文楽「仮名手本忠臣蔵」
文化ジジイ、ついに文楽に手を出す。(・・;)
土曜日、日曜日、ついに念願かなって文楽を観た。
文楽とは人形のある音楽劇で主な人形は三人の人が操作、また小さい舞台には義太夫を語る(歌う?)人と三味線で演奏をする人がいる。長い作品の場合は義太夫、三味線は交代する場合もある。
土曜日の夜に観たのは仮名手本忠臣蔵の高師直と塩谷判官の刃傷のシーンと塩谷判官の切腹のシーンである。いろんな方が日記を読んでくださるので、なかなかレヴェルをどこかに設定するのが難しいが江戸の文芸の場合、町人のことはすぐリアルに小説や芝居にされることもあったが、武家のことは時代を鎌倉や室町に置き換えて創作することもあった。仮名手本忠臣蔵は有名な赤穂事件を室町時代を舞台に大胆に翻案し、国民的作品となった。この先、話がこんがらがっていて、あまりにフィクションの人気が出たため相当詳しい歴史学者や国文学者でないと赤穂事件と仮名手本忠臣蔵の区別がつかず、この事件の本当の歴史的な謎は今も解けない。丸谷才一や井沢元彦など多くの人がその研究に取り組んできた。
しかしまあ、私はフィクションの仮名手本忠臣蔵を文楽で観たのだが、なんたる上手さ、なんたる面白さ。あまりに素晴らしくて涙が出てきた。NHKは大河打ち切って勉強しなおせと言いたくなる。フィクションを面白くするための大胆な虚構、大風呂敷が素晴らしい。のち何百年も事実を覆い隠すほどのパワーを持っている。時代考証とか言うくだらなさを青ざめさせるものがある。
やはり何よりの手柄は品と教養ある貴族の老人を日本史上最も凶暴な怪物高師直に置き換え、師直の悪のすごい迫力、威厳、そして悪なのだが哀しみや品、微かなユーモラスさ、荘厳さまでかもし出し、しばし空間を完全に支配させる圧倒的な存在感である。(・・;)
そしてそのあとの浅野内匠頭をモデルにした塩谷判官の切腹のシーンのやはり荘厳な緊張感。このシーンが始まったら終わるまで出入りは出来ませんとアナウンスがあったが、この途中で立ったりなど出来ようか?(・・;)
数々の時代劇や大河ドラマの源流は最も偉大で、最も面白かったのである。




