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錦秋名古屋顔見世・夜の部(前編)

こんにちは。別媒体から転載なので、少しつながりの悪いところもあるかもしれませんが、中心はとらえているので、よろしくお願いします。また公演は終わってしまいましたが、余韻を味わって下さい。(・・;)

歌日記を再開した。次はカンゲキ!日記である。


父親が亡くなったあともチケットがとってある歌舞伎、コンサート、お芝居などに出かけた。そういうことは許せんと言う人には言い訳もない。


しかし、自分としては父親と一体化して、父親に自分が好きな世界を見せているような気持ちだった。



そして今月は名古屋で年一回になった歌舞伎の公演に出かけた。(今年はたまたま二回あったが)

まず一人で夜、昼、全部通して観た。そして、今日、母親と昼の部を観た。


今年の名古屋の秋の歌舞伎は中村吉右衛門一座、播磨屋一門だった。


夜の部は中村吉右衛門主演、近松門左衛門作「俊寛」


松羽目もの「太刀盗人」


鶴屋南北の「浮世柄比翼稲妻」



変人としか言い様がないが、「俊寛」を観る前からストーリーは国文で勉強して知っているので、じわっと涙ぐんでいた。


大河ドラマも惨敗したのだから、平清盛は日本人にとっては悪の象徴になっている訳である。(本当は立派な人だった。)

俊寛は後白河法皇より平清盛を討てと勅命を受けたが、失敗して鬼界ヶ島に流された。

他に若い貴族が二人いる。その一人が鬼界ヶ島の可憐な海女に恋し、俊寛は絶望の日々の中にも二人の結婚をことほぐ。


ところが、そこに平家の使いがやって来る。平清盛の娘、建礼門院が高倉帝の皇子をはらんだため、諸国の罪人を恩赦することになったのである。


都に帰れるのは三人と言われ、鬼界ヶ島の海女は若い貴族にすがって泣く。近松門左衛門一代の名台詞、「民の嘆きを見る目はないか?民の嘆きを聞く耳はないか?」今の時代をも撃つ言葉である。

思想家柄谷行人が「近松門左衛門の作品には深さがない。現代の人間と同じ感情の配置がない」と言っていたが、私には近松門左衛門の作品はどれも深さや現代の人間と同じ感情の配置を持っていると感じる。



都に帰れるのは三人と言う平家の役人に俊寛は自分を残し、海女を都に連れていってやれと言う。

そして、自分で残ると決めたものの去りゆく舟に涙し、足摺して苦しむ。


例え、自分の体がひきちぎられるような苦しみを感じても、大切な人のために犠牲になること。そう、それを愛と呼ぶのだったよ。

俊寛は偉大な愛の神話であり、現代に至るまで、古びることのない反権力、強大な政権への異議申し立てのドラマであった。

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