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  作者: 小林マコト
第一部 愚王 
10/131

2-6

 首を絞めて、息が止まったのを確認してから肢体をばらばらにするのが好きだ。せっかく綺麗な体で死ねたというのに、死んだ後に切り刻まれるなんて、と思うとぞくぞくする。そしてそのばらばらの死体を、自らの手で元に戻すのはもっと好きだ。

 リズは足元に転がった、見るも無残な姿になった女の死体を見下ろして、そんなことを思う。


「……ああ、切るなって言われてるんだった」


 主と呼ぶリゼルヴィンからこの女を殺してくれと頼まれ、久々に殺せると喜んで街を出てきたものの、死体はそのまま持って来いと言われていた。窒息させて切って元に戻す、という流れが体に染みついていて、そのことを忘れていた。


「まあ、元に戻せば許されるか」


 呟いて、顔についてしまった返り血を拭う。服が汚れてしまったことに嫌な気分になりつつ、どうせ捨てるからと気にしないようにして、慣れた動作でばらばらになった女の体を拾い集めた。

 女一人を抱えて歩くのはリズにとって、難しいことではない。ウェルヴィンキンズに住む前は、殺した人間をいつも抱えて歩いていた。衝動的に殺してしまうものだから、鞄も何も持っていなかったのだ。だから、どう持てば落とさずに歩けるかは心得ている。


 王都はウェルヴィンキンズと比べると、灯りが少ない。筋道に入ってしまえばなおさらだ。

 灯りがないということは、犯罪が多発するということである。夜の闇に紛れれば悪さをしても見つかりづらい。リズはそのことをよく知っている。リゼルヴィンも、よく知っている。だからこそ、ウェルヴィンキンズには灯りが溢れている。あの街が暗かったら何が起こるか予想も出来ない。


「主さまも非道なことを言う。平凡な、どこにでもいる娼婦を殺せだなど」

「元通り魔殺人犯が非道なんて言葉を使うのですか? 笑えますねえ」

「うるせえ黙れ、ギルグッド」

「おお、怖い怖い。本当、あなたは主さま以外には口が悪すぎますよ」

「てめえが嫌いなだけだ」


 しばらく歩いたところに迎えの馬車が来ていた。乗ってきた馬車が帰ってしまったため、まさか歩いて帰らされるのではと心配していたが、リゼルヴィンはちゃんと気遣ってくれていたようだ。

 しかしその迎えの馬車の御者台に座っている男が、嫌がらせとしか思えなかった。

 ギルグッドと呼ばれた肩までの長さのぎらぎらした金髪の男は、リズの言葉に、にこりと笑った。今夜の身なりこそ薄汚れた格好をしているが、見た目は美青年という表現がよく合う男なのだ、ギルグッドは。リズの苛立ちが増す。


「そういうとこが嫌いなんだ」

「嫌いでいいですよ、あなたに好かれても得することも損することもありませんから。強いて言うなら、あなたのような通り魔と一緒にいると、女性が寄って来なくなりますからね」

「てめえも犯罪者だろうが、騎士警察大量殺人犯」

「褒め言葉ですよ、それ」


 舌打ちをしつつ、馬車に乗り込む。抱えていた女の死体を雑に置いて、頭だけを自らの隣に置いた。

 ギルグッドは何も言わずに、馬車をゆっくりと走らせる。

 殺した女の髪をくるくる指に絡めて、無表情で前を向いたまま遊ぶリズは、客観的に見れば異常でしかない。だが、ウェルヴィンキンズの住人というのはこんなものだ。『狂った者たち』なんて名前の街だ、住人が狂っていないわけがない。


 リズもギルグッドも例にもれず、一般的な考えを持つ者から見れば狂っている人間だ。リズは三年前に世間を騒がせた猟奇的連続殺人犯で、ギルグッドは一年半前の騎士や警察が百人あまり殺された事件の犯人。

 貴族を罰するリゼルヴィン家は、王の命令さえあれば例外として難事件の解決に手を貸すことがある。リズのときもギルグッドのときも、王ニコラスに命じられて捜査に参加していた。


 それが、出会いだった。


 リズもギルグッドも、リゼルヴィンに「私の街に住まないか」と誘われたのがウェルヴィンキンズに移り住んだ理由だった。絶対に捕まらない自信はあったが、人を殺せなくなってもいいと思える程の面白いことが、ウェルヴィンキンズにはあると何故だか確信出来たのだ。リゼルヴィンが何か起こしてくれる、と。


