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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
16/131

3-4

残酷描写あり。ご注意ください。

「リズ! そっち頼むわ!」

「なんだかわかりませんけど、任せてくださいよ!」

「ミランダ、こっちにいらっしゃい。逃げてきたんでしょう」


 震えるミランダの肩を抱き、路地に駆け込む。魔法で身を隠そうかとも考えたが、ミランダは魔法を嫌うためそれは出来ない。

 隠れるために、屋敷に向かうべきか。この街の中では、リゼルヴィンの結界が最も強固な屋敷が一番安全だ。しかし、今屋敷に連れて行ってしまえば、ミランダを巻き込むことになってしまう。

 とにかくミランダを落ち着かせることが先だ、と抱きしめて宥める。ミランダが魔法を嫌ってさえいなければ、精神を安定させる魔法を使えたというのに。


「大丈夫よ、ミランダ、私のところに来たなら敵はいないわ。私が守ってあげるから……」


 言い聞かせても、なかなか震えが止まらない。普段は、落ち着いた性格のミランダがここまで動揺し恐怖しているのを、リゼルヴィンは久し振りに見た。ミランダとは長い付き合いで、何に恐怖しているのか言われなくてもわかっている。


「悪いけど、魔法使わせてもらうわね、ミランダ。あなたのためよ」


 先に謝って、リゼルヴィンは魔法で街の周辺の森に、ミランダの恐怖の対象となる人間がいないか探す。まだ遠いが、確かにミランダを追ってきているその人物に舌打ちをし、まだ震えるミランダの手を引いて走り出した。門の近くであるこの辺りにいれば、すぐに見つかってしまう。

 もうずっと走ってきたため、ミランダの足は縺れ、何度も転びそうになる。その間にも、追手はウェルヴィンキンズに近づいてきていた。それも魔法を使って、だ。


「駄目だわ、このままじゃ……。ミランダ! 文句は後で聞くから、今は許しなさい!」

「やっ、やめっ、やめてくれ、それじゃリゼルも……!」

「私はあんな男と一緒じゃないわ! あんな一族のような酷い魔法じゃない! だから安心して飛ばされなさい!」


 嫌がるミランダを屋敷のリゼルヴィンの部屋に転移させる。部屋中の結界を張り直し、すべての扉の鍵を掛け、ミランダを完全に閉じ込めた。リゼルヴィンにとっては、離れていてもこのくらいの魔法は簡単なものだ。

 敵意をむき出しにしているアルヴァーと、勝手に動き出したジュリアーナ、逃げ込んできたミランダ。まさか突然二人が飛び込んでくるとは予想していなかった。予定が一気に狂っていく。絶対にリゼルヴィンの邪魔はしないジュリアーナのことはこの際考えないこととして、問題はミランダだ。アルヴァーはそろそろリズが決着をつけてくれるが、ミランダの追手はリゼルヴィンが相手するしかないだろう。


 自身も転移し、門のすぐ近くで追手と対峙する。

 追手は、ぱっと現れたリゼルヴィンに驚くこともなくすぐさま攻撃してきた。繰り出された蹴りを魔法で防御し、リゼルヴィンは笑って見せる。


「私の街に何か用かしら、王宮魔導師グロリアさん?」


 黒いフードで顔を隠していたその男は、苛立ちを隠さず舌打ちをする。


「お前なんぞに用はない。そこをどけ」

「私の街だというのに、私に用はないのね。あなたもアルヴァーも酷い人だわ」


 雨は降り続けている。リゼルヴィンは傘もさしていないのに、服も肌も濡れてはいない。常時魔法を使い続けられるほど、膨大な魔力を持っているという証拠だ。

 想定してはいたが、こんなところで足止めを食らっている暇はグロリアにはない。せっかく見つけた人をリゼルヴィンに匿われてしまえば、見つけられる可能性はぐんと下がってしまう。もう、保護されている可能性もあるが。


「あなた、相変わらず人前でも顔を隠すのねえ。失礼だって母親に習わなかったかしらっ!」


 リゼルヴィンが左手を上にあげ、天を指さし、それをグロリアへ向ける。すると見えない何かがグロリアへ向かって発射された。この程度はグロリアにもなんともないのだろう、魔法で防御壁を創り出し防いでみせる。凄まじい勢いでぶつかってくるため、攻撃は防げても強い風は防げず、グロリアのフードが外れてしまう。

