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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
11/131

2-7

 玄関で出迎えたのはジュリアーナだった。リズを嫌っているらしいジュリアーナは、いつもの無表情ではなくあからさまに嫌な顔をしたが、気にせずリゼルヴィンの居場所を尋ねる。リゼルヴィンから話を聞かされていたのか、担がれた頭のない女を見て、小さく頷いて屋敷の奥へ歩く。ついて来い、という意味と受け取って、その背中を追った。


 リゼルヴィンの自室の前にたどり着いてから、主さまはお仕事をされています、とぼそりと呟くように言われる。いつもははきはきと話すジュリアーナだが、リズの前では極端に小さな声になる。

 立ち去るジュリアーナに礼を言い、女の死体を担ぎなおしてノックする。少し間が空いて、どうぞ、と返事が来た。


「そろそろだとは思っていたわ。いつもいつも、本当に仕事が早いのね」

「半分趣味ですから。主さまも、よくそんなに仕事をしますね。あなたが何もしていない日を、ワタシは死ぬまでに一度は見てみたいですよ」

「そう簡単に死なないような根性してるくせに、死ぬまでに、だなんて。随分時間があるわね。それまでにたくさん仕事が出来ちゃうわ」

「もう馬車馬のように働いて過労死してくださいよ、本当に」

「あら、素敵な死に方ね。悪いけれど、もう少し待っていて。これを読み終わってから」


 仕事の資料から目を離さずにそんな会話をして、リゼルヴィンはくすりと笑った。リゼルヴィンの机には沢山の資料が置かれていたが、きちんと整理されている。

 言われた通りに待っていると、思ったより早くにリゼルヴィンが顔を上げた。うっすらと笑みを浮かべるその顔には、ほんの少しの疲労すら浮かんでおらず、どれだけ仕事が好きなんだとリズは呆れてしまった。きっとこの様子と、昨日もあまり寝ていないのだろう。まだ太陽が顔を出してそんなに時間がたっていない。ウェルヴィンキンズの住人でなくても、起きている人間は少ないだろうという早い時間だ。そんな早い時間から働いているとき、リゼルヴィンは寝ずに働き続けている。


「頭はね、そのままくっつけずにいようと思うの」

「てっきりそのつもりで頭を持たせずに帰らせたのだと思っていましたよ」

「くっつけてもらおうと思ってたのよ? 今日、今、ここで。でもね、生首が置かれていたら、恐ろしいとは思わない?」

「思いませんね。見慣れていますから」

「あなたならそう言うと思ったわ。普通の人の場合よ」

「普通じゃないもんでなんとも」


 くすくす笑いながら、立ち上がって棚に置いてあった女の頭を手に取るリゼルヴィン。そろそろ肩が痛くなってきたリズは、リゼルヴィンの机に凭れかけさせて、死体を置いた。

 首から上のない死体というのは、なかなか美しいと、リズは思う。

 もちろん、ぶくぶく太った体やがりがりに痩せすぎた体は美しくない。だがこの女は、体が商売道具の娼婦ということもあって、太りすぎず痩せすぎず、丁度いい体つきをしている。


 リゼルヴィンは女の頭を抱いて、馬車でリズがそうしたように、くるくると髪を指に絡めて、何が楽しいのか微笑んでいる。


「予想以上、なのよね。今回の件は何もかも。予想以上にわからなくて、予想以上に驚いて、予想以上に面白いの。そうは思わない?」


 女の頭に微笑みかけながら、リゼルヴィンは言う。それはその女に言っているのか、リズに言っているのか、どちらとも取れて、どちらとも取れない言い方に、リズは溜め息だけを返した。

 これから大きなことを始めると、リゼルヴィンはリズを見ずに告げた。あからさまではないものの、はしゃいでいるのがよくわかる。


「この女はね、記念すべき最初の被害者なのよ。これからたくさん死ぬわ。国が揺らぐわ。それを起こすのは、私であって、私ではないの。楽しみね、リズ。あなたも手伝ってね」

