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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
19/131

3-7

「ねえ、グロリア、私はとても不思議に思っているの」


 絶え間なく向けられる攻撃を時に避け、時に魔法で打ち消してかわすグロリアに、リゼルヴィンが語りかける。


「あなたの姉は四年前に死んだはずよ。そう公開されたんだもの、きっとそうだわ。なのに、あなたはずっと探している。生きていても、あなたに似て真っ白な容姿よ? すぐに連れ帰られるはずだわ。あなたの家がただの庶民の家だったら違うかもしれないけれど、あなた、私と同等の出身じゃない。それなのに、どうして探し続けているの?」

「家など関係ない! 俺は俺の意志で探している!」

「わかってるわよ。でも、あなた、そろそろ継がなくちゃならないでしょう。いつまでもそう逃げ回っていられるはずがないわ。だってあなた、私と同じ四大貴族の――」

「黙れ!」


 グロリアが怒りにまかせて魔法をぶつける。目にも留まらぬ速さで飛んできた、魔法で創られた剣はリゼルヴィンの右肩に突き刺さり、そのまま右腕が吹き飛んだ。

 あら、と大して驚きもせず、リゼルヴィンは血がぼたぼたと落ちる右肩の傷口に触れる。

 すると、たちまち傷が塞がった。


「……チッ」

「右肩でよかったわ。左は少し痛いもの」


 変わった様子のないリゼルヴィンに、グロリアは更に怒りを膨らませる。

 地面に落ちた剣を拾い上げ、リゼルヴィンは言った。


「右はもうもとからなくて、義手にしていたのよね。どうせ外すつもりだったから、丁度よかった」


 リゼルヴィンが義手だ、という話は一度も聞いたことがなく、グロリアは目を見開いた。

 だが、何があっても手袋を外さなかったことを思い出し、納得する。義手を隠すために、リゼルヴィンは手袋をしていたのだろう。

 片腕をなくしてもにっこりと笑っているリゼルヴィンに、狂気を感じぞっとした。この女はやはり普通の人間とは思えない。誰が言ったのかは覚えていないが、「リゼルヴィンは悪魔の女だ」と言っていた男を思い出す。


「さて、今日は私も忙しくて、あなたとゆっくり遊んでいられないのよね。リズも気になるし。私の友人には会わせないわ。諦めてくれるかしら。……なんて。それで諦めるなら、こんな風に腕を持っていかれないわよね」


 軽く剣を振り、グロリアに向ける。

 グロリアが創った剣だが、リゼルヴィンが触れたその瞬間に、その剣はリゼルヴィンの魔法であると書き換えられたのだろう。消滅させることが出来ず、もう一度剣を創り出した。


「ああ、そうだわ。二つあなたに言いたいことがあったの」


 今にどちらかが飛び掛かろうというときに、リゼルヴィンは思い出した。

 グロリアにはずっと言いたいことがあった。そして、グロリアも知っているはずだが、一度リゼルヴィンの口からも言わなければと思っていたこと。


「あなた、三年前の反乱のとき、全国民に魔法をかけてくれたのよね? 礼を言うわ。とっても感謝してる。あなたの魔法がなければ、私は今頃どうなっていたか。あんな魔法、好きじゃないし、嫌悪すらするけど、あなたの魔法に助けられたことは確かなことよ。ありがとう」

「……無駄な話をするな」

「もう一つ聞いて。この数日、王都で流行っている噂を知っているわよね? あなたでしょう、あれを流したの。じゃなきゃあんな子供でも騙されないような嘘、事実として受け入れているはずがないわ。――今すぐニコラスの元へ行きなさい。ニコラスを守って。エーラが、エグランティーヌがそっちに行くわ。私も、もうすぐそこに行く。ニコラスを殺されたくなかったら守ってやりなさい。エグランティーヌはともかく、私を止められるのは、あなただけよ。こんなところで私に倒されないで。あなたと本気で戦うのが、私の楽しみなのよ」


 行きなさい、と強く言ったリゼルヴィンの声が、有無を言わさない絶対の命令のように聞こえ、グロリアは手にしていた剣を消滅させた。

 実際、リゼルヴィンは言葉に魔力を込めていた。ここで邪魔されては先に進めないのは困る。それに、グロリアに期待しているのも事実だ。まだまだリゼルヴィンには到底かなわないが、それでもグロリアは十分大きな魔力を持っている。他人の精神や脳に影響を与える魔法は、リゼルヴィンが同じことをするより強力だ。リゼルヴィンはせいぜいグロリアがかけた魔法に上書きする程度しか出来ない。


「今回のこれが終われば、彼女を説得してみると約束するわ。決めるのは彼女だけれど、きっと話すと。だから、今は大人しくニコラスを守ってあげなさい」

「……誓えるか」

「ええ。誓うわ。偉大なる黄金の獅子と、私の愛する者に」


 フードを被り直し、グロリアはリゼルヴィンに背を向けて、簡潔に省略した転移の魔法陣をぬかるんだ地面に足で描く。

 リゼルヴィンはその姿を何も言わずに見送った。

 そして、完全にいなくなったのを確認してから、リゼルヴィンは門へ向かった。やけに重く感じる足が上がりきらずに、ずるずると引きずるように歩いてしまう。短時間で魔力を消費しすぎた。まだまだ有り余ってはいるが、これだけの強い魔法を、今日取り戻したばかりの魔力で操るのは予想以上に体力を消費してしまったようだ。