 長い白髪が風になびき、鬱陶しそうにグロリアが顔をしかめる。反対に、素顔が見れたリゼルヴィンは口元に弧を描いた。


「やっぱり、そっくりだわ、グロリア」

「さっさと姉の居場所を教えろ」

「友人を売るような真似は出来ないわ、例え弟が相手でも」


 攻撃をやめ余裕の表情のリゼルヴィンに、苛立ちで歯を食いしばるグロリア。その目にはミランダでなくても怯えるような激しい怒りが燃えている。

 その白い髪が、よくよく見れば似た顔つきがミランダと重なり、二人がきょうだいであることを証明していた。





 ジュリアーナはリゼルヴィンを屋敷の玄関で見送った後、自室で鏡の前に立っていた。

 その鏡に映るジュリアーナの姿はぼんやりとおぼろげで、霧がかかっているようだ。


「……クソが。私に寄生するしか生きられないただのクソがっ! 貴様などが我が主を苦しませるなどっ!」


 感情に任せ鏡を殴る。ジュリアーナが触れた先から、鏡は眩い光を放っていく。

 光が収まり、澄んだ鏡に映ったのは、ジュリアーナではなかった。


「あれが勝手に苦しんでいるだけだろう。余がおらずとも、あれの不幸は変わらん」


 鏡の向こうに現れた男を、ジュリアーナは憎しみで満ちた目で睨みつける。


「貴様がいなければ主さまは自由になれた! 貴様が私の中に入らなければ! 貴様がさっさと死んでいれば!」

「そう気を荒立てるな。見苦しいぞ」

「……っ! 黙れっ!」


 もう一度鏡を殴っても、男はジュリアーナを見下して笑っていた。

 ジュリアーナはこの男が嫌いだ。リズよりも、王族よりも、何よりも嫌いだ。憎くて憎くて仕方がない。出来ることならば、自らの手で殺したいほどに。

 それが出来ないのはリゼルヴィンに許されていないからであり、この男がジュリアーナの中に存在しているからだ。いわば、ジュリアーナの別人格のようなもの。ただしそんな思い込みとも取れる存在ではなく、この男がジュリアーナと入れ替わればジュリアーナの体は、鏡に映ったこの男の容姿そのものになる。


 この男――シェルナンドが、死の間際にジュリアーナの中に入り込んだせいで。


「貴様が半端に魔法を使えたがゆえに! 私も! 主さまも! すべての悪は貴様のせいだ!」

「魔法とは便利なものよな。余が生き長らえておるのも、魔法があったからに他ならん」

「死ね、死んでしまえ! 貴様の魔力など主さまに吸収されてしまえ!」

「ハッ、あれがそのようなことを出来るはずがなかろう」


 普段の面影もなく、ジュリアーナは叫ぶ。

 シェルナンドさえ死んでいれば、リゼルヴィンは今、こんなにも苦しんでいなかっただろう。自身の苦しみに気付かないリゼルヴィンは、自分は苦しんでなどいないと、きっと否定する。だが、もうジュリアーナの方が限界だ。シェルナンドへの怒りを抑えることが出来ない。ただ付き従うことしか出来ない自分への怒りが、抑えられない。

 しかし、もはや同一の存在となってしまったシェルナンドを、ジュリアーナが殺すことも、出来ない。

 シェルナンドのことだ、ジュリアーナが死んだとしても、また新たな依り代を探すだろう。エグランティーヌか、アンジェリカか。どちらにせよ、そうなってしまえばリゼルヴィンは解放されたとは言えない。


「苦悩するのは勝手だ。だがな、ジュリアーナよ。今はそのようなことを考えている暇はなかろう。あれを想うのなら、今、あれが最も求めている動きをすることだ」

「わかっている! 貴様に言われずとも!」

「まったく、誰に似たのだろうな、この女は。あれと共にいれば、少なくとも言葉が穢れることはなかったはずだというに」


 ジュリアーナにもわかっている。今日という日に何をすべきなのか。

 わかっていても、ジュリアーナはどうしても動けない。ジュリアーナとしてはリゼルヴィンと共に王城に攻め込みたいところだが、リゼルヴィンはそれを許さない。望んではいないが、ジュリアーナは重要な立ち位置にいるのだ。間違って死んでもいいが、どうせなら死なない方がいい。


