プロローグ
幼い頃、私は夜空を見上げるのが大好きだった。
父は時々、小さな天体望遠鏡を持って、私たち兄弟を近くの丘へと連れて行ってくれた。
星々の世界は幼い私を魅了した。
宵の明星、天の川・・・季節毎に変わる星座たち。
中でも、白く輝く月に私の心は奪われた。
うつくしい地球の伴侶。
寝る時間を過ぎても子供部屋の窓から私は月を見つめ続けたものだ。
時を忘れて夜空を見上げる私に、母が「もう寝なさい」と声をかけ、私が寝つくまでベッドの横から私の頬に手を当ててくれた。
母の体からはいつもいい匂いがした。
母の温もりと匂いに包まれて、いつの間にか私は眠りに落ちていった。
大人になった私は、夜空を見上げる事などなくなっていた。
父も母も既に亡く、兄弟は別れ別れになっていた。
幼い日の優しい思い出も遠い過去のものとなっていた。
ある日、日々の生活に疲れた私が溜め息と共に見上げた夜空は、幼い頃に見たものとは大きく変わってしまっていた。
私が愛して止まなかったあの月は、白い裸身を鮮血で染め上げたかのように赤く不気味に輝いていた。
そして、わが地球の伴侶たる月を大小さまざまな青い光点が取り巻いていた。
最も大きな光点、月ほどもある青い円盤を注視した私は驚愕した。
その姿は正に地球そのものだったのだ!
愕然とする私の中で何かが目覚めた。
そして、あの「声」が私に初めて語りかけたのだ。