 街に入る前に、深呼吸をして落ち着かせる。魔力を使いこなせるかどうかは、精神力に大きく左右される。心を落ち着かせれば、少しは扱いやすくなるだろう。


「何してんですか、主さま。だから馬鹿みたいに魔法を使うなって言ってんのに」

「あら、リズ、終わったの?」

「もちろん。ちゃんと生かしてはいます。あっちで伸びてますよ」

「あなたって本当に優秀ねえ……」


 態度こそ普段通りだが、リゼルヴィンを支える手つきは優しかった。初めての契約したのがリズでよかったと、改めてリゼルヴィンは思う。

 リゼルヴィンがぼろぼろになったリズの右腕に治癒をしてやると言ったのを「他人の心配してるくらいなら自分の心配をしてください」ときっぱり断り、リズはリゼルヴィンに合わせてゆっくりと歩く。気絶させて放置したままのアルヴァーのところへ近寄り、リゼルヴィンはアルヴァーに触れた。


「やっぱり、魔力は感じられないわ。誰なのかしら、ナイフを持たせたのは」

「誰であろうといいじゃないですか。どーせあの王女サマじゃないんで?」

「王女は三人いるんだから、名前を言ってくれないとわからないわ。……でもたぶん、ジルね。あの子なら、手に入れることも可能だったはず。ニコラスに強請ればなんでも手に入ったはず」

「それだったら、王が直接与えたってこともあるんじゃないんで? いくら妹が強請ったとはいえ、用途不明のナイフ、しかも魔法がかけられたものなんて、与えないでしょう」

「……それもそうね。ニコラスに直接訊くわ」


 話している間にすっかり回復したリゼルヴィンは、リズの手を借りずに立ち上がる。


「アルヴァーはこのままでいいわ。どうせ何も出来ないでしょう。ナイフの魔法も解けたし、大丈夫よ。さあ、屋敷に行きましょう。ジュリアーナがすべてを話したみたいだわ。キャロルは止められなかったようね」


 楽しそうな笑顔になったリゼルヴィンに、リズは溜め息を吐いた。


 義手がなくなっている。


 あえて言わないでいたが、腕がない状態はリゼルヴィンには苦しい状態だろう。リゼルヴィンは片腕でも十分戦えるが、ないよりあった方がいいに決まっている。何より、過去を思い出して心を乱されるのは明らかだ。だから義手をつけてやったのに。

 リゼルヴィンの義手は、リズがつけてやった。義手といっても本物の人間の腕。リズが縫い合わせ、リゼルヴィンが魔法で神経をつなぎ合わせれば、義手であって義手でない。

 そんなことを考えていると、耳につけたピアスから声が聞こえてきた。


「セブリアン? 何かあったのかしら」


 同じものをつけたリゼルヴィンも、聞こえているようだ。

 小さな黒い石のこのピアスは、リゼルヴィンの魔法がかけてある。各班の指揮をする者とリズ、キャロルに配られている。遠く離れた相手とも会話が出来るよう、リゼルヴィンがわざわざこの日のために作ったものだ。リゼルヴィンが話せる状況ではなかったときのために、リズのものはリゼルヴィンと同じ音声が聞こえるようになっている。

 通信してきたのは、一斑を率いているセブリアンだった。


「どうしたの、セブリアン」

『主さまよぉ、これはどういうことだ』


 不機嫌な声が耳元から聞こえている、というのはなんだか慣れない不思議な感覚だったが、リズは黙ってリゼルヴィンとセブリアンの会話を聞く。


『こっちは制圧し終わったが、一人、警察でも軍人でもねえ女がいるんだ』

「一般人なの? 黙らせればいいじゃない」

『いや、それがな……。こいつ、王女に飲ませた毒を作ったのは自分だっつってんだよ。主さまに繋げってうるせえしよ』

「……なにそれ。とりあえず捕まえときなさい。抵抗してるの?」

『いや、大人しすぎるくらいだ。そっち連れてくか?』

「いいえ、今はそんな時間はないわ。後で迎えに行く」


 通信が終わり、リゼルヴィンは首を傾げた。

 てっきり、ミランダの失敗作をニコラスがくすねて使ったのだとばかり思っていたが、作ったのがミランダでないとなるとよくわからない。気絶するだけで吐き気も体調不良もない、なんてミランダくらいしか作れないと思っていた。ミランダが自分が作った薬がどんなものか覚えていないことはいつものことで、疑いもしていなかった。


「また面倒なことが増えたわね……。驚くほど、予想外な出来事が続いて、なかなか進めない」

「あなたの黄金の獅子サマは、詳しくは教えてくれないんですねえ」

「私が出来ることだから、陛下は詳しく言わないのよ。きっとすべてわかっているわ。それに、これくらい私でも対応出来るもの。行きましょう、ジュリアーナが待っているわ」


 相変わらずあの男に関することは前向きな考えになるものだ、と呆れながら、リズはリゼルヴィンの差し出す左手を見る。


「……一段落したら、三分ください。義手つけましょう」


 リズの言葉に、リゼルヴィンは嬉しそうに顔を綻ばせて、ありがとう、と言った。

 リゼルヴィンが笑いながら、転移魔法を発動した。


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