「力を貸してやろうではないか、ジュリアーナよ」

「誰が、誰が貴様の力など!」

「貴様の体を借りる身の余にも、あれに貸す力はある。だが、ジュリアーナよ、貴様はそれほどの力ももっておらん。余はあれの起こす結末をこの目で見れんのが残念でならん。ジュリアーナよ、貴様にとってもいい話ではないか? 愚かな貴様にも、それくらいの判断は出来よう」


 目を寄越せ、とシェルナンドが言う。


「貴様の体の一部をもとに、分離することが出来る。余は独立した存在となり、貴様も貴様で好きに動ける。何も両目とは言わん。どちらか一つの目で事足りる」

「誰がそんなことを許すかっ!」

「ほう、目を抉るのが怖いか。余と分離出来れば、微弱とはいえ貴様は余に抑えつけられた魔力を取り戻すことが出来る。いくら貴様とて、体術だけであれの手助けになれるとは思ってなかろう。余の魔力も分けてやる。どうだ、この余がここまで言っておるのだ」

「……クソがっ」


 迷わないわけがなかった。ジュリアーナはシェルナンドが言う通り、無力だ。化け物のように戦闘力の高いこの街で、ジュリアーナは弱者の位置にある。

 だが、持っていないに等しいほど少ない魔力さえあれば、体を強化するくらいの魔法は使える。シェルナンドが中に入ってきた際に抑えつけられ、数年使っていないとはいえ、感覚が覚えているだろう。その上、シェルナンドの魔力を分けてくれるときた。この男のことだ、完全に信用は出来ないが、リゼルヴィンほどではないとはいえ、生涯国中を騙しきった魔力があれば、ジュリアーナもそれなりに力をつけることが可能だ。


 どうすべきか。長く悩む時間はない。


 意を決して、ジュリアーナは右目を自ら抉り取った。激しい痛みに、指に力が入らなくなりそうなところを必死で抉る。痛みはあるが、怖くはない。これでリゼルヴィンの力になれるなら、眼球の一つや二つ、安いものだ。

 ボタボタとジュリアーナの目から零れる血を、シェルナンドは滑稽なものを見たように笑う。同時に、ジュリアーナを見直した。なかなか覚悟の出来る奴だ、と。


「これで、これでいいんだろう! さっさと私の中から出ろ!」


 鏡に向かって自らの眼球を突き出すジュリアーナに、シェルナンドも自らの右目に手をやる。

 平然と、まるでそれが当たり前の行為だとでも言うように、右目を抉った。血が流れているというのに、痛みすら感じていないのかと思うほど、その笑みは崩れない。


「貴様は余の眼球を入れるが良い。余から逃げられると思っているならば、それは愚かな考えだ」


 鏡の中から、眼球を持ったシェルナンドの手が伸びてくる。ジュリアーナから受け取り、そして自らの眼球を持たせた。


「『汝、眼球をもって、我が身を現世に介入させるべし。我、眼球をもって、汝に魔力を分け与えん』」


 ジュリアーナの眼球を、自身のそれがあった場所にはめ込みながら、シェルナンドが呪文を唱える。

 そのとき、シェルナンドが映し出されたときよりはるかに眩い光が放たれ、鏡が砕け散った。


 痛みにふらつく足にぐっと力を入れ、体が再生される前に、ジュリアーナもシェルナンドの眼球を押し込んだ。

 はめたシェルナンドの眼球から、ジュリアーナに魔力が流れ込むのを感じる。体内で何かが暴れまわるような感覚に、ジュリアーナは獣のような叫び声をあげた。


「見苦しいぞ、ジュリアーナよ。その程度、余の魔力の三分の一もないぞ」


 背後から、実体化したシェルナンドがジュリアーナの首に手を回し、ぐっと締め上げる。

 その苦しさに我に返ったジュリアーナは、たった今手にした魔力でシェルナンドの手を燃やそうと試みる。が、シェルナンドにそれは通じない。


「せいぜい使いこなすことだな。ぐれぐれも、余の力を借りていることを忘れるでないぞ」

「貴様など、すべて終われば、殺してやる……!」

「出来るものならやってみるが良い。貴様がそれを使いこなせたのならば、全力で潰してやろう」


 咳き込むジュリアーナを、シェルナンドは鼻で笑った。


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