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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
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4-1 愚王

 ニコラスは自らを愚王だと思っている。


 事実、父である先王シェルナンドの治世は素晴らしかったのに比べ、ニコラスの治世は平穏でありながらゆったりと確実に国が傾いていっている。

 ニコラス自身が特別秀でた人間ではないというのもあるが、何よりも、先王が優秀すぎたということが原因だ。先王が優れていればいるほど、その子にかかる期待も大きく、少しの失敗も許されなくなる。


 それを認めているからこそ、ニコラスは自らを愚王だと思っていた。

 だからこそ、だ。ニコラスは出来る限り愚王を演じた。国を急激に傾けることがないよう細心の注意を払いつつ、細々とした失敗を繰り返した。


 今日は朝から重たい雲が空を覆っていたが、正午頃ついに雨が降り始めた。

 そして、ニコラスの耳に入れられた、緊急の報告。

 ついにこの日が来たか、とこの三年、ずっと望んでいた展開に、力のない笑みが浮かぶ。

 思えばこんなことのために力を尽くしてきたことこそが、一番愚かな行為だっただろう。これをエグランティーヌが知ったらどう思うだろうか。愚かだと、救いようがないと、そう蔑んでくれるだろうか。いっそ、そうしてくれた方が、気が楽だ。


 王都の三つの区で、民が武器を持ち、各区に設置された駐屯所に乗り込んだという。所詮は戦いに慣れていない者たちだと油断していたのもあったのだろう、あっという間に制圧されてしまったと、傷だらけで王城までやってきた二人の警察官が報告していた。

 王立騎士団は昨年規模を縮小した。反発はあったが、無理に通しておいてよかった。

 反乱軍を抑えるために人を回し、あえてニコラスの周りを手薄にした。


「おいで、エーラ……。僕はここから動かないよ……」


 一人呟いた言葉は、誰も聞いていない。

 三年の努力が実る。その努力の理由は、誰も理解出来ないものだろう。だが、それでいい。理解されようとなど思っていない。むしろ理解されずにいたいくらいだ。

 愚王と呼ばれる日は遠くない。明日にでも、きっとそう呼ばれるだろう。

 ニコラスはそっと笑った。自身が何のために生きてきたのか、わからなかった。


「まだ何もありませんか、陛下」


 ノックの音と共に扉の向こうからかけられた声は、グロリアのものだった。


「ああ、大丈夫だよ。何もない。君が来てくれたなら、安全だね」


 安全など求めていないが、グロリアの手前、そんなことを言っておく。

 雨に濡れているグロリアは、いつものように顔を隠し、酷い猫背を装っている。彼にその姿を隠させているのはニコラスのせいでもあり、よくここまで付き合ってくれたものだと申し訳なくなる。グロリアが罰せられることがないよう、エグランティーヌによく言っておかなければ。


「アンジェも避難した。ウェルヴィンキンズから来たエルという娘も、避難させておいたよ。君も、危険を感じたらすぐに逃げなさい」

「王を見捨てろとおっしゃるのですか」

「ざっくり言えばね」


 大きくわざとらしい溜め息を吐いたグロリアは、その長く白い髪からぽたぽたと滴る水を絞った。


「俺はあのリゼルヴィンに王を守れと言われてここに戻った。不本意ではあるが、あれに弱みを握られている。王を守れずにいることは許されないんでな。王宮魔導師でもクヴェートでもなく、ただのグロリアとして守ってやる。断るなよ」


 マントを脱ぎ棄て、グロリアは不機嫌そうな顔でそう言った。

 グロリアの魔法の腕はかなりのものだ。グロリアほど頼もしい護衛はなかなかいない。

 素の口調になり、背筋も伸ばしたグロリアに、情けない笑みしか向けられなかった。三年間協力してくれていたグロリアは、何を思ってそんな表情をしているかわかるのだろう。何も言わず、鼻で笑っただけだった。


「リゼルヴィンが動くらしいぞ」

「……それは本当なのか?」


 グロリアの報告ともつかない言葉に、驚きで目を見開いた。

 報告では、三つの区それぞれ百数十人の民が反乱に参加していると考えられるらしい。その先頭に立つのは、仮面で顔を隠した女だと。

 ニコラスはそれがエグランティーヌだと知っている。何せ、そのために三年も働いてきたのだから。

 だが、まさかリゼルヴィンが動くとは思っていなかった。リゼルヴィンの瞳は琥珀色だ。『黒い鳥』ではないと判断されていたではないか。リゼルヴィンはシェルナンドが守ったこの国を、崩壊させようとは考えないはずだ。


「問題はそこではない。リゼルヴィンの首輪がなかった」

「それは……!」


 グロリアが真剣な顔をしてこちらを見る。その話は、最も恐れていたことだった。


「王家の奴隷ではなかったのか? 首輪がないということは、あれの魔力がすべて戻ったということだ。本来の魔力を取り戻したあれが国一つ滅ぼすのに、そう時間はいらない。あれを本気で敵に回しているとすれば、この国は終わりだぞ」


 リゼルヴィンの魔力は、グロリアでは到底敵わない。この国の魔導師は誰一人としてそうだろう。リゼルヴィンは国始まって以来の大天才だ。シェルナンドもその才能に期待し、直々に魔法の指導をしたこともあるという。王立魔法学校に推薦したのもシェルナンドだったと。

 そんなリゼルヴィンに勝つ力を、ニコラスは持たない。今までは契約があったおかげでリゼルヴィンを奴隷としていられたのだ。

 契約を破棄した覚えはない。リゼルヴィンは、元からニコラスと契約を交わしてなどいなかったということか。それとも、契約を上回る力が、リゼルヴィンに作用したか。


 そうこうしているうちにも報告は上がってくる。三区のみだったのが、いつの間にかすべての区の駐屯所が制圧されてしまったという。エグランティーヌだけで、この短期間にそれだけのことを成し遂げられる人数を集められるはずがない。リゼルヴィンが関わっていることが本当だと思い知らされる。

 このままでは、リゼルヴィンが英雄にされかねない。


「……近隣の地域から兵をすぐに王都へ。各地から半数ほど出せばあとは任せると」


 そう、グロリアからリゼルヴィンが動いていると聞いてすぐに命じたが、兵はまだ送られてきていない。多少時間がかかるのはわかる。だが、緊急事態にすぐに駆けつける手段を持つはずの四大貴族が誰一人姿を現さない。異常なこの状況に、誰もがリゼルヴィンを恐怖していた。


 やはり先王陛下には及ばなかったか。


 混乱が広まりつつある中、どこかで冷静な声が聞こえた。シェルナンドを望む声はまだまだ残っていることを思い知らされる。


 すべては先王が悪いのだ。先王シェルナンドが、あれほどに優れた王であったから。

 他人のせいにして、ニコラスは覚悟を決めた。


 すんなりやられてやろうと思っていたが、こうなってしまえば戦うしかない。自らも剣を腰に提げ、グロリアと共に王座の間に待機しておく。

 エグランティーヌが先か、リゼルヴィンが先か。どちらにせよ、ニコラスが負けるのは目に見えていた。


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