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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
18/131

3-6

 見たくもないのに目を閉じることが出来ない。中央に並べられた二つ、男と女の顔から目が離せない。死んでいても瞼を閉じさせることもされずに、見開かれたままのその顔は、見覚えのありすぎる人のものだった。


「あ……いやぁっ!」


 二人が誰か、気付いたジルヴェンヴォードが絶叫する。

 ジルヴェンヴォードの絶叫を聞きながら、ジュリアーナはとてつもなく嬉しそうに笑った。

 やっとだ、やっと復讐出来る。先のことを考えると、嬉しくなって声を上げて笑ってしまう。腹がねじれるのではと思うほど笑いが止まらない。剣を振り下ろすのはジュリアーナではない。だが、その過程に自分が関わっているというだけで、嬉しくて嬉しくてたまらない。


「ジルヴェンヴォードさま、このコレクションの中に、知り合いなどが?」


 声が震えてしまったのはみっともないと、普段ならばジュリアーナは瞬時に表情を消し笑いを殺すだろうが、今回ばかりは震えてしまって仕方がない。

 笑いで震える声と反対に、恐怖で震える声で、ジルヴェンヴォードが絞り出すように言う。


「お父さま……お母さま……!」


 ジルヴェンヴォードがそう言ったのを確かに聞いたジュリアーナは、それまでの無邪気な笑いを消し、口の端だけをニィ、と吊り上げた。


「言いましたね、第三王女ジルヴェンヴォードさま」


 ふっと優しい目になったジュリアーナが、ジルヴェンヴォードに近寄って、しゃがみ、頭を撫でた。

 あまりに優しいその動作に、ジルヴェンヴォードも少しだけ落ち着きを取り戻し、あろうことかジュリアーナが味方だと思い込んでしまった。こんなところに連れてきた人間が、味方であるはずもないのに。


 ジルヴェンヴォードは、どこまでも無知で、どこまでも愚かだった。


「あなたの父であるはずの男はこの中にいるはずがない」


 その、冷たすぎる声に、ジルヴェンヴォードは絶望を感じる。


「確かにあなたの両親はこの男と女だ。間違いはない。だがな、いるはずがないだろう。あなたは第三王女だ。第三王女であるということは、先王の子であるはずだ。その先王は三年前に死んだ。――ここに、綺麗なままで、死体があるはずないだろう?」


 口調を変えたジュリアーナは、ジルヴェンヴォードの髪を片手で鷲掴みにして、引っ張ってテーブルへと歩く。痛みと恐怖で逃れようともがくジルヴェンヴォードを見もせず、ジュリアーナはもう片方の手で女の生首を引っ掴んだ。


「この女は一番初めにコレクションに加わった女だ。主さまはこの女を探すのに丸一日かかったそうだ。何しろ、あなたの父と違って何も情報がなかったからな。やるよ、あなたの母親だ。主さまもこの女を手元に置く気はないらしい。これらのどれもそうだがな」


 そう言いながら、ジルヴェンヴォードに女の生首を投げて寄越し、男のものも同じようにする。


「こいつはすぐに見つかったそうだ。あんなにも有名にされていたからな。先王と似た容姿の男を探せば、簡単に見つかった。先王には個人的に怨みがあるんでな、私が直々に殺してやったが、期待していたほどすっきりはしなかった。何せ、先王はこいつじゃないからな」

「何を……言っているの……?」


 泣きながら、それでも必死に訊いてきたジルヴェンヴォードに、ジュリアーナはふっと柔らかく笑う。


「つまり、だ。あなたはこの国の王女などではない。あなたは金髪碧眼を持つ、どこにでもいるただの少女だ」

「ちっ、違うわ! どうして、どうしてお父さまがここにあるの!? お父さまは三年前に亡くなったのよ!? 私は出られなかったけれど、お墓に入れられたはずだわ! あなたが、殺しただなんて、無理に決まってるのよ! まさか掘り返したっていうの!? どうしてそんな酷いことを――」

「うるさい!」


 ジルヴェンヴォードを放り投げ、苛立ちを隠さず叫んだジュリアーナに、ジルヴェンヴォードは声を出せなくなった。

 深く呼吸をし、ジュリアーナは冷静を取り戻そうとする。ここまで記憶の書き換えが強かったのかと、呆れを通り越して魔法をかけた魔導師に関心すらする。全国民にかけられたこの魔法は、かなり強いものだ。かけられたことに気付いて解いたリゼルヴィンですら、ジルヴェンヴォードを見て違うと理解していても体が反応してしまうくらいなの。その上ジルヴェンヴォードには、書き換えだけでなく、見た者に先王を思い出させる魔法までかけられている。鏡を見れば本人だって父親を思い出すほどなのだ。


 ジュリアーナは暖炉の上の絵画を覆う布に手をかけた。真っ赤な布は埃を被っているが、手触りからかなり高価なものだとわかる。こんなものを絵画の掛け布にするなど、リゼルヴィンがどれほどこの絵を大切にしているか窺える。

 ジュリアーナはこの絵を切り刻んで燃やしてやりたいほどだが、あの男に心酔しているリゼルヴィンには、この世にたった一枚のあの男の肖像画は何よりもの宝なのだろう。


「この国は三年間、大きな大きな秘密をひた隠しにしてきた。その秘密に、あなたは付き合わされただけなんだ。あなたも被害者の一人だ」


 ばさり、と、出来るだけ自分は見ないようにして、ジュリアーナが布を思い切り引く。


「先王シェルナンドは、あなたのその腕の中の男ではない! もっと卑劣で、凶悪で、この世の悪すべてを具現化したような男だ!」


 その絵に描かれた人物と、目があったような気がした瞬間、ジルヴェンヴォードはすべてを思い出した。


「いっ、いやああああっ!」

「……あなたは、王女などではない。ただの旅商人の、娘だったんだ」


 ジルヴェンヴォードを心底哀れんで、ジュリアーナは呟くように言う。


 国が隠していた秘密。

 それは、国民全員の『先王シェルナンド』の記憶を消し、たまたまエンジットに立ち寄っていた美しい金髪を持つ旅商人が『先王シェルナンド』だと思い込むよう書き換えたこと。

 そしてその旅商人の、父親によく似た娘を、消息不明となっていた『第三王女ジルヴェンヴォード』に仕立て上げた。旅商人一家を、父親は独り身の旅商人、母親はただの金髪の娼婦だと思い込ませ、一人一人違う人生を歩ませる。

 旅商人の娘は、記憶を書き換えられ、病弱でずっと隠されて大切に育てられてきたものだと思い込まされた。

 今はもう国にいない旅商人を先王だと思い込んだ国民は、珍しく表に出てきた旅商人の娘を見て先王によく似た王女だと思い、本物の『先王シェルナンド』を覚えている者などいなくなった。


 三年間、国は国民を騙していた。アンジェリカやエグランティーヌも例外ではない。

 真実を知っていたのは、魔法をはねのけるほどシェルナンドを憎んでいたジュリアーナと、魔法を解くことの出来た強力な魔力を持つリゼルヴィン、本人であるジュリアーナの中に入り込んだシェルナンド、すべてを仕組んだ一部の者だけだった。魔法にかからなかった国民は、賢王を侮辱した犯罪者として誰にも知られず処刑されていた。



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