。エグランティーヌの一番の心配はそこだったが、王となってからのニコラスはその癖を克服出来たのだとばかり思っていた。まさか、最も大切なことを諦め、自分に隠れてあんな政治を行っていたとは。気付けなかった自分が腹立たしい。


「私や他の者に助けを求め、言葉を求めていれば、きっとあのような決定を下さなくても別の方法があったはずです。それをやらずに何が仕方なかった、ですか! 私は今のあなたに負ける気はしません。負けるつもりはありません!」


 エグランティーヌのその言葉に、ニコラスはまた微笑むだけだった。休む間もなく剣をぶつけ合い、息が上がってきているのはお互い様だが、まだニコラスは余裕がありそうだ。

 しかし、負ける気はまったくしない。何故なら、ニコラスが手加減していると、エグランティーヌは知っているからだ。


 ニコラスは王には向いていなかった。王になるには優しすぎた。すべてを救えないと気が済まず、救えないとなれば諦めて最悪の方向に向けて進めてしまう。救いを求める者には手を差し伸べねばならないと考え、どのような悪人にも慈悲をかけてしまう。許してはならないものを、許そうとしてしまう。

 許したくとも、周りがそれを許さない場合がある。そんな場面を見たくないからこそ、ニコラスは、諦めてしまうのだろう。諦めて、他人のせいにして、自らは悪くないのだと思い込もうとするのだ。


 シェルナンドはそれに気付いていたはずだ。何もかもを見通していた父は、ニコラスのそんな甘さを知っていたはずだ。それなのに、何故父はニコラスを王にしたのか。シェルナンドのことだ、何か思惑があってのことだろう。エグランティーヌには決して理解の出来ない思惑を、エグランティーヌはただひたすら信じて進んできた。ニコラスはどこかでシェルナンドの思惑を裏切った。そうでなければ、こんなことにはなっていなかったはすだ。


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