 馬車はゆっくりと進む。誰にも見つからずに、見つかっても見ていないふりをされて、ウェルヴィンキンズを目指す。

 女の頭を持ち上げて、顔をまじまじと観察してみたり、目を閉じさせてやったりして、リズは退屈を紛らわせていた。早く店に帰って、このばらばらになった死体を元の形に戻してやりたくてうずうずする。道具を持ってこればよかった、と後悔した。


「あんたは、なんで殺されなきゃなんなかったんですかね」


 リズは答えるはずもない女に問う。どう見てもどこにでもいる女だ。何か悪いことをしたような人間にも見えない。

 リゼルヴィンに頼まれたのを二つ返事で引き受けたのはいいが、肝心の殺す理由は聞いていない。聞く気もないし、毎回聞いていなかったが、今回は何故か理由が気になった。大体予想は出来ているが、やはりリゼルヴィン本人から聞いてみたい。そうは思うも、どうせ訊いたりしないのだが。


 静かで暗い王都とは反対に、賑やかさに包まれた明るいウェルヴィンキンズに着いたリズとギルグッドの二人は、門をくぐってそのままリゼルヴィンの屋敷へと向かった。昼間は王城へ行っていたらしいが、リゼルヴィンのことだから眠りもせず起きているのだろう。眠っている可能性はないものとして考えていた。

 予想通り、リゼルヴィンは玄関で出迎えてくれた。昨夜も今日の昼間も起きていて大丈夫なのかと心配することはない。元々リゼルヴィンは睡眠時間の短い方なのだ。


「あらー、すごい返り血ね。お疲れさま」

「これが頼まれた女です。ばらしてしまったので繋ぎ合せなければなりませんが」

「それならいいわ、と言いたいところだけれど、リズ、あなたは縫いたいのよね。いいわよ、元に戻すところまでお願いするわ」


 驚くこともなく、怖がることもなく、リゼルヴィンはリズを労った。リズもリゼルヴィンには敬語だ。

 リズが抱えていた女の頭だけはリゼルヴィンが受け取り、あとはリズが持ち帰って直してくることになった。


「キャロル、あなたもありがとう。お仕事お休みだったのにごめんなさいね」

「いえいえ、主さまのためならばいくらでも」


 ギルグッドにも礼を言うリゼルヴィンは誰の目にも上機嫌だ。女の頭を落とさないよう大切に抱え微笑む姿は、どこかの画家が描きそうな、まさに悪の魔女といった風貌だった。

 リゼルヴィンと別れ、馬車を戻しに行ったギルグッドに意味のない文句を言って、帰路につく。人通りの多い大通りに面した裁縫店兼住居に向かうと、何人もの住人とすれ違ったが、返り血を隠そうともしないリズに皆少し目をやるだけで、悲鳴を上げられることも怖がられることもなかった。むしろ、お疲れ、と声をかけられるくらいだった。リゼルヴィンの頼みだったのだと、この街の住人は自然に思うようになっている。


 店に入ると、すぐに抱えていた女の死体を机に並べる。出来るだけ早く繋ぎ合せねばならない、と手際よく道具を準備する。着替えることもせず、普通の縫い物用の小さな針でなく、大きく少し太い、人体用にリズ自ら作った針と、同じく人体用にリズ自ら探した糸で、ばらばらになった女の死体を繋ぎ合せていく。時間をかけて、じっくりと。

 すべてを繋ぎ終わった頃には朝日が昇っていた。通りで眠たいわけだ、と完成した女の死体を椅子にバランスよく座らせて朝食を取り、風呂に入った。リズは他の国に行ったことがないので知らないが、エンジットには入浴の習慣がある。聞くところによると、滅多に入浴しない国もあるそうで、風呂好きなリズは絶対にそんな国には行かないと心に決めいていた。


 一昨日は昼間にリゼルヴィンに起こされてしっかりと眠れず、その夜も街の会議のおかげで休憩すら出来なかった。昨日も朝から昨日出来なかった裁縫店としての仕事を片付けて、夜はリゼルヴィンから頼まれた殺しの仕事。いくら死体を元に戻すのが好きだからといって、ここまで睡眠がとれていないと流石にきつい。朝を迎えたときには絶望すら感じた。


 入浴したことで少しは目が覚めたが、やはりまだ眠たい。継ぎ目の目立たない、見事に直された頭のない女の死体を肩に担いで、欠伸をしながらリゼルヴィンの屋敷へ向かった。



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