「主さまのやりたいことのために、街を巻き込むと?」

「嫌だわ、そんなことしないわよ。やりたい人だけ」


 やりたい人なんて、この街の住人がやりたいに決まっているじゃないか。溜め息を吐いて、はしゃぐリゼルヴィンにリズは忠告する。


「四大貴族という大変な立場にいることを忘れないでくださいよ。街がなくなったらワタシが困る。他の住人もです」

「知っているわよ、そんなこと。この私がそれくらいのことにも頭が回らないと思っているの? 心外だわ」

「わかっているならいいです。――ワタシとの契約もあります。せいぜい楽しませてくださいよ、あなたが死んででも」


 リズの言葉に、リゼルヴィンは肩をすくめた。この男は、よく仕えてくれているようで、常にリゼルヴィンを値踏みしているような目で見るのだ。

 女の頭に飽きたのか、脇に抱えて、リズに女の体を持ってくるように言う。


「まだジルは起きてないわ。運ぶなら今よ。地下に持っていきましょう」


 口角を上げたリゼルヴィンに、リズは女の体を持ち上げようとした体勢のまま、目を見開く。

 リゼルヴィンがするような笑みではなかった。人間味のあるリゼルヴィンの演技じみた笑みではなく、心の根から悪を楽しんでいる、そんな笑みだった。


「……あなたは誰です」


 疑問符をつけずにそう問うと、リゼルヴィンもまた目を見開いて驚いた表情になる。

 しかし、すぐにまた悪い笑みを浮かべて、返す。


「私はリゼルヴィンよ。優秀な魔法使いであり、王家の奴隷であり、子爵家の当主であり、何よりもまず――黒い鳥である、リゼルヴィンというただの女よ」


 その返しに、自嘲じみたものを感じて、リゼルヴィン本人であることが認められ、リズはほっと胸を撫で下ろす。笑みは気になるが、この返しはリゼルヴィンそのものだ。

 大きな劣等感と深い他者への嫉妬を抱え、それを自覚している人間のそれ。

 常に自己嫌悪している人間の方が、行動が面白い。リゼルヴィンはその半生のせいか、あまりに捻くれた性格をしていた。狂っているとも言える。


 リズは、そんなリゼルヴィンが好きなのだ。自分を楽しませてくれる、生きた人形として。


 何もリゼルヴィンを操ろうなどとは思っていない。操ってしまえば結末もわかってしまう。そんなことになってしまったら面白くない。あくまで、劇を見ているような。リズにとってリゼルヴィンの半生はこれ以上なく面白く、まるで滑稽な悲劇のようだ。それは確かに不幸なのに、主人公であるリゼルヴィンは、不幸だとは少しも思っていない。そこが面白いのだ。不幸だとは思っていないから、不幸を避けようともしない。


 いつまでも見続けていたい。この笑いの止まらない悲劇の結末を、そのすぐ近くで見たい。

 そんな理由で、リズはリゼルヴィンと契約を交わした。そして、ずっと傍にいる。

 リゼルヴィンが笑っているときも、怒りを感じているときも、悲しみに涙を流しているときも、ずっと。


 もはやリゼルヴィンのすべてを知っている、と言っても過言ではない。いつの間にか、リゼルヴィンが何を思い、何を感じ、何を考えるか予想することは簡単になっていた。だが、リゼルヴィンはいつも、リズの予想をはるかに超えた行動を起こす。


「本当に、面白い」

「ええ、そうね。面白いわね。何が面白いのかはわからないけれど」


 思わず口に出してしまった言葉に、リゼルヴィンは何も聞かず頷く。きっとリズがリゼルヴィンのことを考えているのだろうと、わかったのだろう。いくらリゼルヴィンが他人の心を読むことに恐ろしく鈍感だとはいえ、三年一緒にいれば流石に、互いに何を考えているかわかるようにもなる。


 地下は一見、地上と何ら変わりのない部屋が続いている。ただし、あえて灯りを置いていないため、昼でも薄暗い。ロウソク一本の灯りだけ持って、こつりこつりとやけに足音の響く廊下を奥に進む。

 さほど広くはない地下、すぐに突き当たりの部屋に辿り着く。地下に降りた階段から、まっすぐに進んだその部屋は、他の部屋とは違い両開きの大きな扉になっている。ちょうど、ジルヴェンヴォードが泊まっている部屋と同じような造り。つまりそれだけ金をかけている部屋だ。


 リゼルヴィンは脇に抱えていた女の頭をリズに渡し、壁に灯りを掛け置いて、その扉を開け放った。


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