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The EARTH n  作者: 魔猿
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追放の章 3 「追放者の肖像-2」

新人研修を終えて配属された部署で、俺は慣れないデスクワークに難儀していた。

10年以上肉体労働しかしてこなかった俺に、細かい数字を取り扱い、大量の書類を作成する事は困難を極めた。

上司からの度重なる叱責。自分の無能さ故の連日の残業。

自分が周りの足を引っ張っていること、存在が浮き始めている事を自覚していた。

閉塞感や屈辱感に俺は早くも腐り始めていた。



ある週末の夜だった。

残業を終え、一人寮への帰り道を歩いていた俺は女の悲鳴を聞いた。

声のする方へ走って行くと、3人組の男が一人の女を廃屋に引き擦り込もうとしていた。

長く続く不況やテロといった社会不安、中台・中朝紛争などの戦乱による不法入国者の大量流入により日本の治安は極度に悪化していた。

この手の事件は日常茶飯事といえた。


俺は男達に「離してやれ」と言ったが、どうやら言葉が通じないようだ。

男の一人が転がっていた角材で殴りかかってきた。

俺は前に踏み込んで左前腕で角材を受けた。

20年に渡って打ち鍛えられた手足や体躯に並みの打撃が通じるはずもない。

角材はヘシ折れた。

俺はそのまま左手で男の肩を掴み、右の掌底で顎をカチ上げながら男の両足を鋭く刈った。

男は後頭部から地面に落ち「ごん」と言う音と共に動かなくなった。


もう一人の男が右手でナイフを突き出してきた。

俺はスナップを効かせて爪先で男の手首を蹴った。

ナイフは吹っ飛び、靴の固い爪先で蹴られた手首の骨には皹くらいは入ったのであろうか?

男は手首を掴んでうずくまった。俺は男の喉に爪先で蹴りを入れた。


3人目の男が女の持ち物であろう、金属製の杖を上段から振りかぶってきた。

杖は俺の左肩を打ったが、俺が前に出た為に手元近くが当っただけでダメージは全くなかった。

俺は男の後頭部に両手を組んで掛け、引き付けると同時に顔面に3発、4発と頭突きを入れた。そして、男の喉仏を掴むと力一杯に握った。

酷く無慈悲な攻撃だったが、「攻める時は息の根を止めるまで徹底的にやれ」というのがジイさんの教えだったし、武器を持った相手に加減の必要はない。

中途半端にやれば、後日隙を狙われる可能性がある。

男達はピクリとも動かなくなっていた。


俺は女に「大丈夫ですか?」と声を掛けた。

女は酷く怯えた様子だったが、街灯の光で俺の顔を見ると「あっ」と声を上げた。

俺にも見覚えのある顔だった。

同じ部署で働く同僚の女だった。


「新城さん・・・ありがとう」

「いや、大丈夫ですか?ええーっと」

「・・・配属されて何週間になるの?同僚の名前くらいちゃんと覚えなさい。響子。高野響子よ」

「すみません」

「ううん。・・・助けてくれてありがとう。新城君が来てくれなかったら私・・・」

「こんな時間に一人でどうしたんですか?この辺も深夜に女性が一人で歩くには物騒だ」

「・・・職場のみんなとね。・・・ごめんなさい」

「いや、俺、回りから浮いてるの判っているし、誘ってもらっても付き合わないと思うから・・・気にしないで下さい」

「わたしもこんな体だし、女の子達の中では浮いちゃってるから新城君と同類ね」

「そんなこと無いですよ」

そう言って視線を移すと、響子の右足は妙な角度で折れ曲がっていた。

「高野さん、本当に怪我とか大丈夫ですか?」

「ええ、でも、杖は折れちゃったし、義足も壊れちゃったみたい・・・それより、新城君こそ怪我はないの?大丈夫?」

「俺の方は大丈夫。それより、こいつらが目を覚ますよ厄介だし、人に見られても面倒だ。家は近いんですか?送りますよ」

「そうね。肩を貸していただけるかしら?」

「いいですよ。でも、こっちの方が早いですよ。少し我慢して下さいね」

そう言うと俺は響子を抱え上げた。


5分ほど歩くと響子のアパートに着いた。

1階の一番奥のドアの前で響子を下ろし「それじゃあ、おやすみなさい」と言うと、

響子は「待ちなさいよ。お茶くらい飲んでいってよ。それに、上着のボタンが取れそう。付けてあげるから中に入りなさい」と言った。


正直、俺の心臓は3人の暴漢と戦っている時よりも激しく鼓動していた。

形は何であれ、これほど長い時間、女の体に触れていたことはなかったからだ。

多分、俺の顔はかなり赤くなっていたと思う。

この場から逃げ去りたい気分だったが、俺は響子の言葉に従った。


食卓の椅子に腰掛け、響子の淹れてくれたお茶を啜りながら俺は落ち着きなく部屋の中を見回していた。

車椅子に腰掛けた響子が俺の正面に着いた。

職場での響子は、仕事は出来るけれどもどこか取っ付き難い印象の女だった。

それが、髪を下ろし眼鏡を外しただけで柔らかい印象にガラリと変っていた。

「新城君って、強いのね。ふだん課長に叱られてる姿からは想像もつかなかったわ」

「・・・」

「新城君も『特例組』だったわね?」

特例組・・・テロ被災者支援特別措置法により優先雇用された社員をそれ以外の通常枠で雇用された一般社員や古参の社員はそう呼んだ。言外に「役立たず」とか「お荷物」という意味を込めて。

事実、テロ被災者支援特別措置法による認定被災者を雇用する事によって得られる税法上の優遇措置、様々な名目による補助金目当てに雇用する企業も少なくなかった。

特例組と面と向かって言われる事には正直、反感を覚えずには居られなかった。

しかし、そう言う響子も『特例組』であった。ただし、響子に向けられるこの言葉は嫉妬や羨望の裏返しであったが・・・響子がその晩、同僚との飲み会を中座して一人で帰ってきたのは酒に酔った同僚の心無い言葉に居たたまれなくなってのことだった。

「新城君も色々と不慣れで大変だと思うし、辛い事や悔しい事もたくさんあると思うけど、職場での新城君の態度、良くないと思う・・・」

響子の話はかなり長くなった。耳の痛い話にうんざりもしたが、彼女の熱意が伝わってきて俺の胸は熱くなった。俺のために親身になってくれる者が現れたのは全てを失ったあの日以来はじめてだったからだ。

「・・・という訳だから、困った事や判らないことがあったら私に言いなさい。わかったわね?」

「はい・・・」


この日を境に響子は何かと俺に声を掛け、世話を焼いてくれるようになった。

響子のお陰で、俺は人並みに仕事をこなせるようになり、徐々に職場に溶け込んで行く事が出来た。




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